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7 学校

  とにかく学校だ。


「あー、先生からひとつお知らせがある。悲しいお知らせだ。……入ってきなさい」


  ガラガラガラ……。

 

 教室の扉が開かれて一人の高校生らしい男が入ってくる。……僕である。

 視線が僕に集まってビビる。てかこの教室顔面偏差値高くね? なんか強者の雰囲気を纏っている人間がいる。っていうか多い。ここやべえ。ちょっと緊張している。


「えーっと、その……」


  さわ……ざわ……。

  ん? 海音じゃん。どしたどした? めっちゃ緊張してね? え何?


「静かに。あーその、俺が代わりに言おうか?」

「いえ、自分で言います……。僕! 記憶喪失になりました! そ、その! またよろしくお願いします!」


  え。えええええええええええええええええええええ!? な、なんだってぇええええええ!?


  何このクラス。リアクションめっちゃするやん。


「あー、海音君は交通事故に遭って記憶喪失になったそうだ。身体の怪我は治療されたが、記憶までは戻っていない。君たちにとっては見慣れた顔だろうが、海音君にとっては全く知らない場所だ。よろしくしてやってくれ。席はそこだ。ほかに連絡事項はないのでホームルームは終わり。今日も一日頑張れよー」


  めっちゃ見られながら僕は先生の指差した席に歩いて行った。えなにこれめっちゃ見られている。一際目立つのは──一人の女子生徒。高貴な雰囲気のあるすごい美形の女子生徒が信じられないものを見る目でこっちを見つめている。え誰? こわい。


  マジで? ホントに? 記憶喪失? いやなんかマジっぽい。えーマジー? ヤバくねー?


  高校生並みの語彙力で周りがざわついている。視線が痛い。

  周囲の席の人とかマジで誰かわからない。


「ねえ海音? ホントに記憶ないの?」

「え、うん。君は……」

「私は黒澤。ホントに忘れちゃったの? ホントに?」

「あーうん。その、ごめんね。僕のこと知ってる?」

「知ってるも何も私は……君の友達なんだけど」

「そうだったのか……。よかった、僕友達居たんだ」

「そんな認識なんだ。君結構友達多かったからね、そこは安心していいよ」


  安心した。

  黒澤……。肩で揃えた髪、綺麗な肌。まごうことない美少女。可愛い……。てかこのクラスやたらレベル高いの何なんだ。


「じゃあその、黒澤……さん?」

「……違和感あるなぁ。さん付けはやめてよ。同級生でしょ」

「あ、ごめん。黒澤……? じゃあその──もう一度僕と友達になってくれないかな」

「え──あ。……しょうがないな。いいよ、よろしくね、海音」

「ああ。よろしくね黒澤」


  っしゃオラぁ! 友達一人目ゲットじゃあ! というわけで。


「じゃあ色々教えてほしいことがあるんだけど、いいかな」

「あーうん、記憶喪失だもんね。いいよ、えっちなこと以外ならなんでも答えてあげる」

「まずこの時間って何? どんな時間?」

「あ、そこから? 今はホームルームが終わって一限が始まるまでの繋ぎで、まあ短い自由時間だよ」


  と、そこでいろいろな人が話しかけてきた。


「よお海音、お前マジで記憶ねえの? じゃあこの前俺が借りた金も忘れちまってんのか?」

「海音君、ホントに記憶無くなったの? 何も覚えてない? もしかしてあの約束も忘れちゃった感じ?」

「黒澤さんとなんかいい感じだったから話しかけづらかったよ〜。もう〜本当に記憶失くしてるの〜? その海音くんっぽい感じがまったく失われてないね〜」

「てか記憶失くしてんならもうあることないこと吹き込み放題じゃね?」

「それな! てか海音、うちのこと覚えてる〜? マジで忘れちゃった系〜?」


  ちょっと。ちょっと僕のキャバシティが追いつかない。多い。会話が多い。追いつかないってマジで。つか誰が誰だかわからない。前の僕はかなり友好関係が広かったようだ。いいこと……だよね。


