第二章 騎竜士見習い
小型化したアルザはアルナイルの後ろを飛ぶ。少し身を縮めて、申し訳なさそうに飛ぶ彼はまだ唐突に自分に起きた変化を受け止めきれずにいた。
一生荷運びの竜として過ごすのだと思っていた。それで良い、それが当然だと思っていた。雑種である自分には当然の待遇だ、と。そんな自分が今や騎竜士見習いのパートナーだ。正直まだ信じ切れずにいる。
正直、夢ならば早く醒めてほしい気もした。幸せなものを知るだけ知って、感じるだけ感じて、その先で……夢だったと、元の現実に戻ってしまうのはあまりに、切なすぎるから。
「アルザ? どうした?」
そんな彼の様子を気にかけてか、アルナイルがそう問いかける。びくっと肩を跳ねさせたアルザは困ったように笑って、緩く首を振った。
―― こんなことを考えるのも、あまりに失礼かもしれないな。
そんなことを考えながら。
「そろそろ着くぞ、楽しみだなぁ」
そう言いながら、アルナイルは広いホールの中には既に多くの人間が、そしてそのパートナーであろうドラゴンたちが集まっていた。アルザも驚いて、大きく目を見開く。
「凄いなあ、これみんな騎竜士見習いかあ」
圧巻、と言う他ない。集っているドラゴンたちは皆小型化しているが、それでも多くの者がいることはわかる。パートナーである人間に抱かれているものも、すぐ傍で羽ばたいているものも、恐らく水竜種と思しき水槽に入っているものも居た。人間の方も様々で、流石に高齢の者は居ないようだったが、幼子と言って差し支えないような者から、成人していると思しき者まで居る。
「みんな騎竜士になりたいんだよなあ。ドラゴンもいっぱいいる、すげえ」
感慨深げに呟いて、アルナイルはきょろきょろと辺りを見渡す。その青空色の瞳には、きらきらとした光が灯っていた。
「凄く、嬉しそうだね。アルナイルは、ドラゴンが好きなの?」
まだ少し萎縮した様子のアルザは、アルナイルにそう問いかける。彼の輝く瞳は、自分と同じように騎竜士を目指す人間は勿論のこと、そのパートナーであろうドラゴンたちに向けられていたから。
それを聞いたアルナイルは笑顔で頷く。
「好きに決まってるよ! それに、ずっとずっと憧れだったんだ、騎竜士になることが」
「それは、どうして?」
アルザは少し迷いながらも、パートナーにそう問いかける。騎竜士になるのは決して簡単なことでは無い。そもそも"竜の巣"に入るのも簡単なことでは無いのだ。元から騎竜士の家系だったと言うならわからなくも無いのだが、自分のドラゴンを連れずに入ってくるような彼が騎竜士を目指したきっかけは、一体何だったのだろう。
そんなアルザの言葉にアルナイルは空色の瞳を瞬かせる。それから、ふっと微笑んだ。
「んー、色々理由はあるんだけど」
何から話すか迷うように、彼は一時目を伏せる。基本的には幼く見えるアルナイルの少し大人びた表情に目を瞠りながら、アルザは彼の言葉の続きを待った。
「俺が生まれ育った村によく来てくれる騎竜士が居てさ。何かと村のことを助けてくれてたんだ。何でも屋……って言ったら聞こえは悪いかもしれないけど、人の少ない村だったから、ほんとにちょっとしたこと手伝ってもらえるだけでも、大人はほんとに喜んでてさ」
騎竜士の資格、と言うのは通常の仕事に付加される特殊技能のようなものだ。故に、騎竜士とひとくくりに呼んでも様々な人間が居る。軍人のように働く者も居れば、それこそ輸送屋のような仕事をする者も居た。医者として働く者、或いは次世代の騎竜士を育てるために働く者も居るのだとか。荷運びの竜として働いていたアルザでもそんな話は聞く機会があった。アルナイルが暮らしていた村にも、そんな騎竜士の一人が居たのだという。それ自体は珍しいことではない。
「良く聞く話だよな、それなら。俺も初めはただ、凄い人なんだなぁって思ってたくらいだ」
まるで自分の心を読んだかのようなアルナイルの言葉にアルザは少しどきりとする。顔に出てしまっていたか、とおずおず彼の表情を窺うが、アルナイルは昔のことを懐かしむように目を細めているだけで、特段気を害した様子はなく、アルザはほっと息を吐いた。
「で、決定的っていったら可笑しいかもしれないけど、騎竜士すげぇなぁ、ってなったきっかけの出来事があって。俺、小さい頃に村の近くの森で迷子になったんだよな」
