狂科学者は謝罪する
「あー......なんだ、すまんかった。」
開口一番謝罪をするハルト。
簡潔に言えば、『魔法殺し』に対抗する手段の構築に没頭していたら、いつの間にか徹夜どころか半日経っていた。
そういうことだ。
勿論、その間の訓練を指導する者はいない。
言い換えれば只のサボり。
お陰で『魔法殺し』にもなんとか対応できそうな戦略は構築できたが、問題はその結果であった。
何があったのか。
前提としてハルトは思考に没頭するため、感覚神経を遮断していた。
勿論運動神経もだ。
脳だけ覚醒していて、体は寝ている状態だったのである。
すると睡眠状態にある肉体の体温は周囲に合わせて低下し、冷たくなる。
半日程かけて低下した体温は、平熱の人間が触れば冷たい温度だ。
そして極限まで集中していたハルト。
その脳は疲労し、対策を立て終わった直後、すぐさま睡眠に移行した。
肉体と脳が睡眠状態にあり、熟睡するハルト。
しかし『超回復』はその疲労も短時間で癒し、本人に活力を満たす。
そして一時間少々で完全に疲労を回復させたハルトの意識は浮上しつつあった。
そこに来訪するユア。
彼女は幼馴染みがどんな状態にあるのかは知らない。
彼女が感じたのは、冷たくなって微動だにしないハルトの肉体。
呼吸の有無、心臓の脈拍。
そんな冷静になれば気付くであろう要素は全て彼女の頭から吹き飛んでいた。
彼女の目の前には冷たくなって動かないハルト。
少々思考が飛躍しているが......本物の『死体』を見たことがないせいもあるのだろう。
彼女の視界には先生であり、好きな異性であり、幼馴染みである存在の死。
それを錯覚するのに十分な条件があった。
そして涙が溢れそうになったその時、
偶然目が覚め、神経遮断を解除し、時間を確認して慌てて起き上がったハルト。
その時彼女が感じた安堵は計り知れない。
......まあそんなわけで目から涙を溢れさせるユアだが、如何せんハルトにはそのような場面を乗り切る知識がなかった。
取り敢えず泣き止んでもらいたい。その一心でハルトはユアを抱きすくめ、頭を撫で続けた。
ここだけを見れば素晴らしい絵面に見えるが、問題は王子。
彼はユアの「ハル君を呼んでくるので待っていてください。」という言葉を信じて待っていた。
しかし当のユアはというと、大好きなハル君に抱き締められ、撫でられると言うご褒美の真っ最中。
死んでしまったのではないかという当初の不安は消え去っていた。
そして涙が落ち着いてからも、欲求のままに駄々をこねてハグ&なでなでを続行させたのである。
この時点で王子は完全に忘れてられていた。
そして約三十分後、痺れを切らした王子が見に行けば、状況に困惑しているハルトと、抱きすくめられて溶けそうな顔をしているユア。
ひどい話である。
信じて待っていたのにもかかわらず、忘れ去られていたのだから。
「きっ......君達は......何をしているんだい?」
それでも笑顔を保つことに全力を注ぎ、問う王子。
王子の表情筋は明日にでも筋肉痛を起こしているかもしれない。
何がどうなってこうなったのかさっぱりわからないハルトはユアを撫でながら困惑した表情で顔をあげ、
「あー......なんだ、すまんかった。」
取り敢えずやって来た王子に謝ってみたわけだ。
そして冒頭に戻る。
****
「はあ......成る程、で、心配したユアが俺が死んだと勘違いし、パニックを起こしたと。......はー。」
「......ところで君は何をしていたんだい? 随分と寝坊していたみたいだけどね?」
責めるように王子が問うが、
「ま、色々やっていたんだよ。これでまず俺が負けることはない。そして俺が負けないと言うのは即ち、この学園の二年生は勝利だ。......違うか?」
「いや......まあ、間違いではないんだけどね? 僕等の訓練は放置かい?」
「そこは......本当にすまないと思っているがな。だが、これ以上教えることがないのもまた事実。今のところはな。」
「......つまり勝手に訓練しろと言うことかい?」
「おう、せめて『魔法殺し』以外の二人には勝てるようにな? そこぐらいは目立っておきたいだろ? 王子だしな、面子もあるだろ?。」
「ははは......分かってくれるかい? 王族......特に僕はね。」
「難儀なもんだな......まあ俺は関係ないが。それと、前日の訓練は軽めにな? 分かるだろ?」
「そうだね。」
疲れを残して本番は避けたいからな。
「というわけで今日からは自習だ。」
「......それはいいんだけど、ユア君はどうするんだい?」
「なに、今からこいつの部屋に戻しに行こうと思っている。」
「それがいいね。」
そして事態は丸く収まったのであった。
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