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第十一章 あと少しだけ、と願わせて



「さっきのミーティア格好良かった!」


 授業が終わり、人が疎らになった講義室。のんびりと荷物を片付けていたミーティアの所へ駆け寄ってきた薔薇色の髪の少女は、きらきらと目を輝かせながら、ミーティアに言った。ぱちり、と瞬きをしたミーティアはゆっくりと首を傾げる。


「何が?」

「さっきの、し……先生に、何で騎竜士になりたいのか、って聞かれた時の答え。凄くしっかり考えてるんだなぁって!」


 そう言って、少女基ロージーは笑う。同じ、医療に関する知識を身に付けようとする者として、感銘を受けた所があるらしい。しかし、ミーティアはいつものようにおっとりと首を傾げるだけだった。


「そう?」


 特に変わったことを言った記憶はない。恰好良いと思われることを言うつもりもなかった。だから、ロージーがそんなにも嬉しそうにしているのが不思議でならないのだろう。勿論、悪い気はしないけれど。


 と、ロージーの袖をくいっと小さな影が引っ張った。


「ロージー、あんまりぐいぐい行くと困らせちゃうよ。それに、約束の時間まであと少ししかない」


 少し高い声でそう言うのは、ロージーの相棒であるモーレンで。アメシストのような目でじっとロージーを見ながら言う彼は、視線を時計へと動かしている。


「あっ、いけない! ごめんねミーティア、また後でね!」


 行こう! とモーレンを促しぱたぱたと走っていくロージーの背中を見て、ミーティアはゆっくりと手を振って見せた。その表情が緩んでいるのを見て、マテルは目を細める。


「また後で、って言ってくれる相手がいるのは良いわね」


 マテルにそう声を掛けられて、ミーティアは微笑みながら頷く。


「今まで、あんまり他の人と過ごしたことなかったから……後で、って言ってもらえるのも、いっぱい話ができるのも、嬉しい」


 よく言えばおっとり、悪く言えばマイペース過ぎるミーティアは、今まで波長が合う人間との出会いが少なく、一人で居ることが多かった。その傍にはいつもマテルが居て、彼女が傷ついてはいないかと心配していたのだけれど……彼女はいつも特に気にした様子もなく、微笑んでいた。

 そんな彼女がこうして気の合う友人と出会えたことが、マテルにとっても嬉しい。彼女が幸せそうに笑う姿を見ることが、マテルにとっての幸福だった。


「これから、もっと仲良くなれたら、良いな」


 ぽつりとそう呟いて微笑むミーティア。その顔を見てマテルは微笑みながら、頷いた。


「そうね。……さ、そろそろ戻りましょう」


 部屋にはいつの間にか、誰も居なくなってしまっている。マテルに促されて、ミーティアは小さく頷いたのだった。



 ***



―― その日の夜。



 騎竜士見習いたちが寝静まった後、マテルは静かに外に出ていた。吹き抜けていく風が心地よい。

 騎竜士見習いのドラゴンたちは人が傍に居ない状態でも、小型形態であれば外に出ることが許されている。勿論、遠くに行くことは出来ないが、息抜きとして散歩に出たり、文字通り羽を伸ばして過ごすことができるように、と言う配慮だった。……尤も、マテルが外に出てきたのは、そうした目的とは少し違っていたけれど。


「眠れないの?」


 そう声を掛けられて、マテルは顔を上げた。そこに居たのは、鳶色の身体のドラゴン……アルザで。


「あら、アルザ。貴方もお散歩?」


 微笑みながらマテルは首を傾げた。アルザはほんの少し迷うように視線を揺らした後、首を振った。


「ちょっと外を見てたら、マテルの姿が見えて。キミがこの時間に外に出てくるのは珍しいな、と思って。……余計なお世話かと思ったんだけど」


 嘘をつけない素直な竜は気まずそうにそう言った。それを聞いて少し目を丸くしたマテルはくすくすと笑った。


「ふふ、優しいのね」

「いや……ただ、ボクが気になっただけだから」


 そう言ってはにかむ彼を見て、マテルは目を細めた。そして、ふっと一つ息を吐いて……


「大丈夫よ、ちょっと気持ちの整理をしていただけ」

「気持ちの?」


 不思議そうな顔をするアルザにちらりと視線を向けてから、マテルは言葉を紡いでいった。

 授業での先生からの問いかけ。それに対するミーティアの返答。真っ直ぐな瞳と、凛と伸びた姿勢を思い出して……


「いつの間にか、大きくなっちゃったなぁと思ったのよ。ずっとずっと、一緒に居て、小さい頃から知っているからかしら……いつまでも子供に見えていたけれど、あの子はもう、子供ではないのよね」


