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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第三章】 正義の代価
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3-2 死戦

 掛け声とともになだれ込んでくる兵士たち。

 だがそれは想定内だ。


「【フロストハリケーン】」

 

 凍てつく真冬の空気がうねり、氷晶の刃が荒れ狂う。

 氷の竜巻はリナの背後の陣をかき乱し、一方の己は前方へと突撃。

 

 舞い散る血しぶきは皆無で肉の焼けた匂いが辺りを立ち込める。

 リナの光剣は鋼鉄をもバターのように斬り裂ける。

 人が触れればどうなるかは言うまでもない。


 一秒でも早く敵の数を減らして数の不利を押しのけなければならない。

 リナは確かに戦闘力が高いが、正規兵二百人を余裕で相手にできるほどの強さはない。


 相手とて戦うことを仕事としている専業兵士であり。

 いくら魔法が強かろうと意識外の攻撃には無防備となってしまう。


「【ライトニングスプラッシュ】」


 三方からの突き槍をかがんで回避しながら雷の散弾。

 黄色い光に触れた者は即地面へ。


「【ファイヤーレイン】」


 草と木と焼け落ち、彼らの鎖帷子は防具としての意味をなさない。

 延焼した何名かはもがき苦しんでいる様子だが、前方兵士たちの士気に影響なし。


 リナを取り囲んでは四方八方から突き出してくる。

 光剣で薙いでは次の攻撃。

 避けて杖を振り回しては、雨あられと飛んできて息つく暇もない。


「数で押しつぶせ!」


 兵士たちが死をも気にせずリナへと突っ込む。

 武器を振るわれるよりも数に物を言わせた体当たりの方がよほど脅威だ。

 もつれて倒されればほぼゲームオーバー。


 大跳躍で避けながら雷魔法を叩き込む。


「【サンダーブラスト】」

「射かけろ!」


 矢の斉射音。


「くっ! 【モレキュラーシールド】」


 防御魔法を展開するも面積が足りない。

 上半は守れたが太ももに一発もらってしまう。

 痛痒の悲鳴を上げながらも、突き立った矢を力任せに引き抜いて、迫る兵へと魔法を放っていく。


 光り輝く七つの魔法陣。


「【スパイラレルレイ】!」


 同時に十五本の光りが飛び出し、貫通効果により三十名ほどの兵士が絶命する。

 連発できればいいのだが、この技は長いリキャストタイムを要する。


 本当はこの後控えているであろう対ザクリア戦に残しておきたかったが、出し惜しみして負けてしまっては意味がない。

 足には【リジェネレイション】の治療魔法を雑にかけ、痛みを無視して再び駆ける。


 大技を放ったとは言え、敵の数に衰えなし。

 前方から突進してくるのは六名の重歩兵。


「【アースウェイブ】」


 土波そいつらにけしかけて、側面へと飛びながら後方より迫る敵から逃げる。

 逃げた先に待ち構えるは動く槍襖だ。

 五月雨に突き出されるそれを今度は左肩口に受けるも、無視して光剣で薙ぎ払っていく。

 ハウルホーンの角すら斬り飛ばす剣の前では剣山のような槍の束も意味をなさない。


 再び斉射音。

 後ろから足音が迫る。

 音が聞こえた方を振り向く余裕もなかったため。


「【ファイヤーアロー】、【ミストラルショック】」


 適当に魔法をばら撒いてとにかく足を動かす。

 止まれば死ぬ。

 のべつ幕無しに襲い掛かる敵を斬りつけ、引きも切らずに押し寄せる。



 しばらく戦うこと、敵の数は三、四割が削れたぐらいであろうか。

 リナは体中に傷を負い、太ももと、肩口、それとさっきもらった背中から大量の血を流していた。

 治療魔法が全然間に合っておらず、傷が増える一方だ。


 出血で意識が薄くなったところで、ザクリアが片手を上げて一時攻撃を中断してきた。


「もうやめないか? あまり傷がつくと値が下がるんだ。君も容姿やスタイルで言えば高値になる。これ以上はやめて、素直に奴隷となれば痛い思いはせずに済むぞ?」


 息が切れて目が霞む。

 ザクリアの意味がわからない提案はリナの耳に入らない。


 ――こんなところで終われない。

 まだやらなきゃいけないことがあるんだ。


 リナはレイナのうしろ姿を残滓する。

 彼女の手を取るまでは……!


 息を整えて再び光剣と杖を構える。


「この期に及んで、まだ利益のこと?」

「ああそうさ。奴隷売買で利益が上がれば、その分シュジュベルを潤わすことができる。市民はより幸福な生活を送れる」

「あなたの懐にだって入っているんでしょう? この悪魔がっ」


「もちろん多少は入る。だが貿易収支が大きな黒字となることで、市民たちは君と違って私を悪魔ではなく、英雄または勇者と呼ぶそうだ。なにか勘違いしているようだが、これは私のためではなくシュジュベルのためにやっているんだ。市民がやれば法律違反となることだが、法律を掻い潜れる私がやれば巨万の富を生むことができる。その行為を持ってして、人々は私を勇者と呼ぶそうだ」


 勇者ですって、とリナは鼻で笑う。


「理解できない」

「そうさ。私も最初は理解できなかった。だがこれこそ人の弱さそのものだ」

「……そこまでわかっていて、どうしてあなたはなおも間違えるの?」

「間違いだとは思っていない。ただこちらが正しい方向だと自分で決めただけだ」


 そう言って、ザクリアは態度を軟化させながら、おぞましい提案をリナにしてきた。


「君の考え方が少し気に入ってきた。どうだ、奴隷ではなく私のパートナーとならないか? そうすればあの金髪の魔族にも目を瞑ることにしよう。魔族をシュジュベルに卸してくれれば、それなりの対価を支払おう」


 聞いている途中から顔をしかめるのを我慢できなかった。

 何の判断を持ってその提案に至ったのか理解に苦しむ。


「断るわ。あなたは人の弱さを理解しているんではなくて、つけこんでいるだけよ。下手な詭弁を弄さないで」

「たしかに君の言う通り、人々は自己の利益を前に盲目となる。だがすべての人が君のように強いわけではないんだ。変えることはできないだろうさ」


 ザクリアが再び手を挙げて合図し、兵士たちが槍と弓を構えてくる。


「そんなことはない。さっきも言ったでしょう。私はそれを諦めない」

「それが死を招く茨の道であってもか。命を削りながら、なおも進んでいくのかね?」


 魔法陣を展開。

 光り輝くは九つの模様。


「ええ。私はそこを突き進むわ。茨が生い茂る――」


 瞳の奥にある親友の姿を見ながら。



「――勇者の道を」



 ザクリアの手が諦めた表情とともに俯く。

 そして、そうか、という一言を呟いた後、掲げていた手を振り下ろしてきた。


 兵士たちが雄たけびを上げて再び四方八方から突撃してくる。

 槍兵を凌いでも、恐らくその次に弓矢が待っているだろう。

 心のどこかで諦めの二文字が見え隠れしているが、精魂尽きるまでやめるつもりはない。


 こんなところで、私は負けない。

 こちらも雄叫びをあげて突っ込もうとした瞬間――。



「よくぞ言った! リナ・レーベラ! 放てぇ!!」

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