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魔王のパパと勇者のママと  作者: ひよこの子
第Ⅰ章-① 魔王のパパと勇者のママと
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第2話

 

「ママー!」


「はーい?」


 鶏小屋から生みたて卵を失敬していたアドラは、自分の名を呼ぶ幼い声に作業を中断する。卵はいらんのかえ? と不審がる鶏たちを踏まないように注意して小屋から顔を出せば、水汲みを頼んでいた一人息子が慌てた様子で走ってくるのが見えた。

 9歳になる彼女の息子は、勇者としての役割を与えられこの世に生を受けた。それが理由かまでは分からないが、素直に、そして聡明に育ってくれている息子が、あそこまで慌てているのは珍しい。


「レオ、どうしたのそんなに慌てて」


 若干の不安を覚えつつ、小屋の扉を開けて外へ出る。

 短い手足を一生懸命動かして走ってきた彼は、はぁはぁと肩で息をする。


「あ、あのねッ」


「落ち着きなさい? 深呼吸して、はい、すーはー、すーはー」


 何度か深い呼吸を繰り返せば、乱れた彼の呼吸が整えられていく。その間に、見える範囲で身体を確認してみるが幸いなことに怪我は見当たらなかった。


「それで? なにがあったの?」


「うん! あのね、向こうでね! 怪我しているの!」


「うん?」


「だからね、可哀そうだから手当してあげたいの! 良いでしょ?」


 そういうことか。

 顔には出さないように、心の中だけで彼女はほっと息を吐く。おそらく、犬か猫かが捨てられていたのを見つけてしまったのだろう。昔から彼は、困っている存在を見捨てることが出来ない癖があった。さすがは勇者だという言葉を周囲の大人がいつも彼に投げかけるほどに。


「ええ、良いわよ。でも、危ないかもしれないからママと一緒に行きましょうね」


「うん! ママ、大好き!」


 満面の笑顔で抱き着いてくる息子に、彼女の頬が自然と綻ぶ。

 見つけた動物が何を食べるかは分からないので、彼女は家のなかから薬箱と牛乳が入った小壺を持ち出して、早足で先導してくれる息子のあとを歩いていく。


(さて、どうしようかな……)


 彼が動物を拾ってしまうのはこれが初めてのことではない。すでに彼によって家族となった犬が三匹、猫が二匹、鷲が一羽に狸が一匹。それとは別に家畜として鶏が五羽と羊が三頭も居るのだ。多少の蓄えはあり、御近所付き合いも恙無く送っているとはいえ、これ以上養う動物が増えるのは考えるところがある。

 昔怪我をした子熊を飼おうとした時にはなんとか説得したのだが、今回はどのようにして彼を諦めさせれば良いか、彼女は頭を悩ませていた。


「こっちだよー!」


 村のすぐそばを流れる川まで彼らはやってきた。河原の石の上をひょいひょいと身軽に彼は飛び跳ねていく。そしてそのあとを、両手で荷物を抱えたまま彼女も身軽に、むしろ息子よりも安定した姿勢で飛び跳ね追いかけていく。


「あそこッ!」


 彼が指さしたのは鬱蒼としげる藪の中。蛇などの危険な動物が出ることもあるため、猟師ではない限り村の者も嬉々としては近づかないような場所であった。


「あそこ?」


「うん! 水を汲んでいたら声がして、おかしいなーって思ったらあそこに居たの!」


「もう……、危ないところには一人で近づいて駄目って言っているでしょう?」


「……ごめんなさい」


 めっ、と息子を叱りつけたうえで、彼女は茂みの奥へと入っていく。

 こんな場所に動物を捨てるとも考えにくい。野生の動物とみてほぼ間違いないだろう。

 長年の相棒を家に置いてきてしまった迂闊さを反省しつつも、彼女は息子についてくるよう指示を出す。本当なら、残しておきたかったが、ここまで来てしまったら自分の目の届くところに居たほうが安全だと判断したためだ。


(…………この先か)


 茂みの向こうから、息遣いが聞こえてきた。

 音の大きさから、それなりの大きさを持つものであることを確認した彼女は、手に持っていた荷物を息子に託し、足元の石を拾う。


(まあ、……ないよりはな)


 最悪の場合、石を投げつけている間に息子を抱えて家まで走ろうと覚悟を決めて、彼女は茂みの向こう側へと飛び出した。


 そして、


「……は?」


 そこには、


「……すぅ、すぅ……すぅ……」


「……くっ、……ぁ、ぐ……」


 安らかな寝息を立てる珠のように愛らしい少女と、彼女を守るように抱きしめながら苦痛の表情を浮かべる男が居た。



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