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第一章 ヒーローに憧れて




「此処が 竜の巣(クィブル・ドラコヌリ)かあ……」


 感慨深げに建物を見つめ、少年は呟く。燃えるように鮮やかな紅の中、一房だけ混ざる白い髪が揺れる。瞳はまるで晴れ渡った空を映したかのような色で、きらきらと輝いていた。


 竜の巣(クィブル・ドラコヌリ)……それは、ドラゴンと共存するこの世界において唯一、ドラゴンを使役し、騎乗することができる騎竜士カラレトゥル・ドラコヌリを育成する施設。ドラゴンと共に生きる人々にとっては憧れの存在である騎竜士の資格を得るためには、竜の巣に入団し、訓練を受けなければならないのだ。

 何故ドラゴンへの騎乗に資格が必要なのか。それは、昔……遠い遠い昔の、この国の成り立ちにまで遡るという。


 かつて、強い力を持つドラゴンは神にも等しい存在であった。空を飛び、地を踏み締め、海を渡るその様は神々しく、美しく……世界の支配者と言っても相違ない存在であったという。

 人間は脆弱で、知恵なき存在であった。体も小さなその種族は、ドラゴンにとっては気に留めるほどの存在ですらなかったのだろう。しかし、少しずつ数を増やした人間は知恵をつけ、技術を磨き、ドラゴンを狩るようになった。ドラゴンが持つ強大な力を恐れて、或いはその角や鱗に価値を見出して。


 長く、人間とドラゴンとは戦い続けた。ドラゴンは人の言葉が理解できず、人もドラゴンの言葉が理解できなかったから、戦う他なかったのだ。


 しかしある時、人の言葉を理解するドラゴンと、ドラゴンの言葉を理解する人とが現れた。知恵を持つその二者は、言葉を交わし、契りを結んだ。

 ドラゴンは無闇に人の生活を脅かさないことを、人はドラゴンの誇りを守り無闇に攻撃をしないことを。


 それから、人はドラゴンと共生するようになっていったという。強い力を持つドラゴンは人を守り、時に自身から剥がれ落ちた鱗や角を資源として差し出した。人はそんなドラゴンに感謝し、その棲家を守ったり、時に餌を与えたりもした。


 しかしそんな生活を続けていくためには、互いの尊厳を守るために譲れない部分があるのは間違いなく。

 ドラゴンは人を乗せることを嫌う。恐らくそれは、ドラゴンの矜持。人に力を貸すことは承諾しても、まるで道具のように扱われるのは我慢ならないのだろう。

 故に、幾ら共に生きていくとは言ってもその背に乗ることはできなかったのだ。……一部の人間を除いて。


 ドラゴンが認めた人間だけは、その背に乗ることができたのだと言う。ドラゴンの言葉を理解し、その価値観を理解し、ドラゴンに寄り添い生きていこうとした人間だけが。

 そんな人々のことをこの世界では騎竜士カラレトゥル・ドラコヌリと呼ぶようになったのだという。


 そんな昔話のどこまでが真実かは不明だが、現代でもその風潮が残っており、ドラゴンとより深く心を通わせ、その背に乗ることを許される存在……騎竜士を育成する機関として、竜の巣ができたのだとされている。


 つまり、竜の巣はドラゴンと共に暮らす人々にとって、憧れの場所なのだ。今その門の前に立つ少年にとっても。


 アルナイルが門に向かって一歩踏み出すと、硬い声が彼を呼び止めた。


「止まれ。入館許可は?」


 顔を上げれば、険しい顔をした男の姿。制服に制帽姿の彼は、この竜の巣の門番なのだと一目で分かった。竜の巣は、国家機関だ。国を守る軍人や警官にも騎竜士は居る。故に、危険な人物を通す訳にはいかないのだ。