 ぽつりと呟くマテルの声は少し寂し気だ。アルザはそれに口を挟むことなく、静かに話を聞いていた。ふぅ、ともう一度小さく息を吐き出した彼女は言う。


「〝竜の巣〟に入るにあたって、私離れをさせなければいけない、と思っていたのだけれど……名残惜しいのは私の方。駄目ね、私」


 そう言った彼女は少し寂しそうに笑った。

 生まれたときから知っている、可愛い子供。自分が爪で少し突けば破けて死んでしまうのではないかと思うような、弱弱しくて柔らかくて小さかった彼女が、此処まで成長してくれたことが嬉しくてたまらないと同時にどうしても寂しい。長命種の竜種(じぶん)人間(あのこ)では歩む時間が違うのだとそう、痛感してしまうから。マテルはそう言って、溜息を吐き出した。


 それを聞いて、アルザは暫く黙っていたが、すぐに顔を上げる。そして、深緑の瞳でマテルを見つめたまま、言った。


「ミーティアとマテルは、ずっと一緒だったんだよね。それじゃあ、寂しいのは当たり前だよ」

「え?」


 アルザの言葉にマテルは瞬く。アルザは言葉を選ぶように視線を揺らしながら、言った。


「えっと、ボクはまだアルナイルと出会って日も浅いけど……それでも、離れることになる〝いつか〟を思ったら、寂しいなって思うから。一緒に過ごした時間が長いなら、マテルがそう思うのは当然だし……だって、マテルにとってミーティアは、娘みたいなもの、なんでしょう?」


 その成長を喜ぶと同時に寂しく思うのは当たり前だと、アルザは言葉を紡いだ。

 それを聞いてマテルは幾度も瞬く。それから、嬉しそうに表情を綻ばせた。


「ありがとう、アルザ。そうね、そうよね……」


 寂しくても仕方ないわよね、と呟くマテルの薔薇色の瞳が潤む。アルザはそんな彼女の顔からそっと、視線を外した。何となく、泣き顔は見られたくないのではないかと、そう思って。


―― 母娘、か。


 ドラゴンと人間の在り方が色々だというのは常々感じてきたけれど、ミーティアとマテルのような関係もあるのか、とそう思う。

 自分とアルナイルはどんな関係を築いていけるだろうか? そう思いながら、アルザはそっと息を吐いて、空を見上げたのだった。



 ***



 一頻り涙を流したマテルはアルザに別れを告げ、部屋に戻った。少し恥ずかしいところを見られてしまった気がするけれど……少し、気持ちはすっきりした。寂しい気持ちが消える訳ではないけれど、それを受け入れてもよいのだとそう思えて、安心したのだ。


「アルザに感謝、ね」


 小さく呟いて、マテルはそっと微笑んだ。


 静かに部屋に戻り、いつものようにミーティアの傍のベッドにもぐりこむ……と。


「マテル、どこに、いってたの?」


 ぽやりとした声でそう呼ばれて、マテルは少し驚いた顔をした。顔を上げれば、眠たげな緑の目と視線がぶつかった。それを見てマテルはすまなそうに眉を下げた。


「ごめんなさいミーティア、起こしちゃったかしら?」

「ん、大丈夫……ただ、いなかったから……」


 何処に行っちゃったのかと思って、と呟く彼女の声は眠たげで……同時に、心細そうだった。それを聞いて、マテルはふっと笑みを浮かべる。


「大丈夫よ、少しお散歩に出ていただけ。ちゃんと貴女の所に帰ってくるわ。だから……」


―― 安心してお休みなさい。


 そう言って、マテルはそっと、ミーティアの額に口づけを落とす。それを受けたミーティアはくすりと小さく笑って、目を閉じた。


 すぐに聞こえてくる、静かな寝息。それを聞きながら、マテルは薔薇の瞳を細める。


「貴女の成長は嬉しいものだけれど、どうかもう少しだけ……」


―― 私に甘える貴女であってほしいと願わせてね。


 そう思いながら、彼女は眠る愛しい娘を見つめて、表情を緩めたのだった。



 

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