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悪役令嬢のヒメゴト

作者: 木嶋隆太


「あなたの顔は本当に見るに堪えませんわ。早いところ、わたくしの前から消えてくれませんこと?」


 一人の少女が、ベンチに座っていたあたしにそういってきた。


「レシィ様がこう言っていますのに、なんですかその目は!」

「頭が高いですわよ!」


 レシィ様、と言われた公爵家の娘さんはあたしよりも頭一つは小さい子だ。

 幼児体型、と誰かが言っていたがまさにそれだ。

 これであたしと同じ年齢、十六歳なのだから驚きだ。


 悪役令嬢様。

 ……だれが名付けたか知らないが、レシィは悪役令嬢と呼ばれている。

 小説に出てくる悪役にそっくりなレシィ。


 レシィはご令嬢だから、悪役令嬢。だそうだ。

 そんなあたしの態度が表れてしまったのかもしれない。

 レシィは腰に手をあて、さらに鋭くあたしを睨んできた。


「平民は……これだから嫌ですわね。……二度と、わたくしの前に出てこないでくれませんこと?」

「……」


 そうは言ってもね。

 あたしは極力関わるつもりはなかった。

 それなのに、わざわざあたしを見つけてきて、嬉々として声をかけてきているのはどこのどいつだ、という話だ。


 それを口にすることもできず、あたしはしぶしぶと頷くだけだ。

 それがまた、レシィには気にくわなかったようだ。

 ふん、と鼻を鳴らし、去って行った。

 

 取り巻きたちも、レシィの後ろを追う。

 ……まあ、なんていうかお疲れ様です。

 あたしはそれだけを口にして、ベンチに座りなおした。


 大きな校舎が目に入った。

 ここは、貴族と一部の裕福な平民が通う学園だ。

 今、あたしはその学園の貴族学科にいる。


 あたしは頭をかきながら、ベンチに深く腰掛け空を見る。

 あー、今日も空はきれいだ。

 空を飛び回っている竜騎士学科の生徒が見える。


 ベンチから見える校庭のほうには、貴族学科の女子生徒がたくさんいた。

 きゃーきゃーと女性たちの黄色い歓声が聞こえる。

 彼女たちは竜騎士学科の授業を見ているようだ。


 この学園には、貴族学科と竜騎士学科の二つがある。

 竜騎士とは、竜の加護をもらった人たちのことを言う。

 竜の力を所有し、見た目がまるで人型の竜のようになるのが特徴だ。


 竜騎士学科、か。 

 あっちの生徒たちは毎日のように体を鍛えている。

 あたしだって故郷にいたときは結構鍛えていたが、さすがに男子には劣る。

 と、あたしが腰かけていたベンチの前を竜騎士学科の男子生徒たちが過ぎていく。


 その一人に、知り合いの顔があった。

 その人はあたしに気づくと、一度足を止める。


「……今日はそっちなんだなルーラ」


 竜騎士学科の生徒たちが過ぎていくなか、足を止めた一人がそういってきた。


「そうよ。あんまりじろじろ見ないでよね。疑われたらどうするのよ?」

「さすがに女が竜騎士学科にいるなんて思いもしないだろうがな」


 声が大きいっての。

 友人のスレッドはそれから思い出したように走っていった。

 まったく、余計なことを言い残してくれたものだ。


 頭をかいてから、一つ息を吐く。

 あたしがスレッドと中がいいのは、あたしが竜の加護を受けているからだ。


 世界で唯一の、女竜騎士だ。

 竜騎士学科で竜騎士の訓練をつみ、貴族学科で常識の勉強をしている。

 

