第38話
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左腕がズキズキと鈍く痛み続けている。
ぽたりぽたりと滴り落ちる血の量が、普段する怪我とははっきりと違うことを、命に関わる傷であることを物語っていた。
正直に言えば泣き出したい。痛い痛いと叫びたい。
今すぐに大好きな母の名前を呼んで助けてと叫びたい。
そんな彼の本音を押し殺すのは、背後で座り込む一人の少女の存在だった。
彼女がさきほどのように逃げないのは、何も自分を信用してくれてのことではなく、目の前に居る鬼蜘蛛の恐ろしさと、急に動いた場の状況についていけなくて混乱しているからだろうということは彼にも分かっていた。
それでも、と彼は右手に力を込める。
どんな理由であるとも、今ここでどこかに行かれるとそれこそ本当に彼女を守ることが出来なくなる。
ただ混乱しているからという理由で良いので、彼女がすぐ背後でじっとしてくれていることがなにより安心できることであった。
だからこそ、
彼は今のうちに彼女がどうしてか感じてしまった自分に対する不信感を払しょくしようと試みる。
どうしたら良いか分からないので、とりあえず笑ってしまったが、そういえば確かに村の皆がなにか困った時はとりあえず笑って乗り越えろと言っていたのできっとこれで大丈夫だと信じることにした。
彼自身が大分に混乱しており、考えることを半ば放棄しているという事実もあるのだが。
だが、それも仕方ないことかもしれない。
目の前には牙をむく鬼蜘蛛の姿。しかも、傍の木から新たに四匹が現れて計五匹。
彼らがすぐに飛び出してこないのは、レオに恐怖しているというよりも、如何にして最小限の被害で二人を殺すか考えているからだ。
鬼蜘蛛の身体は柔らかい。たとえレオのような子どもでも当たり所が良ければ怪我を負わされる危険性はゼロではなかった。
奇襲が失敗に終わってしまった彼らは、ただでさえ敵襲で数が減っている状況のため少しでも楽に餌を捕まえられないかと考える。
五匹の鬼蜘蛛が広がりながらレオの周囲を包囲していく。カチカチと鳴らされる牙に、彼の心臓が走っていたときとは別の意味でドキドキと鼓動を速めていく。
「はァ……ッ! はァ……ッ!」
どれだけ怖くても、泣きたくても、敵から目をそらしてはいけないよ。と母の教えが震える彼の心を優しく支える。
とはいえ、そらさないので余計に恐怖が強まってはいるのだが……。
「くッ!」
一匹の鬼蜘蛛が牙を打ち鳴らすタイミングに合わせて、地面をドン! と踏みつける。
手負いの獲物の行動に、鬼蜘蛛は驚き一歩二歩と急いで距離を取るのだが、その次がないと分かるとやはりじりじりと近づきを再開する。
その一瞬の間がありがたかった。
彼らが距離を取ったその一瞬で、レオは足元に転がる枝のなかから出来るだけ丈夫そなものに目を付けて右手で拾い上げる。
レオは木の枝を装備した。
字面にすればなんとも頼りなく情けないことであるが、事実としてその現場に立つ彼からすればただの木の枝であるともないよりははるかにマシな安心感をもたらしてくれる。
なにより木の枝であろうとも身体の柔らかい鬼蜘蛛であれば貫くことも不可能ではない。まあ、一匹を突いている間に他のものに襲われるのがオチであるだろうが。
そのことは鬼蜘蛛達も分かっていた、獲物が武器を手に持った。その事実が、彼らに緊張感をもたらし包囲するスピードが少しだけだがゆっくりとなっていく。
だが、このままいけば遅かれ早かれの問題だ。
いずれは襲い掛かってこられて餌になってしまう。
だから、
「……モニカちゃん」
「お、ッ」
可能な限り優しく、レオはモニカに声を掛ける。
「ゆっくり、ゆっくりだよ? 立って、走れそう……かな」
自分の声に対する彼女の反応にまだ恐怖が混じっているのを感じつつ、それでも彼は彼女に提案する。
「とり、あえず……、鬼蜘蛛から逃げないといけないから、だから、走れ、そうかな?」
「ぁ……え、あ、だ、い、あの」
一歩。
近づこうとする鬼蜘蛛を木の枝で牽制する。
「大丈夫、ゆっくりで良いよ? ゆっくり、ゆっくり……」
後ろは見ることは出来ないが、伝わる雰囲気から彼女が言う通りに立ち上がろうとしているのを彼は感じていた。
一撃大きな声をあげて木の枝を鬼蜘蛛に向けて投げて、その隙に彼女の手を取って逃げよう。
そんな風に考えていたレオだったのだが、
「ぁう!?」
「モニカちゃん!?」
後ろで聞こえる彼女の悲鳴に、思わず振り向いてしまった。




