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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第四章】 勇者の道
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3 勝利の報告

 メメリモ通りを出た瞬間、リナは迷子だった我が子を見つけた母親のごとくミコトを抱きしめる。

 自身の傷も未完治であったため血がにじんでしまうが、そんなのは知ったことではない。

 なぜなら抱きしめている彼女の方がより多くの血を流していたからだ。


「お、おい、なんだよいきなり」

「ミコト! もう絶対にあんなことはしないで!」


 痛切な声色は昼間の通りには似つかない。

 いつの間にかあがった雨のせいで、通りにはそれなりの人が歩いている。

 そんな中、三者ともに血まみれとなっていたため、多くの衆目を集めることとなっていたが、リナにとってはそれよりも、彼女へ言っておかなければならないことがあった。


「あんだよ。全員助かったんだから万事オッケーだろ」

「いいわけない!」


 たしかに彼女のおかげでレイナは助かった。

 これしかないという最善の結果で終えることができたのだ。


 だがその過程は間違っている。

 死なないから傷つけても良いなんて理屈が通るのであれば、世の中のほとんどの犯罪行為は肯定してよいことになってしまう。

 そんなことは決してあってはならない。


 彼女の両肩を持って諭すように話していく。


「ミコト、そう言う自己犠牲はもうやめて。お願いだから自分をもっと大切にして!」


 そう呼びかけると、彼女はこれに答えることなくそっぽを向いてしまう。

 未だに彼女との心の距離は埋まらないんだろうか。


「ミコト!」


 その瞬間、リナはハッとなる。


 ――何か違う。


 前に見た彼女の諦めたような表情じゃない。

 ――諦めているんじゃなくて……苦しんでいる……?


 その顔にある哀情、死の如しなり。


 ミコトはリナへと視線を戻し、哀憐の色を見せる。


「これから……教えてくれ」

「おし、える……?」

「あーしは死ななくなって久しい。死なねぇ体だから、何が大切なもんで、何が大切じゃねぇのかを、もう忘れちまったんだ。それが大事なもんだったってことは、なんとなく覚えてる。でも、なんで大切なのか、何がどう大切なのかをもう思い出せねぇんだ。生物に平等に与えられている死があーしにはねぇからさ……」


 奇怪な生物を見るような目を向けそうになるも、リナは寸でのところでそれを抑える。

 リナはしばらく彼女を見つめたあと、自分の態度を改めて彼女へと謝罪を述べた。


「……ごめんなさい、怒鳴ったりして。ええ、一緒に探しましょう。約束通りあなたのことはこれからも私が守るわ」

「カナルカへ連れて行くの?」


 レイナから疑問が飛ぶ。

 そこに以前のような負の感情はこもっていない。

 どちらかと言うと魔族社会で人族が暮らしていくことへの不安を見せている。


「それもなんとかするわ。さ、そしたらとりあえず詰所に帰りましょう。さすがに着替えないと目立ち過ぎる。それにスナクさんたちの方がどうなったのかも気になるわ」


 リナが演習場を去ったときはスナクの方が優勢に見えたが、勝負が決まっていたわけではない。

 今からでも駆けつけるべきであろう。


 *


 再び演習所へと向かおうとすると、ちょうどスナクたちがこちらへ向かってくるところだった。

 どうやらリナの心配は杞憂だったようで、鷹揚に手を振りながら不敵な笑みを浮かべている。

 リナの部隊も一緒に連れて来てくれていて、被害はそこまでないようだ。


「こっちは終わらせてきたぜ、そっちは――」


 彼がリナの表情を見て、


「――終わったみたいだな。ちゃんとお前の部隊の奴らは無事だぜ。褒めてくれよ」


 スナクがわざと恩着せがましい口調をしてくる。


「ありがとう、スナクさん。しかしよく私が戦っているって状況だけで斬りこむ決断をしたわね。しかも自分たちにとっての最高司令官に対して」


 市長は彼らからすれば命令系統の最上位に位置するわけで。

 それに対して刃を向けるというのは相当の覚悟が必要となるであろう。


「鍛えられてるもんでな」


 その減らない口も相変わらずのようで、リナはこれを鼻で笑う。


「さて、俺はこれから後処理だ。やることが山のようにある」

「何か手伝う?」

「演習前にも言ったろう。これは俺たちの街の問題だ。もうこれ以上部外者のお前をたよるわけにはいかねぇよ」


 そう、と言って彼に潤んだ瞳を向ける。

 彼には相当助けられた。

 出会ってまだ少ししか経っていないのに、彼が信頼に足る人物であることは心でわかる。

 こんな人と出会えたことに胸を熱くしながらも、リナは小さくほくそ笑んでいた。


 ……と、そんな風にしていたら、いきなりレイナがギチリと抱きついて来て、絶対に離さんと言わん態度を取ってくる。


「あ、あの、レイナ? なに?」


 すると彼女は、高身長のスナクさんを見上げてキッとした表情を向ける。


「リナはあたしの! 誰だか知らないけど、ぜっっったいに渡さないんだから!」

「い、いや、なんでそんな話になるの。スナクさんはただの戦友よ?」


 スナクはと言うとぽかんとしている。


「ダメなの! 第一、リナは金髪で白角の生えた幼馴染の女の子にしか興味ないんだから! 男になんて興味ないの!」

「人の趣味を超ピンポイントな範囲に絞らないで欲しいんだけど……」

「リナは男の人なんて一切知らない初心うぶな子なのよ! いつどこで悪い男に騙されてもおかしくは……」


 リナのげんこつが飛び、あがっ! というレイナの叫び声が響く。


「意味わかんないこと言わないで!」

「うぅ、いたぃ。でもこの前エッチなお店で見たでしょ? そのときのリナの顔と言ったら……」

「ぶつわよ!」

「もうぶってるじゃんよぉ」


「はっはっはっは!」


 スナクがその図体に等しい音量でガハハと笑ってくる。


「仲がいいんだな! 安心しろ。リナが副官を大切にしているのは軍事演習の挨拶のときによくわかった。まるで世界の終わりかのような顔をしていたぞ」


 なっ! とスナクの方を向き、それを言わないでくれよぉ、と言わんばかりに唇を尖らせる。


「え!? 何それ!? どういうこと? リナどうなってたの!?」

「なんでもない! いいから行くわよ! 私たちはさっさとカナルカに帰るの!」

「えー、もうちょっとだけいいじゃんよぉ~」


 というレイナを無視し、再びスナクさんと相対する。


「なんにしても今回はいろいろと助かったわ。今後ともよろしくね」

「ああ。こちらこそ我らの都市に巣くう悪を見つけ出してくれて助かった。礼を言う」


 さ、行きましょう、と言う言葉とともに、部隊員を引き取って全員でカナルカへと帰還するのだった。

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