 今は女で貴族学科に通っている。その昼休みだ。

 竜騎士学科に昼休みはないのよね。


 あたしは運動のほうが好きだから、竜騎士学科の授業は嫌いじゃない。

 と、去っていたレシィが校舎の入り口で振り返り、あたしを睨んでいた。

 ……あー、面倒なことになったわね。


 ……あたしが睨まれる理由は簡単だ。


 どうやら、レシィはスレッドのことが気になっているようなのだ。

 そして、スレッドとあたしの仲がいいのが気に入らないらしい。

 だから、レシィに目をつけられてしまっているのだ。


 あんな、体を鍛えることが大好きな馬鹿でいいなら、いくらでも紹介してあげたいくらいだ。

 レシィ、か。

 あたしは彼女を思い出し、嘆息をつく。


 子どもの性格なんてのは大人が関係している。

 あたしなんて、スラムと孤児院で暮らしてきていて、まともな教育を受けてこなかった。

 参考にしたのは、どうしようもない大人たちだ。


 自分の性格が腐っているのは重々承知だ。

 だからこそ、レシィのことはかわいそうだと思ってしまった。

 彼女もまた、まともな教育を受けてこなかったのだろう。


 あるいは、歪んだ古臭い教育をする大人しかいなかったのだ。

 同情、に近い。

 あたしは別にレシィを嫌いじゃない。


 ここまで感情を素直にぶつけてくる存在は少ない。

 いい意味でも悪い意味でも、レシィは素直なのだろう。

 どうでもいい分析はおしまいにしよう。


 あたしはベンチから立ち上がり、あくびを一つする。

 昼休みもそろそろ終わりの時間だ。

 明日は、竜騎士学科での授業だ。


 そのときに、スレッドにそれとなくレシィの話でもしてみようかしら。



 〇



 竜騎士学科の授業を受け、放課後になった。

 あたしはスレッジとともに校内を歩いていた。

 ……ばればれね。

 視線を感じる。あたしに向けてではなく、スレッドに対してだ。


 恐らくだが、レシィだろう。

 ここまではっきりとした視線があるのだが、スレッドは特に気にした素振りを見せてはいなかった。

 それどころか、真剣な顔であたしをのぞき込んでくる。


「ラルー、少し付き合ってくれないか?」


 あたしの男名だ。

 ルーラを逆にしてラルー。

 安直ではあるが他に思いつかなかったのだ。


 そして、ルーラとは双子の兄妹ということになっている。

 今のあたしは仮面をつけているが、万が一顔を見られても言い訳できるようにだ。


「外って、どうせあそこでしょ」

「悪いか」

「別にいいけど」


 スレッドはケーキが好きだ。付き合うというのはそういうこと。

 だが、一部の貴族学科の女子生徒から、あたしとスレッドが付き合っているなんて噂が出ている。


 なんで男同士でそういう発想がでるのよ……。

 初めて聞いたときは驚いたものだ。

 学園近くにケーキの店があるが、スレッドは一人で行くのが嫌だといつもあたしを誘う。


 友達がいないのだ、あたし以外に。

 あたしは甘いものよりはがつがつ食べられるほうがいい。


 質より量を求めるのだが、スレッドはそんなことはなかった。

 スレッドは仏頂面に僅かに嬉しさをにじませる。


 今にも鼻歌でも歌いそうな様子である。

 普段からその姿を見せれば、あたし以外にも友達ができるだろうに。


 ……それにしても、レシィは彼のどこに興味を持ったのだろうか。

 単純に聞いてみたいわね。

 スレッドとともに目的の店へと向かう。

 

 入店を告げるベルが響く。

 ……女性が多く、貴族が目立つ。

 あたしのクラスの生徒もいるようだ。


 店員にしろ、客にしろ、男性の姿はあまりない。

 たまにカップルがいるくらいね。

 一緒にいる男性も、つまらそうな様子だ。


 あたしがちらと入り口を見ると、レシィがいた。

 普通に店へはいってきている。

 ストーカーにしては随分と雑だ。


 まあ、スレッドはまるで気づいていない。それを見越して堂々としているなら見事な作戦だ。

 テーブルに案内され、席に着く。

 置いてあったメニューを見る。おいしそうなケーキが写真とともに載っている。


「なぁ、スレッド」


 あたしは口調を男のものにしながら、スレッドを見る。

 彼は軽く首をひねった。

 レシィが近くの席に座っている。その表情はかたい。


 こういうところには来ないのだろうか?

 レシィの家はかなり金持ちだし、家にもっと上手なシェフがいるのかもね。

 まあ、なんでもいいか。


「どうしたんだ?」


 レシィに聞こえるように、あたしは声を張る。


「おまえって彼女とかいるのか?」


 あたしの言葉にスレッドはぴくりと眉尻をあげる。


「そういう話嫌いなんだよ」

「別にいいじゃねぇか。そういうもんだろ、男同士って」


 立場を利用するようにあたしがテーブルに肘をつく。

 レシィにいつまでも目をつけられたくはなく、ここで少し手伝ってやろうというわけだ。


 それで、あとであたしがラルーに頼んだ、とかなんとか言っておけば、恩を感じてくれるだろう。

 華麗な作戦だ。あたし天才。


「そういうのは考えられないな。俺は竜騎士にならないといけないんだ」

「故郷を飛び出してきたんだったか?」

「ああ。親父のアリリンゴ畑を引き継がずにな」


 小さな木になるアリリンゴは、彼の地方では名物らしい。

 スレッドの家はアリリンゴ農家の中でもかなり規模があり、スレッドが長男ということもあり引き継がれるはずだったとかなんとか。


「だから、今はそんなこと考えられないんだ」

「そうか」

「それより、おまえはどうなんだよ?」


 からかうようにスレッドがこちらに笑みを向けてくる。

 あたし? あたしも彼と同じだ。


「特に興味ないぜ。今はうまいものでも食えればそれでいいな」


 竜騎士学科の生徒は給料も支払われる。それでうまいものを食べるのだ。

 給料がもらわれるぶん、何かあったときには戦う必要がある。

 ……最近じゃ平和で給料泥棒みたいなものね。


「おまえらしいな」


 なんか馬鹿にされた気分ね。

 スレッドに彼女がいないことはわかった。

 レシィの反応はどうだろうか。


 ちらと視線を向ける。

 って、こっち見ていないじゃない!

