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第45話 告白

 焼きそばとたこ焼きを調達できたので、次は飲み物だ。夜とはいえ人口密度が高いせいか蒸し暑く、すでに喉がからからに渇いていた。


「緑青、飲み物どうする?」

「そうね、あれは?」


 ちょうど御誂え向きに、すぐ近くの屋台でラムネが売られていた。祭りの飲み物といえばラムネだよな、と思い緑青をその場で待たせて俺はラムネを二つ購入した。そして俺たちは食事をするため、そして花火を見るための場所を探しに歩きを再開した。


 しばらく歩いているうちに、違和感に気づく。緑青の歩くスピードが遅くなっているのだ。具合でも悪いのだろうか、もしかしたら人混みに酔ったのかもしれない。そもそも、浴衣という普段着慣れない格好をしているのだ。あまり長距離を歩かせるのは……そういえば、ゲタって確か履き慣れていないと足の指が痛くなるんじゃなかったか?


 そう思い緑青の足元を見つめる。親指と人差し指の間が赤く腫れているような気がする。緑青が痛そうなそぶりを見せていなかったので、今の今まで気づかなかった。

 俺は歩くスピードを緩め、近くに座れそうな場所はないか探した。

 ベンチは見つからず、仕方なく屋台の外れにある石垣に持ってきていたシートをひいて座ってもらうことにする。


「……黒石くんここからじゃ花火はよく見えないわよ」

「いいから、ここ座って」


 緑青は素直に言われた通り石垣に腰をかけた。俺はその足元にしゃがみこむとゲタを脱がせて足を持ち上げ、指をまじまじと観察した。


「ちょ、ちょっと! 黒石くんっ」

「やっぱり、赤くなってる。血は出てないみたいだけど……」

「あ、足を離して……」

「え? あっ、ごめん」


 俺は慌てて緑青の足を離した。


「……痛くないわ。だから大丈夫。花火が見れそうな場所を探しましょう」

「痛くないって……赤くなってるじゃないか。少し休もう。俺、絆創膏買ってくるよ。確かこの近くにコンビニあったはずだから」

「……絆創膏、持ってる」

「お、流石用意がいいな。じゃあ俺が貼るよ」


 俺が手のひらを差し出すと、緑青は目を丸くして首をぶんぶん横に振った。


「じ、自分でできるわ!」

「いや、無理だろ。浴衣が着崩れるかもしれないぞ。せっかく、綺麗なのに」

「……そ、そこまで言うなら、お願いします……」


 巾着から絆創膏を取り出すと、おずおずと差し出した。その顔が仄かに紅葉していたように感じたのは、俺の都合の良い解釈なのかもしれない。


 絆創膏を貼り終え、二人で焼きそばとたこ焼きを食べた。ラムネを開ける際手がベタベタになってしまったが、緑青がウェットティッシュを持っていたので事なきを得た。用意周到なところは見習わなくてはな、と思う。

 ゴミを捨てに行って緑青の元に戻ると、緑青はゆっくりと立ち上がり、申し訳なさそうに頭を垂れた。


「ごめんなさい。予め絆創膏を貼っておけばよかった」

「いや、俺も気づかなくて悪かったよ。そろそろ、歩けそうか?」

「もう大丈夫」

「よかった。それで、俺はまだ食い足りないから何か調達してこようと思うんだが、緑青はどうだ?」

「私は……飴を」

「そうだよな。でも、見かけなかったよな飴細工の店」

「ええ……もしかしたら出店していないのかもしれないわね」

「何か思い入れでもあるのか?」

「そんな大したことではないの。ただ、昔父が買ってくれたものだから。なんだか、懐かしくて」

「そうか……」

「でも無いなら無いで仕方ないもの。代わりに、そうね……綿飴かりんご飴でも買おうかしら。黒石くんは唐揚げとじゃがバターだったかしら?」

「そうだな。あと飲み物にお茶でも買うかな」


 結局、飴細工の店は見つからなかった。全部の店を隈なく見て回ったわけではないから、もしかしたらあったのかもしれない。でも花火が始まってしまうからと諦めた。俺は少し残念そうな緑青をつれて、神社の裏の公園まで歩いた。

