守護神で接着剤な僕
僕は周りにいるメンツを見回す。クソ田舎の地元の中学校の同級生、その全員がいた。
真っ暗の中、僕らは部屋の中央に置いている蝋燭の火を囲った。誰かの吐息で揺れる炎が、恐怖心と不安感を煽る。
「準備はいいかい?」
僕がそう言うと、ここにいる四人全員が頷いた。
「みんな、手を出して。手のひらを前に向けて、そう」
これは儀式だ。
この村に伝わる、最古の儀式。
同級生に誰か一人、必ず“いるはずの無い存在”が混ざるというもの。その“いない者”を炙り出すための儀式が、蝋燭の火を囲って、一人ずつ話をすることだ。
“いない者”には“記憶がない”のだ。
一時間前、村長が僕たち全員を集めて、そう言った。
「誕生日順だったよな……俺からでいいな?」
僕の左隣にいる、五月生まれの良太が話し始めた。
「俺たちはずっと一緒だった。小2の秘密基地を作った時からずっとだ。秘密基地を作った時、歩美はオタマジャクシを大量に連れてきたよな。そこで育てていたら、オタマジャクシがカエルになって、大騒ぎになったんだ」
みんな、ああ、そんなこともあったなと言って笑う。
「もう、今その話するの?」
歩美が恥ずかしそうに顔を覆い、呟いた。とても小さな声で、隣にいる僕でなければ聞き取れない。
「その時にアキラが言ったんだよな。『歩美はカエル大臣だ!』ってさ。カエル大臣って言うのが俺の中でツボだったんだ。アキラはなんにでも大臣って付けるけど、カエル大臣なんてな……これが俺の一番の思い出とも言えることだ」
笑いを押し殺しながら、一人で笑う良太。
僕たちはそんな良太の笑いのツボがわからない。だけど、いつも笑顔なのだ。そんな笑顔に釣られて、僕らも笑顔になる。
「はい、終わり。俺の話はこれでいいだろ。次はアキラ」
「次は僕だね。話すよ」
良太の左隣にいるアキラが、バトンを握る。
アキラは9月生まれ。ここにいるみんなは、結構生まれが遅い。
「僕はそのカエル大臣になった歩美のことが、好きになったんだよね。五年生のことさ。ま、あっさり振られたけど」
みんな初めて聞いたようで、驚いていた。
歩美はまた恥ずかしそうにして、今度は俯いた。穴があったら入りたい、と呟いているのが聞こえる。
「歩美は関係を壊したくなかったんだ。僕らのこの関係をね。でも、もう中学生も卒業だし、高校はみんなバラバラじゃん? だから、歩美……この場を借りさせてもらうよ」
そして、アキラは緊張を和らげるかのように深呼吸をした。
「高校に入ると地元を離れる。みんなバラバラになる。僕は、歩美とだけは離れたくないんだ。もう抱えきれないほどの好きがある。僕の――彼女になってほしい」
「うえぇ……?」
ただでさえ顔が真っ赤だったのに、アキラからトドメを食らった歩美はオーバーヒートしてしまった。視線が固定されず、あらゆるところをひっきりなしに見ている。
「おいこら、歩美を困らせるなよアキラ」
「そうよ、だいたいみんな歩美歩美って、私だっているんだからね!」
良太と栞がアキラを問い詰め、困ったようにアキラが笑う。
「だいたい、俺らがバラバラになるなんて誰が決めたんだよ。俺たちはずっと一緒だ。これまでも、これからも!」
「……うん、そうだよね。ごめん」
アキラが謝る。歩美が復活するまでの数分でアキラを茶化し、歩美が復活すれば歩美も一緒に茶化した。
栞によれば、歩美はずっとアキラがずっと好きだったらしい。両想いだったのだ。
でも、歩美はこの関係を優先した。
壊したくなかったんだ。居心地が良かったから。
「じゃあ、その、えっと、これからよろしくお願いします……?」
ハテナを浮かべながら顔を真っ赤にした歩美が、アキラに笑いかけた。ぎこちない笑みが、アキラにとっては愛くるしいらしい。
「じゃ、僕はこれで終わりっと。次は栞ね」
「はいはい。このあとに話す私の身にもなれっつーの!」
「はは、ごめんってば。あとでジュース買ってあげるから」
「そんなのは歩美にしてあげなさい」
栞にきつく言われて、アキラが参ったなぁと頭を掻く。
ちなみに、栞の誕生日は1月だ。
