第3話 初デート(?)の約束
帰宅後夕飯を食べて風呂に入った後、俺は机に向かって、漫画のネタを考えていた。
いままでは友情、努力、勝利の王道バトル漫画ばかり描いてきたので、日常ものを描きなさいと言われてもハイわかりましたとサラサラ描けるわけがない。難しい。
しかし緑青の言う通り、俺の絵柄は激しいアクションシーンに向かない。どちらかというと写実的で平坦な絵柄なのだ。
とりあえずテーマを考える。日常ものだとすると、学園恋愛、友情、家族愛、はたまた動物との絆? ギャグがいいのか、泣けるものがいいのか、サスペンスやホラー、いろいろなテーマが浮かんで来て、考えれば考えるほど、何を描いたらいいのかわからない。なんでもいい、が一番困る。
結局徹夜しても、テーマは決められなかった。
・・・・・・・・・
眠い目をこすりながら登校し、いつも通り真面目に授業を受け、いつも通り高砂と昼飯を食べた。ホームルームでクラス委員に放課後集合がかかったと、担任教師から聞かされた。なんでも文化祭について話があるらしい。
義務を果たすため、緑青に放課後委員会があるから行けないと連絡するとすぐに返信がきた。
わかった。今日はお休みにして、明日は土曜日だからでかけましょう。
こ、これってデートのお誘い……?
いやいや、緑青は俺のことが好きじゃないんだ。これっぽっちも、とはっきり言われたじゃないか。冷静になれ。
俺が、冗談ですよね? と返信すると、またすぐに返信が来た。
付き合ってるのだから、休日に外出くらい普通でしょう?
デートだ!! 付き合ってと言われてOKしたものの、ほとんど恐喝に等しかったので、お付き合いをしているという実感が全くなかった俺はひどく動揺した。なんて返信すれば良いのだろう。予定は空いているが、外ということは人目につく。緑青はすれ違えば誰もが振り返るほどの美少女なのだ。この学校の生徒に見られたら、大変なことになる。
「黒石くん。委員会の集まり、行こう?」
「あ、黄瀬。ごめん、ぼーっとしてた」
黄瀬が鞄を両手で持ちながら、俺のすぐ近くに立っていた。黄瀬を待たせてはまずいと思い、俺は急いでスマートフォンをズボンのポケットにしまい、鞄を持って立ち上がった。
委員会は割と早く終わり、黄瀬と別れた後、俺は国語資料準備室に足を運んでいた。今日は休みだと言われたけど、なんとなく、気になったのだ。
扉が開かない。鍵がかかっている。
なんだ、まぁ当たり前といえば当たり前か。
「何か用かな?」
急に声をかけられ、心臓が跳ね上がる。声の主には見覚えがあった。やや癖のある黒髪、ちょっと頼りなさげな印象を与える困り眉に黒縁眼鏡。ひょろりと背が高く、痩せ気味の体格。国語教師の白井洋介だ。
「あ、いえ。別に……」
「そう? ならいいけど」
白井は手に持った鍵で国語資料準備室へ入っていった。ふと、思う。白井は昨日緑青がここの鍵を借りていたことを知っていたのだろうか。聞いてみようか迷った。でもそれを聞くということは、俺と緑青が昨日ここを利用していたことを自らばらすことになる。白井はのほほんとした、穏やかな性格で割と人気のある教員だと思うが、口が固いかはわからない。
俺はそのまま、まっすぐ家に帰った。
家に着き、スマートフォンを見ると緑青からメールが来ている。それはたった一文だった。
返事は?
しまったと思った。返信をするのをすっかり忘れていた。急いで、学校の人間に二人でいるところを見られたら困る。何か良い方法はないか? といった内容を送信する。しばらくしてスマートフォンが鳴った。
偶然会ったことにすればいいわ。でも万が一に備えて、私が変装して来てあげる。当然、あなたも変装するのよ?
送られて来た文を読んで、そこまでして出かけたいのか? と一瞬にやけてしまった。
緑青の変装。すごく気になる。あの才色兼備の美少女がどんな格好をしてくるのか、想像がつかない。平穏が大事だ。でも、一回だけなら……。そう思い、行くと返事をした。もう後には引けない。ただ、すごく満ち足りた気持ちになった。なぜだろう。俺たちは付き合っているといっても、そこに恋愛感情はないのに。
土曜日の10時に駅前集合。遅刻厳禁。という緑青らしい返信を確認した俺は、変装をどうしようかしばらく悩み、眼鏡をかけて行くことにした。普段の俺はコンタクトレンズをつけているから、眼鏡をかければ変装になると思ったのだ。
遅刻をしないよう、目覚ましをセットする。10時なら余裕で間に合うと思うが、念には念を。
女子と二人きりで出かけるなんて初めてだ。浮かれている自分に気づかないふりをして、眠りについた。