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プロローグ 絶望事件

 ――気が付けば、周りは火の海になっていた。

 ボクはただ、お父さんとお母さんと一緒に旅行に行こうとしていただけなのに。それなのに……。ボクが生まれつき持っている「才能」のせいで、両親をこんなことに巻き込んでしまった。


 ボクが中学三年生の夏の日のこと。電車の中で大量殺人事件が起きた。

 その時、電車の中には禍々しい黒ウサギの仮面を被った十人の高校生と、もう一組の家族がいた――正確には乗客がもっといたけど、何人かは把握しきれていない――。哀れなことに、その姉弟の両親は既に刀を持った女性に斬られ、倒れていた。姉弟は二人共手足に大やけどを負ってしまっていた。

「姉さん!母さんたちが……!」

「ダメです!今はこっちに逃げて!」

 白い髪の女性はボク達とは反対の方に逃げた。多分、刀を持った女性をボク達から引きはがすためなのだろう。

 だけど、刀を持った女性がユラリとボク達家族の方を見た。そして、ボクのお父さんを斬り捨てた。本当に一瞬のことだった。

「ひっ……!」

 ボクは思わず小さな悲鳴を上げてしまった。すると女性はボクの方にゆっくり歩いてきて、刀を上に振りかぶって――。

 ボクの左腕を斬り落とした。

「ぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 四肢の一つを斬り落とされるという、想像を絶する痛みにボクの大きな悲鳴が電車内を響かせた。足に大やけどを負っていたけど、それ以上に腕を斬られた痛みの方が強く、全く気にならなかった。

 「大丈夫ですか⁉」と反対方向に逃げたハズの白い髪の女性が近付いてきた。彼女も大やけどを負っていたハズだけど、今のボクにはそこまで思考が追いつかない。

 気付けば、お母さんも斬られていた。でも、ボクは血が流れすぎたせいか頭がボーっとしていてよく分からなかった。

 白い髪の女性はボクを、白い髪の男の子はボクのお母さんを肩に担いで出口近くまで逃げた。だけど、逃げた先は既に燃えていて、どこにも逃げ場はなかった。

「……っくそ!姉さん、この人を見ていて!」

 男の子が白い髪の女性にお母さんを託したかと思うと、目の前の女性にタックルして、その人がよろけた隙に仮面を外した。その顔を見て、白い髪の女性は目を見開く。知っている人だったのだろうか?ボクは目がぼやけて女性の顔がよく見えない。

 異常事態に気付いた運転士さんが緊急停止してボク達のところに来た。でも、その人も殺されてしまった。目の前の女性以外の人達はボク達以外の乗客を包丁で刺していた。

 後ろは火の海、前には刀を持った女性。更には包丁を持った人達。まさに絶体絶命状態だった。もう無理だと諦めかけたその時。

「キミ達、何があったの⁉」

 灰色かがった白い髪の男性がボク達に近付いてきて、状況を察したのかすぐに警察に通報してくれた。それを見て十人の高校生は電車の外へ逃げ出した。

 もはや意識が朦朧としていた。だけど、警察が来たことは分かってボクと白い髪の女性は必死に訴えた。

「お願いします。両親を助けてください」

 だけど、そこでボクの意識は途切れた。



 目が覚めると、白い天井が飛び込んできた。ここは病院、だろうか。

「あ、よかった、目が覚めたんですね」

 あの白い髪の女性がボクの顔を覗き込んできた。それに一気に覚醒して、ボクはベッドから飛び起きた。すると、左肩がすごく痛んだので思わずそこを手で押さえ込んだ。

「駄目ですよ、まだ安静にしていないと」

 その声は聞こえてこなかった。本来、そこにあるハズの腕がないことに気付いたからだ。よく見ると、身体中に包帯が巻かれていた。そこで、あの時の光景を思い出した。

「お、お母さんは⁉それに、お父さんは⁉」

 ボクがその女性に自分の両親のことを聞くと、彼女は少し悲しそうな表情を浮かべた。そして、

「お父様は手遅れでした。お母様は……そこにいますよ」

 と目の前のカーテンに指を指した。そして、お母さんはまだかろうじて生きているけどもう助からないだろうとも教えてくれた。ボクがお母さんのところに行きたいと言うと、その人は一瞬迷った表情を浮かべたけど、それでもボクを起き上がらせてくれて、さらに付き添ってくれた。

「……お母さん」

「……ふみえさん、連れてきましたよ」

 ふみえ、というのはお母さんの名前だ。ボクはお母さんにいろいろと聞きたいことがあったけど、お母さんも全身に包帯を巻かれていて、目も虚ろになっていて、それに混乱して頭が真っ白になった。そんな中でも、お母さんはボクに目を止めると手を伸ばしてきた。