 腰に剣を下げたそれを見ても少年は怯むことなく、パチパチと瞬くと、笑顔を浮かべた。


「あ、これ!」


 そういって彼は首から下げていたペンダントを門番に見せる。陽の光を反射して煌めくそれを見て、門番の男は目を細めた。


「新規入団者か」


 門番の呟きに少年は嬉しそうに頷く。

 彼が差し出したシルバーのロケットには小さな乳白色の石がはまっている。その少し下にはまるで何かがはめられるのを待つかのように、ぽかりと穴が空いていた。

 制竜石と呼ばれるそれがつけられたペンダントを下げているのは、騎竜士だけ。その穴にはめ込まれるのは、騎竜士のパートナーとなるドラゴンの鱗。つまり、その位置に穴が空いたままになっているペンダントを下げているのは、まだ入団したばかりの騎竜士見習いなのだ。


「確認する」

「ん、はい」


 門番は彼のペンダントをくるりとひっくり返す。後ろには、彼の名前が彫られていた。


「アルナイル・イヴルス……確かに、今期の入団者だな」


 そう言いながら、彼はちらと眼前の少年へ視線を向けた。


 その名は、此処数日この竜の巣でよく聞くものだった。今期の最有力候補。騎竜士の家系ではないのに優れた知識と能力を持つ少年。此処数年で滅多に見られない、優れた騎竜士になることだろうと、囁かれている存在だった。試験結果は騎竜士家系の者に引けを取らないもの。実技試験に至っては並みの受験者では到底敵わないような技量を見せつけたらしい、と門番である彼でさえ噂で聞いた人物だった。


 しかしこうして顔を合わせ、話をしてみる限り、そんなに特別な存在には思えない。明るく無邪気で人当たりの良い少年だ、という印象しかない。しがない門番である自分では感じ取れない何かがあるのかもしれないな、と思いながら、彼は少年に視線を投げていた。


 そんな彼の視線にきょとんとする少年……アルナイルにペンダントを返しながら、門番の男は一礼しながら、言った。


「ようこそ、竜の巣へ。騎竜士の卵の君が、頼もしい騎竜士となって巣立つことを心から願っている」


 きっと、此処を通る入団者たち皆にかける言葉なのだろう。しかしそれがわかっていても、アルナイルにはその言葉が嬉しくて。ぱぁっと顔を輝かせた彼は、一際大きく声を上げた。


「ありがとう! えーと……お兄さんの名前は?」


 そう問いかけるアルナイルに、門番はぱちりと瞬きをする。……門番の名など、覚えても何にもならなかろうに。そう思いながら、彼は応える。


「……タラゼドだ」

「タラゼドさん! ありがとう、俺頑張るよ!」


 明るく笑みを浮かべた彼を見て、門番……タラゼドは表情を緩めた。

 この門をくぐる者の表情は、散々見てきた。緊張気味に、険しいとすら言えるような表情でくぐっていく者ばかりだ。それもそのはずだ。騎竜士になるというのは決して簡単なことではない。本来人に従うはずのない存在を従え、共に生きていくための訓練をするのだ。精神も肉体も疲れ果てるに決まっている。……事実、志半ばで此処を去っていく背中も幾つも見てきた程である。


 だからこそ、アルナイルの無邪気な笑みは、対応は、眩しく心地よく感じるものだった。


「……ところで、君にはパートナーのドラゴンは居ないのか?」


 そんなタラゼドの問いかけに、アルナイルは困ったように笑う。


「そうなんだよ。俺、騎竜士の家系じゃないからさ。竜の巣に入ってからでもパートナーを探せるって聞いてるんだけど……」


 タラゼドはその言葉に幾度か瞬いてから、頷いた。


「ああ、一応可能だ」

「一応?」


 きょとんとして首を傾げるアルナイル。タラゼドは軽く肩を竦めると、言った。


「あまり一般的ではないんだ。他にいくらでも手段はあるだろう、知り合いの家から貰ったり、借りたり」


 タラゼドの言うことは尤もだ。ドラゴンを得る手段は決して少ないわけでは無い。現代においてはドラゴンを保有していない家は珍しいし、資格をとった上でドラゴンを繁殖させている家もあるくらいだ。そんな状況でわざわざ竜の巣に来てからパートナーを探す必要はない、と彼は言いたいのだろう。

