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第35話 スタート地点

 違う。

 はじめは緑青のことなんて好きじゃなかった。告白されても嬉しいより迷惑だという気持ちが強かった。だから、違う。

 でも俺は他人の評価を人一倍気にする、そんな人間だ。無意識のうちに、学校中の誰もが憧れている存在に俺も密かに好意を抱いていたんじゃないのか。


 ……わからない。


 考えるのはよそう。だって、たとえそうだとしても、緑青が好きな気持ちに嘘はないのだ。

 そう、嘘じゃない。ただ会いたくて、笑ってくれると嬉しくて、できることならそばに居たいと願うこの気持ちが恋じゃないなら、なんて言うのだろう。



・・・・・・・・・



 後半の夏期講習及び文化祭の準備が始まるまでの休暇を俺は忙しく過ごした。課題も沢山あったし、両親の実家に顔を出してお墓参りもした。

 そして、ただがむしゃらに漫画を描いた。下書きが既にあるからそれを別の紙に丁寧に写すだけ。考えなくてもいいから、楽だった。そして次はペン入れ。これも頭をあまり使わずに、線をなぞるだけで良かった。思い通りに線が引けない苛だちもあったが、みるみると原稿用紙が賑やかになっていくのは嬉しかったし、没頭できた。


 本当はこの休みの間に黄瀬のバイト先に行きたいと思っていたが、結局行くことはできなかった。


 そして始まった、後半の夏期講習。

 久しぶりに会ったクラスメイトにはこんがりと日焼けしているものが何人かいた。おそらく猛暑日に海にでも行ったのだろう。それか外での部活による日焼けだろう。俺は相変わらず、男子にしては白いままだった。


 講習後、文化祭の準備が始まり、俺は迷路の壁に色を塗った。ぺたぺたと刷毛で絵の具を塗りたくっているうちに、渡辺が片付けるように指示を出した。

 ぼんやりと、俺は渡辺の顔を見た。


 彼は緑青に告白した。すごく勇気がいったと思う。俺にはとても、できないと思った。渡辺みたいな快活な、運動神経の良いイケメンでも振られてしまうのだ。俺に望みなんてない。


 そう、言い聞かせようとすると、白井の顔が頭にちらついた。俺はそれを振り払うかのように、段ボールを駆け足で空き教室に運んだ。


 国語資料準備室に向かうか、すごく悩んだ。連絡をしていないから、緑青はいないかもしれない。白井にあったら気まずい。だからきっと、行くべきじゃない。


 それなのに、足はゆっくりと別校舎へと向かってしまう。俺はすごく矛盾している。会いたいのに、会いたくない。うまく話ができる気がしない。二人きりなんてきっと場がもたない。そんな気がするのに、気がついたら国語資料準備室の前にいた。


 灯りがついている。白井かもしれない。それか、他の国語教師かもしれない。それでも、俺は扉を開けた。


「黒石くん?」


 透き通った懐かしいとさえ思える声に、胸が締め付けられる。緑青が、窓際の机に座っている。俺を見て、久しぶりねと微笑んだ。


 その顔を見た瞬間、どうでも良くなってしまった。他人の評判から好きになったとしても、そんなこと関係ない。俺はどうしようもなく緑青のことが好きで、それは誰かに依存した気持ちじゃないと、そう思えたから。


「もう、来るなら前もって連絡してくれる約束じゃなかったかしら」


 そう言いながら頬杖をつく彼女は息を呑むほど綺麗で、太陽のように眩しい。俺は直視していられなくなり目を背けながら、悪い、と呟いた。


「折角だから進歩でも聞こうかしらね。とりあえず、座ったら?」

「そ、そうだな」


 俺は上擦った声が出たことに後悔しつつも、廊下側の席に座った。


「どう? 順調?」

「……そ、そうだな、今ペン入れしてる」

「凄いじゃない!」

「え」

「頑張っているのね」


 手を合わせて嬉しそうに俺を見つめる緑青。

 駄目だ、こんな表情をされたら……


 期待、してしまう。


 その瞬間、俺はあの白井の言葉に感じた違和感の正体がわかった。


 俺は、期待してしまうことが怖かったんだ。


 緑青を変えたのは俺だとか、俺と出会って良かったとか、そんな風に言われてしまったら嫌でも期待してしまう。白井がそう言うなら、そうなのかも……って。


 俺には緑青を動かす力があって、だからもしかしたら、

 緑青にとって、特別な存在になれるかもしれないって。


 それがすごく怖かった。買いかぶりすぎだから。俺にはそんな力はないのに、ただの偶然だったのに。

 わかっているくせに、緑青のことが好きな俺は都合の良い解釈をしようとしている。

 それが堪らなく不快なんだ。


「どうしたの? ずっと黙って、考え事?」


 俺は顔を上げて緑青を見た。


 今こうして会話できているのはただの偶然だ。偶々俺が緑青の親父さんに似ていただけ。


 だから、俺はやっとスタート地点に立ったのだ。

 偶然、こうやって話す機会を与えられた。だから、ここからは俺自身が頑張るんだ。


 振り向いて欲しい。俺を、必要として欲しい。


「なぁ、緑青」

「何かしら」

「暇な日、ないか」

「ない事もないけれど」

「どこか、出かけないか」


 自分で言って、なんて大それたことを口走っているのかと突っ込みたくなる。でも、やっとなんだ。


 やっと、俺は緑青に俺を好きになってほしいと思えた。

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