第32話
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一メートルを超える巨大な母蜘蛛。それすらも簡単に飲め込めるほどに巨大なクリスティアンの炎の魔法は、まっすぐに母蜘蛛を焼き尽くす、
「ま。そう簡単にはいかないわな」
とは、いかなかった。
「……申し訳ない」
母蜘蛛の傍の鬼蜘蛛達が、次々と自ら炎の玉へと飛び込んでいく。すぐにその身は焼き焦げ炭と化すも気にせずに次々、次々と。
一匹の鬼蜘蛛を焼き切るたびに、ほんの少し、ほんの少しではあるが魔法の威力は弱まっていく。
それを狙い鬼蜘蛛を飛び込んでいく。母蜘蛛を守るために。
業火とも呼ぶべきクリスティアンの炎の魔法だったが、数の暴力のもと遂に母蜘蛛へ到達するその前に消滅してしまった。
「気にすんな、元々一発で終われるほど簡単だとは思っちゃいねえよ。むしろ数がかなり減ったんだ、上場だ」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
空間に蠢いていた三分の一ほどの鬼蜘蛛が炭と化した。たった一発で三分の一を滅ぼした彼の魔法を称えるべきか。それとも、まだ三分の二も残っている鬼蜘蛛を恐れるべきか。
「ちなみに、さっきのあと何発いける」
「正直、あと一発かな……。ここに来るまででかなり魔力消費しちゃっているし」
「おっけぃ、十分。小技ならいけるな?」
「ああ。足手まといにはならないよ」
「安心しろ、なった時は即座にあいつらの餌にしてやるよ」
「はは……、本当にされそうだから全力でなんとかするよ……」
間違いなく。
魔力が尽きて、かつ、その後自力でなんとも出来ずに彼女の邪魔になったその瞬間。彼女が自分を囮か餌にするだろうな……。とおかしな方向に信頼が生まれている彼は自分のことは自分でなんとかしようと少しだけ悲しくなった。
あと、ここを乗り切ったらこの旅の中でもう少し筋トレを増やしてみようともこっそり心に誓った。
「んッ、援護する。アドラ、君は母蜘蛛を」
「あいよ」
気を取り直して彼女に声を掛ければ、大剣を担ぎなおしながら彼女は軽い調子返事をする。
返事をされる。
その行為に嬉しさを覚える、ことに内心彼は笑ってしまっていた。
飛び込んでいく彼女を視界に納めつつ、左右から飛び掛かってくる鬼蜘蛛を杖で時にはいなし、時には叩き潰す。
アドラと比べればおぼつか無い動きかもしれないが、それでも魔族としてそれなりの戦闘経験はあり、今まで娘を一人で守って旅をしていたのだ。そこそこの護身術は身に着けており、数匹の鬼蜘蛛に魔法なしでも後れを取るようなことはない。
わざと杖に噛み付かせ、相手がその牙を離す前に勢いよく振り回し、投石のごとしで他の鬼蜘蛛へと投げつけまとめて潰す。
ここに来るまでに、アドラが力づくで行っていた攻撃方法の一つを、彼も見よう見まねで身に着けていた。
とはいえ、
「彼女には勝てる気がしないなぁ……」
猛スピードで走りながら、飛び込んでくる鬼蜘蛛を大剣で薙ぎ払い、かつ、ただ潰すのではなく威力をわざとセーブして他の鬼蜘蛛へとぶつけるなんて真似までしでかす彼女の頼りがいのありすぎる背中に一人言葉が漏れる。
鬼蜘蛛ですら、三分の一を焼けつくしたクリスティアンよりも彼女のほうを脅威と判断し数を割いていた。
「チャノ ミコ ピフルァ」
威力よりも速さを重視した火の玉を、隙を見て母蜘蛛へと放つ。
さきほど同様に子蜘蛛に邪魔をされるのは分かった上での魔法。運良く母蜘蛛に当たればそれはそれで良し。無理でも自分を脅威と判断し、彼女への数が減ればそれはそれで良しという考えであった。
「それにしても……、大きさの割にあの母蜘蛛、子どもを産むスピードが早すぎないか……?」
一般的に、身体の大きな母蜘蛛ほどより多くの子をより早く産むことが出来ると言われている。
だとすれば、平均的なサイズよりも少しばかしとはいえ小さいこの母蜘蛛は、その一般的とはズレたスピードで子を産み続けていた。
事実、さきほど彼の炎魔法で減らした数の六分の一程度の数がすでに補填されつつある。
「やっぱり……、あの子の影響が魔族以外の生き物にまで現れているのだろうか……、っと!」
考え事をしすぎて、鬼蜘蛛の牙が彼の服を掠める。小さくとも強力な顎と牙で、服は容易く切れてしまっていた。
「所かまわず考え込んでしまうのは悪い癖……か、いやいや、駄目だな、本当に」
いつも自分を叱ってくれていた親友の顔と声を思い出し苦笑してしまう顔に力を込めて、改めて目の前の脅威に全力を注ぐのであった。