  あたふた対応しているうちに先生が来て授業が始まった。


 内容は──なんだろう。魔術基礎理論、というもの。


「じゃあ先週の続きからやります。前回までは魔力変換効率の話でしたね。では坂本君、説明を」

「うえ。俺っすか。……えーと、あんだっけ。マナリアの精度によって魔素から魔力への変換効率は大きく異なる、っすか?」

「そうですね。付け加えると本人の心身的なコンディションにも左右され──」


 マナリア……。だいたい200年ほど前に降ってきた隕石。世界各地に降り注いだそいつは全く未知の物質で、世界各地の研究者はこぞってそいつを研究して実験した。それで最終的に人間の元々持ち得ていた魔素を魔力に変換する性質があることがわかったが、その事実は長らく隠匿されていた。


 彼らの言い分はこうだ。

 世界情勢の不安定な今これを公開することは、さまざまな危険を伴うため。

 例えばテロ組織や反社会的な勢力がこの力を使い始めた場合、戦争も起きかねないため。平和のための隠匿であった。


 これはマスメディア、ネットのまとめサイト、ニュースで盛大に擁護され、肯定された。そのため世間的に批判は少ない……だったかな。そういう知識が反射的に浮かんできた。

 だが……。なんだろう、実際にはただ自分たちで独占したかっただけ──という感情を思い出した。なんだろこれ、苛立ち、かな。

 僕はそういう連中が嫌いだったのかな。


 授業の内容は理解できた。

 魔力というものの現代における立ち位置を学習しているらしい。次世代のエネルギーを担う最有力候補だとも。だいたいそういうものを学習するのがこの授業、魔術基礎理論というものだ。理論でもなくない?


「では今日はここまでとします。号令」

「……?」

「委員長、号令を」


 ……教室中が静まり返っている。なんだろこの雰囲気……。

 あれなんか僕先生にめっちゃ見られてない?

 この微妙な空気に耐えかねた誰かが先生に言った。


「先生、海音君はその……」

「……ああ! そうでした。忘れていました、記憶喪失でしたね。えー、海音君?」

「はい。なんですか」


 急に僕の名前が出てきた。なにこれどういうこと?


「君はこのクラスの委員長を務めています。委員長の仕事には授業時の号令が含まれているので、号令をかけてもらいたいのですが」

「えーっと、号令……」


 反射的に言葉が浮かんできた。そうか。これか。これだろう。


「起立──気をつけ──」


  *


 授業は順調に終了していった。何かわからないものが出てくるのかと思いきや、そんなこともなく。順調に僕の頭には知識が蓄積していった。そうかこれが授業で、学校ってやつか。先生方には僕のことが周知されているらしく、気遣われる場面もあった。


 そんなこんなで昼休み──。


「海音、飯食おうぜ!」

「ご飯食べない?」

「お弁当あるの?」

「学食の場所知ってる? 案内してあげよっか?」

「夕陽、ご飯、食べよ……?」


 ちょちょちょちょちょちょ。えなに、人の渦に飲み込まれる? やたら人が僕に群がってくる。てかなんだ、向こうはめちゃくちゃ僕に対して馴れ馴れしいというか、良く言えばフレンドリーだ。なにこれ、学校ってこんな場所なの。こわい。知らない人こわい。


「うぇ、いやその、すみません失礼しまぁす!」


 軽いパニック状態になった僕はあえなく逃亡。席を立って教室を逃げ出した!

 後ろから追いかけてくる気配が多数。僕は逃げた。いやふつうにパニックだからね。気持ちを落ち着けたかったが走りながら、しかも追いかけられながらではまともな思考もできない。そもそも学校に来るの自体が初めてだ。ほかの教室からはほかの生徒たちが出てくるが構わず僕はかき分けて逃げた。驚かれようが知ったことではない。


 そうして教室の横を走っていると開いたドアがあったがそれに構わず通り過ぎようとして──


「こちらですわ」

「うぉいえあ!?」


 腕を引かれて引き摺り込まれた。横から二の腕を掴まれて引っ張られたらしい。そしてすぐに扉が閉まった。

 つまりどういうことかというと、開いたドアの向こうに人がいて、その人が僕を引っ張り込んだのである。


「ふう、災難でしたわね。大丈夫ですか」

「ああ、ううん。えっと、ありがと……?」

「礼には及びません。それに、あなたには、言葉ではなく行動で礼を返してもらいたいものですわ」

「え? それってどういう──」


 僕を助けて? くれた人は、女子生徒だった。この学校の女子用制服をきっちりと着こなした優美な雰囲気のある生徒で、長く赤い髪が随分鮮烈な印象を与える。

 綺麗な人だな。とても同じ年代だとは思えない。っていうかこの人には見覚えがある。

 そうだ、朝僕をめっちゃすごい目で見てきた人だ。同じクラスの。


「っていうか、君は同じクラスの」

「……本当に忘れてしまっているのですか。この私を、愚かなる庶民の分際で」


 ……ん? あれ僕今バカにされた?

