第44話 水風船
相応しくない、なんてわかりきっていたことじゃないか。告白をすると決めたのに、こんなマイナス思考では好きのすの字すらも口にできなくなってしまうだろう。この際ネガティブな考えは捨て、気持ちを切り替えようとした矢先、
「おい、見ろよ。すげぇ美人」
「うわっまじだ。いいなぁ付き合いて〜。一緒にいんの、彼氏だよな?」
「いやーあれは違うだろ。弟とかじゃね? 似てなさすぎるけど」
「たしかに! 地味だし」
男性二人の会話が耳に入ってきた。
他人の目から見ても、俺と緑青は不釣り合いなのだ。また思考が沈む。劣等感に支配されそうになった時だった。
「黒石くん!」
緑青が一際大きな声で俺の名を呼び、俺はびくりと肩を震わせた。彼女の澄んだ双眸と目が合い、俺はごくりと唾を飲み込む。彼女が履いているゲタのせいで、普段よりも目線が近いのだ。
「私、食べ物を買う前に水風船を釣ろうと思うのだけど……一緒にやってもらえるかしら?」
水風船って水ヨーヨーのことだよな? 俺は取ったことがないので戦力になるかわからないが頷く。
「あ、ああ。じゃあ先に水風船の屋台に行くか」
「あそこに暖簾が見えるわ。行きましょう!」
緑青が俺の手を取り、ぐいっと引っ張って歩きだした。いつになく積極的な態度に面食らっていると、後ろから、なんだよやっぱ彼氏じゃん、という声が聞こえてきてハッとする。
俺を、気遣ってくれたのか?
きっと噂をしていた二人から俺を遠ざけるために手を引いたのだろう。ああやっぱり好きだな、と思う。不釣り合いと笑われてもいいじゃないか。この気持ちに、恥ずべきことなんてないのだから堂々としていればいいんだ。
ヨーヨー釣りと大きく書かれた暖簾がかかった屋台の前にたどり着くと、緑青はそっと俺の手を離した。彼女の手は思っていたよりも冷たかった。
緑青は屋台のおじさんにお金を渡し、代わりに釣り針をもらうとしゃがんだ。俺も隣にしゃがむ。
色とりどりの水風船が水槽に浮き、屋台の明かりに照らされながらゆらゆらと揺れている様はなかなか綺麗だ。
「緑青、どれが取りたいんだ?」
「あれ。青色の」
指差した水風船は彼女のいる場所からは少し距離があった。浴衣を着ているので身動きが取りづらく、また濡らさないように左手で袖を抑えていては、取るのは難しいだろう。俺なら余裕で手が届くと思い、緑青に釣り針を貸して欲しいと声をかけた。
「黒石くん取ってくれるの?」
「袖濡れたら大変だろう? あ、でも自分で取りたいって言うのなら……」
「お願い」
緑青は釣り針をすぐに俺に差し出した。それを受け取り、腕を伸ばす。水面を揺蕩うゴムの輪っかに針をそーっとひっかけ、近くに引き寄せてからゆっくりと持ち上げた。
「黒石くん、すごい」
緑青の感嘆の声に、つい頰が緩む。この店の釣り針がしっかりとしていて良心的なおかげか、一発で取ることができた。
「おっ、にーちゃん上手いなぁ。取ったの、こっちによこしな」
「あ、はい」
おじさんは俺から水風船を受け取るとタオルで拭いてくれた。返された青色の水風船を、緑青に手渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
緑青が嬉しそうなので、俺も嬉しくなる。
緑青は水風船のゴムの輪っかを指に通すとすっと立ち上がったので、俺も立ち上がる。水風船を手でついて満足げに微笑む彼女はとても可愛い。子供っぽい一面が見れて、なんだか得をした気分だった。
再び歩き始めた俺は何を食べようか、屋台の暖簾を見ながら考える。甘いものなら綿菓子とかチョコバナナだけど腹にたまらない。やっぱり最初にしょっぱいものだよな、と決め緑青はどうするのか聞こうと目線を彼女に移すと、その目が一点を見つめていることに気がついた。
「りんご飴、食うのか?」
緑青の目はりんご飴の暖簾に集中していたのだ。けれど緑青は小さく首を振った。
「いえ……私が欲しいのは、鳥とか、お花とかの飴細工なのだけど……りんご飴屋さんには売っていないみたい」
「あー、飴細工か。あれ凄いよな。職人技って感じで」
「ええ、昔買ってもらったことがあって勿体無くてなかなか食べられなかったの。今日もお土産として買って帰りたくて」
「そうか、じゃあ見つけたら声かけるよ」
「お願い。黒石くんは、何か食べたいものないの?」
「そうだな……焼きそばかたこ焼きを食べようと思ってる。あと唐揚げもいいなーって、あ、じゃがバターも食べたいかも」
「ふふっ。なんだか黒石くんこどもみたい」
「い、いいだろ。祭りなんだし、いろいろ食べたって」
「そうね。じゃあ、まずたこ焼きと焼きそばを買いましょう。たこ焼きは半分こしない?」
「べ、別にいいけど」
「決まりね」
そう言うと緑青は水風船をポンと手でついた。