 しかし、アルナイルは頬を軽く引っ掻いて、言った。


「確かにそう言う手段はあったんだろうけど……コイツだ! ってパートナーが見つからなくてさ。折角一緒に頑張るパートナーだから、ちゃんと選びたくて!」


 そう言って、アルナイルは笑った。明るく、眩しい笑顔。それを見て、タラゼドは目を細めた。


 優れた実力を持つと言う、騎竜士の卵。その瞳はまるで星のように煌めいている。とっくにそんな瞳の輝きは手放してしまった大人としては、眩しすぎるような気さえするけれど、それと同時に……その光を応援したくもあった。


 そうか、と呟く彼に、アルナイルは問いかける。


「パートナーにしてもいいドラゴンってどんなかな? 何処にいるんだ?」


 早速見に行きたい、とわくわくした様子を隠しもしない彼を見て小さく頷くと、タラゼドは応えた。


「あちらだな。荷運びのためのドラゴンもいるが……」

「ありがとう!」


 彼が示す方へ、アルナイルは駆け出した。ひらりと手を振り、みるみるうちに小さくなる彼の姿を見送って、タラゼドは目を丸くした。行動力が凄まじい。呼び止める暇もなく、遠ざかっていく彼を見送って、門番は小さく笑う。


「……荷運び用のドラゴンもいるが、まぁ……見ればわかるだろう」


 そう呟きながら、タラゼドは門の前に立ち直したのだった。



***



 門番タラゼドに教えられた方へ、アルナイルは駆けて行った。その先には大きな建物があり、時折竜の咆哮と思しき声が響いている。わぁ、と声を上げた彼は早速その中へ入って行った。


「此処が竜舎か……!」


 ぐるりと中を見渡して、アルナイルは呟く。建物の中はかなり広く、天井には青空が広がっていた。本物の空ではない。竜舎の中で管理されているドラゴン達のストレスを軽減するための措置なのだと聞いたことがあった。

 本当は本物の青空の下、自然の中で育つべきドラゴン達ではあるが、なんらかの事情があって保護・管理されているドラゴン達も存在する。怪我をして保護されたならいざ知らず、人に危害を加えるかもしれないと言う理由で保護……基捕獲されるドラゴンも存在する以上、自由にさせることだけが正解ではないと言うことをアルナイルも知っていた。


 基本的に、建物の中で竜達は自由に過ごしていた。

 水を飲み、羽ばたき、ドラゴン同士で戯れあったりして。室内により多くのドラゴンを入れるため、施された術をかけられているのだろう。小型形態フォルマ・ミーカと呼ばれる、本来のサイズからかなり縮めた姿ではある。それでも、入ってきたアルナイルを見定めるように向けられる視線は、気配は、間違いなくドラゴンとしての誇りを灯したものだった。


 と、不意に高い打音が響いた。鋭く空気を切る音と、硬い何か……鱗を打つ、鞭の音。それに驚いて視線を向ければ、そこには一頭のドラゴンがいた。


 ちょうど仕事に出るところなのか、小型化の魔法を解いた、通常形態フォルマ・ノルマーラの姿のドラゴン。鳶色の鱗は頑丈そうで、額には透き通った鉱石状の角が生えている。逞しげな体躯とは対照的に優しげな瞳は深い森の奥のような静かな緑色をしていた。

