表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

寝ず太郎 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 寝言に返事をしてはいけない、とはよく聞く注意のひとつだという。

 俗に魂を奪われる、とのことだが科学的にも健康によくないものとされているな。

 寝言は夢を見るような浅い眠り、レム睡眠のときに発するもの。身体は休んでいても脳は働いている状態だから、外からの刺激も敏感に受け取ってしまう。

 となると、誰かが発する寝言への返事もまた、脳の仕事を増やしてしまう行為。これが寝不足につながり、体調不良につながり、ついには命を縮めることにつながる。

 魂を奪われるといっても、たちどころに、というわけじゃなく、じわじわと効いていった結果というわけだ。迷信もあながち的外れではないあたり、さすがは先人の訓戒というべきか。


 睡眠中は、多くの生物にとって無防備な時間。

 それを身体も分かっているのか、案外弱い揺れや音などにも敏感に気づいてくれるもんだ。そこには不可解な関係が生まれる可能性もある。

 俺の聞いた昔話なんだが、耳に入れてみないか?



 むかしむかし。あるところに「寝ず太郎」と称された、太郎という男がいた。

 名前の通り、家族を失くしてからのここ数年。こいつの寝る姿を村の者が見たことはなかった。

 それがたとえ、いくつもの夜を徹する大仕事を終えた後であっても、誰もが寝るまでに、彼の起きて仕事をする様しか見ることはなく。

 また目覚めてよりも、彼が働く姿しか確かめることはできなかった。いつ太郎が眠っているのか、ここ近年は誰も知らない。



 ただ、大きくなってからの彼は、歌を歌っている。

 このあたりの祭りで、口ずさまれるような小唄じゃない。老若男女の誰一人として、知っている者はいなかった。

 不審感から尋ねてみても、当の太郎本人も、指摘されてはじめて口ずさんでいる自分に気づいたようなそぶりを見せた。

 いざ、もう一度歌ってみろといっても、彼は「分からない」とこたえるし、しぶしぶ口にするのはみんなが知っている小唄ばかり。

 そして、とがめられたにもかかわらず自重しないで、ややもすればまた歌い出してしまう太郎。

 はたから見たらなめられているようにしか思えず、度重なる注意の末に、とうとう太郎は罰として、村の土蔵へ入れられてしまったのだとか。


 半日も例の歌を歌わずにいれば、出してやろう。

 そう取り決められた、外にいられないことをのぞけば、不自由しない蔵の中。常人ならばちょっとの我慢で、片付くような課題。それを太郎はこなすことができずにいた。

 蔵の前に見張りが立とうと、食事を運ぶ者がすぐそばへ寄ろうとも、ふとした拍子に彼はまた歌い出す。閉じ込められているからか、その声は外にいる時よりもずっと大きいものだ。

 課題をこなせない以上、約束は守られ続ける。

 彼は何日も何日も、土蔵暮らしをさせられた。あまりに反省の色が見られないものだから、日に運ぶ食事を減らしたり、労働を課せたりなどの負荷をかけるも、さほど効果はあがらず。

 そして交代で村人が番にあたるも、太郎はやはり一睡もする気配がなかったのだとか。


 いい加減、歌がうるさいと耐えかねてくるのは、周囲の村人たち。

 やむなく村長たちは、あらかじめ太郎本人に伝える。今後、歌い出すようなことがあれば、強制的に止めさせてもらうと。

 本人はあっさり承諾した。自分が歌っているという自覚は、本当にないのだろう。

 元より、数年前の流行り病で他の家族をみな失くし、天涯孤独と相成った身。こうして面倒をみてもらっているのを、申し訳なく思う言動が、ちらほらと太郎から見られたらしい。

