殿下には、この婚約は破棄できません
それはよく晴れた春の日のことだった。
お天気の良い昼時は、仲の良い生徒同士連れだって中庭でランチを取る事も多い。
この日の中庭でも、そこかしこで広げたピクニックシートの上でランチボックスを囲むグループが楽し気な声を上げていた。
うららかな陽射しの中、手入れの行き届いた花壇は可憐な春の花で彩られ、それが暖かな風で揺らされて甘い香りを漂わせる。
穏やかな昼下がり。
貴族の子弟が通うこの学園は、社交の練習の場という一面とまだ正式な婚約者を持たない子息令嬢の出会いの場という一面も持っており、生徒同士できるだけ多くの付き合いを持つことが要求される。
もちろん、婚約者がいる場合は別である。異性と同席できるのは、その婚約者が許可した時のみである。これは暗黙の了解というより貴族間での常識だ。
だから、それを乱した場合は大騒ぎになるのだ。こんな風に。
「パメラ・カーライル、貴様にはほとほと愛想が尽きた。いますぐ婚約は解消してやる」
そう大音声で叫んだのは、この国の第二王子パトリック・フェラン殿下。御年17歳。金髪碧眼で背も高く、王太子である兄王子ほどではないが文武両道よく努め優秀だと教師たちにも好評だ。
「パトリック殿下、ごきげんよう。何故わたくしが殿下に呼び捨てにされなければならないのかも判りかねますが、それ以前に、残念ながら殿下のお言葉だけでは、わたくしの婚約を破棄することはできません」
作り物めいた完璧な笑顔で応えたのはパメラ・カーライル公爵令嬢。王弟であるカーライル公爵の一人娘のパメラは現時点で王族唯一の未婚の姫だ。御年18歳。銀髪に薄い水色の瞳、夜空に煌めく星を集めたような凛々しいほど美しい姫君である。成績は過去10年を遡っても比類なき成績優秀者であり、この国で最も人気のある王族だと言われている。
一つ違いの二人は王族同士、従姉弟ともいうべき間柄ながら、顔を付き合わせれば角を突き合い言い争う。その仲は、むしろ天敵と書いてライバルだった。
「大体、なんだその恰好は。女の癖に男装など見苦しくて敵わん」
そう憎々し気に見つめる先で、優雅に寝そべって午餐を愉しんでいるパメラは、すらりと引き締まったその肢体を華やかな紅いシングルブレストで装っていた。
「投げ出したお御足を包むブーツまで麗しいのに」傍で見守る令嬢達から反論の声が上がる。
「そう殿下に言われましても、これは私が正当なる権利に基づいて着用が許されているものです。誰に誹られることもございません」
この学園でその紅いシングルブレストを着用できるのは唯一人だ。
そして、その権利を他の誰かに譲ったことはパメラにはまだない。
「来月の大会を前に、この俺がお前からその紅い上着を奪って、この婚約も解消してみせる」
そう。この紅いシングルブレストを着用できるのは、学年末に開催される武闘会での優勝者のみだ。破れればそれを次の者へと引き渡して退くのみ。
「大会前に私闘を申し入れるという事ですか。面白い冗談ですね、殿下。この世に生まれてこの方、一度も私に勝てたことのないというのに」
面白いと口では言いながらも大して面白くもなさそうにパメラはパトリックの方を向こうとすらしなかった。その顔は、ずっと横にいる女生徒を見つめたままである。
「クリス。私としてはずっとこうしていたいのだけれど、トリッキーリッキーが私の婚約に文句をつけようというのです。仕方がないので少しだけ待っていて下さい」
「おい、俺に変な愛称を付けるな。せめてリッキーだけにしろ」
いかにも面倒くさそうにゆっくりと、パメラはしなやかなその身を起こす。
長い手足が優雅に動いて、寝そべっていた服についた埃を軽く叩き落とした。
そんな仕草すらストイックな色気を振り撒いていた。
「これは失礼しました。では、“ありとあらゆる方向から絡んできて面倒くさい”リッキー殿下。これでよろしいでしょうか」
