四章 託された希望
いのりのその言葉にオレは唖然とする。
「お、おい、いのり。ひみこは犯人なんだぞ?やり直す必要なんて――」
「裏切り者を捜せばいいでしょ?そうすれば、裏切り者以外の皆が生き残れる。そういうルールだったじゃないか」
彼女は何でもないといった表情で告げた。
「キミは、もう分かっているハズだよ。誰が裏切り者かを」
「……いのりさんは、知っているの?」
ちひろの疑問に彼女は無言で答える。恐らく、いや、確実に知っているのだろう。だって、オレの予想が正しければ――。
「いいの?裁判をやり直すなんて」
ミミックの言葉にいのりは「もちろん」と答えた。
「じゃあ、キミには二つのゲームをしてもらうよ」
ミミックの言葉と同時にギロチンが現れた。いのりは首と両手首を固定される。そんな彼女の目の前には何かの箱。いのりにはナイフが渡された。
「十本中一本だけギロチンに繋がっていない紐があります。一本だけ選んで切ってください。もちろん、やるかどうかは――」
ミミックが言い終わる前に彼女は紐を一本切った。――ギロチンは落ちてこなかった。
「……これでいいの?」
あっけらかんと言ってのける彼女に思考が追いつかない。なんで命をかけているのに、こんなに冷静なんだ?
「一つ目は成功だね!じゃあ、次はロシアンルーレットをしてもらうよ」
今度は拳銃が出てきた。いのりは「ねぇ、ウサコちゃん」とウサコに話しかけた。
「ボク、ロシアンルーレットってよく知らないんだけど、教えてくれるかな?」
「ロシアンルーレットは、いわゆる「度胸試し」というもので、銃弾を一つだけ装弾して一度回した後、頭に撃つというゲームです」
なるほど、だから拳銃が出てきたのか。
「へぇ……そうなんだ。でもさ、そんな簡単なルールでいいの?」
「えっ?」
いのりの質問にウサコは驚いた声を出した。それに構わず彼女は話していく。
「それってさ、逆じゃないの?一弾だけしか抜かない……そっちの方が、スリルがあっていいと思うんだよね」
どこかウキウキしているように見えるのはオレだけだろうか?
「そうと決まれば早速やってみよう!」
「だ、だめです!そんなことしたら……六分の五の確率で死んでしまいます!」
ウサコの制止も聞かず、いのりは本当に一弾しか抜かず、そのまま銃口を頭に向ける。
「大丈夫だよ、ボクが本当に必要なら……ここで死ぬハズがないんだ」
そう言って、いのりは引き金を引いた。
カチッ……。
乾いた音が聞こえた。――いのりの血が飛び散ることはなかった。
「……成功、だね」
息を吐きながら、いのりは呟く。その様子はどこか、「こうなることは当然」と言いたげだった。
「い、いのりちゃん……今、あなたが怖いと思いましたよ……」
ウサコが冷や汗をかきながらそう言った。……ぬいぐるみに汗なんてあるのか?
「そう?ボクは絶対大丈夫だと思っていたけど」
対するいのりは何でもないといった表情だった。
「あーはっはっはっ!そうだよね!だってきみは「天才級の幸運」だもんね!」
そんな中、ミミックの言葉にオレ達の間で衝撃が走った。
……いのりが、天才級の幸運?そんなハズがない。だって、ゆきとがそれなんだから。先輩か後輩でもない限り、その才能はあり得ない。
「…………はぁ」
でも、いのりはため息をつくだけでそれを否定することはしなかった。じゃあ、やっぱり……。
「いのり、お前が……裏切り者、なのか?」
もし、彼女がオレ達と同級生ではないとしたら。裏切り者は、彼女しかいない。
「……それが、キミの答え?」
彼女の言葉にオレは答えることが出来なかった。でも、彼女は小さく笑った後、
「……あは。あーはははっ!そうだよ!ボクがキミ達をここに閉じ込めたんだ!」
人が変わったように狂った笑いをあげる。この豹変ぶりに誰もが驚きを隠せなかった。まるで、最初の学級裁判の、ゆきとのような態度だ。
「……じゃあ、お前を殺せば俺達はここから出られるのか?」
けんじろうが顔を青くしながら、縁起でもないことを言ってきた。ここにいる誰もが、いのりが裏切り者だなんて思っていなかっただろう。
「ふふふ。そうだよ。ボクを殺せば、キミ達はここから出られる」
ほら、早く殺しなよ。
いのりはオレ達にそう言った。
……本当に、いのりを殺せばここから出られるのか?
