drop:Ⅰ 失われる日常
デンファレ・ヴァンピールの題名を変えたものになります。
内容はほぼ変わりません。
よろしくお願いします。
ある小さな町に二人の青年が荷馬車に揺られ入った。
二人を乗せた荷馬車はこの町唯一の教会の前に止まる。教会は手入れをされていないのか蔦が蔓延り廃屋と化していた。
「ここでいいかい」
どうどうと荷馬車を引き牛を落ち着かせながら荷馬車を運転していた初老の男が後ろに乗っている二人に話しかける。
最初に反応したのはフードから漆黒の黒髪を覗かせ伸びをしていた東洋被りの青年だ。愛想悪くここでいいと言うかのように自らの荷物をどさりと荷馬車から投げて落とし、ずっと抱えていたらしい長細い黒い布に包まれたものを抱え直し荷馬車から降りる。
降りると黒髪の青年は教会を眺め荷物を持ってスタスタともう1人を置いて進む。
反応が遅れたもう1人の青年は荷物を丁寧に下ろすとフードを脱ぎ初老の男の元へ小走りで向かう。
「ありがとうございます。とても助かりました」
綺麗な金髪を風で揺らしゆっくりと頭を下げる。
顔を上げるとそばかすが散りばめられた顔と綺麗な宝石の様な青い瞳が初老の男に向けられる。男はいいんだよと軽く笑い牛に鞭をふるい荷馬車を発進させた。
初老の男の荷馬車が見えなくなると、金髪の青年は慌てて荷物を持ち黒髪の青年を追う。
黒髪の青年は既に協会の中に入ったらしく、扉が開いていた。
「ジョナサン!ここまで連れてきてくれたお礼ぐらい言ったらどうだ!」
金髪の青年は教会に入るなり奥にある十字架の前で腰を下ろしていた黒髪の青年…ジョナサンに言う。
教会の中は酷く荒れていて町のこどものたまり場になっているのか所々にゴミが散乱していた。
床は植物がタイルの間から生えていたりタイルが剥がれていたりしていて直すのに手間がかかりそうだった。
もちろん長椅子もボロボロで虫に食われ、少し力を入れただけで背もたれの部分が壊れそうだった。
「見ろよドミニク。これが俺たちの扱いだ」
ジョナサンは両腕を上げると呆れたようにすぐに力なく両腕をおろす。
よいしょと立ち上がると十字架の方を向き跪き手を合わせる。
「ああ!親愛なるマリア様!私たちがこんなにも民のために頑張っているのに民は何も思っちゃいない!私たちは民の都合のいいように動かされている!これは悲劇だ!」
さも悲しんでいるように熱弁し「私たちをお救い下さいマリア様」と都合のいいことを言う。
金髪の青年…ドミニクは呆れたように息を深く吐くとジョナサンに近づき腰に手を当てる。
「ついさっきまで『マリアってやつは楽でいいよな。キリスト産んではやし立てられて楽してる』…とか言ってた人の言うことですか。聖女マリア様だって苦労はしてる。お前みたいに飲んで食って遊んでるような人じゃないよ」
「おっと、そんなこと言ってたかな」
「ご都合主義にも程があるんじゃない?ジョナサン」
ジョナサンがおどけた様に肩をすくめるとドミニクは目を座らせるが目の前にある十字架とその後ろにあるマリアのシャンデリアガラスを見ると荷物を置き、ジョナサンと同じく跪き恭しく頭を下げる。
「これからお世話になります。ドミニクと言う者です。精一杯貴女が見守るこの町をお守りいたします」
そう言うと立ち上がり横で自分の様子をニヤニヤと笑ってみていたジョナサンを一瞥し「居住区を見に行くよ」と置いた荷物を持って背を向け奥へと進む。
ジョナサンはやれやれと肩をすくめると同じく荷物を持ってドミニクの後を追う。
教会の横の通路は狭く、人ひとりが通れるぐらいの横幅で下に向かっていた。
少し広いところに出ると誰も入ってきていなかったのか床は水に沈み奥は暗くて見えない。
一旦引き返し腰に下げていたランプに火をつけ再び奥へと進む。
横を見ると木製の扉が2、3個あった。
扉は鍵をかけているようなことはなくジョナサンが取っ手をつかむとすんなり開いた。
