オーガイの計画
フィリッツとの計画通り、空汰と翡翠は他四人の長老の部屋に侵入し本を探し出した。とても大切な本ということと長老が毎日使う本だという二つの点から、誰にも見られない、尚且つ取り出しやすいところにあると考えた翡翠の考えは当たっており、四人とも妖術の掛けられた引き出しの中にしまわれていた。だが、フィリッツがそれらをすべて無効にしてくれていたおかげで、その術は全く意味をなさず、案外簡単に見つかったのだった。
妖長者の部屋に戻り、空汰と翡翠はすべての本の最後のページを開いた。
フィリッツ『4』
ナク『5』
ケンジ『0』
オーガイ『2』
ジン『2』
これでは順番が分からなかった。しかし、翡翠は空汰のそんな心配をよそに並べ始めた。フィリッツ、オーガイ、ケンジ、ジン、ナク……。
「こうだと思う」
「何故?」
「長老の順番は決まっているんだ。一番偉いフィリッツが一番、二番はオーガイ、三番はケンジ、四番はジン、五番はナクと」
「偉い順にということか」
「そうだ。だから、多分順番はこれで合っていると思う。『42025』」
「この数字、意味があるのか?」
「適当か意味があるかのどちらかだろうな」
空汰は紅茶と茶菓子を用意し、テーブルに置いた。二人同時に紅茶を手に取り、一口飲む。そして、静かに置いた。
「空汰」
「ん?」
「見つかるのが速い気がする」
「速い?」
「全員の部屋を探した。俺の勘がたまたまあたっただけかもしれないが、全員が妖術をかけた引き出しの中に入っていた。可笑しくないか? 一人くらい、違う場所に直していたって可笑しくないはずだ」
「確かに……。時間も余ったしな」
「ただ、これはフィリッツのせいではない」
「え?」
「多分本当にフィリッツは計画通り、全員分の部屋の監視の目と妖術を無効化していた。無理に無効化すると、そこに空気の歪みが生じる。それが、どこの部屋にも見られた」
「でも、フィリッツしかこの計画を知らない」
「確かにそうだ。俺とお前、フィリッツ、栖愁しか知らない」
「……まさか、栖愁が漏らした?」
「いや……それはない」
「何故そう言い切れる?」
「あいつはフィリッツを裏切らない。俺を捕まえていたとき、監禁されていた部屋に文句ひとつ言わずに居たようなやつだ」
「そういえば……お前どこの部屋に……」
「俺はお前が行く仕事部屋の隣の部屋にいた。お前の声も聞こえた」
「嘘だろ!?」
「声を出しても聞こえるはずはないが、声を出した。栖愁に静かにしてと怒られたがな」
「全く気付かなかった」
「まだ、お前よりフィリッツの方が上手だからな」
「でも、フィリッツでも栖愁でもないとしたら、誰が? 監視の目がこの部屋にあれば、四人のうち誰かが気づくはずだ」
「そこが問題なんだ。オーガイ、ケンジ、ジン、ナクの誰かかもしれないし、全く違う誰かかもしれない」
「全く違う誰かって!?」
「それは俺にも分からない」
「流石の翡翠もここまでか……」
「それを見つけるためにもあの書庫に行く必要はある」
「それなんだけど、お前じゃないとダメなのか?」
「どうして、そんなにお前が行きたがる」
「行きたいってわけじゃないのだけど、まだ信じるか信じないかの相手と一緒にお前が二人きりなのは危ないだろ? フィリッツだけなんだ、お前が翡翠裕也だと知っているのは……。二人きりになったところを殺されるかもしれないだろ?」
「俺だって抵抗は出来る。寧ろお前にいかれた方が、俺の心配が心臓を貫きそうだ」
「意味が全然分からないのだけど」
「とにかく、お前は俺が書庫に行っている間、大人しく待ってろ」
「でも!」
「大丈夫だ。俺はお前と違って強いから」
「お前ぶっ飛ばすぞ」
「お、久しぶりだねぇ。ぶっ飛ばすなら俺の方がきっと強いな!」
「下らない」
「お前が言いだしたんだろうが!」
「うるせぇよ! やっぱお前一人で行って来い! そして、フィリッツに殺されて来い、バカ!」