「いのりさん……それは、本当なの?」
ちひろも疑っているようで確認するように聞いてきた。いのりは「もちろん」と狂った表情のまま答えた。
そんな中、ゆきとだけは何かを考えこむように右手を顎に当てていた。そして、
「……なんで、キミは悪役を演じているの?」
いきなり彼女にそう言ってきたのだ。いのりは彼を冷たい目で見つめる。
「……どうしてそう思うの?」
「だってキミは、本当は……ボク達を助けようとしていたじゃないか」
……は?今、なんて……?
いのりは、オレ達を「助けよう」としてた?それじゃあ、ミミックの言っていた「裏切り者」というのは……?それに、ゆきとがいのりのコテージの中で見せたかったものって……。
「松本君、教えてあげるよ。ボクが藤下さんの部屋で見たものを……」
そう言って、ゆきとはゆっくり話していった。
あの時、ボクはなかなか眠れなくて外に出た。そしたら、藤下さんのコテージがまだ明るいことに気付いた。だからボクは彼女のコテージに行った。
ボクがドアベルを鳴らすと、目の下がクマになっていて、今にも寝てしまいそうな藤下さんが出てきた。
「……花筏君?どうしたの?眠れない?」
その質問にボクが頷いたら、彼女は少し黙った後、
「……まぁ、立ち話もなんだし中に入ったら?」
と、ボクをコテージの中に入れてくれた。
彼女の部屋はパソコンだらけで、さすが「天才級のプログラマー」だと思った。
「ボクのコテージなら監視カメラもないし、ミミックに邪魔されることもないから、落ち着いて眠れるんじゃない?」
だけどその言葉にボクはおかしいと思った。だって「監視カメラがない」って言ったんだよ?ボク達のコテージにはあるのに……。でも実際、どこを見ても監視カメラがなかった。
「あの、さ。そのついてるパソコン、見てもいいかな?」
不審に思ったボクがそう聞くと、藤下さんは「……別に構わないよ。どうせいずれ知られることだろうし」と頷いた。
――覗き込んだパソコンの画面に映っていたのは、この島の状況だった。ボク達が今どこにいて、何をしているのか、それが全て映っていたのだ。
「これって……!」
もしかして、彼女こそが……。
「……そうだよ。キミが思っている通り、ミミックの言う裏切り者はボクなんだ」
藤下さんは誤魔化す訳でもなくあっさりと認めた。もちろん、ボクの頭は追いついていない。それでも彼女は言葉を続けた。
「キミ達の記憶を奪ったのはボクだし、この島に閉じ込めたのもボクだ。いくらだって責めていい。
だけど、これだけは信じてほしい。ミミックは……あいつだけは、ボクじゃない」
そんなことを言われても、信用性は低い。そう言おうとすると、彼女の近くにホログラムが現れた。映画や漫画以外でホログラムなんて見たことがないボクはそれに驚いた。
「……希望復興機関からだ」
見ていいよと言われたからそれを見ると、そこにはこう書かれていた。
『藤下 いのり殿
君はいつまで『悪意の残党』を庇い続ける気だ?彼らは殺せと命じただろう?