「……あのね、あなたも、もう聞いていると思うけど、お母さんは助からないの。だけどね、奇跡的に左腕が無事なのよ。だから、せめてお母さんの左腕をあなたにあげたいの」

 何を言っているのか分からなかった。お母さんの左腕を、ボクのものに?そんなこと、出来るハズが……ない……。

「そうでしたね。聞くのを忘れていました。どうしたいですか?お母様の左腕をあなたに移植する……この病院では可能です」

 すると、女性がそう尋ねてきた。その言葉にボクは彼女を見る。

「えっ……?」

 臓器を移植することは可能でも、さすがに腕を移植なんて今の医療技術では出来ないだろう。すると、女性はここがどんな病院なのか教えてくれた。

「この病院は朝木ヶ丘学園が管轄する病院で、卒業生がたくさん働いてるんです。もちろん四肢移植の知識を持つ人もいますし、話も通してあります。お母様の同意も得ていますし、後はあなた次第です」

 そのことは分かったけど、なんでこの人はそんなところまで知っているのだろう?すると心情を読んだのかすぐに答えてくれた。

「あぁ、そういえば名乗っていませんでしたね。私は木護 あかね、高校二年生で朝木ヶ丘学園の学園長の娘です。……まぁ、父も亡くなってしまったので近い内に学園長になりますが」

「木護 あかねって……えっ!本物⁉」

朝木ヶ丘学園は天才級の才能を持つ者達が集まる教育を始め様々な分野に対して超特権を持つ政府公認の学園で、学園長の家族も全員天才級の才能があり相当頭が良く、資産もこの国の誰よりもあると言われているのだ。

そして、あかね様と言うと朝木ヶ丘学園の中でも一学年に一人しかいないと言われる「天才級の希望」と呼ばれている人物で、その才能の数は軽く五十はあるという。そんな人々の憧れの的が今、目の前にいるなんて……。

「す、すみません!あかね様とも知らず……!」

 ボクが頭を下げると、あかね様は困ったように言った。

「そんなに固くならないで。それから、様付けもやめてください。出来たら、あかねさん、もしくは木護さんと呼んでください」

 あかね様……いや、木護さんはそう言って優しく笑う。うぅ、なんて優しいんだろう……。あかねさんなんて軽々しく呼べないよ……。

 なんて考えていると、木護さんはボクを見て告げた。

「急かすようで悪いですが、早く選ばないと出来るものも出来なくなってしまいますよ」

 そうだ、今はそんなことを考えている暇はないんだった。お母さんの左腕を、ボクに移植する……それが、ここでは可能……。

「……お母さんは、どう思ってるの?」

 ボクはお母さんに向き合い、本当はどう考えているのか聞いた。こんなこと、ボク一人で決めていいことじゃない。でも、

「お母さんは、あなたには両腕ある状態で生きてほしいの。だって、あなたは未来ある子なんだもの」

 お母さんのその言葉が決め手になった。ボクは木護さんに顔を向ける。

「……木護さん、ボク、左腕を移植したいです」

 ボクの言葉に木護さんは頷いた。

「だそうです。ふみえさん、後悔はしませんか?」

 そして、今度は木護さんがお母さんの方に向き合い、確認した。お母さんは彼女の言葉に小さく頷く。そうしている間もお母さんの息が絶え絶えになってきていて、一刻を争っていた。

「では、すぐに始められるよう手配しましょう」

 そう言って、木護さんは携帯を取り出し、どこかに電話をした。その数分後、看護師と医者がやって来て、お母さんを手術室に連れて行った。

 ボクが手術室の前の長椅子に座っていると、木護さんが隣に来た。確か、彼女は……。

「……木護さん。キミも両親を殺されたんでしょう?お葬式は?それに、あなたの傍にいたあの男の子は……」

 ボクが聞くと、木護さんは困ったように笑った。

「実はお葬式はまだなんですよ。今はお父さんもお母さんもこの病院で冷凍保存されているんです」

 遺体を冷凍保存って……それって外国のお金持ちの人がやるイメージなんだけど。しかもこの病院でって、すごいな……。

「ほら、私達家族は天才級の才能を必ず持っているでしょう?それが遺伝的なものなのか調べたいらしくて。それから、弟は無事ですよ。今はここの病院に入院しています」

 心を読み取ったのか、木護さんは説明してくれる。そんなことまで調べているんだ、朝木ヶ丘学園って。それに、あの男の子って弟なんだ。確かに似ていた気がする。それに、確か姉さんって言っていたような覚えがある。

