狂科学者、二足歩行を覚える。
バタバタ体操を始めて早一ケ月、ハルトの全身は大幅に成長した。もはやご飯も一人で食べられてしまう。
......と言っても筋力が幼児レベルに発達しただけで、外見はいたって普通のラブリーな赤ん坊である。なぜ外見が変わらないのか非常に不思議だが、この世界は魔法のあるファンタジーな異世界。女神が存在値がどうのこうのと言っていたし、きっと世界の法則が異なるのだろうと思うが、これ以上は俺の専門外なのでやめておく。どうせわからん。
早々にご飯を一人で食べられるようになってしまい、今世の母親———ミレアと言うらしい―――は「あーん」ができなくなって寂しそうだ。顔が整っているだけあってその破壊力には屈しそうになるが......時間は有限だし、「あーん」はかなり恥ずかしい。そんな非効率的なことに費やすよりは歩けるようになる方が先決と心を鬼にして耐える。
口の制御もだんだん上手くなってきたので簡単な意思の疎通程度はお手の物。
今まではハイハイして移動していたが......俺は幼児程の筋力を手に入れた。そろそろ二足歩行を始める時が来たようだ。
というわけで俺は新たな世界への一歩として部屋の隅まで移動、それを支えにして立ち上がった。ここまでは普通にできるのだ。そのまま壁に手を付けながら横ばいにゆっくりと進む。一歩ごとに可愛らしい掛け声が出てしまうのはご愛敬。
さて、数分もすればだんだん背骨のバランスを取るのに慣れてきたので、ゆっくりと壁から手を放して微妙に前かがみになりながら足を踏み出す。
「よいしょ、よいしょ」と声を出して慎重に重心をずらし、片足に体重をかけてはもう片方の足を前に出す。しっかりと足の裏で地面を踏みしめ、足首で足の傾きを制御する。
「やたー!!」
一か月間、下積みを重ねてようやく歩けるようになった。その喜びをまだ舌っ足らずな声で叫びながら、歩くのにも慣れてきたのか今度は部屋中をぐるぐる回りだすハルト。今度は外にも出たいとドアのノブへ手を伸ばす。
だが......
「まだたりないか。」
ようやく立てるようになったばかりの一歳児の手は届かなかった。くそう。
早急にジャンプできるようにならなければ......。
幼い顔をしかめながら、今度はジャンプを開始する。五センチ程しか飛べないこの体が憎いぜ。
どうやらハルトが外に出られる日はまだ先のようだ。
だが二足歩行は覚えた。前世の人格が継承されて、言語もわかる以上、幼児の段階で覚えることはもうない。
俺の野望まであと少しだ。