彼らは更生しない。現に、君が作った「更生プロジェクト」の中で殺人を犯した者がいるではないか。
それでも君は、まだこんなことを続けるのか?いずれ君と、小松 はじめ殿、木護 あかね殿は反逆容疑で捕まることになるぞ』
「……………………」
それを読んだ藤下さんはこう送った。
『希望復興機関様
確かに、彼らが更生することはないかもしれません。
でも、ボクは絶対に諦めません。それに、中には悪意に染まっていない者もいます。ボクは、その人達のためにも希望を持ち続けます。
たとえボクが死ぬことになっても、ボクは皆を信じます』
そして、彼女はボクの方を見た。
「……まずは謝らないといけないよね、ごめん。それを見て分かったと思うけど、ボク、実は希望復興機関の人間なんだ。キミ達から見たら、ボクは元後輩ということになる、かな。……まぁ、朝木ヶ丘学園を退学せざるを得なかったんだけど」
「え?退学せざるを得なかったって……?」
わけが分からなくてボクは思わず聞き返していた。だって、彼女みたいな優秀な人が退学することになってしまうなんて考えられなかったからだ。
「朝木ヶ丘学園はなくなった。そう言ったらいいの?」
いつの間にか、藤下さんの瞳は冷たいものになっていた。顔も、仮面のように無表情。だけど、そんなことより言われたことに衝撃を受けた。
「朝木ヶ丘学園が、なくなった……?そんなことって……?」
「あり得るんだよ。キミ達が覚えていないだけで」
ボクの言葉をさえぎって、彼女は紡ぐ。
「ボクはね、才能が憎い。だって、才能さえなければ世界が悪意と絶望に染まることはなかったし、ボクのクラスメート達が殺されることも、両親が殺されることもなかった。ボクだけが生き残ることもなかったし、何よりキミ達が「悪意の残党」なんて呼ばれることもなかったのに……」
それは、身に覚えのないもの。だけど、なぜかそれは全て真実なのだと思った。
「あっ!ごめんね、キミを責めるつもりはなかったんだ」
「いや……」
無知は罪になる、とはよく言ったものだ。ケロッと笑う彼女はどこか寂しそうで……。
「それじゃあ、これのバグ潰しを続けるからベッドで眠ってていいよ」
藤下さんはついているパソコンを指差してそう告げた。バグ潰しって……まるでこの世界がゲームみたいじゃないか。
「……何か言いたそうだね、どうしたの?」
ボクの顔を見て、藤下さんは聞いてきた。
「この世界がゲームじゃないと思ってるの?……まぁ、キミ達にとってはそうなのかもしれないね。でもね、ボクにとってはこの世界は「ゲーム」だよ」
ボクの心を読み取ったように彼女は告げた。
「だって、ここは「コンピューターの世界」なんだから」
「……はぁ?」
そんな、漫画みたいなこと、あるわけない。ボクが唖然としていると藤下さんは「信じられないだろうね」と笑った。
「でも、キミ達は記憶、ないでしょ?だったら、ボクが嘘を言っているって証明出来ないじゃないか」
確かにその通りだ。ボク達はどうやってここに来たのか、何をしにここに来たのかすら分かっていない。
「確信もないのに疑うなんて、酷いんじゃない?」
なんとも思っていないような声色で告げられる。言葉ではそう言っていても疑われるのは仕方ないと思っているのだろう。
でも、思い当たることはある。皆がどこか分からない中、彼女だけがここがどこか知っているようだったし、ウサコやミミックが出てきても全く動じていなかった。
「ほら、早く寝なよ。さっきも言ったけど、ここはミミックの監視下には置かれていないから安心して眠れるよ」
これ以上この話をしたくないのだろう。藤下さんはパソコンに向き合う。それはいいけど……。
「……藤下さん、キミ、何日寝てないの?」
彼女の目のクマを見る限り、かなり寝ていないハズだ。尋ねると彼女は「うーん……」と少し考えた後、
「ここに来てからほとんどロクに寝ていないと思う。多分、合わせても三十分も寝てないんじゃないかな」
「いやいやいや。そんな人のベッドをとるほどボクは冷酷じゃないよ」
ここに来てからって、さすがにそのままじゃいけない。ボク達のためにしてくれているのは分かるけど、それで体調を崩してしまっては元も子もない。でも、藤下さんは、
「いいよ。いざとなればソファで寝るから」
なんてのたまった。挙句の果てには「それに、今日は寝ないって決めてるの」なんて子供のように言ってきた。
「だーめ!ほら、パソコンから離れる!」