 ならば黙ればいいといっても、当人は首をかしげるばかりの平行線。

 やがてその日の夕方。太郎が例の歌を口ずさみ始めてしまい、そばに控えていた役目の者は、すぐさま彼の口を手で塞いでしまったんだ。


 しばらくは、なおも声を張り上げようと口をもごもご動かしていた太郎。

 だがそれが終わると、急に眼がとろんとし始めて、ほどなくすっかりまぶたを閉じてしまったんだ。

 やっと眠るのかと、役目の者はどこか安心感を覚えたものの、こうまでして眠らずにいたわけはなぜだろうと、疑問も浮かぶ。

 太郎は早くも寝息を立て始めていたが、軽く身体を揺さぶってやると、ぱっと目を覚ます。

 また歌い出すかと思いきや、ぴたりと黙り込んだ太郎は、そのまま二刻ほどおとなしく過ごした。

 それこそ、短いながらもぐっと寝込むことで、眠気が吹き飛んだかのような切り替わり具合だったという。

 でも、それから二刻ごとにまた歌い出して、黙らされて、眠って……を繰り返すことになってしまったとか。


 このとき、蔵の外ではちょっとした事件が起こっていた。

 朝に村を出発し、昼過ぎには帰ると話していた男性がなかなか戻らず、いざ出迎えた時には夜中になっていたんだ。

 道中、なにかあったのかと知人が問いただしても、足した用以外は特になしとのこと。

 ただ、違和感を覚えたことがある。行きと帰りで同じ道を使ったにもかかわらず、帰りにかかった時間がべらぼうに長かった、とのことだ。

 個人がまだ時計を持つことがほとんどない時世、時間の経過は陽の動きや、自らの腹具合などで判断することも多かった。そして実際、彼は行きも帰りも足をさほど緩めなかったのにもかかわらず、この体たらく。

 まるで帰りは自分の100歩で、ようやく行きの1歩に相当するような、奇妙な感覚だったと彼は語ったのだとか。



 その懸念は、村人たちにとって思わぬ形で身に染みることになる。

 太郎はその日の丑三つ時に、やはり歌を歌おうとしてまた止められ、そのまま寝入ってしまったんだ。

 今度は揺すっても叩いても起きない、熟睡ぶり。

 こうまで休むことは、ひょっとすると家族を失くしてよりなかったかもしれない。

 その時の役目の者は、彼をそっとわら山へ寝かせて、いつ自然に目覚めるかと様子をみるにとどめたのだとか。


 太郎はこんこんと眠り続け、ついに東の空が白むかという時間になったとき。

 村全体をひとつ、大きな揺れが襲った。

 家の外に出ていたものは、それがただの地震でないことを、すぐに察することができたという。

 なぜなら、見渡す限りのはるか遠方。地平線の上から、巨大な高波が打ちあがり、しぶきを飛ばしているのを見たから。

 ここは海から遠い。足の達者な者でも夜通し歩かなくては、磯の香りを嗅ぐことさえできないはずだ。

 それがどうして、あのような目に見える場所で波が立ち、嗅げるべきでない海の匂いが、じっとしているのに向こうから押し寄せてくるのか。


 異変を感じ取った村人たちが、普段は駄馬として使っている馬たちに乗り、一刻も早く確認しようと地平線へと向かう。

 そしてその目で見たんだ。村から見える地平線は、もはや「水平線」と化してしまったことを。

 村の周囲はすっかり海に取り囲まれていたんだ。しばらくして、舟を出した村民たちは、そこが本来村のあった位置より、はるかに離れた海上であることを確かめたらしい。

 やがて太郎は目覚めるも、もうあの歌を口ずさむことはなくなり、極端に睡眠を取らなくなることもなくなったとか。

 本当の意味の孤島と化したこの村から、陸に伝手のある者はどんどん引っ越していったそうだ。

 身寄りのない者、ゆくあてのない者はとどまったが、ある素潜りの達者なものが島のヘリへ潜ったところ、少し深いところから島はわずかにへこみ、その奥に無数の脚を思わせる石の柱が立ち並んでいたとか。


 寝ず太郎は、この村の下にある生き物を固定し、陸にとどめる力があったのではないかと思われていたらしい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