第41話
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「ぐまァァアアアアア!!」
爆発音のような巨大な生き物の叫び声を聞いていた。
彼の肌に鬼蜘蛛に触れ、あとは食い込んでいくだけというタイミングで、丸太のような何かが彼から鬼蜘蛛達を吹き飛ばしていく。
その勢いが生み出す風圧に、立っていることもままならないレオも簡単に転がっていってしまう。
当然そんな強さで殴られてしまえば、柔らかい鬼蜘蛛が耐えられるはずもなく、木にぶち当たる前に身体ははじけ飛び、木々にはべちゃりと鬼蜘蛛だった体液だけがこびりつく形となってしまっていた。
急な展開に、レオは動きが取れなかった。体力的にも限界をとうの昔に超えていた。
ただ茫然と倒れ込みながら、それでも助かったなどとはとてもじゃないが思うことが出来なかった。
突如として乱入し、鬼蜘蛛を粉砕した一撃の持ち主は、ゆっくりと二足歩行から四足歩行へと移行しながら、視線だけはレオから外そうとはしていなかった。
四人で山を越えた時に出会った双頭狼ですら小さく見えるほどの巨大な体躯を持ち、その身は美しいグリーンの毛皮で包まれている。
丸太のような腕に、その先の爪は一本の大きさがレオの手ほどもありそうで、見え隠れする牙は、鬼蜘蛛のものが爪楊枝かと思えるほどに鋭く太く大きかった。
その存在の名は、
緑王熊。
個の強さだけを見れば、危険な生き物の多いこの山のなかでもトップクラスの危険度を誇る熊の化け物である。繁殖時を除いて決して群れることはなく、筋肉質の肉体から放たれる一撃は大岩ですら軽々と粉砕してしまう。
移動を繰り返し人を襲う鬼蜘蛛と比べると、縄張りにさえ近づかなければ襲ってこない緑王熊のほうが一般的な危険度は低いのだが、それは出会ってしまえば覆ってしまう。
せめて一撃で殺されるのを祈れ。それが、この生物と出会ったときにヒト族が取れる数少ない行動であった。
そんな王者が、目の前に存在している。
その事実に、レオはこっそりとだが安堵していた。これでもう鬼蜘蛛が彼女を追うことはなくなった。
緑王熊は縄張りにさえ気を付ければ襲ってこないので、逃げた彼女を襲うことはきっとないだろう。
どうせあのまま鬼蜘蛛に殺されてしまうはずだったのだ。その相手が緑王熊に変わっただけであり、むしろ一撃で殺してくれるだろう相手のほうが痛みもなく楽なはず。
母に教わった諦めるなの教えは彼の中には消えてしまっていたが、むしろ九歳の子どもがここまでよく持ったと褒めてあげたくなるほどである。
目の前に緑王熊が現れてもなお諦めるなというには、彼はまだ幼く、そして弱すぎた。
だから、
「レオからはなれてッ!!」
悲鳴に近い彼女の声と、こつんと緑王熊へ投げられた小石を見たときは、嘘だろ……、と気絶したくなるほどであった。
「……モニカちゃん」
「レオからはなれて! はなれて!!」
逃げてよぉ……、と愚痴りたくなる気持ちを抑えながら振り向けば、涙目になりながら必死に石を投げ続ける少女の姿があった。
彼女が投げる小石など、緑王熊からすればそよ風以下であるのだが、まったく何も感じないわけではない。煩わしいと思われでもしたらそれこそあの腕の一振りで彼女は吹き飛ばされてしまうだろう。
「逃げ、て……」
「やーッ!!」
否定のためか、勢いをつけて石を投げるための掛け声なのか判断しにくい声をあげながら彼女はどんどんと小石を投げていく。
とうとう投げる小石がなくなった彼女は、あろうことかレオの前に手をいっぱいに広げて立ちはだかってしまう。
「お、ねがいだから……ッ」
「レ、オは!!」
怖がらせたくはないけれど、もう一度怒鳴れば逃げてくれるだろうか。沈んでいく意識のなかで、もう少しだけと振り絞る彼の言葉を彼女は遮って、
「モニカ、の! モニカのともだちなのぉおお!!」
怒鳴りにくくなるために、いまは一番彼が聞きたくない、けれど、とてもとても嬉しい言葉を叫んでくれた。
勇敢な二人の行動を嘲笑うかのように、緑王熊は近づいてくる。その一歩に大地が揺れる。
モニカの目前にまで迫った緑王熊はその大きな口を広げ、
「ッッッ!」
「モニカちゃッ!!」
――れろぉぉ
「んやァ!?」
「え?」
ぼろぼろ瞳から零れ落ちる彼女の涙を、優しく舐めあげた。