「俺は不死身だ!」
「嘘つけ、阿呆!」
「阿呆はお前だ!」
「うるせぇよ! ちょっと黙ってろ!」
「ちょっとでいいんだな!? ちょっとだけでいいんだな!?」
「お前本当にうるせぇよ」
「お前の方がうるせぇよ! こんな言い合いしたって面倒くさいだけだ!」
「その面倒くさいことをする相手がいなくなるから、フィリッツに裏切られて殺されるなよ! バーカ!」
「当たり前だ! お前一回ぶっ飛ばす!」
ここ最近の緊迫した空気から、和んだ空気に変わったのを澪は窓から静かに見守っていた。
❦
それから数日後、オーガイとケンジ、ナクはそれぞれ妖長者の屋敷から離れていた。何でも仕事があるそうで、半日は帰ってこないという話である。
その日の早朝、三人が屋敷を出て行ったのを合図に、フィリッツと翡翠はフィリッツの本当の自室に向かった。
空汰は大人しく二人を見送り、部屋で公務をしていた。手はすらすらと動いているが、頭の中は二人のことでいっぱいだった。
今頃計画のどこら辺だろうか。失敗していないだろうか。フィリッツを信じて大丈夫だろうか。不安で仕方がなかったが、自分がいますべきことを空汰は淡々としていった。
その頃、翡翠とフィリッツはフィリッツの自室に来ていた。
「それでは、翡翠様。姿を」
翡翠は頷き、目を閉じた。次の瞬間、翡翠の姿はケンジの姿に変わった。顔や手の皺などはもちろんのこと、無精ひげのはね具合もとてもそっくりである。
フィリッツはそんな翡翠の相変わらずの変化の腕前に感心しながらも、表情だけは変えなかった。
「流石です」
「フィリッツ」
「はい」
本当は翡翠だと分かっていても、見た目がケンジなので、ケンジに呼ばれているような気分になる。
「頼む」
フィリッツは少し驚いた様子だったが、すぐに小さな笑みを浮かべた。
「もちろんです」
二人は長老会議室に堂々と入った。翡翠自身この部屋に入ったのは初めてで、不自然にきょろきょろとしてしまっていた。中央に円台があり、そこに椅子が五つ並べられていた。それ以外に何もない。フィリッツが好みそうな殺風景な部屋である。長老会議室を横切り、奥の部屋に続く扉の前で立ち止まった。
「この扉の奥が書庫です。ここに番号を入力して、入ってください。私は外を見張っています」
「分かった」
「それから私は番号を聞きませんが、二度間違えたら、長老全員に緊急事態として伝わります。絶対に間違えないようにお願いします」
「分かった」
フィリッツが扉から離れ、自室へと続く扉の前に立ち外を見張り始めたのを見て、翡翠は入力する用のキーを見つめる。数字は0から9までの五桁。一つ一つ合せるようになっていて、どこがはじめか分からなかった。
監視の目がある以上、フィリッツにどちらが前なのか聞くのは不自然だった。
ここはもう勘でいくしかなかった。
――――こういうのって、大体左から……
24025と左から合わせた。決定を押すと、画面に妖字でErrorと表示された。
『二度間違えたら、長老全員に緊急事態として伝わります』
すっかり忘れていた。今言われたことなのに……。あと一度間違えたら、長老全員に伝わってしまう。そこで一番疑われるのは、フィリッツかジン、またはケンジである。特にここはフィリッツの隣室。フィリッツが疑われかねない。
しかし番号が違わない限り、逆の可能性も棄てきれなかった。
翡翠は意を結して、番号を右から順番に合わせた。決定キーを押す手が少し震える。
そして、キーを押すとピッと音が鳴り、書庫の扉が開いた。
額に汗が滲んでいた。大きなため息を吐き、肩の力を抜く。
集中し、部屋内に余計な妖術が感じられないことを確認し、部屋に一歩入った。部屋中に様々な妖術を感じるが、これは書物やファイルに掛けられた妖術であって、入ってきた者に対し害のあるものではない。