それは彼が今よりずっと幼い頃の出来事。小さな村の子供と言うのは大概とても活発だ。アルナイルもその例に漏れず、村の中は勿論、その周囲の環境は全て庭のように感じていたという。大人に"村の外は危ないから気を付けるように"と言い聞かされてはいても、そんな言葉は正直おまじないのようなものでしかなく。その結果、案の定と言ってはなんだが、彼は迷子になったのだという。いつもならば共に遊んでいた友人もいたが、その日に限っては一人で出かけた彼は、村の近くの森の奥に入り込み、村へ帰れなくなってしまったらしい。
「帰り道わからなくなるし、夜になって真っ暗になるし……怖くて必死に歩き回ってるうちに転んで足の骨折っちゃってさ」
「うわ……」
その状況を想像して、アルザは思わず声を漏らした。一人きりの幼い子供。見知らぬ森の中で迷い、帰る先はわからず、挙句怪我をして動けなくなって……それはどれほど心細かったことか、と眉を寄せる。
そんな彼の表情を見て小さく笑ったアルナイルは言葉を続けた。
「多分このまま死ぬんだな、って思ったんだ。その時に助けに来てくれたのが騎竜士でさ! 正直、助け出された時には骨折と疲れで熱出てたし、あんまりはっきり覚えてないんだけど……でも、すごく格好良かったのは覚えてるんだ」
懐かしむように目を細めるアルナイル。
アルザに伝えた通り、記憶は酷く朧気だ。幼い頃であることと、発熱と疲れで意識が朦朧としていたことも相まって、正直助けてくれた騎竜士の名前は疎か、顔もちゃんと覚えてはいない。しかし、それでも……自分を助け、抱き上げてくれた腕の温かさと、大丈夫だからと笑いかけてくれた声の優しさは忘れていない。
ぐ、と拳を握って、アルナイルは言った。
「俺も、あんな風に誰かを助けられる存在になりたいんだ! まぁ、そのためにはまずは此処でちゃんと騎竜士の資格を貰わないとだけどな!」
へへ、と照れ臭そうに笑うアルナイル。それを見て、アルザはそっと微笑んだ。
正直、自分をパートナーにと望んだこの少年は無謀な夢を抱いているだけの子供ではないかと心の何処かで思っていた。荷運び竜を騎竜に選ぶなど、普通ではないのだから。
けれど、今の彼の話を聞いて、そしてその話をする彼の表情を見て、感じ取った。この少年は本気なのだ、と。本気で騎竜士に憧れ、本気で目指そうとしている。動機は、もしかしたらささやかでありきたりなものかもしれない。実際、無謀な夢なのかもしれない。けれど……真っ直ぐな彼の声を、言葉を、思いを信じたいと、アルザはそう感じていた。
「お前のドラゴン、雑種だろ」
そんな時、ふと投げかけられたのは、そんな言葉だった。アルナイルもアルザも驚いて、そちらへ視線を向ける。
そこには恐らく彼らと同じように騎竜士見習いと思しき青年とそのドラゴンとが居た。アルナイルより幾らか年上と思われる青年はまじまじとアルザを見つめている。アルナイルは不思議そうに首を傾げて、問い返した。
「……だから?」
好意的に投げられた言葉ではないことくらいは、彼にもわかっているようで、人懐こいアルナイルの声がほんの少し硬い。彼の問い返しを聞いた青年は小さく鼻を鳴らすと、口の端を吊り上げて、嗤った。
「勿体ねえな、乗り手のお前は素質ありそうなのに。幾ら乗り手が良くても騎竜がトロけりゃ意味ないぜ?」
そう言いながら、青年は隣に居る自分の騎竜の背を叩いた。大きな体のドラゴンはそんな手を受けながら満足気に目を細め、唸る。
彼の遠慮ない言葉にアルザが固まる。自信無さげに目を伏せた彼は、隣に居る相棒を見た。ぶつけられた言葉に驚いてか固まっている彼に、アルザは言った。
「……アルナイル、今からでも遅くないよ」
この事態は十分に推測できていた。"竜の巣"に入り、騎竜士を目指す人間ならば、見ただけで竜の血筋は何となくでもわかる。良い血統か、そうでないか。細かい血筋や能力はわからずとも、良し悪しくらいは推測が付くだろう。故に、自分を連れていれば"何故雑種を"と問われるのは、時間の問題だということをアルザはよくよく理解していた。
正直自分は何と言われても構わない、慣れているとアルザは思っていた。実際、自分は本来騎竜士用の竜ではないのだから、何と言われても仕方がない。けれど……そんな自分を選んでくれた彼が虐げられたり、軽んじられるのは嫌だ。もし彼が辛い思いをするのならいっそ自分を手放して、相応しい相棒を探して欲しいと思ってしまうのだ。
