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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一時間一万円の私とセックスをしたのは中年の冴えないおっさんでした。

作者: 久方久米


 一時間、一万円。


 『ーーそれが私に与えられた身体の価値である。』


 スナック勤務を装い売春婦として生きている私 東條 雪(とうじょう ゆき)は、過激なイジメを受けておりまして高校退学を決意致しました。名門校だったのですが退学したことで両親や先生からも酷い批判を受けて私の『居場所』とやらは失ってしまったのです。


 居場所を失い親に勘当された成れの果てに、私の全財産は底をつき人並みの生活をすることが出来なくなりました。今になって思えば児童相談所を頼ったり、生活保護を受けるなりして充実した人生を歩めば良かったのでしょうが、当時の私は頭が回らなかったんでしょうね。


 自分でどうにかしなければと自分自身を追い込んでしまい、結果として行き着いたのは『売春婦』である。年も十六歳と若く顔やスタイルも決して悪く無かった事。バイトをしても私には難しく、ミスをすれば怒られる毎日に嫌気が差したのも相まって『売春』という行為に手を出しました。


 破瓜はかの痛み。私の身体を弄ぶようにして客が跨がり支配する。初めての時は張り裂ける程の痛みを伴ったし、血もダラダラと出てきて止まらなかったのですが、その獣は容赦なく腰を振り続けるのです。恐怖のあまり声すら出せませんでしたが、回数をこなすと何も感じなくなりただただ機械の様に行為を行い、果ててはまた繰り返す。そんな毎日でした。


 日々を過ごしていく内に私の精神と身体は壊れてしまいました。心の病気を患い自宅に引き篭もる様になり、ただ眠るだけの生活。私なんかが生きていていいのだろうかと本気で考えていました。たまたまテレビに目を向けると、都会の高層ビル屋上景色が写し出されていて、その美しい空や街並みが広がっている。家から近いってのもあって、私はあのビルの屋上に登り飛んでみたくなったのです。


 「あの場所で死のうかな……」


 自殺を決意した私は、心がすっかり楽になりいつもより深い睡眠を取ることが出来ました。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎


 目が覚めると辺りは暗く、眠った日を跨いで深夜一時過ぎになっていた。死のうと決意したにもかかわらず何だか焦ってしまいましたが急いで準備を済ませて、昼間観たテレビに映る高層ビル屋上まで私は自転車で向かったのです。


 オフィス街の密集地に到着し、何処かセキュリティの甘いビルが無いかと詮索するがなかなか見つからない。ダメですね、自分で死に場所すら選べないなんて。ちっぽけな私の人生だったけど、理不尽を通り越して当たり前になりつつあるのですが久しぶりにこの理不尽さには絶望してしまいました。


 不意に目を向けたその先に、セキュリティの甘そうな高層ビルを見つけることが出来ました。これはチャンスなのではと期待して、私はそのビルに侵入し屋上まで来ることが出来ました。こんなガバガバで本当に良かったのかと疑問に思いもしますが、気にしても仕方ありません。これから私は死ぬのですから。


 屋上からの景色は見事なもので、闇に光る月と星。それと街を照らす電気の輝きが私を魅了していました。こんなに美しい舞台で死ねるのなら本望かな。なんて、煙草を蒸しフェンスを超えてビルの縁に立ち尽くしました。側に靴を脱ぎ揃えて私は身構えている。こういう時は遺書もセットにして置くのが相場なんでしょうけど、私には残す言葉がありません。私はなんの価値もない存在ですからね。


 飛び降りようとした瞬間。

 男の肉声が私の背後から聞こえたのです。


 「お前。死ぬのか?」


 ーーゾッとしてしまいました。


 自殺の現場を誰かに見られては、私の計画が失敗してしまいます。誰にも見つからずにひっそりと死にたかったのにこれではあんまりです。ですので私は必死に邪魔されない様に牽制していたのですが、この男は何やら他の人とは常軌を意しているようでした。髪はボサボサに伸び切っており、気だるげでなんとも冴えないおっさん。ビール片手に私に近づいてきました。


 「こ、来ないで! 私はここで死ぬんだから!」


 「は? そんなもん勝手に死んどけよ。誰もお前なんか止めねぇよ!」


 普通、自殺しそうな人に向かって死ねとか言いますか!? 