翡翠は入りきる前にフィリッツに視線を向けた。フィリッツは全くこちらを見ていなかった。そのまま部屋に入ると、棚がずらっと並んでいた。そこまで広くはないが、綺麗に並べられているファイルや本の多さは予想を上回っていた。
あまり時間はない。急ぎ端から見ていった。
――――無い……無い…………
半分を見終わったところで、棚に手をついた。フィリッツに騙されたのか、見つけきれていないだけかは分からないが、今のところはそのファイルらしきものは見ていない。急がなければならないと思うと、焦り見落としてしまう。しかし、急がないわけにもいかない。再び棚に視線を戻した。
一段一段流れ見ていく。そして少し戻る。
「在った!」
少し字が擦れ見えにくいが、そこには『妖長者 翡翠裕也 暗殺計画 極秘文書 真』と書かれていた。急ぎファイルを開く。
「え……」
真っ白だった。
ページは確かにあるのだが、どれだけ捲ってもあるのは真っ白なページのみで、そこに妖字は全くなかった。
裏切られた。そうとしか思えなかった。
怒りを感じながらも、ファイルを閉じた。その時、ハッと何かに気付いた。再び適当なページを開き触れた。紙は紙だが、何かが違った。
翡翠はフッと笑みを浮かべた。
「なるほど……書いた本人と許可した者にしか見えない字か」
この妖術は以前、ツェペシ家に潜入した際、ダイの机にあった紙と同じである。これは呪文を書いた紙に載せ読み解く必要がある。つまり、ここで読むことは不可能ということである。翡翠は妖術を使い隠し持った。その時、どこからか音がした。
ビクッと肩を震わせ辺りを見回す。もちろんそこには自分しかいない。
――――本が倒れたか?
翡翠は気にすることなく、書庫を出て振り返った。しかし、足はそこで固まってしまっていた。目の前には妖術によって捕らえられ、傷を負っているフィリッツが床に倒れ込み、そのそばには不気味な笑みを浮かべたオーガイが立っていた。
「陛下、そんなところで何をしているのです?」
殺気が見え隠れするオーガイに何も言えずにいた。フィリッツと視線が交差する。
「フィリッツがどうなっても良いわけですか?」
フィリッツの首に短刀があてられ、首筋を血が伝う。先程まで見えず気づかなかったが、フィリッツの足首には、封じの腕輪がされていた。フィリッツが抵抗しないわけだ。
「俺は陛下ではない」
「しらを切るのですか?」
オーガイはそういうと、フィリッツから短刀を離し片手を広げた。妖術で光り、それと同時に声が聞こえた。
『その腕輪を外してあげます。その代り、本当の事を教えてください。……貴方は翡翠裕也様、ご本人ですね?』
フィリッツが翡翠を捕らえていた時の会話だった。翡翠は驚いてオーガイを見るが、オーガイはただ嘲笑を浮かべているだけだった。
『事実ではないのであれば、否定してください』
『……』
『翡翠様? どうです?』
『……』
『翡翠様、沈黙は了承と同じことだと聞きませんでしたか? それから、翡翠様、私は貴方が何も言わないのであれば、翡翠様かあの偽妖長者かどちらかを殺さなくてはなりません。妖長者は妖世界に一人で良いのです。でも、翡翠様が認めてくださるのであれば、貴方の意見を聞いて、考えましょう。それでも何も言いませんか?』
『俺を殺せばいいだろ?』
『不思議なことを言いますね』
『あいつを殺されるよりましだ』
『貴方は彼を利用しているだけではないのですか? 情がうつりましたか?』
『俺を……殺せよ』
『私は貴方様の本当の名を知っています。今ここで名を縛ってもよいのです』
『お前……』
『これで、どうです?』
『……俺が翡翠裕也だ』
『やっと認めましたね』
『でも、どうしてわかったんだ! 俺はお前らが妖長者の部屋に来る前に逃げていたし印だって持っていない。ここから逃げる時だって、あいつの容姿にそっくりだったはずだ。俺の本当の姿を知らないお前が、俺を見つけることは不可能なはずだ』
『気配と匂い、それから勘です』