美しすぎる完璧なカーテシーを取るその艶姿に、周囲から令息令嬢問わず嘆息が漏れる。
「変な前置きを付けるなと言っている」
パメラは軽く肩をすくめるのみだ。
それに気が付いたパトリックの口元からは、ぎりっと歯ぎしりが漏れた。
「ところで。“ありとあらゆる方向から絡んできて面倒くさい”リッキー殿下が勝ったら私からこのシングルブレストを奪い、私の婚約を破棄するということでしたが、私が勝ったら、何を戴けるのでしょう」
唇は弧を描いて笑みの形を作ってはいたが、くだらない褒賞などでは動かないぞといいたげにしか見えない。
「…お前の好きにしろ」
「…私に、“ありとあらゆる方向から絡んできて面倒くさい”リッキー殿下を自由にしていいと言われるのですか? そう言われましても、そんな趣味はないので褒美と言われても困ります。ぜひとも辞退させて戴きたいですね」
「誰がそんなことを言ったんだ。お前が望むものを褒美としてやるといっているんだ」
ふむ、と片手を口元に当ててパメラはしばし思案した。そうしてはたと思いついたとばかりに申し入れた。
「では、勝負が終わるまでに何か考えておきましょう」
「…逃げるなよ?」
まるで親の仇でも見るかのように、パトリックは目の前の麗しい女性に睨みつける。その濃い碧の瞳はその時、一人の少女にくぎ付けだった。
「クリス嬢、俺がかならず、君をこんな滑稽な茶番劇から助け出してみせる。待っていてくれ」
パトリックはそう言うと、その少女の返答も聞かずにそのまま闘技場へと足を向けて歩いて行った。
「クリス、いつの間にトリッキーリッキーと仲良くなったの?」
慌てて立ち上がろうとしたクリス嬢のすぐ脇に、パメラの左腕がさっと置かれた。そのまま覆いかぶさるように顔を近づけられて、クリスはそのハート形の小さな顔を赤く染めた。
紫色の瞳が、剣呑な光を帯びて眇められる。
「べ、別に仲良くなったりしてません」
「本当に?」
腕の中に封じ込められて、震えている少女の金の髪をそっとひと房手に取り、パメラはそのやわらかな髪の感触を愉しむように玩びながら唇に寄せた。
「嘘をついたりしたら、どうしようね?」
「私はパメラに嘘なんか吐きません」
震えながらもしっかりと見上げるようにして目線を合わせてクリスと呼ばれた少女が答えた。
「そう。ならいいのです」
するりと真っ赤に染まった滑らかな頬を撫でる。その感触に「擽ったい」と呟いたクリスの表情に笑みを深くしたパメラが、名残り惜しそうに立ち上がる。
柔らかな陽射しの中、しなやかな肢体がクリスの上に小さな影を生む。
太陽を背に立つその姿を見上げるクリスは、その凛々しさと神々しさに目を眇めた。
「仕方がありませんね。面倒ですが早めに終わらせてきます」
「勝利を信じてお待ちしております」
その言葉に、パメラも目を眇めて頷いて返した。
昼日中の闘技場は、すでに生徒達によりその観客席は埋め尽くされていた。
興奮の坩堝と化したそこは春の陽気のうららかさとは程遠い、熱いものに浮かされている。
貴族令息令嬢がマナーと教養を学び、知性と教養を磨く場所とは思えぬ様相を呈しているが、よく見ると教師陣すらも観客席の中でも特によくこの闘いが視認できる特等席とでもいうべき場所を陣取っていた。つまりはこの私闘を止める者は誰もいないということだ。
観客席から響く唸るような歓声が轟く中、中央にいる二人にはお互いしか目に入っていなかった。
「逃げたかと思ったぞ」
待っていたのはこの国の王子。鈍色に輝く胴鎧を身につけ、両手剣を携えて待ちくたびれたと不平を洩らす。
「すぐ終わるのです。開始が少し位遅れたとて、それも観客へのサービスではありませんか」
待たせたのはこの国の姫。学園で唯一許された紅いシングルブレストを艶やかに着こなしている。手に持つのは華奢な細剣のみ。
二人の持つ武器は、当然、刃を潰した模擬戦用の模造刀だ。ただし、どちらも個人の持ち物であり、己が愛用のものだ。