 明らかに変な奴でしたが、取り敢えず無視をしてビルから飛ぶ体勢を取りました。ヤケクソですね。自殺すらまともに止められない私の人生は本当に『無価値』だったのでしょう。これで楽に飛ぶことが出来ます。


 「おい! ちょっと待て!!」


 冴えないおっさんは、私を呼び止めて声を荒げています。何事かと思い振り返って見ると真っ暗で顔がハッキリと見えなかったのが月明かりにより鮮明になる。やっぱり冴えないおっさんだなと思っていると男が口を開き言葉を出した。


 「提案がある」


 「ーー提案? ですか?」


 『どうせ死ぬなら俺と一発ヤラせろよ!!』


 くだらない提案をされた私は、その一瞬だけ言葉を出すことが出来なかった。ヤラせろとは察しがついてしまうが、ただただ意味不明過ぎて私の思考を鈍らせていたのでした。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 「ヤラせろってどういうことです?」


 「だってどうせ死ぬんだろ? 俺はお前とセックスしたくなったわ。別にいいだろ?」


|(いい訳無いでしょ!? 馬鹿じゃないの?)


 何で見ず知らずの冴えないおっさんを相手しないといけないのか理解出来ないと思ったが、私が言えたことじゃないよなと悲観していた。だって私は見ず知らずのおっさんのソレを咥えていた『売春婦』なんですから。


 死のうとしていた私が何を血迷ったのか分からないけど、湧き上がってきた怒りを冴えないおっさんにぶつけ八つ当たりしていたんです。自分でも信じられません。泣きじゃくりこれまでの鬱憤を突きつけてやりました。


 「私は売春をしてお金を稼ぐ醜い女よ! そんなの分かってる。でもだからって簡単に身体を差し出す訳ないじゃない! 私の人生はもう終わってるんだから邪魔しないでよ!」


 「だから何だってんだー!! 可哀想って言って欲しいのか? 頑張ったねって言って欲しいのか? まぁ知らねぇけど売春が恥ずかしいなんてことは絶対ないから安心しろ。でもお前は社会のゴミでクズの一人だけどな。」


 貶されてるのか励まされてるのか、分からないけど何だか悪い気はしなかった。今まで私に本気で向き合ってくれた人が居ただろうか。罵倒はするけどフォローはする。そんな冴えないおっさんはあぐらをかき、缶ビールを開けて一気に飲み干していた。


 一時の静寂の中で、冴えないおっさんが自己紹介を少しだけしてくれた。佐原さはら 草十郎そうじゅうろう。これがおっさんの名前らしい。このビルの社員で絶賛居残り残業中。勿論、残業代は出ないらしい。夜な夜な屋上に忍び寄ってはビールを浴びるろくでなしだということが分かり、よくこれで私に説教出来たなと呆れてしまいました。


 佐原草十郎の唯一の癒しの場らしく、それを荒らした私が相当憎いみたい。御立腹の様で小言をグチグチと私は言われていて本当にしんどかったです。話しを聞いている内に、私は自殺の事なんか忘れて家に帰りたくなりました。


 「死にに来るのは別に構わんが俺の邪魔はすんなよ」


 あくまでも自殺に関しては止める気は無く、私に関心があるのか無いのか分からない事だらけです。死ぬ気力も無くなってしまい、私はまたここに死にに来ますと伝えて引き返そうとしたのですが、まだ話は終わってないと佐原草十郎は私に捲し立てて来たのでした。


 「帰るのか? ヤらせてくれないの?」


 一切発言がブレないようですね。一体何が目的でこんなことを言うのか。まるで未知の生き物です。


 「私は一時間一万円です。遊びたいのでしたら私を買って下さいね」

 

 呆れもあるのですが、私は少しニヤつき佐原草十郎に言葉を残してビルの屋上を駆け降りました。私の自殺は失敗に終わったのです。けど私だって、正直あの屋上のことを気に入っているのであの場所は譲れません。


 ーー絶対にあの屋上で死んでみせる。


 目標みたいなものが出来た私は、どうやって死ぬかを考えながら自宅のベッドで眠りに着きました。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 深夜一時。


 この時が来ました。今日こそは意気込み充分で飛び降り自殺をする為に、私はどうせ佐原草十郎が居るであろうビルの屋上まで自転車で進み出したのです。到着し、すぐさま屋上へ駆け上がるとやはり佐原草十郎が居ました。


 ーー居たのですが!?


