5 鷹宮さんの魔術講座
やがて目的地に到着する。ん……? そういやさっきレーナあたしの家まで、とか言ってなかったか? どういうことだ?
「着いたわ。降りて」
「ん、ああ。よっと……」
高層マンション……というやつか? 知識にある。えっと、何だろ、家賃めっちゃ高いやつ。やはりお嬢様か……。
入り口のなんか装置にカードをかざしてレーナは自動ドアを開いた。うわすげーなんだアレどういう仕組みなんだろ。
僕の視線に気づいたレーナが振り返った。
「ああこれ。言っとくけどこのカード生体認証付きだから。君がこれ使っても開かないからねドア」
うえーすっげえ。すげーやマジで、どうなってんのマジで。
「半田、あなたはここまででいいわ。今日は上がって。ご苦労様。夕陽は着いてきて」
「了解しましたお嬢様。しかしその男は」
「いいの。ほらいこ夕陽」
「……えーと。はい」
黒スーツグラサンのお兄さんをチラチラ振り返りつつ僕はレーナに着いていった。
結論から言えば、僕は彼女の部屋、マンションの最上階を丸々貸し切った部屋というか家? に泊めてもらうことになった。
これは世間一般的にどうなのだろう? いやそもそも世間一般というのもよく分からない。大体一般的に人はどこで寝るものなんだ? 分からない……。
「……その、いい……のか? 自分の家に人泊めるのって、迷惑だったりしない?」
「いいって。っていうか記憶失ってても妙に気遣い力ある。いや記憶失ったから?」
「えちょっとなにそれ、前の僕は一体どういうやつだったの?」
「まあ上がって。こっちこっち、とりあえずお風呂入ったら? 服は持って来させるから」
『えー──いね、この学校で派閥に──ないなんて』
『悪かったね。こちとら──なもん────。エリート共は────と思ってるし』
『凡俗だね。その上──い。────代表のあたしに──なこと───?』
言われるがまま風呂に入り──そういえば風呂って何だろとか思いつつ。体が風呂の入り方を覚えていて心底助かったと思った──ご飯を頂き──手作りだった。これが普通なのか?──今。
「ご馳走さま。片付けは僕にやらせてくれ。美味しかったよ、ありがと」
「…………」
「え、何? その無言怖いやめて?」
「どーして記憶を無くしているのにそういう気遣いがが出来るんですかねぇ?」
「え? これは不自然なのか?」
「んー、うん。記憶喪失っていうのは気遣いの意味が分かっても、使い方は忘れているっていう感じなわけだよ。まあ一言で記憶って言っても意味記憶だとかエピソード記憶とかいろいろあるんだけどさ」
「そうなの? あ、台所借りるね」
食器を台所に片付ける──。あ、なんだろこの行為、なんか馴染んでる。知らないはずなのに分かる。
と、レーナに観察されていることに気づいた。
「何? そんなじっと見る?」
「……そういうとこだなぁー。奇妙。すごくちぐはぐな行動をしてる。まあ仕方ないんだけど」
「なんなんだ一体……。ってかこの台所どうやって使うの? 蛇口なくね?」
「ああそれ。そっか、そこの記憶はないんだ。そこに電子パネルあるじゃん、そこに起動用の魔力流して」
「なんて?」
「だから基礎魔力練ってって」
「なんてぇ?」
パネル──確かにそれっぽいものはある。ホログラムではなく実態のあるガラスパネルだ。表示にはお湯、水とかある。ここに起動用の魔力を流せ、ということらしい。
いや知らんがな。分からんがな!
いや知識としては知っている……。魔力、新しく発見された新物質、マナリアを媒体として人の「気」とも呼べるそれを魔力に変える。
そんな感じだっけ……。だがそれは何だ? 分からない。
「……んー、これは忘れちゃってるのか。ほら、これ。あたしのマナリア、使っていいよ」
投げ渡されたそれをキャッチ。これは……ネックレス? 銀色に輝く小さな三日月の意匠。同様に銀色のチェーン。見た目より重い。
──り──ぃ──ぃぃ──ぃ──ん──。
……? 鈴の音。受け取った瞬間に耳鳴りのような音がした。それこそ澄み切った水が鈴に共鳴するかのような透き通る音。
間違いなく初めて聞く音だ。
「この音は……?」
「音? へえ、どんな音」
「鈴の音。なにこれ」
「鈴の音……。ふーん、君にはそう聴こえるんだそれ。珍しいっていうかなんていうか。ていうか初めて見るようなカタチだ。記憶喪失というのが魔術行使に影響を与える……うん、面白いなぁ」
レーナはコロコロと笑った。
「で、どうやってやるのこれ」
「ああそっか。知らないんだった。よし、あたしがレクチャーしたげる」
レーナはマナリアを持った僕に近づいて、手を握った。思わず心拍数が上がる。
「うぇ? レーナさん?」
「落ち着きなよボーイ。いいから、目を閉じて」
「んなこと言われても、落ち着けるかよこんなの……」
「ほら早く」
ドキドキしながら僕は目を閉じた。レーナの手の感触がする。
「行くよ」
レーナがそう言うと、レーナの手から何か──が、表面を伝って来る感覚がする。空気の流れというか、水の流れというか、とにかく何か全く新しいものが僕の体を伝って流れる。
「これが──魔力ってやつか?」
「そうじゃない。これはその前段階。これは魔素。モダン風に言うなら気功とも気とも言うもの。生命力にも例えられるね」
「あー。これがそれか。うん、知識としては知ってたけど実際には初めてだ……」
「これを操るのがまず第1条件。はい操って。はいよーいスタート」
「えっちょっま」
いや知らん。操るってどういうことだ? 魔素の流れを操る──こんな感じか?