さすがのボクもムキになって藤下さんをパソコンから無理やり引きはがそうとする。藤下さんは机に引っ付いていてなかなか離れようとはしない。やっとの思いで離すと、彼女の机の上から一冊のノートが落ちた。
「……これは?」
「あっ!それは……!」
藤下さんの手が届く前にボクがそれを拾い上げる。そこには「プロフィールと事件簿」と書かれていた。「読んじゃダメ!」と言う声も聞かず、何気なくそれを開いて見るとそこに書かれていたのは――。
――皆が起こした「絶望事件」だった。
『「希望の学園」と呼ばれている朝木ヶ丘学園の生徒十人が列車内で火をつけ退路を断ち、乗客を次々と刃物で斬っていくという残忍な事件を起こした。内、百五人が死亡、三人が重傷を負った。重症者の内藤下 いのり(当時十五歳)が左腕を斬り落とされ、彼女を含む後の二人、木護 あかね(当時十七歳)と弟の木護 あきら(当時十四歳)が大やけどを負った。なお、犯人は分かっていないもよう。犯人達は共通して黒ウサギの仮面を被っていたという。…………』
『列車殺人事件、通称「絶望事件」によって世界は崩壊、人々は皆、様々な悪意と絶望を起こしていった。その背後にいるのは影内 こはるとその姉影内 ゆきこだという。彼女達は「天才級の絶望」であり「天才級の悪意」であると現朝木ヶ丘学園の学園長・木護 あかね氏は言う。そんな彼女達を世に出さないため、あかね氏は同級生である小松 はじめ氏と協力し、20××年八月、あかね氏含め三年生を学園内に閉じ込めることにした。これにより朝木ヶ丘学園は事実上閉鎖することになった。…………』
『朝木ヶ丘学園で起こった様々な事件が、木護 あかね氏によって明らかにされた。一年生は藤下 いのりを残して皆無残に殺された。また、二年生、三年生は松本 りょうま、守川 ちひろ、花筏 ゆきと、小松 はじめを除く全員が悪意に染まった。原因は影内 こはるとその姉影内 ゆきこが学園内で起こした殺人事件――通称「朝木ヶ丘学園内絶望事件」――のせいである。彼女達姉妹は担任をはじめとする教師達と一部の生徒を殺していき、生徒達を絶望に突き落としたという。…………』
「……なに、これ……」
自然とそんな言葉が零れた。藤下さんの左腕は、もうない?藤下さんが一年生唯一の生き残り?ボク達は、本当は二年生?それに、木護さんと小松君って……確か、ボク達の先輩になる人達で……。
「……はぁ。だから見ないでって言ったのに。それを見たら、キミ達が「絶望」することは分かっていたんだよ?キミ、「希望」が好きなんでしょ?」
呆れたような声で藤下さんは言った。
確かに、ボクは「希望」が好きだ。希望のためなら、他人を殺すことも自分が死ぬことも厭わない。でも、それをここで公言したことはない。最初の裁判の時だって、演技だと思われていたハズだ。
「言ったでしょ?ここに閉じ込めたのはボクだって。ボクは、キミ達が覚えていない二年間を知っているんだよ」
ボクは木護さんの頼みで、キミ達を希望復興機関から見つからないように匿っていたんだよ。
でも、ボクの不注意でキミは希望復興機関に見つかってね。ボクがキミを庇ったら「足に銃弾を撃ち込んだら貴様の召使として生かしてもいい」なんて言われてさ。だからボクはその通りにしたんだ。さすがの上司も驚いてたよ。まさか「悪意の残党」のためにそんなことをするとは思っていなかっただろうからね。いやぁ、さすがにあれは痛かったよ。一時ロクに歩けなかったな。
それで、キミはボクの召使として過ごすことになったんだ。と言っても、することなんてほとんど何もなかったけどね。
ん?他の人達はって?あー……大変だったな……。松本君と守川さん、それからキミは大丈夫だったんだけど、他の人達は建物を壊そうとしたり人を殺そうとしてたからね……止めるのに必死だったよ。だから仕事もなかなか進まなかったな。
……銃?あぁ、キミの知っている世界では拳銃なんて警察ぐらいしか持っていないもんね。でも、「絶望事件」が起きた後、身の安全のために拳銃を持つことが許されたんだ。もちろん、異常はないと認められた人に限ってだけどね。
淡々と言われる言葉は、やはり身に覚えのないものばかり。でも、彼女の言っていることが嘘とは思えなかった。
「そして、苦戦しながらも……このプログラムが完成した。このプログラムの本来の目的はね……「絶望と悪意から更生させて、希望の未来へ歩んでいけるようにする」というものだったんだ」