『気配と匂い、勘……』
『私は勘だけはいいと思います。気配は翡翠様が持っている妖力の強さの気配です。自分で出すものではなく、妖なら大体の者が分かることです。それに気づいただけです』
『匂いは?』
『翡翠様とあの子の匂いは違います』
『なるほど……』
『腕輪は外しました。私を信じてくださいますね?』
『……それは分からない』
『ではこうしましょう。貴方がもう一度腕輪を付けるか貴方の身代わりであるあの子を必ず救い出してください。怪我をするようなことがあれば、貴方を法にのっとり処罰致します』
『は!?』
『当たり前でしょう? あの子に罪はありませんし私を信じる糧としていただきたいのですから』
『……分かった。助けよう』
そこで音声は途切れていた。
「貴様ッ……」
「失礼ではありますが、盗聴させていただきました。妖長者の印を持っていないようですが、貴方様が、翡翠裕也陛下ご本人ですね?」
「知らない。翡翠様なら今妖長者の部屋で公務をしている!」
「そうですか……。では、貴方様を処分しなくてなりません」
「は!?」
「フィリッツと共に」
そういってフィリッツを軽く蹴る。オーガイはいつだって本気である。殺すと言えば殺すし処分すると言えば処分する。
「何故フィリッツまで処分する必要がある!?」
「この屋敷に貴方様のような者はおりません。故に貴方様は侵入者と見なされ、処罰の対象となります。そして、貴方様を無断で招き入れたフィリッツも同等です」
「フィリッツを離せ」
「侵入者の言うことは聞けません」
翡翠に徐々に詰め寄るオーガイを見たフィリッツが咄嗟に起き上がり、オーガイを掴む。しかし、オーガイによって普段の力を出せず、さらに痛めつけられた体では、オーガイを止めるどころか時間稼ぎにもならなかった。
フィリッツの体はオーガイの腕に呆気なく飛ばされ、床に体を強く打ち付けた。
「お認めになるのでしたら、フィリッツの命は保証しましょう。……あ、でも、貴方様にフィリッツを助ける義理はありませんねぇ?」
翡翠は真っ直ぐオーガイを睨んでいた。
オーガイはその視線に怖気づくことはなく、どこまでも憎らしい笑みを浮かべていた。オーガイが片手をスッとあげると、此処へ入ってきた扉から影が現れた。それは、オーガイの式に捕らえられた空汰だった。
「どうするつもりだ」
翡翠の低い声にオーガイは一瞬眉を動かしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「フィリッツを餌にしても貴方様は動かない。だったら、彼を餌にした方がよろしいかと思いましてね。先程、貴方様が言いました。彼は妖長者の部屋にいると」
言ったことを今頃後悔した。まさか、空汰が人質にとられるとまでは考えていなかった。フィリッツはともあれ、空汰が人質にとられるのはかなりまずい。
「どうします? 殺しますよ?」
「分かった。認める。俺が妖長者の翡翠だ。彼はスカイ、俺の代わりをしてもらっていた」
オーガイは翡翠が認めたのを聞くと、フッと笑い空汰を捕まえている式に、全員牢に閉じ込めるように命令した。
抵抗することも出来たが、あえてしなかった。
連れてこられる間にフィリッツがそっと何かを翡翠の懐に入れたことは、空汰しか気づかなかった。
❦
牢に連れてこられたが、翡翠のみ妖長者として一応居て貰わなければならないと解放する。もちろん、空汰から翡翠へ妖長者の印と妖石も渡された。
「翡翠様、姿をお戻しください」
翡翠は言われるなり、ケンジの姿から翡翠本来の姿に戻った。
翡翠とオーガイが妖長者の部屋に来ると、オーガイの手によりネックレスを掛けられた。
「私のことを誰かに話せば死にますよ」
そういうものだった。それくらいは、つけられた瞬間に理解できる。
オーガイが部屋を去ったのを確認し、ネックレスに触れる。そして、懐に手を入れた。何か堅い小石のようなものが入っていた。
