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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第四章】 勇者の道
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2 勇者たちの選択

 肉を切り裂く感触が伝わり、怖気がさす。


 私は人を殺した。

 それも愛する親友を。


 その事実がリナの心をえぐり、

 まるで胸の中をシャベルで掘り返されているかのようだ。


 手に残るは間違いなく人を深く切り裂いた感触。

 失意のままその場にへたり込んでしまい、嗚咽が漏れでる。


 私は、なんで――。


「ちょ、ちょっと!」


 だがレイナの声が聞こえてきて、おまけにその声色は思っていたものとはだいぶ違うものだった。

 ためしに目を開くと、あまりの光景に混乱してしまう。


 レイナは無傷のまま健在。


 冒険者の二人もレイナと同様に驚愕しているようだ。


 そして――


 レイナの斜め後方に、恐らく切り裂かれたであろう、噴水のごとく血をまき散らす小さな少女の姿が。


「ぇ……。みこ、と……?」


 茶髪のショートカットは乱れ、ピクリとも動かない。

 背中の傷口は内臓が見えるほどに大きく。

 生命活動の停止にたるや、十分であろう。


「そん、な……。ミコト、ミコトォ!」


 彼女の元へと駆け寄りその体をゆっくりと抱き上げる。

 出血多量のショック状態にあり、もはや死の一歩手前。


 皮膚が青白くなっており、意識はすでになく呼吸もしていない。

 すぐさま治療魔法をかけるが、もはや無意味だ。

 傷を塞ぐ前に多臓器不全で死んでしまう。


「なんで、なんであなたがっ! そんな……」


 レイナもやって来て、脂汗と共に彼女の体に必死に治療魔法をかけていく。

 どう見ても無駄だとわかってはいるが、人一人の命がかかっているんだ。


 さっきまでレイナを殺すつもりだったのに都合のいい考えではあるが、ミコトは完全に無関係な少女。

 こんなところで死んでいいわけない。



 そうやって必死に魔法の手をあてがっていると――



 その手をミコトがむんずと掴んできた。



 突然のことに小さな悲鳴を上げてしまうも、ミコトはそのまま閉じていたまぶたをあけ、血を吹き出しながらむくりと体を起こす。


「いっつぅぅ。はぁ、はぁ。……気にすんなリナ。あーしは死なねぇっつっただろ。多少いてぇぐれぇだ」


 あまりの光景に混乱を極める。


「で、でも、血が……」

「そりゃ斬られりゃ血は出る。体は人間だかんな」


 そう言ってだるそうにしながら起き上がり、たどたどしい足取りで男の方へと向かっていく。

 男の方はと言うと、もはや赤い池に浸かってそのまま出てきたと言わん状態のミコトに動揺していた。


「てめぇも見てただろ。リナは本気で殺す気だった。もういいだろ」

「君は……たしか、彼女たちがさらって行った……」

「今はそれは関係ねぇ。リナは信用に足る人物だ。ちげぇか?」


 男にわずかな冷静さが舞い戻り顔をしかめる。


「……だ、だが、魔族の法に則って処罰が実行されたわけじゃない。彼女はまだ死んでいない」


 レイナを指して言う。


「なら言い方を変えてやる。てめぇはあの魔族が死ぬとこを見てぇのか。それとも、リナの言葉が信頼に足るものであるのかを判断してぇのか、どっちだ?」


 男はミコトを静かに見つめる。

 長いと思えるほどの思考時間が過ぎた後、その重い口を開いた。


「……後者だ」

「で? 判断は?」


 男は最初こそ呆然としていたが、自身の手の平を見つめ何かを吟味しだした。


 やがて、その手を握りしめる。


「……信用しても……いいと思えた」

「カナト!」


 兎人の方が咎めに来るも、男は自分の考えに従うようだ。


「ならこれで終いだ。ちげぇか」


 雨落つる天を仰ぎながら、男は息を吐く。

 自分の考えに対する覚悟を決めたのか、あるいは、リナに対してある種の腹をくくったのか、決意をあらわにする。


「…………警備隊には俺が目を光らせる。すべての奴隷だった者が保護されたかを、責任をもってこの目で確認すると約束しよう。孤児院についても後で検閲を行う。この条件で、そちらは引いてもらえないか?」


 リナが一歩踏み出る。


「本当に、本当にちゃんと確認してもらえるの?」

「ああ。必ず確かめよう。万が一彼らが傷つけられたり、死傷したりすることがあろうものなら、俺がそのすべての責任を負う。だが、今はその言葉しか差し出すことができない。だから――」


 男はリナに手を差しだす。


「信用してくれ。俺も君を信用しよう」


 彼と見つめ合う。

 睨み合うわけでも、好意による視線を交し合うわけでもない。

 ただ彼のその瞳を見て、リナは手を握り返した。


 そしてただ一言。


「任せたわ」


 ああ、と言いながら男はこうも付け足す。


「君の、誰かを助ける心に差別をしたりはしないという考え方、俺は好きだ」


 その言葉を聞きながら、リナたちはその場を後にするのだった。

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