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第17話 厄介なことになりました

 翌日、昨夜の祈りも虚しく教室で松来と目が合ってしまった俺は案の定、鬼のような形相で睨まれた。胃がキリキリと痛む。黄瀬には同情の眼差しで見つめられるし、本当についていない。


 俺に躊躇いなくガンを飛ばすくせに、渡辺を前にすると声が高くなり、語尾が伸びる松来は正直露骨すぎる。明らかに、誰の目で見ても松来は渡辺に対して可愛い子アピールをしている。俺が言わなくたって、あなたのその態度でバレバレですよ、と言いたい。でも言ってしまえば睨まれるだけでは済まなくなりそうなので、ぐっと抑える。


 講習が終わり、各々準備に取り掛かる。俺は昨日の続きで段ボールの井戸を作るはずだったのに、松来と黄瀬に呼び出されて人気のない空き教室に連れていかれた。


「ほんっとありえない。盗み聞きとかまじ最低」

「まぁまぁ、黒石くんはたまたま居合わせちゃっただけだよね? 有里華もそんな怒んないでよ、ね?」


 薄々予想はしていたものの、目の前で非難されるのは結構きつい。黄瀬が宥めてフォローしてくれているのがまだ救いだった。


「でもさぁ……あ、そうだ」


 何かを思いついたような松来の反応。あ、すごく嫌な予感がする。


「あんたさぁ、協力してよ」


 やっぱり! こういう時の予感って大抵当たるんだよな。


「いや、俺別に渡辺と仲良くないし」


 協力なんて面倒臭いし、他人の恋路に首を突っ込むなんて真似、平穏をモットーにしている俺にできるわけがない。


「でもあんた高砂と仲いいじゃん。渡辺と高砂って同中なんだよ」


 そうだったのか。だから高砂は渡辺とたまに話をしてるのか。渡辺が緑青を好きだという情報も、それで知っていたんだなと納得する。


「決まり! ってことで、よろしくね」


 勝手に決めるな。するなんて一言も言っていない。


「いや、俺は……」

「よ、ろ、し、く、ね?」


 笑顔なのにどうしてこんなに怖いんだろう。なんで緑青といい、松来といい、威圧的な女に縁があるのだろうか。ため息をつきたくなるのを我慢して、俺は渋々口を開いた。


「……ハイ」


 断ったら後が怖い。それに反感を持たれては今後の文化祭の準備に差し支える。致し方ない。でも面倒なことになったものだ。ただでさえ緑青と一応仮にも付き合っているのに、それに加えて松来に目をつけられてしまうなんて。


 平凡で地味な生活からどんどん逸脱していく。もしかして厄年……いや、何かに憑かれているのだろうか。神社でお祓いをしてもらった方がいいのかもしれない。



・・・・・・・・・



 国語資料準備室に入ると、なんだかすごく安心した。教室にいるよりも何倍も癒される。

 机に座っている緑青は、深緑色の布に針を通していた。


「何やってんだ?」

「……見てわからないの? 裁縫よ」

「いや、それはわかるけど何でって意味で」

「私のクラスは喫茶店をやるって、知っているでしょう? そのウェイトレスの衣装を作っているの」

「へぇ、随分進んでいるんだな」


 もう衣装を縫う段階までいくなんて、俺たちのクラスとは大違いだ。俺たちのクラスの衣装係は幽霊の衣装のデザインが難しいから、変更しようともめているというのに。


「衣装コンテストでの入賞を狙っているらしいの。だからいくつか試作品を作って、その中から選ぶそうよ」


 衣装コンテスト、そういえばそんなのあったっけ。俺たちのクラスはお化けの衣装だから鼻から入賞は狙っていない。白装束とか血糊のついた着物で舞台に上がるなんてシュールすぎる。


「……持ち帰って作業するなんて、大変だな」

「ええ、でもこういう作業は嫌いではないから」


 緑青は手際が良く、さくさく針を進めていく。


「ミシンとか使わないのか?」

「しつけ縫いだから手縫いでいいのよ。帰ったらミシンで縫うわ」

「ふうん」


 家庭科はあんまり得意ではないのでな。にしても、天は二物も三物も与える人には与えるんだな。美人で頭も良く、その上服も作れるとかスペック高すぎだ。


 俺はいつも通り席に座り、ノートを広げた。シャープペンに芯を補充しながら、緑青に話しかける。


「……俺のクラスに渡辺斗真っていう男子がいるんだが、知ってるか?」


 協力すると(かなり強制的ではあったが)一応約束してしまったからな。恐らく渡辺が元気をなくした原因は緑青に振られたからだと思われる。それが真実か確かめるのだ。


「……ええ、知っているわ」

「いつ、告られたんだ?」

「四日ほど前ね」


 なるほど、やはり夏休み前か。ビンゴだな。ついでにもう一つ質問。


「なんで、振ったんだ?」

「……あなた、馬鹿なの?」

「ばっ……」


 馬鹿とは失礼な。そんなに馬鹿っぽい質問か? まぁ他人の恋愛事情に口を出すのはあまり褒められたことではないことは確かだ。


「あなたと付き合っているから、振るに決まっているでしょう」


 柔らかく緑青の目が弧を描く。その理由は予想外だった。急激に体温が上昇するのを感じる。


「あ、あ……そう、ですか」


 頰だけでなく耳まで赤くなっている気がする。恥ずかしい。照れ隠しと半ばヤケクソで、さらに質問することにした。


「そ、それじゃあ、ミスタコンの先輩とかテニス部のキャプテンとかバスケ部のスタメンは……」

「ああ、そういえば入学早々に何人かに告白されたわね。……なんでそれをあなたが知っているの? ちょっと気持ち悪いわ」


 鳥肌がたったと示すように、緑青は二の腕をさすった。


「ゔ……」


 確かに気持ち悪い質問をしてしまった。図星なので言い返せない。俺が黙り込むと、緑青は俺の顔を覗き込むようにして、目線を合わせてきた。


「私のこと、気になるの?」


 挑発的な瞳。小悪魔のようなそれは俺の心をいとも簡単にかき乱した。別に、と顔を逸らすもくすくすと含み笑いが聞こえてきて、完全敗北を悟る。遊ばれるのはもう何回目だろう。悔しい。


 居たたまれなくなって帰ろうかなと思うのだけれど、何故か席を立つ気にはならなかった。自分でもよくわからない。漫画を描く気にもなんとなくなれず、かといって何もしないでいるのは時間の無駄なのでノートを閉じると、代わりに宿題のプリントを広げた。

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