第40話 完成、そして投稿準備
変だとは、思っていた。
緑青の白井を嫌う様が、ただ相手を憎むというより、己を憎んでいるように見えたから。何より、思いやりがあって、気丈なように見えて本当は人並みに弱い彼女が、あんな風に誰かを睨み、悪態を吐くのはどう考えてもおかしかった。
だから先ほどの緑青の言葉で、腑に落ちた。
謝って許してもらおうとすることが、とても卑怯だと彼女は考えたのだ。
だから、嫌われることを選んだ。
そして彼女は、白井を……彼を憎む自分を何よりも嫌悪していたに違いないのだ。
そしてやっと、解放された。
子供のように泣き出した彼女を、俺はとても愛しいと思った。
・・・・・・・・・
まっすぐ帰るのも、なんだか気が引けて俺はショッピングモールへ行った。緑青に連れられて訪れた文房具屋でスクリーントーンを買うのだ。ペン入れが終わり、その間にベタも終えていたから、最後の仕上げをするのだ。
客も疎らな店内の漫画コーナーへと進んでいき、スクリーントーンと書かれたポップのついた引き出しを見つけた。いくつか種類があるらしい。
……高い。
値札を見ておどろく。安いもので300円代。高いと500円代。たった一枚でこんなにするのか……。そういえば最近はデジタルで漫画を描く人が多いらしい。デジタルなら、ソフトを買えば使い放題だもんなと納得した。
俺は必要最低限でいいか、と思い定番の網目のものをいくつか買った。
少年誌の漫画はトーンをほとんど使わない作品も多い。そう言い聞かせながら、俺は帰宅した。
部屋に入った俺はさっそく、カッターを用意してトーンを貼ることにした。
使い方は知っている。トーンはシールみたいなもので、カッターで切って貼るのだ。
力加減が大切で、あまり強い力で切ると原稿用紙まで一緒に切ってしまう。あくまでトーンだけを切り取ることを意識した。
俺はカッターを動かしながら、図工の時間にやった版画を思い出していた。カッターではなく、彫刻刀だったけど、なんか似ている気がした。
トーンを貼ると一気に紙面の漫画に近づいて、自然と口元が緩んだ。本棚の単行本を適当に掴み、見比べる。
やばい。漫画っぽい……。
ノートに書くのと、全然違う。楽しい。
俺は夢中になって、トーンを貼った。母親が部屋のドアを開けるまでずっと。
・・・・・・・・・
緑青からの返信は風呂から出た時に気づいた。俺は、先に帰る。月曜日に見てほしい。という内容を学校を出る前に送った。その後、スマホを確認していなかった。
彼女からの返信は、ありがとう。約束していたのにごめんなさい。月曜日、必ず行くわ。と綴られていた。
緑青にトーンを貼って、完成したものを見てほしいと思った。
トーンを貼る箇所は少ないし、土日の休みがあるので余裕で完成原稿を見せられるだろう。
俺は意気込んだ。
土曜日の夕方には、ばっちり原稿が完成した。台詞も入れたし、シャーペンの消し残しもない。完璧だった。
買い物に行くという母親に、何か買ってきてほしいものはないかと聞かれたのでB4サイズの封筒を頼むと、不思議そうな顔をしたがちゃんと買ってきてくれた。また、パンを買ってきてお礼をしないとなと思いながら受け取った。
封筒に、送り先の漫画雑誌の住所を書いた。毎月募集をしている漫画投稿コーナーがあり、そこに投稿するのだ。結果は期待できないけど、編集者やプロの漫画家に読んでもらえるというだけで心が高鳴った。
そのコーナーの、投稿の際の注意というところで原稿の返却がないことを知った。俺は慌ててコンビニへとコピーしに走った。家にもコピー機はあるが、B4サイズは無理だったからだ。
コンビニはそこそこ、人がいた。
レジ近くのコピー機の前に立ち、原稿用紙を取り出す。幸い他にコピー機を使いたい人がいなかったが、もしいたら申し訳なかった。31枚の印刷は結構時間がかかることが予想できたからだ。
店員の視線が少し気になったが、心を無にしてなんとか全部コピーし終わった。原稿用紙31枚と、コピーした紙が同じように31枚あるとこを確認して俺はコンビニから出た。
これでもう、緑青と黄瀬に見せることができる! そして投稿できる。
俺はなんだか叫びだしたくなる気持ちを抑えて、家へと駆け出した。