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第六章 騎竜士を目指す理由



 怒涛の初日が過ぎていく。竜の巣に入った見習いたちは自分たちが進む道を考えながら、各種講義の説明を受け……端的に言うなら、疲れ果てていた。


「説明いっぱい受けすぎて、頭パンクしそうだ……」


 そう呟きながら、アルナイルはぐったりと机の上に伸びる。彼の傍には午前の講義で受け取った書類が山となり、崩れそうになったところを小型形態のアルザが慌てて止めている。


 初めの内こそ全ての講義内容を受けたいと言わんばかりの彼ではあったが、説明を受ければ受けるほど、頭がショートしそうな感覚に襲われて、堪ったものではない。

 それはアルナイルだけの話ではなく、他の見習いたちも疲れ果てている者が多い。多くの見習いたちが儀式の時や講義の際に親しくなった者、或いは同室の者で集まって昼食をとりながら、忙しさへの愚痴と未来への期待を口にしていた。


 アルナイルも同様で、同室者であるスティリアとアスカル、親しくなったフレースとその同室者であるミーティアと食堂で偶然合流し、一緒に昼食を取っていた。


 ううう、と呻きながら昼食を口に運ぶ彼をみて、フレースはくすくすと笑いながら、問いかけた。


「アルナイル、勉強はあんまり好きじゃないの?」

「んー……得意では、ない、かなぁ」


 そう言って、アルナイルは溜息を一つ。


 彼が生まれ育った村は、あまり教育が普及していない地域だった。最低限、文字の読み書きはできるが、教養であったり、それこそ専門的な知識や技術は、村にいては絶対に学べない。騎竜士になるなど、夢のまた夢だ。だからこうして、村を出て竜の巣へ入った訳なのだが……正直、勉強は得意な方ではない。興味のあることや好きなことには一生懸命になれるが、頭に入るかと言われれば、また別の話である。


 表情が暗くなる彼を見て、フレースは少し慌てた顔をする。しかし、彼女が口を開くより早く、ばっと顔を上げたアルナイルはにっと笑って、言った。


「勿論頑張るけどな!」


 諦めるつもりなど初めからない。騎竜士になりたくて、村を出てきたのだ。勉強が苦手だから、と言って逃げる訳にはいかない。気合いの入った表情でアルナイルは言う。

 それを聞いて目を丸くしたフレースは目を細めた。


「そっか」


 アルナイルは特に心配なさそうだ。そう思いながら、彼女は視線を隣で黙々と食事を取っていた友人、ミーティアに声をかけた。


「授業、決まった? ミーティアは医学系よね?」


 そんなフレースの問いかけに、食事を口に運んでいたミーティアは顔を上げた。ゆっくりと瞬いた彼女はマラカイト色の瞳を細めた。


「ん、うん。うちは、薬師の家系だから……私も、調薬好きだし……そう言うお仕事がしたいなあ、って」


 そう言って、ミーティアはおっとりと笑う。そして、視線をアルナイルへ向けると、こてりと首を傾げて、問いかけた。


「貴方は? 良い授業、取りたい授業、決まったの?」


 アルナイルは彼女の問いかけにうーん、と少し悩む声を上げつつ、リストを指でなぞった。


「とりあえず必修と……後、戦闘系は取りたいなぁと思ってるんだー」


 まだ決まってないけどな! と苦笑混じりに彼が掲げる履修登録表はまだ空白も多い。正式に言えば、書いては消してを繰り返した痕が書類のあちらこちらに残っていた。


「取りたい授業多いんだ、どうしよっかなー」


 そう、彼の場合、取りたい授業が多すぎるのである。多くの見習いたちはどうすれば効率良く資格が取れるか、或いは自分が目指す道に必要な講義はどれか……そんなことを考えながら講義を選択しているのだが、アルナイルの場合は違う。あれも知りたい、これも受けたい、と欲張ってしまって、到底決めきれないのだ。


