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第28話 信じたかったから

「あ、そうだ。これ、ありがとう」


 俺は緑青から借りたタオルハンカチを鞄から取り出した。母親に、もしかして彼女? きゃー晃やるぅ! と誤解されて大変だったのは秘密だ。


「どういたしまして」


 ハンカチを受け取る緑青の手は、白くて滑らかだ。俺の手と全然違う。触ってみたい、なんて変態的なことを考えてしまったのは、夏の暑さのせいだろう。今俺がいるのは室内だけど。


「さて、主人公の名前をどうするか、話し合いましょう」

「名前も平凡なのでいいんじゃないか?」

「そうね。親しみが持てるものね」

「でもパッと思いつかないんだよなぁ……」

「貴方、友達いないの?」

「いるよ!」


 急に何を言いだすんだ。そりゃ、俺にだって友達ぐらい……。そこでふと、思う。


 俺って友達いたっけ。


 黄瀬は友達だ。なったのはつい最近だけど。じゃあ高砂は? あいつはいい奴だし、それなりに仲が良いと思っている。でも、どうなんだろう。俺は上辺だけで生きてきたから本音を話せる相手なんていなかった。それとなく、周りとうまくやれてればそれでいい。そう思って、人と深く付き合ってこなかった気がする。

 やだな。疑問に思ってしまうなんて。

 高砂を友達だって胸を張って言えるようになりたい。


「黙りこくって、どうしたの?」


 緑青が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「な、なんでもない」

「なら、いいんだけれど……」

「友達の名前、高砂亮平」


 俺は意を決して、高砂の名を口にした。嘘から出たまことって諺があるじゃないか。だから、そうなるように祈りながら。


「亮平。いい名前ね。その名前をお借りしたら?」

「えっ……! いいのか? 勝手に……」

「素敵な名前だから参考にするのよ。そんなに咎められることかしら。気になるなら……そうね、亮。鈴木亮ってどうかしら」

「……鈴木、亮」


 なんだか、すごく主人公にぴったりな気がした。なんでかはわからないけれど。


「次はヒロインね」

「それなら、黄瀬菜乃花を参考にしたい」


 俺の友達で、すごく尊敬できる人だ。


「黄瀬菜乃花……確かに可愛らしい名前ね」

「それと、俺は緑青の名前も参考にさせてほしい」

「えっ……。べ、別に構わないけれど……」

「ありがとう!」


 黄瀬菜乃花と緑青藍、よし決めた。


青瀬藍花(あおせあいか)ってどうだろう」

「そうね。いいんじゃないかしら」


 緑青が頷いてくれて、決まりだ! 鈴木亮と青瀬藍花。うん、ばっちりだ。俺は小さくガッツポーズをした。


「……これで後は、原稿用紙に描くのみ、ね」

「そうだな。これからも頼むよ」

「いいえ。もう、おしまい」


 え……? おしまい……って何が? 緑青は何を言っているんだ?


「この後は黒石くん。貴方が、貴方だけで描くの」

「な、何言って……」

「だって、この漫画は貴方の作品だもの。私の作品じゃない、合同作品でもない。私は批評をしただけ。だから私が関われるのは、お話作りまで。ここまでなの」

「で、でも……!」

「こんなにはやく描き上がるなんて、思わなかったの。だから、吃驚した。ううん、最初から、私は黒石くんに、吃驚してた」

「なんの話だよ……」


 納得できない。だって、漫画を描いて見せろと言ったのは緑青だ。付き合えって言われて、ノートを人質に取られて、だから嫌々放課後集まることにして。でも、楽しかったから、わくわくしたから、これからだってもっと……。それなのに。


 俺が不満をあらわにしているのをみて、緑青は申し訳なさそうに、手をすり合わせた。


「そうね。ちゃんと、話さなければならないわよね。どうして私が貴方に付き合って、なんて、漫画を描け、だなんて言ったのか。その理由を」

「…………」


 聞きたくない。だって聞いてしまったら……。でも、聞かないといけない。だって、ずっと疑問だった。あの日、初デートのファーストフード店で聞かされた、気になったからという理由じゃ、本当は納得できていなかった。だって、俺の漫画である必要性はなかったから。ノートに落書きレベルの漫画を描いてるやつはきっと他にもいただろうから。でもそれ以上聞くのをやめたのは、俺だ。


 選ばれたと、思いたかったから。自惚れでもなんでもいい。そう、信じたかったから。


「納得してもらえるか、わからないけれど。聞いてほしいの」


 弱々しい彼女の声に、俺は頷くことしかできなかった。

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