エピローグ 想い、描くのは
最後の花火が打ち上がった後、俺たちはゆっくりと歩きながら新しく描く漫画の内容を話し合った。
緑青は相変わらず的確な指摘をしてくれて、それが堪らなく嬉しかった。
・・・・・・
新学期が始まった。
9月といえど、まだ日差しは強い。蝉はまだ元気に鳴いているし、アスファルトは熱気をはらんでいた。当分夏服で通うことになりそうだ。
ホームルームを終えた俺は、真っ直ぐに国語資料準備室へと向かう。
扉を開けると、待ち望んでいた光景が広がっていた。
二つ並ぶ机の窓側に、緑青藍が座っている。ただ、それだけなのに。
何度も見て、もう見慣れたと思うのに、実際はそんなことは全くなくて、とても新鮮に俺の目に映る。
「ねぇ黒石くん、これに見覚えない?」
緑青はそう言って、少し古ぼけた冊子を、廊下側の机に座った俺に見せた。
表紙に、確かに見覚えがあった。
「これ……」
受け取るとすぐさまページをめくる。四ページ目、そこに俺の絵があった。
夏休みこども絵画コンクール。小学三年生の時、受賞したものだ。
「思い出したみたいね。ここ、私の絵も載っているの」
左下の絵に目を向ける。名前に、緑青藍と書かれている。
「ねぇ、すごいと思わない?」
「全然、気づかなかった。どうして……」
「お父さんの書斎の机に、ノートがあったのを見つけたって、言ったでしょう? そこに、入っていたの。それも一緒に」
「黒石晃、って名前そこまで多いわけではないと思うし、やっぱり黒石くんだったのね」
「……ああ」
「私、嬉しかった」
「黒石くんと、こんなところですでに繋がりがあったなんて」
そう言って柔らかく微笑む緑青に、胸が苦しくなる。冊子を返し、口を開く。
「……緑青って、絵もうまいんだな」
「まぐれよ。絵の賞をもらったのはこれが最初で最後だもの」
この冊子は俺の部屋のクローゼットの奥深くに眠っているはずだ。挫折を知る前の、勲章の一つ。少し前までは見たくもなかったのに、今は帰ったら探そうと思っているから俺は随分と変わったのだなと思い知る。
目の前の彼女のおかげで。
「父がこれを大事にしまっていたのは、嬉しかったからだと思うの」
「そりゃ娘が賞をとったなら嬉しいに決まってるだろう」
「それは……そうね。父は私に自分の夢を押し付けることを一切しなかった。たんなる偶然、まぐれの受賞をひっそりと喜んでくれていたのよね」
彼女は大切そうに、その冊子を抱きしめた。
夢を託すことが悪いと俺は思わない。でも、その期待が時として重荷になることは、きっとある。彼女の父は、それをよくわかっていたのかもしれないな。
・・・・・・
蝉の声が聞こえなくなり、長袖を腕まくりするようになっても、相変わらず時間があれば国語資料準備室へと向かう日々が続いている。
文化祭は一緒に回る約束をした。
そして待ちに待った漫画の結果は、一番小さな賞だった。小さなカット絵が載っているのを見て、選外を覚悟していた俺は感動して、その漫画雑誌を5冊も買ってしまった。一つは緑青に、もう一つは黄瀬に、そして高砂に渡した。
高砂はすげーっと大声を出して、いつ連載するの? と盛大な勘違いをしたので慌ててまだデビューしてすらいないと説明をする羽目になった。
あとの2冊は俺の部屋にある。次はもっと大きな賞をとって、絶対デビューしてやる、と誓った。
文化祭当日、朝緑青の家の近くまで迎えに行くと彼女がなにも言わずに俺の手を握った。思わぬ出来事に心臓が飛び出そうになりながら彼女の方を見ると、
「今日、文化祭が終わったら話があるから」
と真っ赤な顔で言われた。
文化祭の後、それってまるで……。
「ぼ、ぼーっとしてないで、早く行きましょう!」
ぐいっと手を引かれ、俺は前のめりになりながら歩き出す。
想い描いていた未来。漫画家、堅実なサラリーマン、そして今は、
これから先も、君とこうして手を繋いで歩いていきたい。
勿論、漫画家にだってなってみせる。夢は大きく、少年よ大志を抱けというからな。
手から伝わる温もりを感じながら、緑青の姿を目に焼き付けようとばかりに見つめてしまう。
偶然から始まった、この恋を、これから先も、ずっと大切にする。
学校に近づくにつれ、生徒の視線が俺たちに集中していく、ヒソヒソと噂をしている声が聞こえる。
俺が全校生徒の注目の的になるのは時間の問題だろう。
それでもいい。そんなことは些細なことだと思えるくらい緑青、君が好きだよ。
そして、本当の君をもっと知っていきたい。そして、どんな君でも、きっと好きになる。
これにて、黒石晃くんの物語はおしまいとなります。いままで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
完結することができたのは、読んでくださった皆様の支えがあったからです。
今一度、心を込めてお礼申し上げます。