 レシィは他の席のケーキを見ていた。ケーキにばかり注目していて、もうあたしたちのほうなんか見ていないのだ。


 少し涎も垂れている。……はぁ、のんきね。

 まったく……勝手に恩を売る作戦は失敗ね。

 頭をかいていると、こちらの席にもケーキが運ばれてくる。

 スレッドが嬉しそうに目を輝かせる。こいつも何も察しないのね……。


 ……確かにおいしいから仕方ないのもあるけどね。

 スレッドはショートケーキを、あたしはショコラケーキを注文した。


 ここのは甘すぎないからいいのよね。

 ケーキはすぐに終わり、あたしたちは席を立つ。


 レシィが思い出したようにあたしたちの後ろに立つ。

 近いわね……。

 会計を順番に済ませ、店を出る。


 外は暗くなり始めている。

 帰宅する人たちで、街の人は増加している。


「俺は少し行きたい場所があるんだが」

「それじゃ、オレは先に帰るな」


 あたしがそういうと、スレッドは軽く頭を下げた。


「そうか。今日はありがとな」


 片手を軽く上げ、スレッドが去っていく。

 ちらと、レシィを見る。あたしたちから離れた場所にいた彼女は、去っていったスレッドの方へと歩き出した。


 これから完全に暗くなるが、大丈夫だろうか。

 ……一度気になると、ちょっと不安になってきたわね。


 さっさと家に帰りたかったが、仕方ない。

 後をつけていこうか。

 あたしがレシィを追いかけてすぐだった。


 レシィがガラの悪い男たちにつかまっていた。

 はやいわねっ!

 スレッドは……ああだめね。すでに見える場所にはいない。

 

 近くに騎士の姿もなく、レシィは持ち前の強気な態度で声を荒げている。

 相手は酔っ払った冒険者のようだ。


「離しなさい! わたくしを誰だと思っていますの! 公爵家の長女、レシィ――」

「うっせぇーぞがき!」


 ばしっと男が頬をたたく。

 レシィはそこで、相手に自分の権力が通用しないことを知ったようだ。

 顔を青ざめる。男は下卑た笑みを浮かべ、レシィを引っ張っていく。


 誰か助ける……ってわざわざ問題ごとに首を突っ込む人がいるわけないわね。

 あたしは短く息をはいてから、そちらへ歩く。

 あまり目立ちたくない。完全に人通りがなくなったところで仕掛けよう。

 路地裏へと引きずり込まれたレシィが、


「はな……して」


 震えるような声でいった。


「うるせーって言ってんだろ!」


 冒険者が腕を振りあげる。

 ……さて、そろそろいいだろう。

 あたしはその腕に剣をあてる。


 もちろん鞘に入ったままだ。

 止めるように置くと、男がこちらに視線を向ける。


「なんだテメェ」

「見ての通り、王立ブレンシア学園の竜騎士学科の一生徒だ」


 制服を見せつけるようにあたしは空いている左手で服を引っ張る。

 男が怯んだような顔を作り、それから睨みつけてくる。


「こ、こいつがぶつかってきたんだよ!」

「それは知ってるぜ。ただ、それ以上はやりすぎじゃねぇか? 君も謝罪はしたか?」


 レシィを見ると首を振る。


「なら謝罪して、それで終わりだ」

「す、すみませんでした」

「……こっちも悪かったな」


 男の冒険者はすっかり怯えた様子で頭をさげる。

 よかった。やりあう必要がなくて。

 冒険者が去っていった。よかった、何もなくて。


 さすがにここでやりあうのは勘弁だ。

 ぽかんとしたままのレシィに、あたしは声をかける。


「夜、一人で歩くのは危険だよ」

「は、はい」


 まだ、先ほどの出来事が残っているのか、レシィはボーっとしていた。

 