「焦ることはないから、ゆっくり選んだら良いと思うよ」


 ミーティアはそう言って、のほほんと笑っている。彼女の言葉に苦笑を漏らしたアルザは自身のパートナーを見た。


「そうはいっても、アルナイル全然絞れてないからちょっと焦った方が良い気もするんだけどね」


 そう言って、少し困ったように笑うアルザ。アルナイルは彼の言葉に唇を尖らせている。


「貴方は? えっと……アスカルだっけ」


 フレースに声をかけられてびくっと肩を跳ねさせたアスカルは視線をあちこちへ逃す。そして更に小さくなりながら、消え入りそうな声で答えた。


「う、ううん、まだ……どうしようか、迷っちゃって」


 そう言って、アスカルは曖昧に笑う。くしゃ、と彼の手元で音を立てたリストを覗き込んだアルナイルはあれ? と声を上げた。


「アスカル、必修以外入れてないじゃん」


 彼の登録用紙はまだほぼ白紙だ。必修の講義のみ、細い筆跡で書かれている程度だ。


「……何を取ったら良いのか、全然わからなくて」


 そう言って、アスカルは困ったように肩を竦める。彼の言葉に、傍で静かに食事を取っていたスティリアが口を開いた。


「騎竜士になったらどういう仕事がしたいんだ? それに応じて講義を選べば良いだろう」


 スティリアの問いかけに、アスカルの表情が強張る。ほんの少しの間を空けて彼は消え入りそうな声で呟いた。


「……い、から」

「え?」


 聞き取れなくて、スティリアは怪訝そうな顔をする。一度唇を舐めたアスカルは、今紡いだ言葉を繰り返した。


「特に、やりたいことも、ないから……」


 そう言って、彼は俯いてしまった。膝の上に握られた拳が小さく震えている。長い前髪が顔を隠してしまっていて、表情を窺うことは出来ない。


 暫くの沈黙の後。


「……そうか」


 酷く冷えた声で、スティリアは言った。そして興味を失ったように、手元のカップを傾ける。そんな彼の反応に、アスカルは小さく肩を揺らしていた。


「スティリアは? とる講義、決めた?」


 重くなってしまった空気を晴らそうとするように、フレースが問いかける。スティリアは自分の登録用紙を差し出した。アルナイルやアスカルのそれよりも随分埋まったその表には、几帳面な文字が並んでいた。その一つ一つを指先で示しながら、彼は言う。


「俺は警官になるのが夢だから戦闘系と飛行術の上級編、後は治癒術も最小限は。細かい物はもう少し考えるつもりだ」


 そう言葉を紡いだスティリアは視線をアスカルへ向ける。びくっと肩を跳ねさせる彼をアイスブルーの瞳で見据えたまま、スティリアは吐き捨てるように言った。


「騎竜士は目標もなく目指せる程甘いものではないだろう」


 そんな彼の言葉に、フレースは目を見開く。がたん、と音を立てて立ち上がると、彼女の傍に居たモーストが驚いて、机から転げ落ちた。それを慌てて拾い上げてから、フレースは険しい視線をスティリアに向け、声を上げた。


「スティリア、そんな言い方……!」

「事実だ。本人もわかっているし、相棒もわかっているんだろう。だから、何も言わない、言えない」


 きっぱりそう言うと、スティリアは席を立った。一度アスカルの方へ視線を向けた彼は、静かな声で言う。


「甘い覚悟で此処に居るべきではないだろう」


 感情の乗らないその声にアスカルは身を縮める。怒鳴られた訳ではない。威圧感があった訳でもない。けれど……その言葉は確かに、痛くて。


 おいスティリア、と呼びかけるアルナイルの声にも応えることなく、彼は食堂を出て行ってしまった。


「あー……もう、本当に」


 小さく呟いたのは、彼のパートナードラゴンであるラピス。ふ、と溜息を吐いた彼は傍に居たアスカルのパートナーにすまなそうに言った。


「ごめんな、俺のパートナーの言葉きつくて」

「いやいや。彼の言っていることも事実だからね」


 そう言って緩く首を振りつつ、フェッルムは目を細めている。スティリアが言っていた通り、彼は自身のパートナー相手にきついことを言ったスティリアを咎めたりはしなかった。それが答えであることは、アスカル自身もわかっている。


「……うん、事実だから、スティリアが言ってること」


 わかってはいるんだけどね。そう言って笑った彼も、手近にあった鞄を手に取って、立ち上がる。


「ごめんね、空気悪くしちゃって。ぼくも、もういくね」


 次の講義の部屋、遠いから。そう言って、彼も食堂を出ていく。ラピスとフェッルムもその背を追って、出て行ってしまった。


 しん、と気まずい沈黙が食堂を埋める。


「騎竜士になったらやりたいこと、かぁ」


 それを裂いたのは、アルナイルの呟きだった。


「アルナイルは騎竜士になって、人を助けられるような仕事がしたい、って言ってたよね」


 フレースの言葉に、アルナイルは小さく頷く。そして、困ったように頬を掻きながら、言った。


「そう! でも、そんなに明確な夢って訳でもないんだよなぁ。何になろうかなぁっていつも考えてはいるんだけどさ。警官、軍人、医者……は多分無理だけどさ。目標があるって、やっぱ大きいことだと思うから、スティリアの言ったこと、俺も何となくわかるよ」


 そう言って、アルナイルも肩を竦める。

 

 確かに彼の言葉は強いものだった。けれど……明確な目標を持って進むことは必要なことだろうと思う。騎竜士になる、というのは決して簡単なことではない。何となく……でなれるものではないことはアルナイルは勿論、アスカルもわかっているだろう。だから、先程のような反応をしたはずだ。

 