今ならばまだ間に合う、と彼は言う。まだ、正式な"契り"は交わしていないから、と。困ったように笑いながら、その大きな鳶色の身体を竦め、切なげに森林色の瞳を細めるパートナーを見て、アルナイルは大きく目を見開く。そして、反論しようと口を開きかけた、その時。
「貴方も、勿体ないわね」
アルナイルの声より先に響いたのは、そんな声。声の主は淡い金の髪を緩く結んだ女性だった。アルナイルより若干歳上に見える彼女はアルザを侮辱した青年を睨み付け、言葉を続けた。
「そんなに綺麗なドラゴンを連れているのに、貴方の心が曇っているんだもの!」
程度が知れているわ、と彼女は言って、嗤った。
その言葉に、アルザ達に言葉を投げた青年は一瞬呆然とした。自分がぶつけられた言葉の意味を計りかねているかのように。それを見つめた彼女は小さく鼻を鳴らして、吐き捨てるように言った。
「優れた乗り手って貴方のこと? だとしたらとんだ思い上がりだわ。他人の竜を貶めて、嗤って、こんな顔をさせる貴方が優れた乗り手な訳ないじゃない!」
鋭く、糾弾するように、彼女は言い放つ。長い金の髪がふわりと揺れた。
「ッ、クソが……!」
ぎりっと唇を噛みしめた青年は自分を嗤った女性に殴り掛かろうとした。物理的な反撃は想定していなかったのか、彼女は目をぎゅっと瞑り、身を縮める。
「やめなさい」
その拳が彼女に届きそうになったその刹那、響いたのは静かな声だった。決して怒鳴った訳ではない。しかしその一言でしんとその場が静まり返るほど、重くよく通る声だった。
制止の声を上げたのは、蜂蜜色の髪に琥珀の瞳の男性だった。首から騎竜士の証のペンダントを下げていなければただの舞台俳優か何かに見えそうな整った容姿。その姿を見た騎竜士の卵たちはハッと息を呑んだ。
こつり、とブーツの底が床を叩く音を響かせて、彼はゆっくりと、青年と女性の間に入った。そのすぐ傍には小型形態のドラゴンが控えている。蜂蜜色の髪を揺らして、その男性はアルザを侮辱した青年を見つめ、言った。
「入団早々に罰則を食らいたくはないだろう?」
「な……」
言葉を失い、固まる彼を見て、男性はにこりと微笑む。挟まられる琥珀の瞳は穏やかに見えて、隙がない。そんな彼を呆然と見つめていた女性は譫言のように、彼の名を紡いだ。
「エルティム、様」
その名は、その場に居る誰もが知っているものだった。
エルティム・ストラルタ。竜の巣の卒業生であり、最強の騎竜士と呼ばれる人物だった。竜の巣に居た訓練生時代から優秀だったらしく、訓練期間中にもドラゴンに騎乗し、様々な難題を解決したという噂が絶えない、騎竜士見習いたちにとっては憧れの存在だ。ともすれば俳優に見えそうな甘い顔立ちや華奢な体躯からは想像もつかない実績の数々が真実であると言うことは、彼の放つ雰囲気からも疑うことはできなかった。
「すっ、げぇ……」
「あれが、最強の騎竜士、かぁ」
ざわざわと、周囲にいる見習いたちが声を漏らす。ちらちらと彼の方を見ながら、彼らは囁き合った。
「じゃあ隣に居るのが騎竜のクラリウスか。小型形態なのにあの圧だもんな……」
「元々相当な暴れ竜だったんだろう? それをエルティム様が鎮めたって……」
それも有名な話だった。彼が連れているドラゴン……クラリウスは、かつて国を騒がせていた暴れ竜だったという。騎竜士たちに捕らえられ、人に危害を加える可能性があるとして処分寸前だったのだが……それをエルティムが引き取り、自身のパートナーにしたのだとか。
事実、彼の隣に居る深紅のドラゴンは小型形態でありながら、周囲を静まり返らせる圧を放っていた。鮮やかな金の瞳で周囲を見据える様は勇ましく、身動きを許さないような迫力を持っている。
「一緒に訓練をしていく仲間なのだから、無闇に威嚇をしてはいけないよ。それに、仲間を貶すような言動は慎むべきだ。ね?」
微笑みながら、彼は言う。穏やかであるものの有無を言わせぬその声音に、青年は身を縮めて小さく頷いた。それを見て目を細めたエルティムは今度は女性の方へ顔を向ける。そして困ったように笑いながら、言った。
