失った家族、差し伸べられた手 1-3
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《翌日》
漣は目が覚めると、椎名教授の姿がないことに気づいた。
漣はよれよれになった制服のしわを伸ばし、襟を正した。
帰り支度を始めるが、昨日自分の帰る場所と家族を失ったことを思いだし、その場でうずくまって泣いた。
しばらく泣いていると、病室の戸が開いた。
そこには、椎名教授とその奥さんがいた。
「漣君、入ってもいいかな?」
「どうぞ。」
椎名教授は漣に歩み寄ると、真剣な表情で話しかけた。
「漣君。今から大事な話をするね。
君のお父さん、お母さん、妹さんは人工ウイルスによって何者かに殺害されたんだ。」
「じんこう...ういるす?」
「そう。人工ウイルス。人間によって作られた、本来自然界には存在しないウイルスなんだ。」
人間によって...作られた...手作りウイルス...!
漣は、昨日の科学部の部員たちの会話を思いだした。
自分の家族が、病気によって亡くなったのではなく、何者かに殺されたということを知り、悲しいという感情に犯人に対する強い憎悪がぐちゃぐちゃに混ざった。
「なんで...父さんたちが殺されなきゃならないんですか...!父さん達は人に恨まれることなんてしてないはずなのに何で...」
「それが...俺にもわからないんだ。
人工ウイルスは個人で発信されたものもあれば、コンピューターやAIを使って多くの人を標的にするために作られたものもある。今は俺の研究室と警察とでこのウイルスの出元を調べているが、警察のデータからも前科のある者のIDではないと確認されたんだ。」
「人工ウイルスの発信機や人工ウイルスって、一般人なんかが手に入れることって出来るんですか?」
「法律では、医師免許や薬剤師免許を持つ人以外の一般人が人工ウイルスを作ることも発信機を持つことも禁止されているし、医者や薬剤師でも、ワクチン製造や製薬以外の目的で人工ウイルスを作ることは禁止されている。
もし違反した場合は、重い禁固刑と免許はく奪が待っているんだ。」
「ということは、父さんたちを殺したのは医者か薬剤師ってことですか?」
「そう決めてかかるのはよくないが、免許を持った者の犯行である可能性がかなり高いね。実は、君のお父さんから検出された人工ウイルスは、濱田人工ウイルステロに使われた型のウイルスと全く同じ型だったんだ。」
「濱田人工ウイルステロって俺が小学生の時に起きた人工ウイルステロじゃないですか!
確かニュースで見たら、犯人捕まったらしいですけど...」
「ああ。確かイデア創造の会の信者の一人だ。だが、そいつは黙秘権を行使しまくったらしい。それに教祖も幹部も捕まってない。」
「父さんたちを...あいつらが!」
「だから、決めてかかるのはよくないぞ。
それに、このご辞世、製薬会社間でも闇ビジネスとして、人工ウイルス製作や人工ウイルス抗体保有者狩り、狩った人の血液からの血清づくりなんざ、ザラに起こってる。
もう君も疲れただろう。俺の研究室の隣に休憩室があるからそこを使えばいい。」
「ありがとうございます。先生。」
漣は、椎名教授にお礼を言うと、休憩室で一服した。
しばらくして、椎名教授の奥さんが入ってきた。
「漣君かしら。つかれたわよね。今日からは、私たちの家で
暮らしていってね。遠慮とか全然しなくていいよ。だって、今日から漣君は私たちの家族だからね。」
奥さんはそう言って漣の頭をなでると、漣は少しくすぐったくなった。
~1-3おわり~