 特別美しいドラゴンではない。特別強そうなドラゴンでもない。どちらかといえばありふれた、凡庸なドラゴンだ。


 その背に打ち下ろされる、鞭。ばちん、と鋭い音がまた響く。痛み故か、恐怖故か……ぎゅ、とドラゴンは目を閉じていた。

 それを見たアルナイルはハッとすると、そちらへ駆け寄った。


「何してんだよ!」


 ドラゴンと人間との間に割って入りながら、アルナイルはドラゴンを打った男に怒鳴った。鋭く、よく通る声で。


「っ、え……?」


 困惑した声を上げたのは、管理係と思しき人間ではなく、ドラゴンの方で。


「無闇にドラゴンを痛めつけるのは法律レーゲで禁止されてるはずだろ?」


 それがわからずに竜の巣にいるはずがない。憤慨するアルナイルを見つめ、初老の男性は肩を竦めた。


「あまりに鈍いから折檻したにすぎない。指導であって、虐待ではない」

「怖がってるだろ、そんな打ち方することないじゃん!」


 そう言い放つアルナイルの空色の瞳には色濃い怒りが灯っている。それを見つめる管理係の男はそっと溜息を吐き出した。


「怖がってなどいないさ、いつものことだ。なぁ」


 男に問われ、ドラゴンは身を竦めたまま、俯いた。


「事実だから、気にすることはないよ。鈍いボクが悪いから」


 ぽつりと呟くようにドラゴンがいう。と、アルナイルはそんな彼にぐっと顔を近づけた。


「っ……な」


 何? とドラゴンは問いかける。深緑の瞳を見開いて、困惑した顔をする彼を見つめ、アルナイルはきっぱりと、言い放った。


「決めた! お前が俺の相棒だ!」

「……は?」


 気の抜けた声が、ぽかんと開いた牙の並ぶ口が、ドラゴンの驚きを表していた。今、この少年は一体何といった? 相棒? 相棒って……何の? 


 そんな言葉がきっと口に出ていたのだろう。


「俺、今日から竜の巣に入った騎竜士見習いなんだ! でも相棒のドラゴン居なくてさ。お前が良いなってそう思ったんだ!」


 だから、と言って彼は空色の瞳を細める。それを聞いて、幾度か瞬いたドラゴンは口を開いた。


「じ、冗談、だよな……?」


 少し上擦った声で、ドラゴンは言う。大きな体躯からは想像もつかないような、弱い声で。それを聞いたアルナイルはむっと眉を寄せて、口を開いた。


「本気だよ! ビビッときたんだ、お前が俺のパートナーだって!」


 嘘じゃない、と憤慨するアルナイル。そんな彼の言葉に嘘がないことは、対峙している彼自身がよくわかっていた。本来人と言葉を交わすことなどないドラゴンは、雰囲気や気配からおおよそ相手の思考を読むことができる。嘘をついて欺こうとしている人間の気配は、よくよく知っている。眼前にいる少年は、決してそんな存在ではないと本能で理解できた。

 だからこそ、困惑する。何故、自分を? と。


「正義漢ぶっているところ悪いが、考え直した方がいいぞ、騎竜士見習いの少年」


 鳶色のドラゴンが口を開くより先、髪に白いものの混ざる男性は、喉の奥で小さく笑ってから、鳶色のドラゴンを示して、言った。


「No.0920……そいつは雑種ヒヴリトだ」


 No.0920というのが、恐らくそのドラゴンの名前ばんごうなのだろう。雑種ヒヴリト……実物を見るのは初めてだと、アルナイルは眼前のドラゴンにまた視線を向ける。


 ドラゴンにもさまざまな種類が居る。森に住むもの、海に住むもの、水が得意なもの、苦手なもの……それぞれに特殊な性質を持っているのだ。血筋によって異なるそれらの形質を選ぶことは、騎竜士になるために必要不可欠なこと。例えば、遠く離れた土地に向かうために、遠距離飛行が苦手な種を選ぶ者は居ない。