 豪勢におつまみが草十郎を囲み大量にビール缶が買い揃えてありました。その中でも空のビール缶が十本程散乱していて、少しだけ酔っているようでした。


 「何だ? また死にに来たのか?」


 「そうですよ。だから邪魔しないでくださいね」


 「そうかい、勝手に死ねよ。あ、どうせ死ぬんだろ? 酒飲まないか? 気持ち良くなんぞ〜」

 

 私が言えた義理でも無いけど、未成年に酒を勧めるなんてどうかしています。こういうのが世間ではダメ男としてニュースなどに取り上げられるのだろうと少し納得してしまいました。


 でもどうしてでしょうね。私は草十郎の持つビールを飲んでみたくなりました。はて、私はビールを飲みたいだけなのか草十郎とビールを飲みたいのか。複雑な心境です。


 「ホラホラ遠慮すんな。たらふくあるからな」


 「では遠慮なく」


 しゅわしゅわで苦く、それでいて顔が火照りを出しぽわぽわとした気分になりました。初めてのアルコールの味は、決して美味しいと呼べるものではありませんでしたね。それを見兼ねて草十郎が、私に指を刺し笑っているようでムカついてしまいました。


 おつまみを食べてビールで流し込む。そんな何てこと無いことで、私は少しだけ楽しいと思ってしまったんです。今更話し相手が出来て嬉しくなったのでしょうか? 考える余裕もなく草十郎と会話していました。


 「なぁ〜。一万はたけぇよ。タダにならんの?」


 「なる訳無いでしょ! どうせ死ぬからって調子乗り過ぎよ」


 なんて事無い会話が進むと、私の頭がグラついてしまい地面に倒れ込んでしまいました。草十郎に声をかけられていたような気はするんですが、その後の記憶は一切ございません。気がつくと私は近くのネットカフェに運ばれていたみたい。


 飛び起きて状況を把握し、すぐさまネットカフェから出ようと料金の支払いに行くと店員さんから支払い済みですよと説明されて難なくその場から立ち去る事が出来ました。まんまと草十郎の戦略にハマってしまったようです。酒で私を潰して追い払おうとしていたのでしょう。


 ーーまた私は死ねなかった。


 次こそは、絶対に死んでみせると自分に言い聞かせて私は自宅までの帰路に着いたのです。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 あれから一ヶ月が経ちました。毎日深夜一時にビルの屋上に向かっては、何かと理由をつけて最終的には私が帰らされてしまっている状況でわたしの心境にも変化が起きました。草十郎と話している内に『楽しいな』とか『ムカつくな』とか色んな感情が湧いて出るようになりました。


 そして遂には、死ぬ事を目標にしていたにも関わらずまだ生きてみようかなと思い出したんです。


 今日で三十五回目の自殺を試みる為に、また草十郎が居るビル屋上にやって来ました。また死にに来たのかと煽られてからが始まりの挨拶です。いつもの様にふざけあって、時には喧嘩して楽しい時間はあっという間に過ぎさります。そして私は草十郎に今の思いの丈を語る事にしました。


 「私、死ぬの馬鹿らしくなっちゃった! 絶対に草十郎のせいだからね。責任取ってよ?」


 「へぇ……。そうかい」

 

 真剣な表情になる草十郎に、何やら不吉な何かを感じ取ってしまいました。まるで人が分かったかの様でしたが、今起こっている事が事実であって草十郎が一呼吸置いた後、重たい口を開きました。


 「別に俺は責任取らねぇよ。自分で生きる選択をしただけじゃねぇーか。自惚れんな」


 「べ、別に自惚れてなんか……」


 「まぁどうでもいいけどな。あ、そういや一万円払えばヤらせてくれるんだろう? 遊ばねぇか?」


 まさか本気で言われてしまうなんて思ってなかった。今回だけは話しが違う。私を買うと言っているのです。厳しかったけど私の嫌がる事は絶対にしない。そんな心優しかった人なのにワザとしているのかと疑ってしまう。だけど私を買う以上は拒否出来ない自分もいます。


 もしかしたら私は、草十郎が好きだったのかも知れませんね。もうこの時間も、終わってしまうのだろうと私も腹を括りました。久しぶり過ぎて少し怖くなってしまったけれど、私は覚悟を決めました。


 「いいよ。じゃ、ホテル行こうか」


♦︎♦︎♦︎♦︎


 ホテルについた私と小次郎は、一切の言葉を交えることはなかった。行為自体は至って普通ではあったけど、今までの獣達より明らかに違う所があったのです。優しく私を抱きしめて大切に扱ってくれていたこと。私の今までの経験でこんなことは一度足りともありませんでした。


 私のこれまでの辛い経験や境遇、その他もろもろを考慮してくれていたのでしょう。その優しさにあてられて、私は涙を流してしまいました。突然泣き出してしまい、草十郎を不安にさせてしまいましたが事無くして行為も終わり、シャワーを浴びて帰り支度をすることにしました。