「まぁ、それはどうでもよくないけどどうでもいいわね。私の話は……小学校六年の時の話よ。三年前の話ね」
「おお、結構最近だな」
「まぁね」
栞がアキラを見て、ニヤッと何かを企むように口角を上げた。
「修学旅行に行ったでしょう。富士急ハイランド、ね?」
「ああ、行ったな。楽しかったよな、特にあの……名前忘れたけどジェットコースター!」
「先生が立てなくなったやつだよね」
良太と歩美が話に加わる中、アキラが「まさか……」と青い顔をした。
「高飛車よ。ものすっごく落下角度が凄いやつね。これに乗る時、くじ引きで私はアキラの隣に座ったの。アキラはずっとぎゃーぎゃー言ってたんだけど……」
「栞もぎゃーぎゃー言ってたじゃん!?」
「そ、そんなわけないでしょ! 気のせいよ、気・の・せ・い! ……こほん。まぁ、それはいいのよ。問題は、その喚き声が途中から聞こえなくなったの」
「そういえば、急に静かになったよな。なんかあったよか?」
「確か、それを降りてすぐにアキラくんってトイレに行ってたよね?」
みんなの視線がアキラに集まる。
これまでみんな知らなかったことが、栞によって暴露されようとしているのだ。
その内容も、察しつつあった。
「こいつ、漏らしたのよ。漏らして冷静になって、今度は慌ててたの。ぎゃーって言ってたやつが別の意味で慌ててるのよ? こんなにおもしろいことってないわ!」
「まじかよアキラ……」
「あ、あの、アキラくん、大丈夫だよ。誰にだって怖いものはあるから、ね?」
だんだんアキラの肩身が狭くなっていく……。
「そこらへんにしといてあげようよ。栞も、あんまり人の嫌がることしないようにね! ほら、次は歩美だよ」
「はーい」
僕がそういうと、栞が渋々話を終えた。
次は歩美で、誕生日は2月。最後の話だから、ゆっくり聞こう。
「私の一番の思い出は……その、アキラくんかな」
「え、僕?」
「うん。私って、私たちが四年生の時に、暗い学校の中で迷っちゃったことがあったでしょ? その時に見つけてくれたのが、アキラくんだったの」
「あー……そういえばそうだ。あの時は歩美んとこの家族と僕のとこの家族全員でBBQする予定で、歩美だけいなかったんだよね。それで、図書室に寄って帰るって言ってたのを思い出したんだ」
アキラがポンと手を叩いて思い出す。
アキラに続いて、栞と良太も「あの時か」と言った。
「歩美のこと知らないかってお母さんに聞かれたことがあったわね」
「俺も、親父にそんなこと言われたな」
そう言って、話は進んでいく。
「そろそろ帰ろうか」
良太がそう言い、みんながそれに賛同する。
「あれ、ここって誰かいた? なんか、不自然に空間があるような気がするんだけど……」
何かに気付いたかのように、良太が右隣を見た。人一人分のスペースがあり、歩美との間は不自然に距離が開いている。
「気のせいでしょ。ほら、早く帰らないとお母さんに怒られるわよ」
「それもそうだな、帰るか」
ああ、そうだ。
僕が“いない者”なのだ。
どうして僕がいない者なのか。
いない者なんて、それこそいなければいいのに。
ふと、村長の言葉を思い出す。
この儀式をやるように、と言った村長の言葉だ。
『“いない者”には感謝しておる。君がいなければ、この子たちはきっと、もっと危険な目にあっていたかもしれない。仲良くなれなかったかもしれない。君はこの子たちの、守護神であり接着剤なんじゃ。これからも、この子たちの行く末を見守ってほしい。君が育てたこの子たちを、自分の手で汚すことはけっして、してはならんのじゃ』
それは、いない者がいると確信している人の言葉だった。僕の他の子どもがいなくなれば、僕はいない者ではなくなるかもしれない。
そんな考えを打ち消してしまう言葉だった。
まるで、最初から“いない者”が僕だとわかっていたかのようで。
その瞳は、とても優しい瞳だった。
久しぶりに投稿です。
あまり考えずに書きました。
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