 鳶色の体のドラゴンは目を伏せ、口を噤んでいた。そんな彼を一瞥した管理係の男は、言葉を続けた。


「雑種は全体的に能力が低い。現れる形質も一定ではない。荷を運ぶのがせいぜいだ。そんなドラゴンを相棒に選ぶ騎竜士なんて居ない」


 それは知っているだろう、と彼は言う。


 ドラゴンの性質は殆どが種族依存だ。故に、純血種ラーサ・プーラと呼ばれるドラゴンが最も重宝されている。血筋の確かな両親から生まれたドラゴンは、形質が受け継がれやすいためだ。

 逆に……血が混ざりあい、どの種の形質が濃く出るか推測が出来ない、尚且つどの形質も中途半端に継承されやすい雑種ヒヴリトは嫌煙されがちなのである。


 恐らく、悪意ではない。まだ幼く、その幼さ特有の正義感で眼前の生命を庇おうとするアルナイルを心の底から心配する声音だった。


「相棒候補のドラゴンなら他に……」

「折角だけど、俺もう決めたからさ!」


 男の言葉を遮って、アルナイルは頑なに言い切る。それ以外の選択肢はない、と。


「き、決めたって言われても……困る」


 視線を揺るがせながら、ドラゴンは言った。大きな翼を畳み、目を伏せて、ゆるゆると首を振る。それを見て、アルナイルは問いかけた。


「何で? あ、他に申し込み受けてるとか」

「そっ……んな訳ないだろ」


 驚いたように一瞬大きくなった声はすぐに萎む。そんな訳ない、その声には僅かに怒りさえ滲んでいた。


「説明されただろ、ボクは雑種だ」

「だから?」

「だ、から……」


 それから先の言葉を紡ぐのに、彼は詰まった。それは、彼の中にある僅かなプライド。荷運び用の竜として生きてきた。鞭に打たれるのも怒鳴られるのも当たり前の雑種として生きてきた。それでも捨てられなかった、竜種としての誇り。……認めたくない、けれど認める他ない、明らかな事実を伝えなければならないことへの悔しさ故に、彼は言葉を紡げなかったのだ。


「騎竜士が乗る竜じゃない。ボクは、荷運び用の竜だよ」


 たっぷり間を空けた後、低く、唸るように彼は言った。


 全て、先刻説明された通りだ。雑種は純血種は勿論、意図的に交配された混血種クルス・ミクスタの竜のように発揮される能力が推測しづらい。挙句、能力が高いものは殆ど産まれず、どうしても劣化版の竜でしかないのだ。雑種で優れている点はと言えば、体の強さくらいである。ただ荷を運ぶだけならばいざ知らず、遠くまで飛び、時に騎竜士の戦いをサポートすることもある騎竜としては能力が足りなさすぎるのだ。


 そんな彼の言葉に、アルナイルは眉を寄せた。

 その顔を見て、鳶色の竜は少し安堵した顔をする。漸く自分がしようとしていることの愚かしさを理解してくれたか、と。

 しかし、アルナイルが放った言葉は、彼にとって全く想定外のものだった。


「そんなに荷運びが好きなのか?」

「へ?」


 ドラゴンの口から、また気の抜けた声が漏れた。難しい顔をしたままに問いかけられたことが理解できなくて。ぽかんとして固まる彼を見つめて、アルナイルは首を傾げた。


「いや……そんなに頑なに拒むくらい、荷運びが好きなのかなー、と思ってさ」


 そんな言葉をかけるアルナイルをまじまじと見つめる、深緑の瞳。揶揄われているのか、と一瞬本気で思ったのだけれど、アルナイルの表情は至極真剣なもので。

 どう答えるのが正解なのかわからなくなって、視線を揺るがせながら、ぼそりと答える。


「……そんなことは、ないけど」


 荷運びが好きなドラゴンなど、きっとそう居ない。本来プライドの高いドラゴン。餌さえ貰えればいいと思っているような怠惰な個体か、或いは全てを諦めた個体くらいのものだろう。鞭に打たれ、急きたてられ、重たい荷を運ぶのが好きだなんて、普通の個体では思うはずがない。