「おおすごい、出来てる出来てる。その流れをマナリアに集中させて」
「ん──こんな感じか」
流れをマナリアに集中させる。マナリアに向かって身体中の流れをコントロール。
「うおすげー、なにこれ」
思わず目を開く。目に入ったのはレーナの顔と──銀色のオーラ。
煙のようにマナリアから立ち上るそれは透明に揺れている。上に登るにつれて広がり、やがて空気に溶けていく。
そうか、これが──。
「魔力。魔素をマナリアと接触、反応させて生み出す新しいもの。そのマナリアは原石、魔力変換率は98パーセントを越している。値段にすれば40億はするね。まあもっとも、お金で買える程度の貴重さと思ってもらっちゃ困るんだけどね。すごいでしょ」
レーナがなんか言ってるけどスルー。うわなんだこれすげー、すげー。マジで? すげーマジすげー。これ僕がやってるんだよね。え? マジで? こんなこと出来るの人類。えまじですげー、すげー。
「……。感動するのはいいけど。目的を見失わないでよね」
呆れられた。仕方ねえ、感動するのは後回しだ。しっかしそれにしてもすげーなぁー。
「で、これをどうするの?」
「今これは空気に溶けている状態。ハンターハンター知ってる?」
「はんたーはんたー? なにそれ。なんかの漫画?」
「知らないのかあ。知ってたら早いんだけど。まあいいや、魔力は今空気に溶けている状態。つまり無駄になっているわけだ」
「それをどうするの」
「体に纏う。こぼさないようにね」
体に纏う? どうやるんだろう。こうか?
「おおおすごい、出来てる出来てる。そうそうそんな感じ」
なんだろう、へんな感じだ。僕の体に重力があって、それがオーラを引き付けているイメージ。こう、水みたいなチャプチャプした銀色のオーラが僕の全身を覆っている。
「それを体の内側に入れて」
えまじで? どうやってやんのそんなの。こうか。
「おおすごい、出来てる出来てる」
おおおおおおお? なにこれ。なんか体に力がみなぎる。なにこれ。すげえ。すげえ。すげえなにこれすげえ。うぇーなにこれやべえ。すげえわまじ、すげえ。
土に水が染みこむイメージ。──このイメージはどこから生まれているのだろう。僕の記憶から生み出されているのか? 僕が思い出せていないだけで、そういう記憶は確かにあるのか?
まあとにかく魔力が体の内側に入っていった。
「でそれを指先から放出して」
えなにそれ。は? どうやってやんのそれ。こうか。
「はいはい出来てる出来てる。それでとりあえずはおっけい。それをパネルにやって」
やってみた。ぷしゅー。……ぷしゅー。…………ぷしゅー。
「ねえ」
「なに?」
「反応しないんだけど」
「あーこれはやってますね」
「やってますか?」
「やってるよこれは。もう弁償ものだね、弁償。ぶっ壊れちゃったよこれ」
「え、嘘、マジで? 冗談はよしてくれ」
「や冗談だけど。やり方がよく無いね、もっとピリっと、電気を流すイメージでやるんだよ」
やってみた。
「うわすげーなんもねえとこから水出てきた! なにこれ! なんだこれ!」
「それが、科学と魔術の力よ」
「うわすげーすげーやべーすげーまじかすげー! すげー!」
「めっちゃ興奮してる。まああたしのようなお金持ちのインフラはこうなってるわけよ。庶民どもは未だに水道引いてるけどね」
金持ちすげー。でも別に魔術でやる必要なくね?
「っていうかいつまであたしの手握ってるのよこの変態! 離して!」
「ちょっととばっちりやめて。てかこれどうやって水止めるの?」
「普通に止めるボタン押して」
というわけで簡単に洗い物を済ます──やはり、体が覚えている。これは一体なんなんだろう。知らないはずなのに出来る。この感覚はひどく不安定だ。
『君の──はなんて言うの?』
『僕は──。────。普通の名前でしょ。君は?』
『あたしは──』
…………。今何か思い出したような気がする。今のは──。
「──ほら。なに突っ立ってんの。こっち来て、これからの話をするよ」
「ん、あ、ああ。うん。わかった」
あれ今僕、何か考えてた?
記憶だったものは崩れて消えていった。
*
「これからどうするつもりなの?」
「……どうって?」
「分かってるでしょ。何度も言わせないでよ」
これからのこと──。これからどうするのか。
「……人生を続ける?」
「いやそういうのじゃなくて。具体的に」
「んー……。なんていうかなぁ。こんなこと言うとあれだけど、別に僕、記憶取り戻したいとかじゃないんだよ」
「……へえ? どうして?」
「いや、なんていうか、別にいいかなーって。そのうち戻ってくるもんなんじゃない?」
「そう? ──あたしはそうは思わないよ」
レーナは断言した。強くはないが、確信している声だ。
──引っかかるな。なにか違和感がある。
「君の記憶はもう戻らない」
レーナは続けた。憂鬱げにレーナは呟いた。
この作品はハンターハンターとは一切の関係がありません。たぶん。念能力ではない。たぶん。




