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第36話 大躍進

「どこか、ってどこ?」

「え、えーっと……海、とか?」


 日焼けをしていたクラスメイトを思い出して、咄嗟に思いついたのが海だった。


「あまり、人混みは得意ではないのだけど」

「……俺も。って、いいのか?!」


 誘っておいてなんだが、まさか乗り気になってくれるなんて思っても見なかった。緑青は目線を逸らしながら右手で左腕をさすった。


「べ、別に、暇な時くらいならちょっとくらい付き合ってあげてもいいかなと思っただけよ。……それに、場所にもよるわ」

「そうか」

「そうね、夏祭り、とかどうかしら」

「それこそ人混みがすごいんじゃないか?」


 言ってから、しまった、と思った。折角緑青の方から提案してくれたのに却下するようなことを何で言ってしまったのか。阿保だ。馬鹿すぎる。


「確かに、そうよね……。でも」

「何かやりたいことでもあるのか?」


 金魚すくいとか、鉄砲で景品を当てるやつか? それともりんご飴とかわたあめとか何か食べたいものがあるのか?


「その……花火が」

「花火か」


 花火は夏の風物詩の一つだ。綺麗だし、風情がある。なるほど、緑青は花火が見たいのか。


「……近くで見たいなと思って。でも、いいわ」

「いや、待ってくれ。ちょっと調べてみる」


 俺はスマホでこの近くで夏祭りはないか調べて見た。お盆を過ぎてからもいくつか花火大会が実施されるところがある。最寄駅から3駅のところが、一番大規模なものだった。


「これなんか、どうだ?」


 俺は花火大会のホームページを緑青に見せた。緑青の目がきらきらとおもちゃを与えられた子供のように輝いている。

 そんなに花火が見たいのか。なんか可愛いな。


「いいわね。海の近くだし、夜ならそんなに騒がしくなさそうね」


 俺の提案を無下にせずそっと掬い上げてくれた優しさに、胸がじんとする。こういう優しいところも好きだなぁと思う。


「じゃあ、その……一緒にいか、ないか?」


 また声が上擦った。もっと格好良くスマートに誘えたらいいのにと思う。でもいきなり人は変わらないし、これが俺の精一杯だ。


「ええ。楽しみ」


 あっさりと、笑顔で了承してくれた。俺は心の中でガッツポーズをしたが、あくまで心の中だけだ。なるべく平静を装って、集合時間や場所を決めた。


 もしかすると、浴衣姿が見られるかもしれないと思うと顔がだらしなくにやけそうになる。なんとか抑えて、俺は帰ろうと思った。


 緑青が紙袋を机の上に置く前までは。

 見覚えのある紙袋。以前、喫茶用の衣装の布が入っていたものだ。そしてやはり、今回もぎっしりと布が詰め込まれている。


「なぁ、緑青。それ……流石に多過ぎないか?」

「え?」

「一人当たりの割り当てって、そんなに多いのか?」

「……」

「もしかして、他の誰かの分も作ってるんじゃないのか?」


 緑青の顔に動揺の色が浮かんだ。やっぱり。


「ち、違うわ!」

「違うって……」

「私が自分からやると言ったの」


 押し付けられたのかと最初思ったが、確かに緑青は嫌なら嫌とはっきり断れるはずだ。それに彼女に押し付けて楽をしようとする考えの人間はいないだろう。怖いもの知らずすぎる。

 だから、彼女のいう通りなのだろう。


「衣装を作る係のうち、二人が裁縫が苦手らしくて……。すごく辛そうに作業をしていたから思わず言ってしまったの」


 私が代わりに縫うって、と緑青は俯きながら言った。


「良くないことだって、割り振られた仕事はちゃんと本人がやるべきだって、わかっているけれど、見ていられなくて……」


 無理をしている人を放っては置けない、それが緑青なんだなと俺は思った。俺のことを気にかけたのだって、その理由だ。彼女は優しい。でも、その優しさが自分の首を絞めているのだとしたら……。


「で、でももうすぐ完成するの。だから大丈夫」

「優しいな。緑青は」

「……違うわ。自己満足よ」


 小さい声なのに、強い否定の言葉だった。


「助けていい気になっているだけ。偽善者なの」

「……別にいいじゃないか。偽善者だって」


 俺は振り絞るような声を出した。そんな風に、緑青が自分を悪くいうのが嫌だった。否定したい一心で俺は続けた。


「偽善でも、その二人が喜んだんだろう? ホッとしたんだろう? だったら何もしないより、ずっといいと思う。役に立ったって、もっと自分を誇っていいと思う」

「……ふっ、ふふっ」


 俺の言葉に、緑青は目を丸くした後俯いて肩を震わせた。そしてもう一度顔を上げた。


「そうね。そう考えることもありね」


 緑青は花びらが開いていくような穏やかな笑みを浮かべた。

 緑青が笑ってくれた。それだけで、こんなにも満たされる。


「俺、帰るよ。俺も裁縫は苦手で、手伝えることないと思うから。でも、それ以外なら多分手伝えるよ」

「ありがとう」

「じゃあ、また」

「花火、楽しみにしているから」


 俺は晴れやかな気持ちで、国語資料準備室を後にした。一歩前進どころではない。大飛躍だ。


 今はもう、恋人関係ではない。それなのに、二人で出かける約束まで漕ぎ着けた。頑張ったと自分を褒めてやりたい。でも浮かれて漫画を疎かにしてはいけない。ペン入れをしたら一度緑青に見てもらうのだ。だから、帰ったら続きを頑張ろう。


 俺は軽い足取りで帰路に着いた。

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