 思わず顔を顰める彼を見て、アルナイルはキッパリと言った。


「じゃあ、別にいいじゃん! それとも、規則的に何か拙い?」


 なぁ、とアルナイルは傍で呆然としている管理係の男性に問う。ハッとした彼は、少し困ったように頭を掻いて、言った。


「駄目、ってことはないが……本気か?」


 管理係の男は困惑気味にアルナイルに問いかける。

 規定上、問題はない。騎乗用に訓練されている竜を荷運び用にするのは相当な理由がなければ許可されないが、その逆に関しての規定はほぼ無いのだ。尤も、その理由は簡単で、荷運び用の竜を騎乗用に選ぶ人間が殆ど居ないからだ。選ぶ利点がない。


「もう一度言うが、そいつは雑種だ。それに、俺にはソイツの言葉がわからねぇが……本竜ほんにんも困ってないか? そんな奴を相棒にするなんて正気とは思えない」


 騎竜士を目指す上で相棒選びはとても重要だ。この場所で共に学ぶ存在であることは勿論……将来、騎竜士になった時も、その相手と共に生きていくことになるのだから。そう言った意味で、雑種である彼を選ぶのは悪手としか思えなかった。


 それでも選ぶのか、と問われて、アルナイルは笑顔で頷く。暫し彼の真意を読み取ろうとするようにアルナイルの目を見つめていた男性は、そっと息を吐き出した。


「変な奴だな……苦労しても知らないぞ」


 そう言うと、彼はドラゴンにつけた番号札を外して、さっさと去っていった。またアルナイルに絡まれては面倒だと思ったのか、鞭は使わず、荷運び用のドラゴンを連れて。


 そんな仲間の背を見送りながら、荷運び用のドラゴンとしての証を外された彼は、何処か居心地悪そうに身を縮めている。


 ……彼の言う通り、荷運びが好きだった訳ではない。鞭で打たれるのも、遅いと怒鳴られるのも嫌だった。怖かった。逃げたいと思ったことも、何度もあった。けれど……それでも、竜の巣に居る方が、まだそれでもマシだったから、だから此処に居たに過ぎない。

 そんな自分を騎竜用として使いたい、だなんて。先程の男が言っていた通り、正気とは思い難かった。


「……唯の同情だったって言うなら今のうちだと思うけど」


 今ならまだ引き返せる。気の迷いだった、と言って自分を突き返せば済むだけの話だ。荷運びのドラゴンはどれほどたくさん居ても問題はない。突き返されれば、あの男はまた自分に札をつけるだろう。


 しかし、アルナイルはその言葉に苦笑いして、肩を竦めた。


「だから、嘘じゃないって。確かに、お前が鞭で打たれてるのが心配だったのもあるけど、ビビッときたってのは、ほんとだよ」


 そっと、アルナイルはドラゴンの体に触れた。先程叩かれていたあたりを、そっと。その手つきの優しさに、柔らかさに、ドラゴンの方が困った顔をした。


「さっきの、気にしてるのか? ……痛くはないよ、驚きはするけど」


 だからあんな風に庇う必要なんてなかったんだ。ともすれば無理に庇いに入ったキミが叩かれていたかもしれないのに。

 そう言いたげな視線に気付かないフリをしながら、アルナイルは彼に問いかけた。


「お前の名前は?」


 名を問われた鳶色の竜は大きな瞳を一度瞬かせた。そして、事もなげに、慣れたように、こう答えた。


「さっき言われてた、No.0920……」


 その返答にアルナイルは苦笑した。ひらひらと手を振りながら、彼は言う。


「違う違う! お前の、個体としての名前!」


 そんなアルナイルの問いに、彼は困惑した顔をした。そして小さく溜息を吐き出すと、ゆるゆると首を振って、言った。


「ないよ。名前なんて呼ばれる機会もなかったし……」


 頭を過ぎる記憶は、既に朧げになったものもあるけれど……幼い頃から、誰かに名を呼ばれた記憶などなかった。この場所……竜の巣に来る前から、ずっと固有の名前で呼ばれることなどなかったのだ。それが当然と思っていた。


