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寄食  作者: おと。
1/1

 6畳半の畳張りのボロいアパートに友人が遊びに来た。

「お邪魔しまーす!」

 こいつは学生時代からの親友だ。学生時代のこいつは、馬鹿ばかりやっていた。そんなコイツが俺の家の玄関で靴を脱いで揃える姿に、こいつもコイツも大人になったんだなと思った。

そして、畳張りの部屋に唯一置いてあるちゃぶ台を挟み、顔を付き合わせて座る。

「この部屋、机しか無いじゃん!」

 驚いたように友人が言う。

「必要ないしな。たまに飯食ったり、寝るくらいしか家ですることなんてないだろ」

「…相変わらず、真面目だねー。」

 理解できないといった様子で、肩を竦めてみせる友人。

「じゃー、そんなお前にプレゼント!」

 友人がちゃぶ台に虫かごを置いた。俺に虫の採集や飼育といった趣味はない。

「…いや、何これ?俺、虫好きとかお前に言った記憶無いけど…。」

「これ、食おうぜ!」

 ――前言撤回する。コイツは馬鹿だ。何も変わらない。

 中で元気にピョンピョン跳ね回っているコオロギが入った虫かごを持ってニコニコ笑っている友人。コイツはいつもそうだ。新しいことが大好きで、俺を付き合わせ、振り回す。そういうところが面白くて付き合いがまだ続いているのだが…。今回のはハズレだ。付き合いたくない感じの面白いことだ。即座にそう判断し、言う。

「お一人でどうぞ…。」

「何でだよー!!」

 そう言いながら虫かごを開け、一匹取り出している。コイツ、本気で食べる気だ。

 両手で包んで捕まえているコオロギを口元まで持って持っていき、口の中に入るまで待っている。

「お、入った。」

 両手を口元から外し、口をもぐもぐさせなから言う。

 コイツ、ホントに食いやがった。

「なんか苦い!し…酸っぱい?かも。」

 …見たくも無く、聞きたくも無かった感想をありがとう。

 何も言わない俺に友人は

「じゃあ、次はお前の番な!」

「絶対無理。」

「えー!食おうぜ!せっかく持ってきたのに!」

 食おうぜー、感想を言い合いたい、とずっと言い続ける友人に無理、嫌だ、と言い続ける俺。10分程言い争い、結局俺が折れた。

「食べるよ!…食べればいいんだろ!!」

 コイツと言い争って勝てた試しは無い(しつこいし、リピートしてくるから)、コイツとこれまで付き合ってきたことを少し後悔した。

 水を用意し、流し込む準備を整えた。そして、友人から受け取った一匹のコオロギを目を瞑って口の中に放り込む。


 視界の反転。その後、見たのは赤黒い闇。どこだここは。

 そして、湿り気の帯びた空間。なぜか、地面は柔らかく粘つき、温かい。

 (なんだこれは、どうなっているんだ!?)

 さっきまでただ、嫌々虫を食べさせられていただけだったのに。

 滑就く地面に手足を取られ、上手く身動きがとれない。そして、地面と天井が近づき、潰されそうになる。

「ヒッ…!!」

 間抜けな声が出た。だが、仕方が無い。何も状況は分からず、迫ってくる壁。そして、壁が下がってきたのではなく、地面が上がってきているのだと理解する。しかし、気がついたところで為す術も無い。地面にしがみついてその場になんとか留まろうとしても、粘つく地面ではそれも叶わない。

暗闇の中、どちらが上か下かなんて分からないが。確かに落ちている。どこかに捕まろうと手探りでそこら中を必死で探すが、ズルズルと落ちていく。

 その瞬間、直立したような感覚がした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 浮遊感。命綱なしのバンジージャンプをすればきっとこんな感覚だ。バンジージャンプなんてしたことは無いけれど。


 ――――ボチャン。

「…はぁ!ハァッ…!!ゲホッ…。」

 広い空間に落ちた。まず生きていることに安堵した。そこら中柔らかく温かい地面であるここで心配する必要は無かったかもしれないが…。この広い空間にたまっていた水のおかげで怪我を免れたらしい。