「あの、木護さんの才能って……聞いてもいいの?」

 何となく気になって尋ねる。すると木護さんは少し考えた後、

「信仰者に始まり、探偵、イラストレーター、ピアニスト、美術家、ゲーマー、小説家、プログラマー、未来予知者、物理学者に天文学者、介護士に保育士、医師に看護師……たくさんあってちゃんと把握出来ていません」

 噂は本当だったようだ。そんなに才能があるなら一つぐらい分けてほしいと思うのはボクだけだろうか?というよりゲーマーって、ゲームするんだ……。いや、ボクもゲームは好きだけどね。それに小説家って……小説も書いてるんだ。読んでみたいな。

「あ、そうです。手術が終わる前にお父様に会ってみますか?」

 木護さんの言葉にボクはすぐに頷いた。木護さんは笑って、ボクをお父さんの元に連れて行ってくれた。

 霊安室には、目を閉じたままのお父さんの姿があった。

「……お父さん……」

 ボクが泣きそうになっていると、木護さんは背中を撫でてくれた。

「泣いていいんですよ。ここには私しかいません」

 その言葉にボクは耐えられなくなって、その場に泣き崩れた。そんなボクを、木護さんは抱きしめてくれる。

「辛かったですね、一気に全てを奪われてしまうなんて。大丈夫、私が傍にいますから」

 そして、彼女はそう言ってくれた。その言葉が、今は何よりうれしかった。

 十分に泣いた後、ボク達は手術室の前の長椅子に戻ってきた。

「ごめんなさい……結構泣いてしまって」

 ボクが謝ると、木護さんは「別に構いませんよ」と笑ってくれた。

「……あ、終わったみたいですよ」

 手術室が開いたことを確認した木護さんは立ち上がった。そして、

「では、私はこれで。また今度会いましょう」

 そう言って、ボクに背を向けた。ボクはそれをただ見送るしか出来なかった。



 ――左腕を移植した後、ボクは両親のお葬式を行った。参列者には中学校の先生の他に、木護さんもいた。現場に一緒にいたから、という理由で来てくれたらしい。学校は?と聞くと今日は休んだんですと答えた。

「……お気の毒に。まだ中学生、しかも受験生なのに」

 木護さんはボクに近付いてきてそう言ってくれた。移植したばかりの左腕はまだ動かないけど、手術は成功していて、リハビリさえすれば少しずつ動けるようになると言われている。それに、両親の遺産も多くあったらしく、それで不自由なく暮らしていけるだろう。これが今回の不幸の後にやってくる幸運だと思う。

「……ボク、絶望なんかに絶対屈しないから」

 気付けば、そう紡いでいた。

「お母さんから貰ったこの左腕と命、絶対に大切にするから」

 それはまるで、決意を告げているようだった。いや、そのものだった。すると彼女は微笑んだ後、こう言ってきた。

「……あなたには、生まれつき才能があるみたいですね」

「え……」

 何を言っているんだろう?この後に続いた言葉にボクは驚いた。

「でも、それでさんざん苦しんだでしょう。例えば……親戚が亡くなったりとか」

確かに、ボクは今や天涯孤独の身だ。親戚は皆、死んでしまったから。でも、なんで分かったのだろう?

「あなたは不幸の後に幸運がやってくるタイプの才能ですね。彼と同じです」

「え、えっと……」

 ボクが戸惑った声を出すと、ようやくそのわけを教えてくれた。

「あぁ、すみません。私達木護家は、他人がどんな天才級の才能を持っているのかが分かるんです。あなたが持っているのは「天才級の幸運」……私達がいくら研究しても解明されていない才能です。……でも、あなたには他にたくさんの才能があるみたいですね」

 天才級の、幸運。ボクはその才能のせいで周りの人を不幸にしてきてしまったのか。だからボクは皆を不幸に巻き込まないように、ずっと嫌われるような言動をとっていた。その結果、ボクには小学校の時も中学校の時も友達が全くと言っていい程いなかった。だって、ボクを愛した人は今回のように不幸に巻き込まれてしまうから。正直、両親が今まで何事もなく過ごしてきていたのは奇跡に近い。

 でも、他にもたくさんの才能があるって……?

 それはどういうことなのか聞こうとすると、不意に木護さんがお葬式の場にはふさわしくない笑顔を見せた。

「あなたが学園に来るのを楽しみに待っていますよ。……それでは失礼しますね」

 そう言い残して、木護さんは立ち去ってしまった。

 学園に来るのを楽しみに待っている?

 その言葉の意味が分かったのは数週間後、一通の封筒が担任の先生へ届いた時だった。


 ――これが絶望事件。ボクが失ったものが多く、それでいてボクのこのつまらない人生の転機になった出来事だ。

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