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6 記憶

「僕の記憶が戻らない?」

「そう。あたしには分かる。……あれ、なんで分かるんだろ。あたし──まあいいや。とにかくそういうこと」

「えー。どういうこと? まあいいけどさ」


  ──別に構わない。記憶なんか、正直に言えばどうだっていい。

  レーナがいてくれるなら、なんだっていい。僕にはそれだけで十分だ。


「まあ、明日学校に行ってみて先生に事情を話す。そこからだね。彼女として見て見ぬフリは出来ないし、あたしも付き添うから」

「んー。学校ねえ、どういうとこなの?」

「くだらない場所だよ。暇つぶしにもならない。退屈なだけ」

「えー。めっちゃ嫌いじゃん。そんな嫌な場所なの?」

「さあ。でも前の君は──随分楽しそうに過ごしていたように見えたけどね」


  冗談気味に恨めしそうに僕のことを睨むレーナ。

  僕は疑問に思った。


「なおさら学校って場所がわからなくなってきた」

「話を戻すけど。この社会は記憶喪失の君には生きづらいと思う。それは言っておく。ねえ君、君は一体これからどのように生きていくつもり?」


  言われてみればまあ、僕の将来は幾らか暗めだ。

  社会──などと言われても知らない。僕が楽観的なのは、記憶を無くしているからで。僕の将来が見えないのは僕の記憶がないから。皮肉だ……。


「でもたぶん、なるようになるんじゃないかなあ」

「楽観的すぎる。……まあいいよ。別に君の人生か。じゃあ今日はもう寝ようよ」

「寝る……睡眠? そうか、夜には寝るものか」


  僕は納得して寝た。


「ちょっとやめて床で寝ないで」

「え? 寝るんでしょ?」

「やめてよちょっと。人にはベッドがあるの。ほらこっち」

「え? うん。そっちね、そっち。いや分かってたよ? いや分かってたけど敢えて、ね?」


 レーナについていくと大きなマットの上に毛布の敷かれた──いやこれベッドだ。てことはここは寝室。広いと思う。

 レーナはベッドにダイブした。おおすげえ、楽しそう。


「ほらここ。人はここで寝るの」

「もふもふしてる。すごいなあ人。ここで寝るのかぁ」

「…………純粋かっ!」


  なんかレーナに怒られた。


「なに? なんか僕まずいことした? あ。もしかしてこっそり魔力練ってるのバレた?」

「とっくにばれてるよ。いやまあ、面白いのはわかるけどね。言っとくけどそのマナリアを使うことはとてもとてもあり得難いことなんだからね」


  そうです。実はさっきからずっと魔力を練っては空気に溶かしてみている。面白いのは溶ける魔力の色が次々変わっていくことだ。僕が赤くしようと思ったら赤くなるし青くもなる。すげーまじすげーどうなってんだろこれ。


「……え? ちょっと。その散ってる魔力の色……。ちょっと……まって。まってまってまって。え、ちょっとまってほんとまって。え、なにそれ」

「いやなにって。だからこうなんだって。……あ。これもしかして僕すごいやつ?」

「いやこれは……。間違いなく研究所送りだね。いい夕陽、絶対にそれを人に見せないで。絶対に。現状の魔学がひっくりかえることになるし、君の立場がとても危うくなるから」

「立場が危うくなる? どういうこと?」

「君を邪魔に思う勢力が現れるかもしれないの。いい? 人は一人一色の魔色しか持たないの。多くても二色。それ以上はありえないの。それが覆されると非常に面倒なことになる。それを疎ましく思う勢力は、面倒だから君を消すでしょう」

「消す?」

「殺して戸籍を消すのよ」

「うわやべえなにそれ」


  殺すとは──存在を消すということか。そうすれば確かに、僕が存在していたことも殺されてしまうのだろう。だが──もう僕は死んでいるようなもんじゃね?


「……。ねえ。提案があるの。聞いてくれる?」


  どこか迷いながら、レーナは慎重に切り出した。てかその割にはベッドに寝そべったままだ。こちらを見ようともしない。僕は応答した。


「なに? 言っとくけど僕は大概のことは断れない性格だからな」

「あたしのとこに来ない?」


  …………?