 「一万円でよかったんだよな?」


 「どうも。それじゃあ帰ろうか」


 たったそれだけの言葉を交わし、ホテルの精算をしてもらったのですが、帰り道がお互い反対方向だったようなので帰り際に挨拶をした。したのですが何よりぎこちない。何か言いたそうで何も喋らない。そんなもどかしい時間が少しだけ流れていました。


 なんか可笑しくなって笑いが込み上げて来ました。このもどかしい時間の中で、私は草十郎の変な声がツボにハマってしまい吹き出してしまったのです。何笑ってんだよと怒られてしまいましたが、これが私達の関係性なんだと再確認することが出来ました。もう、もしかしたら会う事は無いかも知れないけれど、お互いを思いやる言葉で私達の別れの挨拶とした。


 「雪、死にたくなったらまた相手してやるよ。慰めたりはしないけどな」


 「上等よ! でも、ありがとう。草十郎のお陰で私は前を向くことが出来そうだよ」


 ーーじゃ、さよなら。

 ーーじゃ、さよならだ。


 この出会いと別れは、私のかけがえのない宝物になるんだろう。未来の私は、この大事なものに気づくことが出来たでしょうか。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 ーー自殺したかったんだ。


 俺、佐原草十郎は死に場所を探していた。職を失い、家族には捨てられて俺の『居場所』なんか何一つ無くなっていた。特に極普通に生きて来たんだけど、急なリストラには流石に堪えたね。リストラされたと嫁に話すと、娘を連れて実家に帰られてしまう。後日、離婚届が郵送で届いた時は絶句した。


 絶望に打ちのめされて死に場所を探して行く内に、なんか入りやすそうなビルを発見した。飛び降り自殺も悪くないなと思いビルに侵入。その屋上に上がり込んだ。事前に買って置いたビール缶を開けて、夜の景色を眺めながら呑む酒は本当に美味かった。


 夜風にあたっていると、ビルの縁にある飛び降り防止用のフェンスが音出してグラグラと揺れていた。目を向けると、ビルの縁に立つ可憐な少女が飛び降りる寸前に差し掛かっていたんだがつい声をかけてしまった。だけど、この時の判断は間違えていないと信じたい。


 「お前。死ぬのか?」


 気の聞いたことも言えない俺は、家族からの裏切りにリストラでのストレスで馬鹿になっていた様で自殺を引き止めるはずが大変なことを口走っていた。我ながら恥ずかしくて死にたくなるよ。


 『どうせ死ぬなら俺と一発ヤらせろよ!!』


 急に怒り出し迫ってくる女の子は、どうやら売春婦だったらしい。慰め方なんか知らんが、それっぽいことは言ってやったつもりだ。口車に乗せてどうやら俺は、自殺を食い止めたらしい。あの少女はどうやらここで死にたいらしいので、死なない様に見張ってやる必要があるようだ。


 俺が死にに来たのにな。何故だか俺は、自殺する少女を止める立場になっていた。酒で酔い潰し、馬鹿騒ぎもした。ただ俺は少なからず雪に好意を抱く様になる。この娘とずっと側に居たい。叶わない話である。未成年と付き合う訳にはいかないし、この娘にはより幸せな未来を掴んで欲しい。そう願い、感情を押し殺すので精一杯だった。


 そうする内に、雪にもやっと心境の変化が起こったのである。それは嬉しい兆候で、この関係性の終わりでもある。


 「私、死ぬの馬鹿らしくなっちゃった! 絶対に草十郎のせいだからね! 責任取ってよ?」


 この娘は、もう前を向き始め自殺することもないだろう。念願叶って俺は自殺することが出来るのだ。嬉しくもあり悲しくもある。好きだと言いたいが言えないもどかしさも相まって、俺は雪を一万円で買い、口に出せない愛情を行為で示しつけるしかなかった。


 ーーそれが、俺が雪に出来る精一杯の告白であった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 深夜一時。


 またこの時間がやって来た。いつもならすぐさまビルの屋上に向かうのだけど、あんな別れ方をした以上は下手に行くのを躊躇ってしまいます。


 「最後に差し入れでもしてやろうかな……」


 草十郎の大好きなビールをコンビニで購入し、私は草十郎がいるであろうビルの屋上まで自転車を使い駆け出して行った。今日は風が強く、少し肌寒い。元気にしているといいけどと、小言を言いながら私はビルの屋上に到達する。