「レシィ、だったな?」

「わ、わたくしのこと知っていますの?」


 少し頬を赤らめ、レシィが下を向く。

 なんとも新鮮な反応ね。


「オレの双子の妹にルーラがいるんだ。彼女から聞いたよ。最近よく声をかけてくれる子がいるってな」

「……あ」


 別に嫌味とかではないから安心してほしい。

 レシィのバツの悪そうな顔に、あたしは首を振る。


「キミは確かスレッドのことが気になっていたんだろう? ルーラとスレッドは別に何か関係があるわけではない。それに、ルーラはレシィのことを応援したいとも言っていた。今度、話を聞いてみたらどうだ?」

「え、えと……その」


 ちょっと失敗。

 自分にとって都合よくしようと、一度に情報を伝えすぎた。

 もうちょっと、段階を踏めばよかったかな。


「そろそろ戻ろうか。夜も暗くなってくる」


 話を切り上げ、逃げるようにあるく。


「は、はい」


 レシィに背中を向けるようにして、歩き出す。

 ……明日からどうなるだろうか。

 レシィがどのように声をかけてくるか、少し興味がわいた。



 〇



 あたしは、基本的にぼっちである。

 別にあたしが友達を作るのが苦手なのではない。

 竜騎士学科、貴族学科の掛け持ちをしているせいで、あまり深いかかわりを持てないのだ。


 うん、あたしは別に友達ができないわけじゃない。

 環境が悪いのだ。……うん、きっとそう。


 特に貴族学科は真面目な生徒が多い。

 箱入りのお坊ちゃん、お嬢ちゃんばかりだ。

 

 アホな発言をするものはいなく、みなお上品な言葉を使うものだ。

 だから、あたしには合わない。それもたぶん、原因の一つね。


 いつものようにベンチに腰掛け、用意しておいたおにぎりを口に運ぶ。

 そうしていると、一人の少女がやってきた。

 レシィだ。取り巻きはいなく、一人での登場だ。


 レシィはあたしを見ると、近くの木へと隠れた。

 あたしに気づかれていないと思っているのか、影でぶつぶつと口を動かしている。


 ……ふむ。

 口の動きを見る限り、謝罪の練習をしているようだ。

 なかなか決心がつかないようで、ずっと木の後ろに隠れている。


 仕方ない、あたしが声をかけよう。


「レシィ様、どうしたの?」

「……うっ」


 なぜ唸ったのだ。

 彼女は顔を真っ赤にして、それからぺこりと木の影から頭を下げてきた。


「申し訳ありませんでしたわ」


 不満そうに、しかしそれでも謝罪をしたいという意思は感じられた。


「何が?」


 とぼけてみせた。

 たぶん、謝罪をしてそれからスレッドに関して協力してほしいとかそんなところだろう。


 だから少しからかってみた。

 耳まで赤くしたレシィが、うぅと声を上げ、


「その今まであなたに嫉妬して、それで酷く当たってしまいましたわ。その謝罪ですの」


 レシィがぺこりと頭をさげる。

 あたしもつられてぺこり。気にしないでいいわよ。あたしもそんなに気にしてないから。

 と、レシィはそれから頬を赤らめる。


「それで、さっきの今で厚かましいと思いますが……わたくしに協力してくれませんこと?」

「なんの?」


 聞き返すと、レシィは頬に手を当て、


「あ、あるお方との関係ですわ。わたくし、好きな人がいますの」

「あー、そういうことね。いいわよ、誰なの?」


 スレッドって、どんな子が好みなのだろうか。

 あまり話したことがないし、本人も「今は興味がない」の一点張りなのよね。


 まあ、どんな子が好みかではなく、レシィを好きになってもらえるように頑張ればいいだろう。


「ら、ラルー様ですわ」

「はい?」


 あ、あれ? どういうことだろうか。


「あなたは双子の妹ですし、すでに聞いているかもしれませんが、昨日助けてもらいましたの」


 知ってる。それあたしだし。


「そのとき、あの方の仮面の下の凛々しい瞳に、心が震えましたわ」


 あたしと向き合ってるけど、レシィ、穏やかじゃない。


「だ、だからその……わたくしとラルー様の仲を持ってくれませんか?」


 こちらをじっと見てくるレシィ。

 スレッドはどうしたのよ。

 貴族の女性は恋愛経験が少なく、ああいう場面に弱いのかもしれない。


「に、兄さんは恋愛とかしないというか」

「そ、それならわたくしが初めてになりますわ!」


 すごい前向きね……。

 あたしが断ろうとしても、彼女は満面の笑顔を崩さない。

 ……仕方ない。


「わかった、わ。協力はするわ。ただ、あんまり期待はしないでよ」

「ありがとうございますわっ。それじゃあ、えっと、今日から友達ですわね」


 ……ぎゅっと手を握ってくる。

 まったく、ラルーは何をやってくれたのよ……。


 あたしはため息をついた。

 嬉しそうなレシィの顔をみて、頬を引きつらせるしかなかった。


 


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