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「申し訳ありません……スカイ様」
「フィリッツこそ、その傷……」
「私は大丈夫です。傷くらい放っておけば治ります。それより、これからどうするおつもりですか?」
「どうすると言われても……」
フィリッツのことを信じるならば、長老全員が裏切り者ということは分かっている。しかし、裏切り者を見つけた後、どうするかは翡翠にしかわからない。
「聞いても……よろしいですか?」
「え?」
「何故翡翠様と代わられたのです?」
「……頼まれたから。それだけではダメ?」
「いえ、十分です」
「翡翠に出会ったのは人間界、そこで翡翠に適当に頼まれて、そのままここに来た。気づけばこんなに月日が経っていて、こんな状態になっている」
「翡翠様は助けに来ると思いますか?」
「それが約束だから」
「約束?」
「はい。翡翠と出会って、ここにきてまだ間もないころ、翡翠と約束をいくつか交わした。その中の一つに、翡翠は俺が守る、俺は翡翠が守る。そういう約束をした」
「なるほど……だから、信じて待つのですか?」
「待つかどうかは分からないけど、翡翠が自力で抜け出せと言うのならここから出られるように動くし、助けに来てくれるならそれを待つ」
「信頼をおいているのですね」
「それも正直分からない。あいつは自分をも信じるなという」
「この中で、疑心暗鬼になるのは当然のことです。私ももっと、彼に手を差し伸べてあげればよかったと後悔しています。あの時ああしていれば、こんな事態になっていなかったのではないかと思うと、苦しくなります」
普段なら口にしないようなことを自ら語っている。
今なら聞いてもいいだろうか。
「フィリッツはどうして、翡翠の名を縛らなかった?」
フィリッツは怪訝そうに空汰を見ていたが、やがて苦笑を浮かべると困った表情をした。
「どうやら、少し話しすぎたようですね」
「話せない!?」
「いえ……そういうわけではないのですが、本当の理由を今話すわけにはいきません」
「何故?」
「それはそうですね、私はまだ、貴方様のことを知らないのです。スカイというその名と翡翠様と何故か仲が良いということしか……」
「俺もフィリッツのことをすべて知っているわけじゃない。そうだろ?」
「確かにそうなのですが……」
フィリッツは何故か言葉を詰まらせていた。空汰を時々見ながら、何か言いたげにしていたが、何か悩んでいるようだった。
「今の貴方様に、話をしても無意味です」
ここまではっきりと言われてしまうとこれ以上言えないのが傷である。フィリッツは確実に何かを知っているが、それを隠している。何故隠すのかその理由が分からない限りは、聞いても答えてくれることは無いだろう。
「それにしても、まさか出掛けたはずのオーガイが帰ってくるとは思いませんでした」
「そういえば、何故オーガイは帰ってきた? まさか、お前が?」
「それは違います。考えられる要因は二つあります。一つは、オーガイが何らかの妖術を長老会議室に掛けていた。もう一つは、第三者があらかじめ情報を流していたか、その時に流したか。そのどちらかしか考えられません」
「でも、オーガイが仕掛けを施すにも施す理由が無ければ……」
「それは……あったのだと思います。彼は私をよく思っていませんから」
「長老内でも?」
「長老だからこそです。長老だからこそ、亀裂が入ったのだと私は思っています」
「その亀裂の原因は?」
「そうですね……私が考えるにこれも二つあると思います。一つは、妖長者が人間であるということ。もう一つは、貴方様方です」
「俺たち!? え? いや、思い当たる節がないわけではないけれど、俺が介入したのは半年弱前なだけで……」
「半年弱という期間ではないとしたら、話ももう少し変わってくるとは思いませんか?」
