第85話
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地下道の出口を封鎖していた兵士たちは軒並み混乱に陥ってしまっていた。応対するはずの相手は、山賊とそして山賊に攫われたという子供たちのみのはずだった。にも拘わらず目の前に現れたのは生きる屍の集団。
街を守る兵士として獣の化け物程度であれば見慣れている彼らも、生きる屍のような見るからに理を外れた化け物を見たのも初めてなものは多い。
加えて、
「チャノ ミャジ ミコ ピフルァ」
「また来たァ!?」
「ひィ!!」
化け物のうち一体が、魔法まで使用してくる。通常の生きる屍が魔法を使用できるはずがなく、この場に冷静な者、もしくは知識を持つ者が居れば彼らの正体に違和感を覚えることが出来たかもしれないが、兵士にとっては不幸なことに、クリスティアン達にとっては幸運なことに、そんな者は誰も居なかった。
「がッ!」
「熱ぢゃぁ!!」
火玉の激突した兵士が地面を転がりまわる。大怪我にはなっていないようだが、燃える火の玉がぶつかれば生き物の本能として恐怖が急激に上昇されてしまう。一人がパニックに陥れば、集団のなかでは簡単に広がっていく。
「落ち着けッ! たかが生きる屍だろうがッ!! 数も知れている! 落ち着いて対処せんかッ!」
逃亡しようとしていた一人の若い兵士の胸倉を掴み上げながら、兵士長が全体へと檄を飛ばす。
「で、ですがッ! ば、ばけッ!」
「生きる屍程度が何だと言うのだ! 見た目こそ恐ろしいがその中身は腐った肉体に過ぎんッ! 叩けば子どもでも身体を飛ばせるほどの柔らかさだ、馬鹿者共がァ!!」
掴み上げた兵士を放り捨て、弱音を吐く彼に。そしてそのまま全員へと指示を出していく。
ゆっくりと、だが、確実に兵士たちに広まった混乱が収縮を開始し始めている。
「魔法を使用する個体を中心に叩けッ! そいつさえ潰してしまえばあとは烏合の衆! なんどでも、」
「チャノ トゥイェ テトゥワコ ルーユー」
兵士長の声が止む。口をぱくぱくと動かしているだけで、どうしてか彼の声が一切届かない。
そんな彼の周囲には半透明の紫色の靄が掛かっており、それはまるで、
「ど、毒にぃ! 苦しんで、死ぬと良い!!」
魔法を使用する個体が若干わざとらしくあげた大声の内容に、とても則しているような光景に見えた。見えてしまった。
「毒だぁぁあぁああ!?」
「ひぃぃいぃ!」
「死にたくねえ! 死にたくねえよォ!!」
『馬鹿者ッ! 音を消されただけ……! ええい、これだから前線を知らない若い連中はァ!!』
もはや兵士に充満した恐怖を取り払う時間も余裕もない。情けなく背中を見せて逃げ出していく兵士たちに、頭を抱えたくなる気持ちを押し殺し、
『音消しに、中級火炎魔法……、ならば認識阻害か何かか。まどろっこしい魔法を使用しおって……!!』
兵士長は、両刃の剣をすらりと抜いた。
両の足に力を込めて、前へと駆け出した彼の剣が狙うのは、魔法を使用してくる個体……ではなく、その近くにいた小さな生きる屍。
彼の中で生まれた憶測を確かめるためにわざと緩めた一撃は、
「止めろッ!!」
ありがたいことに、魔法を使用してくる個体が持っていた杖でいなされた。
※※※
迫る剣の腹へと杖の先端を殴りつける。剣の軌道をそのまま力で押し変えようと試みたクリスティアンの一撃は、彼の予想以上にスムーズに事を成していた。
感じた違和感に、音を消した敵の顔を見ればそこに浮かぶのは何かを確信したヒトの笑み。そして、
クリスティアンが反撃を行う前に距離を取った彼は、目の前にいるクリスティアンを無視して離れた場所を走る子ども達へと駆け出した。
「待ッ!!」
敵の行動にクリスティアンは反射的に前へ出る。子供たちと敵の間に入るために全力を込めたその身体に宿った推進力は凄まじく、それはつまり。
急に反転し、すばやく繰り出された敵の横薙ぎを回避出来ない結果へと繋がった。
「ぐァ!?」
咄嗟に杖を前へ出しても遅い。致命傷こそ免れたものの、斬られた左腕から赤い血が流れ落ちる。
痛む左腕に集中力を奪われて、敵を包んでいた半透明の紫色の靄が消滅する。
「ん? ぁ……、ぁ、よし、音が戻ったな」
「……ッ!」
「血が流れるということは思った通り生きる屍の振りをしていただけか。攫ったと言われている子どもがまるで貴様たちの仲間のように共に逃げる様子にまさかと思ってみれば、案の定。どうにも子どもが大事と見える」
「げほッ!?」
「魔力が高かろうと戦闘は素人か」
兵士長が大地を蹴り上げて、クリスティアンの口元へと砂を飛ばす。詠唱のために息を吸い込んでいた彼は咳き込み動けなくなってしまった。
その隙を見逃さず、兵士長は一気にクリスティアンへと距離を詰めた。