 花火を近くで見るなら断然河原だが、前もって場所取りをしておかなければならなかったのでゆっくりと落ちついて見ることができる公園に、二人で前もって決めていた。

 公園にもすでに人が集まっていたが、シートをひいて座れるスペースは十分にあった。

 シートを広げ、花火がうちがるのをまちながら、俺は唐揚げを、緑青は綿飴を食べた。


「ねぇ、黒石くん」

「なんだ?」

「漫画、出版社に投稿したんでしょ?」

「ああ、一応……」

「結果でたら、一番に教えてくれる?」

「……いいけど。でも、選外かもしれないぞ」

「選外だろうと、絶対よ? 私、黒石くんの漫画のファン第一号なんだから」


 緑青がさらりと口にしたファンと言う言葉に、俺は吃驚して噎せてしまった。だって、初耳だ。そりゃ面白いとか、上手だとは言ってくれたけど、ファンって。


「大丈夫?」


 ごほごほと咳き込む俺に、緑青が声をかける。


 くそ、格好悪い。


 いや、そんなのいまさらだ。俺はずっと格好悪かったと思う。なにが世渡り上手だ。ずっと劣等感に苛まれて殻に閉じこもっていただけだろ、と彼女に会う前の俺に言ってやりたい。


 でも、今は。今言うべきことは。


「なぁ、緑青」


 真っ直ぐに、目の前の彼女を見つめる。


「俺は、緑青が好きだ」


 言ってしまった。


 その瞬間、視界が少し明るくなったかと思うと、周りから歓声が上がった。遅れてドン、という破裂音。


 花火が上がったのだ。俺は恥ずかしくて、花火が咲く夜空を一身に見つめた。


 返事はない。

 怖くて、隣を見ることができなかった。どんな顔をしているのか、ファンというのは俺の漫画が好きということであって、俺のことが好きというわけではないのに、なぜかファンという言葉が頭の中で反芻する。

 花火は幾度となく打ち上がっては消えていく。いっそ、このまま永遠に花火が上がり続ければいいと願った。


 後悔、しているのかもしれない。

 軽はずみな行動だったかも、と。恋愛対象として見てもらおうだなんて、身の程知らずだったかもしれないと。

 折角ファンと言ってくれたのに、その気持ちを踏みにじったのではないか。

 これからも一緒にいたい、という願いは他の形でも達成できたのではないか。


「……黒石くんは、優しいよね」


 心臓が止まるかと思った。


「母が父を選んだ理由ね、優しい人だから、だったらしいの。でも、優しい人は、損をする。優しいから、いろんなものを一身に引き受けて、壊れてしまうのよ」


 緑青の視線が、手に持った水風船に向けられている。


「水風船って、時間が経つと萎んでしまうのよね? どうして、綺麗なもの、大切なものって、なくなってしまうのかしら」

「お、俺は別に優しくなんか……」

「そうね。優しさを測ることができる尺度なんてないものね。でも、私は黒石くんは優しい人だって思う。そして、私はその優しさに甘えたくなるの。でも、それが好きだからなのか、私にはわからない。黒石くんは、私にとって特別よ。それは本当。でも、この気持ちが恋なのかは、わからない。同じ気持ちを返せる保障がないの。私の甘えは負担になるだけかもしれない。だから……ごめんなさい。なんてこたえたらいいのか、わからないの」


 なんてこたえたらいいかわからない、それが彼女のこたえなのだから、俺も何か返さなければと思うのに、言葉が出てこない。


「……黒石くんと一緒にいるのはとても楽しかった。私、あの日以来あまり笑うことってなかったのだけど、黒石くんといると、自然に笑えたの。自分でも驚いたわ……ねぇ黒石くん。同じ好き、じゃないかもしれないの。それでもいいの?」

「……それは、少しでも俺と一緒にいたい、って思ってくれてるってこと?」


 緑青が頷いた。


 もう、それだけで十分だと思った。


 それ以上の答えなんて、いらない。


「なら、一緒にいよう。俺、また漫画を描くから、緑青が一番に読んでよ。そして、駄目なところは駄目出しして欲しい。面白かったら褒めて欲しい」

「……うん」


 この夜を、俺は一生忘れないと思った。

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