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第37話 松来

「黒石、おはよ」


 靴箱で声をかけてきたのは、松来だった。

 げっ、と心の中で呟く。黄瀬がいないのに俺に単独で挨拶なんて、どういう風の吹き回しだろう。それに、松来は俺に腹を立てていたはず。なのにどうして……。まぁ取り敢えず、挨拶は返すべきだろう。


「お、おはようございます」

「なんで敬語?」

「いや……」


 どうやらもう怒ってはいないらしい。松来は靴を脱ぎ、上履きに履き替えながら俺をちらりと見た。


「菜乃花のことだけどさぁ、ありがと」


 お礼を言われることなんて何もしていないぞ? と疑問に思いながら俺は首を傾げた。


「ほら、あんた言ったじゃん。直接言ったほうがいいって」

「あー……」


 ゴミを捨てに言った時に、怒らせた一言だ。


「……菜乃花がなんか元気なくて、だから私思い切って言ったの! なんでも話して欲しいって、うちら友だちじゃんって。そしたらさぁ、菜乃花泣いちゃって……あ、今の内緒ね。言ったら許さないから」


 ……相変わらず俺に対して当たりがキツイ。

 でも、そうか。黄瀬も嬉しかったんだろうな。友だちだ、って明言してもらえて。俺も黄瀬に言ってもらえてすごく嬉しかったから気持ちはよくわかる。


「前よりずっと、仲良くなれた感じなの! だからね、一応お礼、言っとこうかなーと思って」

「ああ、良かったな」


 うん! と笑う松来に、俺も自然と頰が緩む。でも彼女の顔はすぐにいつもの威圧的な表情に戻ってしまった。


「でもだからって、あんたなんかに菜乃花はあげないからね」

「……はぁ?」

「何その反応。好きなんでしょ? 菜乃花のこと」

「ち、ちげーよ!」


 松来は大きな勘違いをしている。俺と黄瀬は友だちだ。俺の態度を見て松来は眉をしかめた。


「照れ隠し?」

「違う!」

「えー、怪しい……」

「怪しくねぇよ」


 恋愛脳すぎるだろ……。こういう時は話を逸らすのが吉だ。


「それよか、松来はどうなんだよ。渡辺と」

「なっ! 馬鹿! 誰かに聞かれたらどうすんのよ!」


 松来が俺の手首をガッと掴むと走り出した。俺はよろけそうになりながら引っ張られるままになり、人気のない体育館近くまで来てしまった。


「お、おい。何処まで行くんだよ」

「あんたのせいでしょ!」

「……」

「ここなら大丈夫ね」


 やっと松来が止まった。そしてくるりと俺の方を振り返ると手をもじもじさせた。


「あの、さ。私、告ることにしたんだよね……」

「そうか」

「興味なさそうな反応うざっ……まぁいいや。それで、今日文化祭の準備終わったら渡辺をあんたが私のところまで連れて来てよ」

「なんで俺が!」

「協力してくれる約束じゃん!」

「……」

「連れて来るだけで良いんだから楽でしょ?」

「まぁ……それくらいなら」

「それでさぁ、何処が良いと思う?」

「え……何処でも良いだろ」

「まじで言ってんの? フインキ大切じゃん」


 正しくは雰囲気だ。


「じゃあ、屋上とか」

「鍵かかってんの、あんたも知ってるでしょ」

「教室?」

「誰か来るかもしれないじゃん」

「中庭」

「中庭かぁ……まぁ悪くないかも。よし決定! んじゃ、よろしくね」


 俺の返事も聞かずに、パタパタと松来は廊下を走って行った。やれやれ。


「黒石くん」


 緑青の声だ。


 俺が慌てて振り返ると、長く艶やかな髪を風に靡かせている緑青と目があった。窓が全開だから、乾いた風が吹き込んで来るのだろう。


「い、いつからいたんだ……?」


 こんな所で会えるなんて、ラッキーだ。松来に、ちょっと感謝する。


「ついさっきよ。でも、なんだかお取り込み中みたいだったから声をかけないでいたの」

「そうか」

「黒石くんって……」

「なんだ?」

「いえ、別に。なんでもないわ」


 緑青は左手で髪をかきあげた。その動作がなんとも優美で、見惚れてしまう。


「ねぇ、そろそろ教室に行かないとまずいのではないかしら」

「あっ」


 折角早めに家を出たのに、遅刻なんて悲しすぎる。俺は慌てて駆け出した。緑青は校則違反よ、なんて言っているが人気もないのだから少しぐらい破ったって大丈夫だろう。でも、彼女にルールを守れない奴だと思われたくなくて、早歩きに変えた。


 後にわかるのだが、俺の腕時計は5分ほどはやまっていた。


 だから無事、教師が来る前に教室にたどり着くことができたというわけだ。

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