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魔王のパパと勇者のママと  作者: ひよこの子
第Ⅰ章-① 魔王のパパと勇者のママと
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第5話

宜しければ、ブックマーク、感想・評価お待ちしております。

 

 拳の風圧で男の前髪が舞い上がる。

 鼻先数㎝で止めることが出来たのが不思議なほどまでに彼女の拳にははっきりとした殺意が込められていた。


 だが、拳が止まったことに一番驚いたのは彼女自身だったかもしれない。生きるために今まで多くの命を奪ってきた。魔族を殺したことだって何度もある。今更、殺すことへの抵抗が彼女の中にあるはずがない。

 それでも拳が止まってしまったのは、己を殺す凶器が迫るなかで叫んだ彼の瞳に嘘を見出すことが出来なかった。ただそれだけの小さく下らない理由なだけ。


「頼む……ッ! 娘を、助けたいんだ……!」


 おそらく彼女が気絶している間に、レオが手当てしたであろう傷は再び開いてしまっており、真新しい血が彼の服に染み出している。血の量から考慮して、それなりの深手であるのは間違いない。事実として、たとえ彼女がなにかしなくとも目の前の男は時間の経過とともにその命を終えるほどに弱っていた。

 ゆっくりと彼女の拳が男の鼻先から離れていく。


「ぁ……。ぁりがぐッ!?」


 そのことに男が感謝の言葉を述べ切る前に、彼女は彼の胸倉を掴み持ち上げる。


「少しでも変なことをしたら殺す、分かったな」


「わ、が……っだ……! げほ、がはっ!」


 彼の返事を聞き、彼女はごみを捨てるかのようにその手を放す。


「レオ」


「ッ」


 普段とは異なる様子の母の背中。でも、呼ばれる声はいつもと同じ優しい母の声。そのギャップに彼はびくりと震えてしまう。


「薬箱、まだ近くにあるんだよね。ママのところへ持ってきてくれるかな?」


「う、うん!」


 だが、振り向いた彼女の優しい笑顔と言われた言葉の意味を理解して、彼は喜んで言われた通り行動を開始する。

 すぐに持ってきた薬箱を受け取って、彼女は男の傍にしゃがみ込む。近くでは、少女が不安そうな顔で男とアドラ、そして薬箱を交互に見まわしている。


「大丈夫、あんたの父親はいまは殺さないよ」


「…………」


 素直に頷き、一歩離れる少女の様子に、人間の言うことを信じるとはね、と若干呆れつつも彼女は男の治療を開始する。

 服をまくり上げれば、下手くそに巻かれた包帯には巻いている意味がないのではないかと思えるほどまでに血が滲んでしまい、ぽたりぽたりと滴り落ちていた。

 すぐに包帯をほどく。なにか太い槍のようなもので突かれたような傷がぽっかりと彼の脇腹を貫通していた。


「あんた、治癒魔法は」


「つかえ、るなら、すぐにつか、っている……」


「だろうね」


 男の傷は深い。普通の一般家庭にあるような薬箱でどうこう出来るような傷ではなかった。


(くそ、なんでこんな奴に)


 一瞬だけ迷ったあと、彼女は薬箱の中身を全て出し、底板を持ち上げる。そこには、5本の小さな瓶があり、すべてに緑色の液体が入れられていた。

 そのうちの一本を取り、蓋をあけて中身を傷跡にぶちまける。


「ぁ、ぐッ!」


 シュワシュワと緑色の泡が音を立て、痛みを我慢するように男の表情が険しく歪む。その様子を不安そうに見守る少女のそばには、いつの間にかレオが居り、そっと彼女の手を優しく握ってあげていた。

 泡が収まると、さきほどまでぽっかりと貫通していた穴が見事に塞がっている。

 血で汚れた彼の肌を布で拭い、新しい包帯を巻いて彼女は治療を終わらせた。


「これでもうすぐには死なないだろうさ」


「……ありが、」


「パパッ」


「ぬがっ!?」


 ゴンッ! と抱き着かれた勢いで倒れ込んだ男の頭から鈍い音が鳴る。


「おい、せっかく高い薬まで使ったのにンなくだらないことで死んだら殺すぞ」


 ぷるぷる痙攣する男のことなど心配するはずもなく、彼女は息子を抱きかかえる。


「もぉいたくない? ねえねえ、もぉいたくない?」


「ちょっとまだ痛いから、ぺしぺし叩くのはほぎゃぁ!?」


 馬乗りになった少女が自分の父親のことを心配していることは分かるのだが、やっていることは拷問のそれに近い。

 本当であれば少女の行為を止めるべきなのかもしれないが、ざまあみろ、と人様に見せれないほど邪悪な笑みを浮かべてアドラはその光景を見守っていた。


「ここまでしてやったんだ。さっきの、その子を助けたいってどういうことか、洗いざらい話してもらおうじゃねえか」


「…………」


「こっちとしてはどっちでも良いんだがよ。話さないってんなら一生話せない身体にしてやるだけさ。どうする」


「分かった……、すべて話す……だから」


「だから?」


「娘を止めてくれ……」


 ため息一つ。彼女はいまだに傷跡をぺしぺし叩き続けている少女を、息子を抱き上げているとは逆の方向で猫のように摘まみ上げるのであった。


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