「それって……裏切り者なんかじゃないじゃないか!」
聞いた言葉にボクは思わず声を荒げてしまった。それに驚いたのか藤下さんは赤紫色の目を見開く。
「花筏君……?」
「なんでそれを先に言わなかったんだよ。裏切り者なんて、全くのデタラメじゃないか」
ボクの発言に藤下さんは少し悲しそうな顔をした。
「……それが出来たら、よかったんだけどね。ボクとウサコちゃんはあくまでキミ達の「監視役」としてここにいるんだよ。だから、キミ達にそれを悟られるわけにはいかなかったんだ。ミミックがいなかったとしても、ボクが殺されないとも限らないしね。もちろん、このプログラムが上手くいってキミ達が更生したと判断したらこのことを話すつもりだったけど……」
曇った表情は少し辛そうだった。ボクは必死に彼女に言われたことを頭で整理する。
つまり、殺されるかもしれないから「悪意の残党」と言われているボク達に記憶を持っているということを悟られてはいけなかったということだろう。それに、今はミミックに「裏切り者」と言われているのだ。言ってしまえば、下手をすれば処刑される。
「あ……確かにそれは……言い出せないよね……ゴメン」
「いいよ。キミは悪くない」
藤下さんは笑っているけど、その苦労は計り知れない。
だけど、いくら事情が分かったとはいえ休ませないといけないだろう。ボクは彼女の手を引き、ベッドに押し込む。
「ちょ……花筏君⁉」
「ほら、早く寝る。……ボクも、キミが寝たらソファで寝るからさ」
ボクがそう言うと、藤下さんは無駄だと悟ったのか「分かったよ……」と言ってそのまま目を閉じた。そして数分もしない内に寝息が聞こええてきた。
――やっぱり、疲れてたんじゃないか。
そう思いながら、ボクは藤下さんの寝顔を見ていた――。
「だからボクは、キミに真実を見抜いてほしかった。ミミックの言う裏切り者なんて本当はいないっていうことを。……藤下さんに見つかった上に時間もなかったから無理だったけどね」
時間がある時に言えばよかったね、と告げるゆきとにオレは自分の愚かさを恨んだ。
――あの時、オレはいのりのことを、自分達を陥れる「裏切り者」なんじゃないかって思ってしまった。
「……でも、それを知ったところで何も変わらないでしょ?」
いのりはため息をつく。
「そうそう。いのりさんを処刑しないとひみこさんが処刑されるんだよ?」
迷っているオレに追い打ちをかけるようにミミックは告げた。
――なんでいのりが処刑されないといけない?
彼女はオレ達を守ろうとしてくれている。それなのに……。
「……松本君。ボクに入れてくれないかな?大丈夫、ここでは死ぬかもしれないけど、現実では死なないんだから」
そんな問題じゃない。いのりが死んだところで、今の状況が何も変わらないことは確かだ。それに、いのりを処刑するなんて、ミミックの思うつぼじゃないか。
「……本当に、そう思ってる?」
すると、オレの心を読み取ったようにいのりが言った。
「ボクだって、ただ自己犠牲のためだけに死ぬわけじゃない。ちゃんと対策はしているよ」
「へぇ~。バグってやつ?」
ミミックの言葉にいのりは「それに近いかもね」と笑った。
「そしてあんたには絶対に見抜けない」
「ふぅーん……まぁいいや。じゃあ、投票を開始してください!」
まだロクに議論していないのに、ミミックはそう宣言した。「は、はわわわわ……!」とウサコも顔が真っ青になっている。
ひみこと、いのり……どっちに入れたらいいんだ……?
オレは悩みに悩んで、答えを出した――。
「はーい!投票の結果、いのりさんが選ばれましたー!あのね、りょうま君にゆきと君にちひろさん。きみたちだけが別の人に入れていたんだよ?今回は裏切り者が選ばれたからよかったけど、それが全く違う人だったらどうするつもりだったの?」
そう、オレはひみこに入れた。それはゆきとやちひろも同じだったらしく、三人揃ってミミックを睨みつけていた。
「三人共、なんで……」
いのりは驚いたようにオレ達の方を見た。なんでって、そりゃあ……。
「……キミは、裏切り者なんかじゃない。ボク達を助けようと必死に動いてきてくれた「希望」だ。そんなキミが死ぬ必要なんて、ない」
「……花筏君」
ゆきとの言葉に彼女は少し悲しそうな顔をする。そんな中、ミミックは大声でいのりにこう告げた。
「じゃあきみに絶望することを教えてあげるね!