 そんな彼の様子を見て、アルナイルは少し眉を下げた。彼はドラゴンが好きである。騎竜士の家系ではないものの、幼い頃から近くには多くのドラゴンの姿があった。騎竜士たちと共に街の治安を守るもの、人の代わりに子供の世話をするもの、遠く離れた街へ荷を運んでいくもの……強く、美しく、時に人に力を貸してくれる存在。彼らに接しているうちに、いつか自分もドラゴンと共に人の役に立つことができたら……そう思っていたのだ。


 彼の両親は反対した。そう言う家系でもないのだから難しいだろう、と。

 そもそも、彼の両親はドラゴンの言葉を理解できなかった。普通の人間は、ドラゴンの言語を理解することができない。そんな人間からしてみれば、人の役に立ってくれるドラゴンであっても、何を考えているのか、どう言う意図で人間の手伝いをしているのかがわからない。故に恐怖心を抱くものも少なからずいる。

 ドラゴンの言葉がわかるアルナイルからすれば、少なくとも人の近くで生活するドラゴンたちは殆どが人間に友好的な思考をしていると言うことは分かりきったことだったのだけれど、それを理解できない人間を責めるつもりもなかった。ただ、そんな人間とドラゴンの間にある溝を埋めたい、とより一層強く、騎竜士に憧れるようにはなった。


 両親が自分を思って反対してくれていることは理解していたが、だからと言って諦めるつもりはなかった。だから、親に黙って竜の巣に入るための試験を受けたのである。


 合格通知と、竜の巣の入館許可証を見せたとき、彼の両親は唖然としていた。しかし、そこまで本気の息子を止めるような両親でもなく。


―― 気をつけて頑張っておいで。


 そう言い含めて、彼を送り出してくれた。彼が優れた騎竜士になることを願って。


 ……だから。そんな彼は、眼前に居る、自分の相棒に名前をつけようと思った。今まで受け取ったことがない、名前という贈り物を。


「……アルザ、うん、アルザがいいな」


 暫し口を噤んでいたアルナイルはそう言った。アルザ、と言う名。それを聞いたドラゴンは大きく目を見開く。


「アルザ、って……あの英雄の?」


 まさか、と思いながら掠れた声で問いかければ、アルナイルは笑顔で頷いた。


「そう、初めて人間と言葉を交わした、知恵あるドラゴン。人とドラゴンの架け橋になった英雄の名前だ!」


 良い名前だろ、とアルナイルは得意げに言う。

 大好きな、遠い昔の伝説の竜。争い続けていた人とドラゴンを繋いだ存在。その名を付けたい、と彼が言うのを聞いて、鳶色の竜は困惑した顔をして、呟く。


「……名前負けだよ」

「そんなことないって」


 そう言って、笑ったアルナイルはぎゅっとアルザの首に抱きついた。びくっと体を強張らせる彼の首を撫でながら、アルナイルは笑顔のままに言う。


「俺はアルナイル、よろしくな、アルザ!」


 アルザ、と呼ばれた竜は少し困った顔をした。

 しかし、それでも……自分に名をくれた人間の無邪気な笑顔に絆されたようにふっと笑みを溢した。


「キミは、名前の通りのヒトだな」


 アルナイル。明るい星の名前。輝けるもの。名は体を表す、などと言う言葉が人間の中にあることは知っていたけれど、彼はまさしく……と言う人間だった。


 自分に抱きつく"相棒"に軽く頭を押し付けながら、彼は言った。


「……よろしく、アルナイル」



 

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