第4話 緑青と初デート(?)
休日のせいか駅前は人が多く、賑わっていた。俺は時計が9時50分なのを確認し、辺りを見回す。緑青らしき人物は見当たらない。まだ来ていないのだろうか。
「あら、はやいのね」
「うぉっ」
背後から緑青の声がして、振り返ると当然だが、緑青がいた。少しかがんで俺の顔を覗き込んでいる。神出鬼没な女だ。
「……待たせたか?」
「いいえ、私も今来たところ」
あ、なんかちょっとデートっぽい会話。いや、一応デートだ。一応。
俺は変装をしてきたという緑青の格好を、まじまじと見つめた。
フレームの細い眼鏡をかけている。それに長い髪が後ろで高い位置に一つで束ねられている。ポニーテールってやつだ。
眼鏡で変装という発想が被ってしまった。まぁ一般的、陳腐な発想だったというわけだ。それにしても、緑青は眼鏡がよく似合う。知的で上品、どこか色っぽい雰囲気を醸し出していた。
服装は青のギンガムチェックのワンピースに白い薄手のカーディガン。華奢なミュールもよく似合っていて、まるでファッション雑誌の表紙から飛び出して来たような姿だった。
「眼鏡、被ってしまったわね」
「あ、ああ」
「あなたって目が悪いの?」
「まぁ、それなりに。いつもはコンタクトしてる」
「そう」
あまり興味なさげに返されて、なぜ聞いたんだと少し不満に思ったが、そんなことはどうでもよくなってしまうくらい私服姿の緑青はとっても魅力的だった。美人って得だな、としみじみ思う。
「さて、ここにいて人の流れを見ていても仕方がないし、移動しましょうか」
「お、おう」
なんとなく緑青が俺の一歩先を歩き、それについて行く形になる。歩くたびに揺れる緑青の髪が、本当に馬の尻尾のようで、ポニーテールとはよく名付けたものだと感心していた俺は、緑青がどこに向かって歩いているのか、俺をどこに連れて行く気なのか、全く知らないことに今更ながら気づいた。
「……どこに行くんだ?」
「行きたいところがあるのだけど、それは後回し」
「それでいいのか?」
「ええ。その方が都合が良いの。……映画でも見ましょうか」
駅前近くに建てられている、大型ショッピングモールの7階に大きめの映画館がある。多分ここら辺で定番の学生デートスポットだ。でも気がかりな点が一つ。
「当日だと良い席がないかもしれないぞ」
平日ならまだしも休日の場合、前もってネット予約しておかなければ良い席に座れない。まぁ早い時間だし、俺たちの住む街はそこまで都会じゃないから大丈夫かもしれないが。
俺の不安をよそに、緑青は楽しげに俺の方を振り返った。
「あら、行き当たりばったりなのも楽しいじゃない」
「それは……」
確かに一理ある。予め計画して物事を進めるのは確実だが、面白みにかけるかもしれない。
「あなたは何か見たい映画、あるの?」
「うーん……」
そういえば久しく映画館で映画を見ていない。映画を見ること自体は好きなので、よくdvdを借りて家で見ている。だが今何の映画が上映しているかは知らない。
「ないの?」
「……ない」
俺がそう答えると、緑青は自身のスマートフォンの画面を俺の前に持ってきて、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、これにしましょう」
「えっ」
・・・・・・・・・
わからない。どうして俺は今、学校一の美少女と恋愛映画を見ているのだろう。
映画自体は中々面白い。小説が原作の、純愛ものの洋画だ。ヒロインを演じる女優の演技がすごく良い。
でも落ち着かない。隣に緑青がいるせいだろう。いくら軽く変装をしていて、映画館が真っ暗でも、学校の生徒に見られたらと思うと気が気でない。それに、側から見たら俺たちはカップルに見えるのかもしれないと思うと、顔が火照ったように熱くなる。ちらりと横目で隣に座る緑青を見ると、映画に釘付けだ。俺の気も知らないで。
映画が終わり、二人で映画館から出る。どっと疲れがでてげっそりとしている俺に引き換え、緑青は満足げにパンフレットを眺めて映画の余韻に浸っている。なんか可愛いかも、と思ったのは秘密だ。
時刻はちょうどお昼時、どこかでご飯を食べるべきなんだろうが、どこが良いのだろう。女子が喜ぶようなおしゃれな店を知らない。
「お昼のことなんだけど」
「ああ」
「行ってみたいお店があるから、付き合ってくれないかしら」
緑青が行きたい店。見るからに品が良く、由緒正しい家柄のお嬢様と密かに噂されている彼女の行きたい店。すっごく値段が高くて、敷居の高いレストランに連れて行かれたらどうしよう。情けないのは承知で、俺は口を開く。
「あまり手持ちがないんですが……」
「大丈夫。そんな心配は無用よ。だってあそこだもの」
俺でも知っている、全国チェーンのファストフード店を緑青は指差した。意外だった。でも、なんにせよ俺の財布は助かったのでよかった。