部屋の中も水が侵食していたようで床は水浸し、とてもじゃないがは人が住めるような環境ではなかった。
「下はダメだね」
「ここはたぶんシスターたちの部屋だな。服が残ってる」
「うん、そうだね」
そんなことを言いながら引き返そうとした時、扉を閉めたジョナサンがふとなにかに気づく。
「廊下の奥。下にまだ部屋がある」
指さしたところには確かに床に取っ手がつき、そこだけ色が違う石が使われていた。
「後で行こう。今は寝る場所の確保」
ドミニクは軽く流すと階段へ向かう。
ジョナサンは唇を尖らせるとドミニクの後を追いかけて階段を駆け上がった。
上に上がるとドミニクはランプの火を消して教会の外へ出る。その後ろをジョナサンが追いかける。
すると町のこどもか木の影から4つの顔が覗いていた。
ドミニクは微笑み軽く手を振ると顔を背ける。ジョナサンは面倒くさそうに横目で見ると荷物を持ち直しドミニクの後を追う。
二人はここの住民と特別仲良くなる必要は無いと判断していた。
無駄に情を持っては仕事に支障が出るからだ。
二人の浅葱色のローブが風におおきくなびく。
紺色の修道服に首に巻かれた重々しい鎖に繋がれた複数の十字架。
それだけで彼らが何をしにこの街に来たのか誰でもわかってしまう。
首に巻かれた鎖は噛みつかれないため、十字架は触れさせないため、修道服は組織の服だ。
彼らは歴とした聖職者であり殺し屋である。
殺し屋と言っても特定の者を殺す。
聖職者で分かってしまうだろうが彼らは悪魔を退治する仕事をしている。
組織に拾われた頃からその教育がなされてきた。
この町に来たのも悪魔退治のためだ。
悪魔退治と言っても彼らは吸血鬼を専門に扱う。
その中でもトップクラスで優秀な成績を持つのがドミニクとジョナサンだ。依頼を受ければ必ず吸血鬼を殺している。
今回も最近吸血鬼の眷属たちが暴れているとの報告を受けこの町に先回りしてきていた。
本来の目的である吸血鬼の眷属討伐の他にも調べることがあるからだ。
今眷属たちは森の中を移動していると偵察部隊から報告が来ている。
ここに奴らが来るまでにある事を調べなければならない。
奴ら…災害級の吸血鬼たちの居場所。
災害級と指定されているのは今のところ2匹の吸血鬼で、その吸血鬼を見つけることも仕事の内だ。
見つけられれば今後の対策もできる。
今こちらに向かっている眷属がその吸血鬼の眷属だという。
1人でも生け捕りにして親の居場所を吐いてもらう予定だ。
そのための生け捕り用の罠を設置するために先回りしたのだった。
ドミニクは教会の裏手に回ると小屋を見つける。
本来は馬小屋として使われていただろうそこには既に馬の姿はなくただぽつんと建っていた。
ドミニクは教会の側面を見上げるジョナサンを呼び暫くあそこにいようと提案した。
ジョナサンは体が獣臭くなると嫌がったが中は二人が寝泊まりするのに十分な広さで心配している獣の匂いもない。
馬小屋かと思われたそこは物置小屋だったらしく中には古くなった椅子が積み上げられていたり机が無造作に置いてあった。
ここを少し綺麗にすれば住めなくもないだろう。
早速二人は荷物と着ていたローブを脱ぎ隅に置き物置小屋の整理を始める。
壊れている椅子は後に捨てるために外に出しまとめ、綺麗なものを2つほど残した。
ホコリで充満していた室内は窓を開け、物置小屋の中にあった箒で叩いたり掃いたりして綺麗にした。
「このぐらいでいいんじゃね?そろそろ日が沈みそうだ。軽く話し合おうぜ」
ジョナサンが疲れたように言う。
寝るにはもう少し綺麗にしたいが作戦の話し合いの時間も欲しい。
暗くなればランプが必要になるがここまでくる時に使っていたのでランプの中にある油も残り少ない。後で買出しに行かなければとドミニクは思う。
「そうだね。でもまずは作戦会議よりも…」
そう言って窓の外を見る。
教会を出た際に見た子どもたちがじっと二人を見ていた。
よそ者はあまり来ないのだろう、興味津々に目を輝かせていた。