 あまりに自然な発言だったため気づくのが数秒遅れた。


「ねえ。もしかして今僕のことバカにした?」

「はッ。あなたは馬鹿にするまでもなく馬鹿そのものです。なんですか、記憶喪失? 交通事故? あまりふざけないで頂けますか。この私を忘れるということがどういうことかすら忘れてしまったのでしょう? 本当に信じられない」

「あー、うん。ごめん」


 僕は反射的に謝った。だが残念ながらそれは悪手だったらしい。


「ごめん? ごめんで済んだら警察はいらないのです。大体あなたはいつも用心しなさすぎです! 交通事故ですって!? どうせいつものようにぼーっとしながら歩いていたのでしょう!? あなたはただの庶民なのですよ、魔術治療がどれだけお金がかかるか分かっているのですか! あなたには到底支払えないような値段です! なぜ私のところにすぐ連絡しなかったのです!」

「え、えっと……。ごめん?」


 もっかい反射的に謝ってしまった。これなんだっけ、あれだ。火に油を注ぐ。


「ごめんで済んだら! この世に法律は要らないのです! 馬鹿! なんで事故なんか、なんで、なんで……!」


 おや……? 女子生徒の様子が……。

 いやちょっとまずい、声に涙が混ざり始めてないか? 涙声になってきてない?


「なんで忘れちゃったのよ! 嘘、うそなんでしょ!? いつもみたいにふざけてるだけなんでしょ!? ねえ、ねえ……」


 ……まずい。こう、非常に名状しがたいが、まずい。

 なんだろう。なんか、女の子に泣かれるとまずい。やばい、まずいぞ、どうしよう。

 詰め寄ってくる女の子に対して一歩後ずさるとその分だけ距離を詰められた。いやさっきより近づかれている。また一歩後ずさった。一歩近づかれた。後ろに壁、やべえ。なにこれ、え、なにこれ。


「私の名前、思い出して……」

「その、落ち着いて」

「思い出してよぉ……。お願いだから……」


 いや待て。今分かったことだが、僕はシリアスにめっぽう弱い。ちょっと待ってくれよ……。

 女の子はもう思いっきり泣いている。僕は途方に暮れた。女の子は顔をうつむかせながらおろおろする僕の胸に両腕を叩きつけるように体を預けてきた。胸に衝撃。

 正直勘弁してほしい。いや明らかに前の僕と深い関わりがあったことは分かるか……。まさか彼女? いやそんな訳はない。だって僕には──。

 いくら頭をひねっても目の前の少女に関する記憶は何一つとして出てこない。初めて見る美少女だ。

 対処法がわからない。もう正直に言うしかないよなぁ……。


「ごめんな。僕は君のこと、覚えてないや」

「……っ。ばか、バカ、馬鹿ぁ!」


 えちょっとまって何その振り上げた拳は。え待って、なに、僕は一体何を間違えた?


「がふっ──」


 僕の意識はそこで途切れた。


  *


「で、天王寺は何したって?」

「ギャン泣きして一撃。見事一発KOで保健室。黒澤がついてるってよ」

「あー。まあしゃあねえよな。綺麗なバラに惚れられちゃ、いくらトゲが刺さっても文句なんか言うだけ野暮ってもんか」

「しゃあなし。あとで見舞いしとく?」

「そうだな。記念撮影しとかねえとな。今回で何回目だ?」

「7回目だよ。すごいな、記憶失っても記録を更新し続けるとはさすがこのクラスの委員長を務めるだけはある」

「全くだ。我らがクラスの誇りだぜ」

「違いないね、はは」

 

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