 フレースはその言葉に目を見開き、反論しようとして……一度、口を噤んだ。


「……でも、あんな言い方することないじゃない」


 眉を寄せた彼女はぼそり、と呟くように言った。優しい気質の彼女は、幾ら正しいことを言っているとしてもアスカルを傷つけるような言い方をする必要はなかったと、スティリアに対して怒りを抱いているようだった。そんなフレースの反応の理由も理解できるため、アルナイルは困ったような顔をした。


「んん、まぁ、そうだけど……でも、スティリアも多分、何か思うことがあってああいう言い方したんじゃないかなぁ」

「確かにただ乱暴な言い方したようには聞こえなかったわねぇ」


 ミーティアのパートナーであるマテルも、そう呟く。フレースが言うように、あんな言い方をする必要はなかったかもしれないが、スティリアが何も考えず、或いはアスカルを傷つけようとしてあの言葉を放ったようには見えなくて。


「お互いに、まだまだ知らないことだらけだから、仕方ないよ」


 呟くようにそう言ったのはミーティアだった。吹き抜けた風が柔らかく、彼女の髪を揺らす。


「私たちは、みんな違う考え方をする、違う人間だから、わからないことが沢山あるのは仕方がないこと。仲良くしたいなら、その"知らないこと"を少しずつ知っていけば良いよ。そうでしょう、マテル?」


 そう言って、ミーティアはマテルの首筋をそっと撫でた。穏やかに微笑みながら、彼女は言葉を紡ぐ。


「私も、マテルのことわかるようになるまで時間かかった。でも、今はマテルのこと、大好き。焦らなくても、ちゃんとわかるようになる。そうでしょう?だったら焦ること、ないじゃない」


 そう言って目を細める彼女を見て、アルナイルもフレースも、肩から力が抜けるのを感じた。


「ふふ、そうねぇ。いつも、私が言ってきたことだわ」


 ゆっくりと瞬いたマテルはそう言ってくすり、と笑うと、優しいミーティアの掌に頭を擦り寄せた。


「良い子に育ってくれて嬉しい。……ほんの少し、おっとりさんが過ぎるかもしれないけれど」


 そう言ったマテルはそっと、ミーティアの掌に口づけた。それを受けて、ミーティアは擽ったそうに笑っている。


「確かに、そうだよなぁ」


 今から知っていけば良いか。そう言って、アルナイルは笑う。フレースも釣られたように、ふっと笑みを零した。


「もう、ミーティア見てたら怒ってたの、どっか行っちゃった」

「ふふ、怒るの疲れるから、良いでしょう?」


 ふわりと笑うミーティアを見て、フレースは笑いながらその頭を軽く撫でたのだった。



***



 食堂で友人たちと別れ、アルナイルは一人、竜の巣の敷地を歩いていた。先刻の蟠りが消えた訳ではないのだけれど、今どうすることもできない問題だ。とりあえずは取る講義を決めなければならない。そのために、午後もまだ予定がぎっしりだ。


「えっと、次は……」


 オリエンテーション用の書類を見て、アルナイルは次の授業の講堂へ向かっていく。


「魔獣生態学……か。必修授業みたいだなー」

「ドラゴンと常に一緒にいる訳だから、幻想生物を含む魔獣のことはよく知っておけ、ってことなのかもね」


 アルナイルの手元の資料を覗き込みながら、アルザが呟く。アルナイルはそれに頷いて見せながら、苦笑を漏らした。


「ドラゴンにしてもそれ以外の魔獣にしても、生態に関してはあまり詳しくないからなあ」

「知らないことを知るのが勉強、でしょ?」


 これから頑張れば良いよ。そうアルザが言うと、アルナイルは目を丸くした。それを見て、アルザは不思議そうに首を傾げた。


「どうかした?」


 何か変なことを言ってしまっただろうか? そう思って首を傾げるアルザを見つめ、アルナイルは小さく笑い、首を振った。


「や、アルザが前向きなこと言ったから、ちょっと驚いてさ」


 アルナイルはそう言ってくつくつと笑う。出会ってからまだまだ日は浅いが、アルザが口に出すのはいつも割と後ろ向きなことばかりだった。できないかもしれない、無理だ、どうしよう……そんな思考になってしまう理由も背景もわかっているから、アルナイルがどうこういうことはなかったのだが、そんな彼がこうして前向きな発言をしたことが、少し驚きで……嬉しくて。


 そんなアルナイルの言葉に、今度はアルザが目を丸くする。そして少し困ったように笑いながら、言った。


「……アルナイルに影響されてるのかも」


 ぽそり、と呟くようにアルザは言う。不愉快に思わせなかったか、と少し心配になったが。


「あはは、良いことだ! パートナーって似てくるらしいしな!」


 そう言って、アルナイルはぽんぽんとアルザの背中を叩く。それを少し照れ臭そうに受けながら、アルザは目を細めていたのだった。




 

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