「君も。仲間を庇おうとした気持ちはわかるけれど、必要以上に挑発的な発言は避けた方が良い」
わかるよね、と静かな声で念を押され、彼女も小さく頷いた。まるで叱られた子供のように首を竦める彼女を見てふっと微笑んだ彼はアルナイルとアルザの方を見る。そして、アルナイルの耳元に囁くように言った。
「君たちがどうしても許せない、罰をと言うのならば、私の権限でそうすることもできる。どうする?」
そう問いかけて、エルティムは真っ直ぐにアルナイルを見つめた。アルナイルはそれを聞いてちらりとアルザを見た後、首を振った。エルティムは目を細めると、その視線をアルザへ移す。びくりと体を跳ねさせ、硬直する彼を見つめた彼はそっと息を吐いて、アルナイルに問いかけた。
「……雑種のドラゴンを貶すつもりも軽んじるつもりも私にはないけれど、今の世間の反応は"あれ"だ。君は……君たちは、それを受け入れて此処でやっていこうと思えるかい?」
その問いかけにアルナイルは大きく目を見開く。エルティムはそんな彼を真っ直ぐに見据えたまま、目を離さない。やがて、一つ息を吐き出したアルナイルはきっぱりと言った。
「受け入れる、と言うのは違うけど……あんなこと言わせないように、俺が……俺とアルザが頑張れば良いだけだって、そう思ってる」
受け入れる、と言うのは絶対に違う。それは確かに伝えておきたいことだった。"雑種だから軽んじられても仕方がない"と言うのは、絶対に間違っているとアルナイルは思っていた。けれど、世間一般の反応がそうであることは、エルティムの言う通りなのだということは、アルナイルも理解している。だから、彼は言ったのだ。自分たちがそう言わせない振舞いをすれば良いのだ、と。
「誰になんていわれても、俺の相棒はアルザだけだ。今更、それを変えるつもりはない」
アルナイルの言葉に、エルティムはゆっくりと蜂蜜色の瞳を細めた。そして。
「そうか」
一言返すと、彼はぱたりと手を打った。周囲に集まっていた見習いたちがびくりと肩を跳ねさせる。
「さぁ、あと少ししたら式典が始まるよ。皆んな、しっかり準備をしておくように」
そういうと、エルティムは隣に控えていた自分の相棒の背を軽く叩いた。一つ低く唸ったドラゴン……クラリウスは羽ばたき、彼と共に去っていく。
は、と最初に息を漏らしたのは誰だったか。
ほんの少し落ち着いた、けれども先程とは少し異なるざわめきに包まれるホールの中で、アルナイルは一つ息を吐き出して、先刻自分たちを庇ってくれた彼女に声をかけた。
「ありがとうな、さっき」
こそりと、アルナイルは礼を言う。金髪の彼女は彼の方を見ると、ふわりと笑って、言った。
「良いのよ。私が許せなかっただけだから。
貴方も騎竜士見習いよね? 私はフレース、フレース・ヴィンディカイト」
よろしくね、と言って彼女は手を差し出す。アルナイルは笑顔でその手を取った。
「それで、こっちが……あれ?! モースト?!」
恐らく、彼女のドラゴンを紹介しようとしたのだろう。しかしその傍にドラゴンの姿はない。慌てて視線を走らせる彼女……フレースの後ろから、不意にびゅうっと風が吹いた。くすくすっと子供っぽい笑い声が響く。
「フレース、こっちだよー」
人懐こい声と同時に吹き抜ける旋風。フレースの長い金の髪がさらさらと揺れた。
その風を巻き起こしたのは、小型形態のドラゴンだった。銀色の体に鉱石のような角、鮮やかな金色の瞳は悪戯な光を灯して、フレースやアルナイルを興味深げに見ている。
自分の傍でぱたぱたと羽ばたくドラゴンを抱き止めて、フレースは一つ溜息を吐き出す。
「もう……良い子にしていて……」
そう言いながら、フレースは困ったように自分のドラゴンを紹介した。
「この子がモースト、私のパートナー。ヴント種なの」
彼女の腕の中でぱたぱたと未だに羽ばたいているドラゴン……モーストはきらきらと目を輝かせながらアルナイルとアルザとを見ている。好奇心旺盛な同族に気後れしているのか、アルザは少し首を竦めていた。
「ヴント種か……気まぐれだってよく聞くな」
そう言って、アルナイルは笑う。
竜にも様々な種類が居る。その中でも風竜種は気まぐれであるということで有名だった。手なずけることが難しく、連れている者も決して多くはないという。アルナイルも、ヴント種を見るのは初めてだった。