  よく意味が分からない。レーナの声は迷いが混じっていた。


「どういう意味?」

「そのまま。鷹宮家に……いや、あたしのところに来て」

「えなに、プロポーズ?」

「いや違うけど。いい? 君の性質はまったく異常で異質なもの。もしかしたらこの事実は判明しないほうがよかったかもしれないけど。でも分かってしまった以上、放っておくことができない」

「つまりどういうこと?」

「君のためだよ。どうして君にこういう性質があるのか、君は知らなければならないかもしれない」

「曖昧だね……」


  僕の──この魔力の色がそんな大事になるのか?

  だとしたらなぜ僕はこういうことができるのだろうか。

  僕は何者なんだろうか。


「ねえレーナ。僕は一体誰なんだ」

「──。君は海音夕陽で、あたしの彼氏。それで十分だよ」

「そうだね。それで十分だ。いいよ。よくわからないけど、君のところに行くよ」

「……ありがと」


  その日はそれで寝た。てか普通人は二人で寝るんだろうか?




  僕の住所は早々に判明した。


 朝早くレーナの家を出てレーナについていき、電車に乗る。これもやはりはじめてのことだ。てか人多すぎだろ、朝何時だと思ってんだよマジで。それで電車から降りてレーナに続いて歩けば学校に到着する──やはり分かる。知識にある……。


 国立魔術高等学校機関。全国に唯一存在する「国立」の魔術高校。

 僕はここの生徒なのか。


 レーナの先導に従ってある部屋に入る。ドアの上にある文字……理事長室。

 理事長……。一番偉い人、だったっけ。


「失礼します。理事長、少々お話が」

「しつれいしまーす……?」


  レーナの真似をしながら僕も中に入った。朝早くだというのに一人の老人がいる。


「……何かね、朝っぱらから」


  老人は静かに煙を蒸していた。煙草……というものだろう。匂いがこっちまで届く。


「学校内は禁煙ですが。というか臭うのでやめてください」

「厳しいのぉ。それで何じゃ。なぜそっちにクソガキまでおる」


  ……? クソガキ? 一瞬誰のことか分からなかったが、周りを見回して僕とレーナと老人がいないことから、僕は自分がクソガキと呼ばれたことに気がついた。


 ……あ?


「誰がクソガキだてめえ……。ねえレーナこのジジイ誰? はっ倒していい?」

「だから理事長だって。ちょっと落ち着いてよ。キャラ変わってきてるってば」

「誰だとは失礼じゃの。昨日の今日でこれとは全くもって恐れ入るクソガキじゃ。早く野たれ死なんかの」

「えちょっと待って。ねえ夕陽、君何したの?」

「知らないよそんなの」

「ってそうだった。そうだ理事長、そのことで相談があるのですが」


  かくかくしがじかねこねこいぬいぬ。

  レーナは理事長に説明した。僕が記憶喪失になっていることそのほか。


「……ふむ。大体把握したわ。ほーん、記憶喪失のう……。のう小僧。一つだけ質問があるのじゃが……。クソガキお主、記憶を失う前から継続して持ち合わせている感情があるかの?」

「えなにその妙にピンポイントな質問。あとクソガキやめろクソジジイ」

「いいから答えろクソガキ」

「ちッ。あるよ。ありますー! これでいいのかよ」

「……ある、と答えたかの。今」

「年寄りは耳が遠いんだね。そう答えたんだって」


  ジジイはシリアスな表情をしている。


「……話は分かった。てかべつにワシのとこ来んくても良かったんじゃね?」

「いえ……まあ、確かにそうなのですが……。そうですね、あたしも少し混乱してたのかもしれません。とにかく、彼の実家と彼の現住所の情報、頼みます」

「まあしゃあないかの。クソガキとはいえ、うちの生徒じゃからのぅ」

「誰がクソガキだ、誰が……」


  僕は口の中で呟いた。レーナは軽く息を吐いて理事長に薄く礼をした。


「それでは失礼します。ほら海音、行くよ」

「ああうん。わかった」


  僕はレーナに続いて理事室を後にした。


「……死んでからでは遅いと、忠告したじゃろうが……馬鹿者が」


  微かに聞こえてきた言葉の意味は、まったく分からないまま。


 

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