第二章 蜂の家族 2-1
第2章 蜂の家族
2-1
全ての色の絵の具を混ぜた、重怠く、色も味も感じない一週間の忌引きが終り、漣は学校へ向かった。
久しぶりの学校は、腫れ物に触るような、気を使い過ぎてぎこちない空気が漂っている。
漣が靴箱を開けると、小さな瓶に活けられた一輪の青い勿忘草が入っていた。
鷹丸高校には、人工ウイルス事件に生徒やその家族が巻き込まれた場合、生徒自身が亡くなった時は、その生徒の靴箱に白い菊の花が、生徒の家族が傷害を負ったり、亡くなったりした時は勿忘草が靴箱に入れられることがあるという言い伝えがあることを思いだした。
漣は、気まずい空気の中にも、差出人の分からない小さなやさしさに戸惑いつつも、心が綻ぶような感覚を味わった。
撫子が活けられた瓶を手にクラスへ向かう。
教室に着くと、クラスメイトが一斉に漣を取り囲んだ。
「柳原、大丈夫か?」
「柳原君、大変だったね。」
「犯人早く捕まってほしいよな、早く死刑になってほしいよな。」
そんな言葉が口々に聞こえてくる。
漣は、引き攣った寂し気な笑顔で、「お…おう。そうだな。」と答えるので精いっぱいだった。
クラスメイトの中には、漣の荷物をやたらと持とうとする者や、目を合わせないように、話しかけないようにする者もいた。
「心配してくれるのは有難いし、それがみんなの優しさなのはわかってる…だが、当事者でもないのに俺の感情を代弁したり、過度に気を使われたりするのは正直言って…うざい。」
作った笑顔の中に、小さく毒づく。
そんな中、LHRが始まった。
クラス担任がドアの音を立て、重い足取りでクラスに入ってくる。
「今日のロングホームルームは人工ウイルスとそれにまつわる取り組みについて話します。ニュースや新聞を見た人は知っているでしょうが、私たちの大切な仲間が、人工ウイルスを使った辛い事件に巻き込まれました。…みんなには犯人探しや、過度な詮索などをしてほしくないので、名前は伏せさせていただきます。
私たちが住む、濱田市で今から10年ほど前に『濱田人工ウイルステロ』が起きたことから、人工ウイルスについての認識が世間に広まりました。そのテロ以来、
濱田市が中心になって、人工ウイルスを取り締まる部隊や、人工ウイルス事件の被害者や遺族を保護する機関を設立しました。それでは、濱田市で行われている人工ウイルスについての取り組みについて紹介していきます。」
担任がアナウンスを終えると、生徒にプリントとノートくらいの大きさの薄いパンフレットを配った。
「日本には、人工ウイルスを取り締まる、AVICAT(Artificial Virus Investigation and Control Agent Team: 人工ウイルス取締調査団)の部隊の基地が各地に複数あります。そのうちの一つは、鷹丸高校のある折紙町にあるそうです・・・」
生徒にパンフレットを配り終えると、担任は生徒に説明を始めた。
「人工ウイルスでこれ以上涙を流させない・・・か。AVICATの隊員が体を張って人工ウイルス犯罪者から市民、いや国民をも守っているのか。正義のヒーローみたいだな。」
漣は担任の説明を聞きながら考えていた。
担任は説明を続ける。
「AVICATは満16歳から入隊できるそうです。つまり、君たちも理論上は入隊できます。ただし、入隊には試験がありそれに合格しないと入隊できません。
試験科目や内容は国家機密であるため、試験日当日でないと公開されないそうです。ただし、入隊後は特殊国家公務員扱いになり、お給料も出るそうです。
学生の隊員は、入試や就活で資格欄に書くことが出来ます。」
担任が説明を終えると、「お給料」という言葉に目を輝かせる生徒がちらほら現れる中、漣はAVICAT入隊へ食指が動いていた。
「俺が入隊したら・・・父さんたちの無念を晴らせるのか・・・」
「ただ、試験が心配だな・・・隊員になって殉職とかあるのかな。」
ワクワクと不安の両方を漣は抱いていた。
~2-1終わり~