きみが救おうとしているひみこさんは、きみのその左腕と両親を奪った張本人なんだよ!」
「……………………は?」
何、言っているんだ?いのりの左腕と両親を奪ったのは、ひみこ?
そういえば、携帯ゲーム機を渡された時にいのりは「両親が殺されたという内容だった」と言っていた。もしかして、それは……。
言われた本人は一瞬だけ驚いた表情をしたけど、すぐに曇らせた。
「……あの内容は本当のこと、なんだね。あの時のことを忠実に再現していたからそうだと思っていたけど」
「そうだよー。まぁ分からなかったのも当然だよね、大量出血で今にも死にそうになっていたから、仮面がはがされた時も顔なんて見えなかったもんね!」
処刑しようとする直前にそんなことを告げるなんて、卑怯すぎる。そんなの、絶望するに決まっているじゃないか……。
自分の腕と両親を奪った人のためにその命を捨てることになるなんて。
「いやぁ、きみのあの時の表情、よかったなぁ。きみ、あかねさんやはじめ君に似て全く絶望してくれないからさ」
「……………………」
「ねぇ……もう一度見せてよ。あの絶望した表情を。きみのあの表情、誰よりもゾクゾクしたんだ」
「…………はぁ」
ミミックの言葉にいのりは呆れたようにため息をこぼす。
「言っておくけど、もうその程度で絶望なんてしないよ。そもそも、許さないなら最初から学級裁判をやり直そうって言わない」
そう言って、彼女はロシアンルーレットで使った銃をミミックに向ける。その表情は今までになく真剣だ。
「先に言っておくけど、ボクはお前の支配下にない。だから今ここでお前を撃ち殺しても、ルール違反にはならないんだ」
「……あぁ、そうだったね。だからぼくはきみを先に始末しておきたかったんだ。さっきみたいにゲームでもしてね。……でもきみは「天才級の幸運」でもあるから、あの程度では死ななかったよね」
撃たれそうになっているのに、ミミックはずっとニヤニヤしている。何が面白いのだろうか。
「あ、その前に……」
不意にいのりはウサコの方に銃口を向けると、そこに撃った。すると縛られていた紐の方に銃弾が当たり、ウサコは解放された。それを見てから、今度はゆきとに鍵を渡す。
「それ、ボクの部屋の鍵。ボクが死んでも勝手に入れるように渡しておくね」
それから、ウサコに向き直って、
「ウサコちゃん、大丈夫?」
そう尋ねる。ウサコは身体中を見た後、
「はい、かすり傷一つありません……。さすが、狙ったものは一発で当たる、百発百中の「天才級の狙撃手」ですね!」
そう言ってから、ウサコはハッと口を押さえる。しかしもう手遅れだった。
「くくく……。やっぱりきみは「天才級の希望」だったんだね!」
「…………うるさいな」
彼女は蔑むように睨みつける。オレはと言うと唖然としていた。
いのりが、天才級の希望?あの、一学年に一人しかいないと言われている?
信じられなかった。でも、今聞いただけでも三つの才能があったから認めざるを得ないだろう。
気付くと、いのりはまたミミックの方に銃を向けていた。
「やっぱりあの時始末していればよかったかな……でも妨害が入ってね。ねぇ、ゆきと君?」
「……なんで彼の名前が出てくるの?」
銃を構えたまま、いのりは尋ねる。確かに、なぜここでゆきとの名前が出てくるのか分からない。
しかし、理由はすぐに分かった。
「あの時、きみを助けたのはゆきと君だったんだよ。彼が警察に通報さえしなければ、いのりさんだけじゃなくあの忌々しい学園長の子供達も殺せたというのに」
「……じゃあ、あの事件は……」
「そう、きみと木護姉弟を狙ったんだよ。まぁ乗客を無差別に殺しちゃったけどね」
語尾に星でもついていそうな軽い発言にいのりは肩を震わせていた。
「……お前……!」
「あれ?怒っちゃった?怖いなー」
さして怖がってもいないような声だ。心なしか楽しんでいるようにも見える。
「ほら、どうするの?ぼくは結構スペアあるけど」
「……正直、ボクじゃお前を一体すら殺せるとは思っていない」
オレ達は慌てる。ミミックにスペアがあるということ、初めて聞いたぞ。