 暗闇に目が慣れてきて広い空間ということは分かるが、ぱっと見では出口は簡単に見つかりそうに無い。壁沿いに手を付きながら、半分泳ぐようにこの空間を探索する。この赤黒い空間に入ってから湿度のせいか、肩が重い。

 2時間ほど探索したかもしれない。この空間は丸かった。5周ほどしてやっと気が付いたことだった。たったこれだけの事に気が付くことに、これ程までの時間が掛かった。ここから出るまでの労力を考えると、意識が遠のく。つい俺の怠け癖が出てしまい、その場で寝転んでしまう。

 (休憩しよう、10分だけ…。)


 10分と思っていたのに深く眠り込んでしまったらしい。いつもの癖で屈伸をしようとして気が付く。腕が動かない。というか、首から下の感覚がない。違う。感覚はある。

だが、バラバラだ。

 まるで、自分が手を上げた時に自分の腕は上がっていないのに鏡の中の自分の腕は上がっているような、そんな感覚。自分の腕が人形のように取れ、自分の意思でその遠くの腕が動く。こんなことあるだろうか。

 自分の身体に疑問を抱きながら手首を準備運動のように動かし続ける。ペタペタ。顔に自分が手首を動かすリズムで何かが触れた。

 手首の動きを止める。何かが触れるのも止まる――。

 ――もう一度、動かしてみる。ペタペタ。

「う、うぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「手、て、手が!手が…!!」

「うわ!!お前、どうしたんだよ!?」

 友人の声で一気に視界にものが写る。

「…どう、した、って…。」

「…お前、虫食ってから4時間くらいぶっ倒れてたんだ。悪かったな。無理強いしたりして…。ここまで取り乱すとは思ってなかった。」

 お前、そんな虫苦手だったか?友人が心配そうに聞いてくる。しかし、一切、耳に入ってこない。さっきの場所は何だったんだ?

「それにしても、死んだみたいだったんだぜ。倒れたお前。…本当に大丈夫か?」

 ちょっと待て。死んだみたい?あの時、死ぬはずだったのは俺が食べた虫。じゃあ、あの赤黒い、湿った空間は……。

 その瞬間、俺はその場に嘔吐した。その吐瀉物には、俺が食べた虫のバラバラになった身体の部品が混じっていた。



俺はおかしくなってしまったらしい。友人には帰ってもらい、一人で考え込む。友人は様子のおかしな俺を一人にすることを渋っていた。だが、恐らく、さっきの出来事を言っても信じてもらえない。


 友人は、さっき食べたコオロギが入った虫かごを忘れて帰っている。中ではコオロギが元気にピョンピョン跳ね回っている。

 ――もう一度、食べてしまおうか。

 その考えが頭をよぎる。あの空間での恐怖よりも、あの時、本当に俺は虫になってしまっていたのか、俺の口の中に入っていたのか…。それを知りたい思いが上回る。

 意を決して虫かごを掴む。中の虫を一匹だけ、人差し指と親指で潰れないように挟む。

 そっと口を開いて指ごと口の中に手を突っ込み、手を離す。


 瞬間。赤黒い、湿った空間。

 指ごと入れたことによって出来た隙間から光が差し込み、この赤黒い空間の全体像が見える。

やはり、口の中だ。

 そして、自分の身体を確認する。手足は細く黒い。そして、視界には上から垂れ下がっているような紐が常に写り、自分の意思で動かせる。どう考えても自分の、人間の身体では無い。

 もっと明るい場所で見ようと歯の間からコオロギ特有の跳躍力で飛び出る。


 明るくなった。が、視界に入る景色は予想したものではなく。先ほどの虫かごの上に頭が乗って

いて虫かごの中でコオロギたちがピョンピョン跳ねている。

 周りを見渡すと、一匹のコオロギが畳の上を跳ねていた。そのコオロギをそっと捕まえる。

「湿ってる。」

 そのコオロギの身体は水でもかぶったように濡れていた。


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