王子の両手剣は、その握りは両手で持ってもまだ余りがでるほどの長く太い。刀身の長さもそれに見合うだけの長物。それは幅も厚みもあり重かった。掠めるだけでどんなものでも圧し潰され破壊されるだろう。
姫の細剣はどこまでもしなやかだ。粘り気のある特殊な金属で出来たそれはとても軽い。そしてそれはまるで風の様に疾く、風の様に自由な軌道を描き、自由に踊る。
対峙する二人の得物は、全く違って、同じだけ凶悪だった。
「そんなチャチで脆い得物で、俺に勝てるつもりか」
「負ける要素がどこにも見当たりませんので」
「その言葉、いますぐ後悔させてやる」
そう言ったが早いか、両手に余るその大剣を片手に握ったまま王子が一気に距離を詰めた。
己の間合いに入ったその瞬間、剣を思い切りよく斜め下から振り上げる。
ゴウッという風切り音が、姫を襲う。
王子には、元より斬るつもりはなかった。視界に入りにくい斜め下から振り上げる事で、どこかに少しでも引っ掛けて叩き潰す。そのつもりだった。
両手剣であるそれを敢えて片手で持ち振り回す事で軌道を変え予想を外し、両手で持ったその時よりも少しでも遠い軌道を描くことで遠い間合いを得る、そこに勝機を見る。
もし初撃を外したとて、振り上げた勢いそのままに上から叩き斬ればいい。そう思っていた。
しかし。王子の予想を上回ほど、それは迅かったのだ。
キンッ、シュルルルルルゥゥゥッッ
打ち合ったその刹那に、螺旋を描くように刃を滑らせ力を逸らし、絡めとれないまでもその軌道を変える。柄を捻じり、歪みを生み、力を殺ぐ。
その細い剣がもっと硬くて剛かったら、折れていただろう。
その者の剣の腕がもっと拙くても、折れていただろう。
果たして、姫の華奢な手に握られた細剣は、太くて重い大剣を弾くのではなくその軌道を逸らしてみせた。
それは流れるような一瞬の出来事。
勢いにのって上に振りかぶるつもりが、大きくそれた大剣は重心を逸らす錘と化して王子に大きな隙を作った。
「困りました。まだ褒賞として何を戴くか考えておりませんのに」
喉元の皮ギリギリへと突き付けられた細剣が、王子の負けを告げていた。
そのあまりにもあっけない予想通りの早い終わりに、闘技場に集まった生徒たちから大きな歓声とブーイングが上がった。
「パメラ様、勝利おめでとうございます」
信じておりました、と笑顔で駆け寄った少女に、勝利者は訊ねた。
「お待たせしたかしら」
いいえ、とそれに答えて首を横に振るクリスに、今度こそパメラは嬉しそうに「よかった」そう答えた。
二人が寄り添うように闘技場を後にしようとした時だ。その後ろから声が掛かった。
「待て。この勝負は俺の負けでいい。だが、お前の校内での嫌がらせ行為については見過ごす訳にはいかない」
その物言いに、ぴくりと振り返ったパメラの顔が剣呑なものになるのは当然だろう。
「負けでいい? 完全な負け以外の何物でもないと思いますが」
そうだそうだと外野からも声が上がる。往生際が悪いぞと、飛び交うヤジに、パトリックの顔色が悪くなった。
「…俺の、負けだ。認めよう。しかし、嫌がらせについては、引くつもりはない」
二人の目が剣呑な光をもって睨みあう。
「聞き捨てなりませんね。私がいつどこでどなたに対して嫌がらせをしたというのでしょうか」
そっと、その細い身体の後ろに少女の身体を隠すようにして、パメラが訊いた。
「それだ。お前のその傲慢で変態的で不埒な考えがそうして今もクリス嬢を困らせている」
ずいっと一歩その足を踏み出し、右手を差し出して訴える。
「さぁ、クリス嬢。安心して俺の手を取ってください。
俺が貴女をこの変態の魔の手から救い出して差し上げましょう」
いきなり始まった追及劇に、それまでブーイングを発していた観客席が固唾を呑んで見守る。