でも、いのりは臆した様子を見せていない。
「だけど、新しいものを出すまでにそれなりに時間はかかるでしょ?」
「そうだね。じゃあ、どうやってぼくを殺すの?きみ、言っていたよね。「殺せるとは思っていない」って」
「言ったね。確かにボクじゃ、お前は倒せない。
――じゃあ、「ボクごと」なら、どうかな?」
彼女は笑みを浮かべると、ミミックに向けていた銃を真横に向け、壁に二発撃った。
銃弾がカンカンと壁から壁に跳ね返っている音がする。
「へぇ、何をしたの?」
「一応、「天才級の数学者」という才能もあるものでね」
いのりがそう告げた瞬間、ミミックの額にその一弾が貫いた。
「――どこに撃ち込めばお前に当たるか、分かるんだよ」
もう聞こえないと思うけどね、と笑ういのりはその場から微塵も動かない。様子がおかしいとオレは近付こうとするが、その前にいのりがオレとゆきと、それからちひろの方を向いて、
「……後は、任せたよ。ボクの部屋の机の引き出しに、ここから出るための情報が入っている。だからどうか、希望を捨てないで。
――ごめんね、最後まで守ってあげられなくて」
彼女の頬に一筋の光が流れた。瞬間――。
その頭にもう一弾撃っていた弾が当たった。
状況が理解出来なかった。まるでスローモーションのようにゆっくりといのりが倒れていく。彼女を中心に広がっていく血だまり。目の前で、いのりが死んだのだ。
「――藤下さん!」
ゆきとの声にオレは我に返る。見れば、ゆきとはいのりの傍に駆け寄っていた。ちひろもそれに気付き、ゆきとと同じように駆け寄る。
「いのりさん!」
しかし、二人がどんなに呼んでもいのりは一ミリも動かない。オレもノロノロといのりに近付き、「いの、り?」と我ながら弱々しく呼びかける。返事は、もちろんない。
「う、そ……でしょ……?」
ちひろは目の前のことを認めたくないのか、手で口を押さえながらしゃがみ込む。ゆきとはいのりの手首を震える手で掴み、脈を測る。少しでも脈があることを期待したが、ゆきとは首を横に振る。
「……少しずつ、冷たくなってきている」
俯きながら告げられるその真実が信じられなくて。頭が今の状況を処理してくれない。
「なんで、だよ……」
気付けば、そう呟いていた。
「なんでいのりが死なないといけなかったんだよ!せっかくミミックを倒してくれたというのに!」
オレの悲鳴にも似た叫びに、誰もが申し訳ないといった表情を浮かべる。そんな中、口を開いたのはゆきとだった。
「……多分、最初から死ぬつもりだったんだと思う」
「は……?何言ってるんだよ」
「さっき、二発撃ってたでしょ?その時、微妙にだけど……銃口をずらしていたんだ」
その言葉に衝撃を受けた。それってつまり……自殺、ということか?でも、どうして……?すると、ゆきとが口を開いた。
「……多分ね、彼女は自分の才能を利用したんだよ」
「才能を利用……?」
「うん。もし藤下さんの「幸運」という才能がボクと同じであるなら……「不幸の後に幸運がやってくる」というものなんだ。逆を言えば、幸運を得る代わりに何かを犠牲にしないといけない」
「そんな……」
じゃあ、処刑が決まった時点でいのりは死なないといけなかったというのか?そんなの……酷すぎる。
そんな時だった。いのりの身体が黄色く光り出した。
「えっ……?」
その光からいろいろな色の花びらが舞う。予想外の出来事に戸惑っていると、そこから声が聞こえてきた。
『大丈夫、すぐに戻ってくるよ。だから今は……どうか前に進んで。どうかこの絶望に打ち勝って』
その声はいのりのものだった。光と花びらが消えると、いのりの遺体がその場からなくなっていた。
「何?今の……何が起こったの?」
ちひろの言葉に「分からない」と小声で呟く。いきなり遺体が光り出したかと思うと花びらが舞って、消えてしまって……。
「まるで、「ゲーム」じゃないか」
そう、ゲームに出てくる特殊イベントのような出来事だ。こんなこと、本当に起こるものなのか?
いや、確かゆきとがいのりから聞いていた。「この世界は「ゲーム」なのだ」と。それが本当なら……これは「イベント」なのか?
