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第5話 初デート(?)の目的

 ハンバーガーを片手で持ち、かぶりつく。うまい。パンズが売りのこの店は、味がいいと評判なのだ。緑青は両手でハンバーガーを持ち、口をもぐもぐと動かしている。その頰にケチャップがついていることに気づいたので、自分の頰を指差して教える。


「ここ、ついてるぞ」

「……っ」


 緑青は顔を赤くして、紙ナプキンで頰を拭った。そして俺をキッと睨むと口を開いた。


「……あれから漫画の進歩はどうなの」

「あっ……それが……」

「それが?」

「全然進んでなくて……日常といっても何をテーマにすれば良いかわからなくて」


 悪いことをしているわけではないのに、返答がしどろもどろになる。ケチャップの指摘が気に障ったのだろうか。でもここで言わないでいたら、後でもっと怒られていたに違いない。


「恋愛なんてどうかしら」

「は?」


 レンアイ? テーマを恋愛にしろってことか?


「さっき見た映画、なかなか良かったと思わない?」

「……ああ、けっこう面白かった」

「あなたの絵は恋愛漫画に向いている気がするわ」

「そ、そうか?」


 何を根拠にそんなことを言うのだろうか。


「試しに描いてみなさい」

「う、上手く描けないかもしれないぞ」

「その時はその時。やる前から尻込みしてどうするの」


 緑青はまっすぐに俺の目を見つめている。本気だ。理由はわからないけれど、俺のことを馬鹿にしているわけではない、それどころか真面目に俺の漫画について考えてくれているようだ。なんで、なんで俺にそこまで……。


「……あのさ、なんで俺に付き合って、なんて言ったんだ?」


 意を決して、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。話したこともない、特に目立った特徴のない、漫画を描くことだけが趣味な男子にどうして話しかけた? 好意がないくせに付き合えなんて言った? 


「気になったから」


 緑青は一言、そう呟いた。嘘偽りはないと証明するかのように、目を逸らさず、俺の目を見つめ続けて。


「それは……」


 俺が? ノートに描かれていた漫画が?


「気になって仕方がないから、では理由にならないかしら」

「……」


 聞いても仕方がない気がした。緑青が気になったのはおそらく後者だろう。だから真剣に漫画についてアドバイスをしてくれているのだ。ボランティアか何かなのかもしれない。かなり横暴な善意ではあるが。


「この話はこれで終わりということで、いいかしら」


 黙って頷く。


「この後は買い物に付き合ってもらうわ」

「……荷物持ちぐらいならできるけど、服選びのセンスはないぞ」


 俺の返答に、緑青は小さく吹き出した。服は買わないわ。荷物も大したことないと思う。とクスクス笑いながら答える。

 緑青は普段学校では澄まし顔で、気高い雰囲気の美少女であるから近寄りがたい。近づこうとも思わなかった。住む世界が違うとわかっていたし、俺は目立つことを嫌っていたから。いわば女王と平民、そのくらい緑青と俺には距離があった。

 でもこうして笑っている緑青を見ていると、彼女は年相応の、俺と同じハンバーガーを食べて同じ時間を共有している、とても可愛いが普通の高校生の女の子なんだ、と思うのだ。

 なんでだろう、なんで、こんな気持ちになるのだろう。



・・・・・・・・・



 昼食を終えて、ファーストフード店を後にした俺と緑青はショッピングモールの中を歩いていた。


 緑青は私についてきてと言って、ずんずんと進んでいく。俺は黙って後に続く。エスカレーターに乗って、しばらく歩いたところで緑青が止まった。


「ここよ」


 そこは個人店舗の文房具屋だった。こじんまりとしているが、品物が所狭しと並べられているので品数は多そうだ。緑青が奥へ入っていくのでついていく。


「まだ必要ないかもしれないけど、見ておいても損はないかなと思ったの」


 そう言って緑青が立ち止まったのは、漫画コーナーと書かれてた札があるスペースだった。


 漫画を描くための道具が並んでいる。実物を見たのは初めてだった。主人公が漫画を描くというストーリーの漫画を読んだことがあるので、どんな道具が必要かは大体知っていた。でも、絵で見るのと、実際に手に取るのとでは大違いだった。年甲斐もなく、わくわくした。


「原稿用紙とペン軸、ペン先ぐらいは持っていてもいいんじゃないかしら」


 そう言いながら、緑青はペン先を俺に渡した。種類が多く、細身のものもあれば、グリップがついた太めのものもある。それぞれの違いを見た後は元のところに戻した。


「く、詳しいな」

「そう?」

「漫画描いたことあるのか?」

「ないわ」


 はっきりと否定される。たぶん本当なのだろう。緑青は成績トップだから、雑学も豊富なのかもしれない。いろんなことに興味を持って、知識を蓄えているのだろう。


「ノートに描くのもいいけど、一度作品にしあげてみたらどうかしら」

「俺は……」


 プロになる気はない……とは言えなかった。俺は黙って下を向いた。


「無理にとは言わないわ」

「……やる」


 あれ? 何言ってるんだ俺は。


「そう? それじゃあ買う?」


 差し出された原稿用紙とペン軸とペン先を受け取る。自分でもなんで受け取ったのかよくわからない。でも、ここで受け取らなかったらもう、緑青とはおしまいな気がしたのだ。それが嫌だと、そう思った。


 レジでお金を払い、紙袋を受け取った。そして緑青と駅まで歩き、デートはお開きになった。別れ際に緑青が念を押した。


「月曜日、放課後。忘れては駄目よ」

「わかってる」


 緑青の目的は、デートではなく、俺に道具を見せて買わせるためだったのだろう。指に僅かに食い込む紙袋の紐に、なんとなく身が引き締まる思いがした。

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