 ーーまるで逆になってしまった。


 飛び降り自殺防止のフェンスの少し先、ビルの縁に立つのは草十郎である。靴を綺麗に脱ぎ揃え地面には風で飛ばないよう、遺書が靴に挟んでいた。


 「なんだ。また死にに来たのか?」


 相変わらず、スッとボケたような口振りでいつもの様に私へ挨拶を交わす。何故、草十郎が自殺を図ろうとしているのか、私に構っていたのか理解が追いつかず、私は絶句するしか無かったんです。


 「実はな、俺もここで死にに来たんだよ」


 「私は聞かないわよ草十郎の都合なんてね」


 「そうか。雪は強く生きるんだぞ」


 言葉を放ったその瞬間に、草十郎はビルから飛び立とうとしていたが私は必死の思いでその行動に待ったをかけた。その鋭く響く肉声に、草十郎はびっくりして飛び立つ足を引き止めていた。


 「私を置いて死ぬなんて狡いじゃない!!」


 私が引き止める側になってしまったのがあまりにも意外でした。まさか草十郎も死ぬ為にビルへ来ていたなんて、私は思いもしませんでしたからね。


 私の必死の抵抗は届いたのでしょうか。草十郎は少し涙を浮かべて、自分の身にかかった悲劇を語り出しました。悲劇とは誰にでもあり得るんです。草十郎も人である以上は避けて通れないものですが、惨劇が重ねれば人は死にたくなるものです。


 死にたくなった私達なら、きっと草十郎の気持ちも理解出来るはずなんです。


 「雪に何が分かるってんだ。これは俺の問題で誰が悪いとかは無い。だから構うなよ。ちょっと仕事をリストラせれて家族に捨てられた居場所の無いおっさんは死んだ方がいいって話しだよ」


 「だから何なのよ!! 別に私は慰めたりはしないよ。けど草十郎は私を見捨て無かったじゃない! 私だって絶対に見捨て無いんだから!」


 おちゃらけて話してはいるが、それらは全て草十郎が死にたくなった原因の全てなんです。ただこれは、私の時も同じだったのではないかと錯覚に陥りました。止める側の草十郎だって、なんて言えばいいか分からなかったはずだから。


 ーー止める側になった私に出来るたった一つの可能性。


 彼を止めることばかりに意識していて気づかなかったけど、これなら恐らく草十郎を止めることが出来るかも知れない。あの時、苦し紛れに言ったあの言葉ならきっと草十郎に届くから。声を大にして私は、草十郎に叫ぶ様に思いを突きつけました。


 『どうせ死ぬなら私と一発ヤらせろよ!!』


 天体の広がるこの屋上のビルで少しだけ時間が制止したのですが、突然にククッと笑い出した草十郎は何か吹っ切れた様子で私に優しく語りかけて来ました。草十郎もこんな思いをしていたのかと思うと自分が情けなくなりそうです。


 「降参だよったく。いいのかよ。また逆戻りだそ? 俺の自殺を雪が止めるってのか?」


 「いいわよ。生涯をかけて私は草十郎の自殺を止めるから。でも、私が死にたくなったらまた私を生涯かけて止めてくれる?」


 「俺は止めないぞ」


 「どうせ死ぬならって言うんでしょ?」


 「なんだ。分かってるじゃないか」


 私だけが死にたいのだと思っていた。その実は他の人も、あるいは自分の大切な人が死にたいと思っているのかも知れない。私と小次郎の出会いは偶然で、でもその偶然で助かることもある様です。私達はこれからもお互いを支え合う為に奮闘していけるか不安ですが、何より『絆』と呼ばれる物は確かにあるのだと信じてみようと思いました。あの時の草十郎を助けることが出来た事。それだけが私の『誇り』です。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 『一時間一万円の私とセックスをしたのは中年の冴えないおっさんでした』


 そのおっさんは、気の効いた事も言えずぶっきらぼうで繊細で……。当時、ドン底にいた私を救ってくれたこと。本当に感謝しています。また死にたくなったら私達は繰り返してしまうのでしょうね。あのセキュリティの甘いビルの屋上で、ビール片手に馬鹿騒ぎしたあの頃に。


 深夜一時のビルの屋上で、当時の楽しかった笑い声が聞こえた様な気がしたんです。






 おわり





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お読みいただき有難うございます!
初恋だった彼女が死んでしまったので最高の彼氏になる為に俺は何度でもタイムリープすることにした。
連載中です!
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― 新着の感想 ―
[一言] 良いと思う
[一言] 社会によって追い詰められた不器用なふたりがそれぞれを想う展開にほろりとしてしまいました。 過激な言葉の裏に優しい気持ちが隠されていたのですね。 極限の状況下でも目の前の人を助けようとする、人…
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