その追及劇に、いきなり悲劇のヒロインとして名指しされた少女は、混乱した顔を隠せない。オロオロとしてその身を己を隠してくれている細い身体に擦り寄せ、ぎゅうと上着の裾を掴んだ。
「…なるほど、クリスの事でしたか。それは確かに、私の酔狂に付き合わせている自覚はありますね」
追及する者とされる者、この二人以外のすべての者が、パメラの言葉に、声を無くした。
「自分の罪を認めたか、この悪女めが。その事だけは褒めてやろう。
男装した女が淑女を侍らして玩ぶなど。悪趣味にもほどがある。
罪を認めたからには、今すぐクリス嬢を解放してその手を離せ!」
しかし、掴んでいるのはパメラではなくクリスの方である。
「だそうなのだけれど、どうする? クリス、あなたはその手を離したいのかしら」
その声はいっそ面白そうに周囲の耳に響いた。
果たして少女の手は、その指が色を無くして白くなるほど更に強く握り込まれる。
「いやです。私は例えパメラに離せと言われても、この手を離したいなどと思いません」
緊張に震えるその声は高くか細いものではあったけれど、それは確かに強い想いを込められた宣言だった。
「そんな可愛い事を、こんなに多くの人の前で言い切ってしまって大丈夫かしら?」
パメラの声が嬉しそうに弾む。己の上着を掴んで離そうとしない小さな手を、そっと上から包み込むようにして剥がし、
「そんなに強く握りしめたら、クリスの指が傷ついてしまうよ」
そう小さくキスを落とした。
「パメラ…」
紙ほど白くなっていたクリスの小さなハート形の顔に朱が走る。それを確かめたパメラは、薔薇のつぼみが綻ぶような笑顔を見せた。
これほど嬉しそうな顔をしたパメラを見たことのない生徒達からの熱いため息がそこここから漏れ聞こえた。
「クリス嬢、何故だ?! どうしてっ?」
つい、と前に出てもう一度クリスの姿を後ろに隠したパメラが告げた。
「それは、クリスが私の婚約者だからです」
それは、割れんばかりの大音声だった。
糾弾者だけではない。その場にいた生徒教師問わず、全ての者が悲鳴を上げた。
「まぁ、実際にはこれから婚約を結ぶので“予定”がつくのですが。
ほぼ決まっているので問題はないでしょう」
小さく続けられて言葉も、場内の反響に変わりはない。どよめきは続いていた。
「馬鹿を言うな。そんなことがある訳がない」
その聞かされた理由に納得できないパトリックは追及を止めなかった。
「馬鹿とは? トリッキーリッキー殿下、貴方が先ほど解消するように宣言したのは、私たちの婚約の事ではないのですか?」
どうも話が通じてないようだとパメラはこの時になってようやく気が付いた。
「お前は、パメラ・カーライルは私の婚約者ではないか。だから私は婚約を解消したいと」
「馬鹿な。ありえない妄想ですね」
思わず口から淑女らしくない強い否定が飛び出してしまったほど、パメラは唾棄し否定した。
ひと言で否定されて、激高したこの国の王子はつらつらとその証拠を叫んだ。
「お前は、秘かに王宮で王妃教育を受けているではないか」
「そうですね」即応でパメラは了と肯いた。
「ほらみろ。この国のもう一人の王子である兄上はすでに結婚している。
つまりは、その王妃教育は俺の妻になる為の物だという証拠に他ならない」
「ありえませんね」即断でパメラが首を横に振る。
「しかしこの国に王妃教育を受けた者を娶ることができる相手など俺しかいないではないか!」
「そうですね、もしこの国の王妃教育を受けていたならそうかもしれませんね」パメラは否定しなかった。
「ではやはり、お前は俺の婚約者」
「有り得ません。第一、この国のパトリック第二王子には婚約者はいないではありませんか」
「俺がお前を拒否するから調っていない、それだけだろ」
「いいえ。わたくしが、パトリック第二王子の婚約者になることはあり得ませんよ」そう言い切ったパメラはとても冷静で呆れた顔をしていた。
「この国の王族における唯一の未婚の姫として、私は存在します。