「……とにかく、一度藤下さんのコテージに行こう。もしかしたら、何か分かるかもしれない」
ゆきとの言葉にオレは頷き、ちひろを連れて一緒に向かった。
「わ、私も行きます」
ウサコもオレ達の後を追いかけてくる。他の人達はいまだに呆然としていた。
オレ達はいのりに渡された鍵を使ってコテージに入る。ゆきとは心当たりがあるのかすぐに机の下の段の引き出しを開けた。鍵付きの引き出しだったのだか、簡単に開いてしまう。不用心すぎやしないか。
……いや、もしかしたらわざと開けていたのかもしれない。自分がいつ死んでもいいように。
「ゆ、ゆきと君。その……多分、探しているものは……」
「うん。あったよ」
がさこそと引き出しを漁っていたゆきとの手には数冊のノート。表紙には何も書かれていない。
「やっぱり、それでしたか……」
ウサコはどこか納得したような、それでも止めようとしているような声を出す。
「……それはいのりちゃんが、自分に何かあった時のためにとあなた達に残しておこうとしていたものです」
「うん。藤下さんから……いや、いのりさんから聞いたよ」
ゆきとが誰かの下の名前を告げたことにオレとちひろは驚く。初めて聞いた。彼は同性でも苗字で呼んでいたから……。
「……思い出したんだ。世界が悪意と絶望に包まれて、学園が閉鎖することになった後、ボク達はいのりさんに匿ってもらっていた。その中で……ボクは、いのりさんと付き合っていた。そして、このプログラムが行われることになった」
衝撃の事実に目を見開く。まさか、ゆきともいのりと同じようなことを言うとは思っていなかった。それに、付き合っていたって……。
「……いのりさん、確かにボクを召使にはしたけど、酷いことはしなかった。むしろずっとよくしてくれて……ボクが告白しても断らなかった」
それなのに、と彼は俯く。肩は震えていて普段の彼からは想像がつかなかった。
「いのりさんは何も悪くない。なのに、ボク達を更生させようとしているだけで希望復興機関から蔑みの目を向けられて、自分を傷つけて……その挙句、この世界でもこの扱いって……酷すぎるじゃないか」
それはどこか、悲痛の叫びのようにも聞こえた。
――そうか、こいつは……。
本当に、いのりのことを愛している。きっと、彼がここまで言うのは彼女だからだ。
「……ゆきと君、言いたいことは、分かるよ」
「守川さん……。ゴメン、ボクなんかがこんなこと言って……皆の希望であるいのりさんがボクのこと、考えているわけないのに」
「い、いえ!違いますよ、ゆきと君」
表情がどんどん暗くなっていくゆきとにウサコが慰めるように言った。
「いのりちゃんはずっとあなたのことを想っていました。自分にしか明かしていない才能の秘密と辛い過去に、あなたが押しつぶされないか、才能のせいで他人に頼ることが出来ないのではないか、何か悩みを抱えていないか……いつもいつも考えながら、それでも記憶を奪った自分にはそれを聞く権利がないって嘆いていました。だからせめて、あなたが過ごしやすいようにって、りょうま君やちひろさんに働きかけていたんです」
「……………………」
ゆきとは驚いた顔をした後、「そう、だったんだ……」と呟いた。確かにいのりは、最初からずっと、ゆきとの心配していた。
「……そう、だよね。いのりさんも、自分の才能のせいで苦しんでいたんだから。ボクの苦しみも、分かっているよね」
彼の言葉に、そういえばいのりも元は「天才級の幸運」であると話していたことを思い出した。確か、「不幸の後に幸運がやってくる」だったか。
「それでも、一緒に乗り越えていこうって言ってくれた。だからボクは、乗り越えてこれた。……だからボクは、絶対に乗り越えて見せる。希望を託してくれた、いのりさんのために!」
その瞳は、希望に満ちていた。もう負けないという、強い意志が感じられた。
そうだ。ミミックなんかに負けてられない。あいつに言いなりなんて、もう耐えられない!ちひろもそう思ったらしく、ゆきと同様、強い意志が感じられた。オレも、同じ瞳をしているのだろうか。
そんなオレ達の様子を見て、ウサコは「いのりちゃんの言っていた通りです」と微笑んだ。