「こうも見られていたら集中出来ないしねぇ」
「…チッ。おいお前ら!見せもんじゃねぇぞ!散れ!」
ドミニクが苦笑して振り返るとジョナサンが苛立った顔で窓に近づき怒鳴る。
すると子どもたちがびくっと跳ね散り散りになって逃げていった。
流石にそこまでしなくても…と思ったが居なくなってくれたのは正直嬉しい。
よそ者に町の人が興味を示すのは珍しくはない。
それも聖職者が2名となると何事かと見に来る者は少なくないだろう。
子どもから大人へ情報が渡るのも時間の問題だ。
「さて、と…作戦会議をしますか」
そう言って二人は椅子に座り机に地図を広げた。
***
二人は小屋の中から出て崖の上にいた。
思ったよりも早く眷属たちがここに来たのだ。
最初に見つけたのはジョナサン。用を足そうと少し外れた崖の上に行った時だ。
この教会は少し高いところにあり、町を一望出来る。
そこで町に異様なほど明かりが灯っているのを見、慌てて小屋に戻ると望遠鏡を取り出しまた崖に行き街を見た。
すると町の人が赤い目の吸血鬼の眷属たちに襲われているのが見えた。
ジョナサンは慌てて崖から降りるとドミニクを起こし…今に至る。
二人は持ってきていた望遠鏡で町の様子を見る。
少なからず敵は5、6人は見た。もしかしたらそれ以上かもしれない。
「ジョナサン、あれ持ってきた?」
隣であの長細い黒い布に包まれたものを持つジョナサンに話しかける。ジョナサンは頷くと布をしゅるしゅると取っていく。
すると月の光でそれが顕になった。
黒光りするそれはいわゆる銃で、長細く遠くの物を捉えるためのレンズが付いているスナイパーライフル式の銃だ。
ジョナサンはその銃に銀色の鉛玉を詰め込むと寝転がり町に向けて銃口を向ける。
「いい?僕が言った方向に撃って」
ドミニクはそう言うと望遠鏡を構え直す。
じっと望遠鏡を覗き頭を左右に揺らす。
「右斜め下一時の方向」
ドミニクがそういった瞬間にバンッと乾いた音が響く。
それと同時に望遠鏡に映る眷属の頭が破裂する。
「正面上時計塔」
またドミニクがそう言うとバンッと乾いた音が響く。
そしてまた眷属の頭が破裂する。
ドミニクの横でカランカランと音がする。
ジョナサンが空薬莢を捨てた音だ。
ドミニクが敵の位置を言い、ジョナサンが撃つ。
完璧なまでのそのコンビネーションは敵を一掃するまで続く。
「あ、待って。左上十時の方向。あの最後の吸血鬼は生かして。下半身ぐらいは潰していいから」
ドミニクがハッとしてジョナサンに指示をする。
もうひとつの目的、災害級の吸血鬼について聞くことを思い出したのだ。
ジョナサンは二つ返事で承諾するとスコープを覗き込み指示通りに撃つ。
さぁ下に降りてあの吸血鬼から情報を取ろうかと思ってジョナサンが顔を上げた瞬間ぐわんと視界が歪み息ができなくなる。
「…っかは…?!」
突然の事で分からなかったが思い切り背中を踏まれた様だった。
歪む視界を動かしドミニクの方を見ると苦しそうな表情でジョナサンの背中を踏んでいるであろう者を睨んでいた。
よく見ると首を掴まれているようだった。
誰だとジョナサンは声を出そうと口を開いた。
「こんな所に聖職者二人。舐められたもんだ」
ジョナサンの声ではない。ましてやドミニクの声でもない男の声。
男は可笑しそうに笑うとドミニクを投げ飛ばし足を退かす。
ドミニクは木に強く背中を打ち付けだらんとする。気絶したようだ。
「面白い。一人連れて帰ろう」
別の違う女の声が聞こえた。
ケホケホと咳をしつつ声がした方を見ると白髪赤目の男女が立っていた。
赤目…吸血鬼の大半が赤い目を持つ。
ということはこの二人は吸血鬼か。
街の襲撃ばかりに意識が行き後から近づくこの二人に気づかなかった。
ジョナサンの意識が薄れゆくなか吸血鬼の二人はジョナサンに近づきこう言った。
「こいつを連れていこう。黒髪に赤い目は栄える。綺麗になるぞ」
そこでぷつりと意識が途絶えた。