「凄いなぁ」
アルナイルが素直に感嘆の声を上げると、フレースは少し嬉しそうに笑った。
「そうなの。気まぐれだけど、根は良い子なのよ」
そう言って、フレースは溜息を吐き出した。
「私がもう少ししっかりしていたら……」
小さな呟き。それはアルナイルには聞こえていなくて、彼はきょとんと首を傾げる。その様を見てはっと息を呑んだフレースは笑顔を浮かべて、言った。
「ううん、何でもない! これからよろしくね、アルナイル、アルザ!」
***
騎竜士見習いたちから少し離れたところに戻った後。
「甘いぜ、エルティム」
低い声で、深紅の竜は自身のパートナーを諫めた。喉の奥で唸るようなその声は、面白くないものを見たときの彼の癖だとエルティムは良く知っている。どうして、と問うまでもなく、彼は理由を語った。
「ああいう輩は反省なんてしねぇ。とっとと追い出した方が他の候補者のためじゃねぇの?」
不愉快そうなその声に、エルティムは軽く肩を竦めた。
「クラの言ってることもわかるけれど、障害全てを取り除いてやっても彼らのためにはならないからね。もしかしたら先程仲間に酷い罵声を浴びせた彼も更生するかもしれないし」
「それが甘いって言ってんだが?」
呆れたように息を吐くクラリウス。ぱちぱちと小さな火花が散った。エルティムはそんな彼を見て困ったように笑うと、小さく首を傾げて、問うた。
「でも君も様子見を選んだだろう?」
その言葉にクラリウスは一瞬、羽ばたきを止める。それから、面白くなさそうに鼻を鳴らす。そう、クラリウスが気分を害しているのも事実だが、エルティムがしたことを本気で咎めている訳でもないのも事実なのだ。そうでなければ、彼があの場で黙っているはずはないのだから。
エルティムの言葉に小さく頷いたクラリウスは吐き捨てるように言った。
「まぁな。あのレベルのガキどもはどうなるか推測つかねぇからな」
そんな彼の口ぶりに、エルティムは苦笑を浮かべた。
「ガキって……今年の子達もそこそこの年齢の子達居たと思うんだけどな」
彼の言葉にクラリウスはハンッと鼻で笑って、言い放った。
「俺からすりゃあみんなガキだ」
「それもそうか」
彼の言葉を聞いて、可笑しそうにエルティムは笑う。確かに何百年、場合によっては何千年と生きる竜種にとって、人間など大人でも子供のようなものだろう。事実、成人して久しい自分のことも、クラリウスは時折子供扱いしてくるのだから。
「ま、何かしでかすようならさっさと対応すりゃあ良い。対応しなくても相応しい実力がなきゃどっかで野垂れ死ぬだけだ」
「物騒だなあ」
まぁ事実だけれど。そう呟いて、エルティムは見習いたちの方へ視線を向けた。年齢も、性別も、体格も、きっと生まれ育った土地も違う様々な人間、そしてその傍に寄り添うドラゴンたち。彼らの姿を見て、目を細める。
彼らの全てが騎竜士になれるほど甘い場所ではないことを、エルティムは良く知っている。訓練の途中に心折れて去っていく者、訓練の途中に傷を負って諦めざるを得なくなる者……場合によっては命を落とす者もいる。残酷なようだが、クラリウスの言葉は事実なのだ。そんな彼らを教え導く身であるエルティムからすると、少し切ない話ではあるけれど。
そんな彼の表情を見て、クラリウスはふっと息を吐く。
「まぁ、見所ありそうな奴もいるにはいるし……そこそこな豊作なんじゃねぇの? お前の愛弟子も居るしな?」
そう言いながらクラリウスが視線を向ける先には一際幼い子供の姿。癖のある長い薔薇色の髪の少女は、すぐ傍に居る自分のパートナーを撫でながら、嬉しそうに笑っている。その姿を見て目を細めながら、エルティムは小さく頷いた。
「あの子もそうだし、今年の騎竜士の卵たちをちゃんと見てきてほしいってアリスにも頼まれているし、私も指導者として頑張らないとなぁ……」
「げ、あの研究バカか……」
"アリス"と言う名を聞いて露骨に嫌そうな顔をするクラリウス。研究熱心で人一倍ドラゴン好きなかつての同期生の姿を頭に浮かべながら、エルティムは苦笑混じりに言った。
「頼むよ、クラリウス。私だけじゃフォローしきれない部分もあるから」
「へいへい、騎竜士様の仰せのままに」
ふんと鼻を鳴らし、一度大きく羽ばたくパートナーを見て、エルティムはそっと笑ったのだった。




