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第34話 嫌な疑問

 保健室の先生の声で、俺は目を覚ました。体調はどうか、と聞かれ寝る前よりもだいぶ頭がスッキリしていたので心配はいりません、と答えた。

 かれこれ一時間も寝てしまっていたらしい。そそくさと保健室を後にした。


 歩きながら、眠る前に白井が話してくれたことを思い出す。

 能天気でいつも笑っている、悩みなんてなさそうな白井は、その実俺では想像もつかないような過去を抱えていた。

 さらりと、出来が悪いから養子になった、と白井は言った。普通口に出来ないだろうそんなこと。俺だったら、絶対に言えない。だって、あまりにも、悲しい。そして思い知らされる。


 俺はなんて浅はかなんだろう、と。

 人を見た目で判断するなんて、最低だってわかっているのに。事情を聞きかじっただけで、同情するのはとても失礼なことだとわかっているのに。


 白井は言った。俺が、緑青と出会ってくれて良かったと。そんなこと、言わないで欲しかった。だって、あの時白井は確かに羨ましそうに、俺を見つめた。


 羨ましいのは、俺の方だったのに。そんな、そんな目をされてしまったら、俺は……。


「黒石くん?」


 靴箱で名前を呼ばれ、バッと振り向くと黄瀬が立っていた。俺は、たらりと汗が首筋を伝うのを感じた。


「遅くまで何やってたの? あっ私はね、忘れ物しちゃって! ほら、明日からお休みじゃない? ……って、大丈夫? なんか顔色悪いよ?」


 黄瀬が心配そうに声をかけてくれているのに、大丈夫とそっけない返事しかできなかった。折角寝て元気になったと思ったのに、具合が悪そうに見えてしまっているなんて、情けない。


「途中まで、一緒に帰ろうか」

「……そうだな」


 帰り道、黄瀬は俺に一方的に話し続けた。俺が何か悩んでいるのだとふんで、無理に詮索することは一切せず、それでいて俺が無言でいても罪悪感を感じないように、思いやってくれたのだ。その気遣いが嬉しい。そしてバイト先のパン屋の新メニューについて熱く語る黄瀬の声は、なんだかとても心地よかった。


 別れ際、黄瀬は言った。


「あのね、差し出がましいってわかってる。でももし、何か困っていることとか、悩んでることがあったら、言ってね。聞くことくらいしか、できないと思うけど……。でもね! 話すと楽になることも、あると思うの。だからね、私を頼って……もらえると嬉しいな」


 ふんわりと微笑む黄瀬を見て俺は衝動に駆られた。黄瀬に、甘えたくなる。口を開いて言ってしまいたくなる。


 緑青を好きになってしまったこと。


 白井に少し前お似合いだと茶化されて、あの時は冗談だと思っていたのに、冗談ではなかったこと。おそらく本気で、緑青を支えて欲しいと願われていること。


 ……でも、それらの一体何が困るんだ? 自分でも、何にこんなに動揺し、心を掻き乱されているのかわからない。わからないことを相談することなんて出来ない。黄瀬を困らせたくない。


「……ありがとう」


 そう言うのが、精一杯だった。

 俺の返答に、黄瀬は少し寂しそうに笑って頷き、駅に向かって駆けて行った。


 なんで、上手くいかないんだろう。折角、漫画に真剣に向き合おうと頑張る予定だったのに。

 一人帰る道は、黄瀬と歩いていたよりもずっと暗く、足取りが重かった。



・・・・・・・・・



 家に帰ってその日は何もせずに寝てしまった。


 夢を見た。小学生の時好きだった髪を二つ縛りにした女の子と、中学生の時好きだったショートカットの女の子が出てきた。何故か二人の顔は靄がかかったみたいにぼやけていて、表情すらよくわからなかった。


 目が覚めてから、どうして俺はこの二人を好きになったのか疑問に思った。接点なんて、ほとんどなかったはずだ。だから、告白もしなかったのだ。


 そうだ、思い出した。


 可愛いと、評判だったからだ。


 小学6年生になった俺はすでに絵を、漫画を描くことをやめて、休み時間はクラスメイトと運動場でサッカーやドッジボールをして過ごしていた。雨の日、運動場が使えず教室で暇を持て余していた男子たちはそのうち恋の話を始めた。その時、可愛いとか人気があるとかで話題に上がったのが、二つ縛りの彼女の名前だった。俺は特に意識をしたことがなかったので、ただ聞いているだけだった。

 休み時間が終わり、午後の授業が始まった時、俺はなんとなく彼女を見た。確かに、このクラスじゃ一番可愛いかもな、と思った。でも、それ以外にどんないいところがあるんだろうと疑問に思い、よく観察するようになった。

 そうして、自然と彼女を目で追うようになった。いつの間にか、朝ばったり下駄箱で会うと嬉しいと感じるようになり、席が隣になった時はかなり浮かれた。


 始まりは、他人の意見だったんだ。


 彼女は別の中学へ行き、段々と気持ちも薄くなってきた頃、ショートカットの明るい女の子に出会った。彼女はリーダーシップがあり、男女問わず人気者だった。そんな彼女を密かに慕うものは結構いて、俺も自然と惹かれていったのだと思う。


 思い出してみれば、恋と呼べるのかも怪しい、なんとも他人に依存した感情だった。誰かが良いと認めたものに安心して飛びつく、行列のできるラーメン屋に並びたくなるような、そんな理由。


 そして、嫌な疑問がふっと湧いてきて、頭にちらついた。


 俺は、緑青が学校一の美少女だから、好きになったのか?

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