つまりは国外との血の縁を得る大切な手段、それがわたくしパメラ・カーライル公爵令嬢です。国内の、第二王子ごときに嫁する訳がありません」
子供に説き伏せるように細やかに教え込むようにパメラは答えた。
「第二王子、ごとき、だと…」
ざしゅっ。大きな音を立てて、パトリックがその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「しかしっ。クリス嬢とは…、クリス嬢は女性で、パメラと婚約、婚姻など…」
その言葉に、少し困った様子でその少女は前に出てきた。
「…だから、これは嫌だといったんですよ」紅く染まった頬に片手を当てるその仕草はとても可憐で、とても様になっていた。
「だって、クリスにとても似合うんですもの。わたくしよりずっと、そのドレスは皇太子殿下にお似合いですわ」パメラが嬉しそうにそう褒めた。
その言葉に、再び場内に衝撃が奔る。
「正式にご挨拶するのは初めてですね、パトリック・フェラン殿下。
シュトーフェル皇国皇太子クリストファー・アップルフェル・シュトゥルーデルと申します。貴国パメラ・カーライル公爵令嬢の婚約者です」
その儚げな少女は、淑女の礼ではなく胸に左腕を当て軽く会釈をとるだけの紳士の礼を取り、そう己を紹介した。
「クリス様、まだ婚約者ではありませんよ。私達はお互いの婚約者候補というべきです」
パメラが苦笑して補足を述べる。それでもその顔は嬉しそうだ。
「いいではありませんか。もうすぐ正式に発表され婚約式が調うのですから。
私はその日が楽しみでなりません」
ようやく夢が叶うのだと嬉しそうに笑うその顔の、どこに男性性を見つけることができるというのか。もしや大国というものは女性でも立太子し、皇太子を名乗ることができるのものなのだろうか等々、数々の疑問がパトリックの頭を過る。それはこの場にいるほとんどの者にとっての疑問と同じだった。
「婚約が正式に調う前にお互いをよく知りたかった、というのは建前で、単に私が、パメラの傍にいたかったのです」
なので我が儘を申しました、そう恥ずかしそうにクリスが言えば、
「そう言われても、私のすぐ傍に男子生徒が付きまとえばこの婚約が調う前に横やりが入るかもしれない、そう私が我が儘をいったのです」
そう茶目っ気たっぷりにパメラも返す。視線を交わす二人の間には、この婚約にある政略以外の想いが確かに感じられた。
今、この近隣諸国には年頃の王子は溢れるようにいるが、年頃の姫は圧倒的に少数だ。未婚で王妃、皇妃として、王に嫁げるだけの地位と教養、そして美貌を兼ね揃えている存在は名前を挙げていこうにも、パメラの次に思いつけるのは一人か二人。その次に上がる人の名前はみな違う、そんな状態だ。つまり、近隣諸国において誰もが頭に思い浮かぶのは今ここにいるパメラ・カーライルのみという事実。それを判っていなかったのは、たぶんここにいるパトリック殿下唯一人かもしれない。
「では、パトリック殿下。是非、来週開かれる私たちの婚約式にも参列下さいませ」
「いえ、お忙しいのでしたら無理をなさらないで来られなくとも構いませんよ。殿下もそろそろお年頃です。婚約者を探すのも大変でしょう」
そう言い残して寄りそいながら立ち去った二人のどちらがどちらの言葉をパトリックに掛けたのか、それはパトリックには判らなかった。
それくらい、茫然自失になっていたのだ。
「クリス嬢が男性で、皇太子で、パメラにはありえない、と。
…第二王子、ごとき、か。
もしかして俺は見る目がないのだろうか。そして、もしかして俺は…モテない、のか?」
なにを今更という生徒たちの思いに気づかないまま、来月開かれる武闘会で優秀な成績を残さねば、そうパトリックは誓って流れ続ける涙を拭った。
戦う乙女の戦闘シーンが書きたかっただけなのに。
どうしてこうなった(困惑
この2人の続きのお話があります。
よろしければ読んでみてくださいv