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第19話 誰にだって

「ご馳走様でした」


 烏龍茶を飲み終えた俺はゴミ箱を探して目線を泳がせた。黄瀬と目があってしまい、慌てて逸らす。あ、今の絶対感じ悪かった。自己嫌悪に陥った俺の肩を白井がポンと叩いた。


「お代わりいる?」


 ご厚意に甘えて、再び紙コップに烏龍茶を注いでもらい、一気に飲み干す。白井の、事情を知らないからこその能天気さが救いだった。


「ここの冷蔵庫、生徒も使用可能ですか?」


 つい、黄瀬と話さないで済むように、白井に話しかけてしまった。意気地なしな自分が嫌になる。


「駄目だよ。職員専用だからね」

「やっぱ、そうですよね」


 会話終了。まぁわかっていたけど……。そろそろ、本当に腹をくくらないと見苦しいよな。

 そう思い、俺は黄瀬と向き合うことにした。


「黄瀬、ちょっといいか?」

「……うん」


 俺の言葉に、黄瀬はこくりと頷いた。ちょっと外出てくる、と白井と緑青に告げ二人で国語資料準備室を出た。室内と打って変わって廊下は暑い。じわじわと汗が吹き出してくる。


「廊下で話すのはちょっと……、屋上前の階段のとこでいいか?」


 またも黄瀬は頷き、俺の後を黙ってついてきた。屋上は立ち入り禁止で鍵がかかっているため、屋上前の階段には誰もこない。現に今日この時間も人の気配は全くない。掃除が行き届いていないのか埃っぽい。でも日陰になっていて、少し涼しかった。


 階段を登りきり、屋上へと続く扉の前に二人で立つ。俺は小さく深呼吸をした後、まっすぐ黄瀬の目を見つめた。


「俺と緑青は一応、付き合っているんだ」


 その言葉に、黄瀬は目を丸くした。でも信じきれていないらしく、あはは黒石くんでも冗談言うんだーと笑い始めた。


「冗談じゃないんだ。夏休み前から、あの教室で放課後一緒に過ごしてる」

「え……本当なの?」


 俺の真面目な面持ちに、黄瀬が困惑し始めた。俺はさらに説明を続ける。


「ああ。俺は漫画を描く趣味があってな、その漫画が描いてあったノートを緑青が拾って読んで、興味を持ったらしい。そんなこんなで、放課後俺の描いた漫画を緑青に読んでもらっているんだ」


 包み隠さず、事実を述べる。黄瀬はしばらく眉に皺を寄せて考え込んでいたが、ふっと表情が柔らかくなった。


「なるほどね。そっかそっか」

「あ……それでだな。このことはー…」

「うん、大丈夫」


 誰にも言わないで欲しいと頭を下げようとした時、黄瀬の声が俺の声に被さった。


「わかってるよ。内緒にして欲しいんだよね? 私、誰にも言わないよ」

「……え」

「あ! その顔、信用してないでしょ?」


 黄瀬は、どうしようかなーと人差し指を頰に当てて、目線を斜め上にした。


「うーん、あ、そうだ! 私ね、実はバイトしてるんだ」

「えっ」


 黄瀬がバイト?! 意外な発言に驚く。黄瀬は成績も良く、委員の仕事や人付き合いで忙しい。そんな時間あるのか? と疑問に思う。


「ほら、ここ進学校でしょ? バイトしてる子なんて全然いないし、誰にも話したことないの。有里華とか仲の良い子にも。バレたらやめろって先生に言われるかもしれないしね!」

「え、なんでそれを俺なんかに……」


 意図が汲み取れない。この高校は校則においてバイト禁止ではないものの、生徒は基本的にバイトはしないということを暗黙の了解にしている。学生の本分は勉強。ましてや優等生の黄瀬がバイトなんて、教師が知ったらちょっとした騒ぎになるかもしれない。


「秘密をお互い知ってれば、フェアでしょ? 黒石くん安心するかなーって」


 黄瀬はにこにこと屈託無く話す。確かに、同じ立場になって俺はよかった。でも黄瀬はリスクを自ら背負うことになったんだぞ? なんでそんなことをあえて話したんだ?


「でっでも! 俺がバラすかもしれないだろ」

「そうしたら、私もバラしちゃう……なーんてね! 黒石くんはそんなことしないよ。私に秘密を握られてなくたって、話したりしない」

「そ、そんな……」


 何を根拠に。俺はそこまで信用に足る人間じゃない……。


「これでこの話はおしまい!」


 それでいいよね? と黄瀬は目でうったえる。頷くしかない。予想していたよりも、ずっと穏便に話を終えることができた。それどころか不安さえ残らなかった。それも全部黄瀬のおかげなのだ。一つ、貸しができてしまった。いつか、黄瀬に返さなければならないだろう。


「誰にだって、秘密くらいあるでしょ」

「……」

「緑青さんにも、あるかもしれないね」


 そうかもしれない。俺はまだ、彼女のことを何も知らない。


「私、このまま帰るよ。白井先生と緑青さんによろしくね」

「そ、そうか。わかった」

「あ、そうだ黒石くん」


 黄瀬はすっと小指だけを立てた右手を俺の目の前に差し出した。


「指切りしよ。お互い秘密を守りますって」

「……ああ」


 黄瀬の小指に自身の小指を絡ませる。指切りなんて、小学生以来だ。なんだかこそばゆい気持ちになる。


「ゆびきーりげんまん嘘ついたら針千本のーます!」


 黄瀬はなんだか楽しそうだった。子供みたいに声を弾ませて、言い終わるとぱっと手を離し、くるりと俺に背を向けた。 


「それじゃあね、また明日!」

「また明日」


 タンタンと軽快に階段を降りていく黄瀬を見送りながら、ホッと胸をなでおろす。

 大ピンチは無事切り抜けることができた。でも、これからはわからない。もし初デートの日も今日も、バレたのが黄瀬じゃなかったらと思うと恐ろしい。もっと気を引き締めて、今後のことを考えなければならないだろう。



・・・・・・・・・



「バレてしまったわね」


 国語資料準備室に戻ってきた俺に向かって、緑青が開口一番にそう言った。


「……ああ」

「どうするの?」

「どうもしない」

「それって……」

「黄瀬は黙っていてくれるらしいから、信じようと思う」


 だから特に心配することはない、と付け足す。緑青は信じられないと言うように、眉間に皺を寄せた。


「……本当に?」

「大丈夫だ。見られたのが黄瀬でよかった」

「……随分、信頼しているのね」


 緑青がそう呟いたきり黙ってしまったので、納得してくれたのだと解釈する。

 椅子に座り、室内に白井の姿がないことに気づいた俺は緑青に尋ねた。


「白井先生は? 帰ったのか?」

「さっき烏龍茶を床に零してね。拭いた雑巾を洗いに行っているわ」

「ドジだな……」

「……本当に。憎めないところがまた、癇に障るのよね」


 そう独り言のように呟いた彼女の目は、どこか遠くを見つめているようで、俺の頭の中にさっきの黄瀬の言葉が浮かんで消えた。


 誰にだって、秘密くらいあるでしょ。

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