8 黒澤
ちょっち短め。ゆるしてゆるして
「……。……?」
「お。目、覚めた?」
「君は……黒澤。どこここ……うッ! 痛ぁ!」
「体はまだ起こさない方がいいって。今回も肋から肺にかけてだね。脊椎にダメージが入ってなかったのは運がよかった。私の手間も省けるし」
カーテンが揺れる。ここは清潔そうな、真っ白な部屋。天井は真っ白で、床はとても柔らかい……いやこれベッドの感触だ。僕はベッドに寝ている。毛布はかかっていない。
視線を横に向けると黒澤がいる。端末を操作する手を止めてこっちを覗き込み、よくわからないことを言い出した。
「えっと、何? これ」
「……ふふ。変だね。初めてのときとおんなじだ。変だなぁ、ふふ、ふふふっ」
綿毛のような笑い声をあげる黒澤。いやそれは大変可愛らしくて結構だが、なんだこれ。
目が覚めたら体がめちゃくちゃ痛くて、寝かされている……白い部屋に。
最後の記憶は──あの女の子の振り上げた黄金の右だ。輝くようなブローをこの身に浴びて、そこからの記憶がない。
「記憶がなくても体が覚えてるのかなぁ? 文乃ちゃんも大変だ。あ、もちろん君も」
「なんのことだよ……。ちょっとどういうことか教えてくれ」
「文乃ちゃんにやられたんだね。あーえっと文乃ちゃんっていうのはね」
「ああうん。分かるよ。多分あの髪の赤い……」
「そう。かわいいでしょ? っていうか綺麗でしょ〜。あの子は天王寺文乃。日本社会の二割を支配する天王寺グループのご令嬢にして魔術の達人。つまり絵に描いたようなスーパーお姫様ってわけ」
天王寺文乃……。あの女子生徒は天王寺文乃というのか。ってかなんだその設定。盛りすぎだろ。
そいつに僕は気絶させられるほど殴られたと。そういうわけか……。
「それで、僕はその文乃様から死ぬほど嫌われでもしてるの? なんで僕はあんな馬鹿力でタコ殴りにされたん?」
「まさかぁ。むしろ逆も真逆だって。もうあれだよ。なんだろ、可愛さ余って憎さ百倍ってやつ」
「絶対使い方違う。むしろ合ってたら僕の友好関係が心配になるよ」
「まあそのなんだろ。彼女はちょっと君のこと好きすぎて殺しかけているだけだから、あんまり嫌ってあげないでほしい。まあ、ベッド送りにしておいて悪い感情を浮かべるなっていうのも難しいけど」
「……その、天王寺、さんは……僕とどんな関係だったん?」
「あー……。うん、えーっとね。あー……。んー……」
黒澤は途端に言葉につまり始めた。それまでの饒舌さは微塵もない。
僕は訝しんだ。ん?
「そんな? そんな言いづらい関係? 単純にクラスメイトだとか友達とかそういうのじゃないの?」
「あー……。まあ、おとといぐらいまでなら普通に友達、だったんだけどね……」
「ってことは──僕が記憶を失う前の日。何かあったってこと?」
「ん、まあ……。ちょっと、とりあえずその怪我治すね」
「治す? どうやって?」
まあまあ、と言いながら黒澤は立ち上がって僕に寄った。そして手のひらを僕にかざした。
「ほれよっと──え? なに、これ。これは──なんで。どうして、これ魔力による補強? いや補修?」
あれ。なんか様子おかしい。
黒澤は僕の体を睨みつけながらブツブツと何かをつぶやいた。それは少し焦っているようにも見えたのだが……。
思案を巡らせているらしい黒澤はひと段落ついたのか軽く息を吐き出した。
「……。ねえ。海音は、海音だよね?」
「ちょっとやめてくれよ何その怖い質問」
「いや……。ねえ。どうして海音はさ、自分が自分であると思う?」
「どうして……って」
どうしてか。僕が自分を海音夕陽だと思っている理由……。例えば。
「学生証だ」
「え?」
「僕の制服に財布が入ってて、その中に学生証があった。それに僕の顔写真と名前が載ってた。海音夕陽っていう名前がたしかに乗ってる」
「……そっか。──そっか。外部からの補強ってわけ。いや違うかな、自己改変により変わった事実によってまた補強する……ってことになるのかな。なるほどね。うん、じゃあとりあえず治しちゃお。せい」
結論がついたのか、黒島は手から青い魔力を放出して僕の体に当てた。それが僕の体に染み込んで──痛みが引いていく。
「……これが、治療魔術か。すごいな──」
「ま、これでも医者の娘だからね。ところでさっきの話だけどね」
「ん?」
「そのままだと、君はいつか自分が誰かを決めなきゃいけない時が来るかもしれないね」
それがどういう意味なのか、僕はついぞ理解することが出来ないままだった。