「え? だって、俺と翡翠が初めて会ったのは半年弱前で……」
「その出会いがはじめから仕組まれていたとしたらどうです?」
「仕……組ま……れた? それは……どういうこと?」
語尾が震え少し擦れていた。
フィリッツのその言葉の意味を知らなくてはいけない。この言葉にきっとたくさんのことが詰まっている。そんな気がしてならなかった。
「……本当に少し話し過ぎたようですね。翡翠様が来ます」
「え!?」
フィリッツが空汰から視線を逸らしたのと同時に牢に光が揺らめき、目の前に翡翠が現れた。片手には角灯が持たれていた。
「大丈夫かな? 二人とも」
「翡翠! お前、こんなところに来てもいいのかよ!」
「あぁ」
「首輪付きのようですが」
フィリッツはそう言いながら自分の首元を指さした。確かに翡翠の首元に、見慣れないネックレスが付いている。もちろん翡翠にそんな趣味があるなど聞いたことは無い。
「オーガイに呪いを掛けられた。オーガイのことを誰かに話せば、俺と話を聞いたやつが死ぬという呪いをな。だが、残念なことに俺の方がオーガイより妖力はだいぶ上を行っている。俺に妖力の強さが負けている時点でこの呪いは意味がない。呆気なく俺に解かれて終わりだな」
「でも、呪いは本人しか解けないんじゃ……」
「それは、本人に掛けた場合のみだ。これは、ネックレスという物の力を借りているから、解こうと思えば解ける。失敗すればそこで、即死だがな」
笑みを浮かべながら角灯を床に置き、懐から鍵の束を取り出すと、その中から一つ鍵を手に取り牢の鍵を開けた。
空汰とフィリッツが外に出ると、翡翠はネックレスを取り燃やした。
「翡翠様、ファイルはどうされたのですか?」
フィリッツに言われ思い出すように隠し持っていたファイルを取り出した。不満そうにペラペラと捲る。
「残念だが、これは書いた本人か許可した者にしか見えないようになっている。フィリッツ読めるか?」
「すみません、ただの白紙に見えます」
「お前長老の長なら一度くらいはこの中身を見たことがあるんじゃないのか?」
「あります。しかし、まさかこんなことになるとは予想しておらず、内容までは記憶していません」
「書いたのはオーガイだな?」
「オーガイだと思います。そうでなければ、他はケンジしかいません」
「首謀者はやはりその二人……」
空汰は大きなため息を吐いていた。意識したわけではない。自然と漏れたものである。そんな空汰を見たフィリッツは微笑した。
「疲れましたか?」
「あ、えっと、はい……」
「まあそうですね。仕方のないことです」
翡翠はそんな二人を見ていたが、ふとあることに気付いた。
「フィリッツ」
「はい?」
「傷の具合はどうだ?」
「え……心配するほどではありません。大丈夫です」
「ならどうして、封じの腕輪を取らない!?」
「え?」
翡翠の言葉に三人ともフィリッツの足首に視線を向ける。確かにそこには封じの腕輪がつけられたままだった。だが、空汰には翡翠の疑問の理由が分からなかった。
「あぁ、そういえば付いていましたね」
「部屋でのときならともかく、今ならお前だって自由が効く。普通ならそんな邪魔なものとるだろう? 鍵だって自分で持っているくせに」
「特に気にしていませんでした。それから、鍵なのですが、確かに持っていたのですが、あの時、どうやら落としてしまったようです」
「は!?」
フィリッツは分が悪そうに苦笑し、懐をポンポンと叩いて見せた。
「良くて部屋に落としました。悪くてオーガイに掏られました」
「お前は餓鬼か」
「翡翠様に言われたくはありません」
空汰はフッと笑った。久しぶりに、本心から笑った気がする。こんなに緊張感ある場所で笑うのは有り得ないことかもしれないが、翡翠とフィリッツの仲の良さに、つい笑みを浮かべてしまっていた。
「笑うなよ」
「ごめん、つい」
「とりあえず、私の仕事部屋に行きましょう。その無記のファイルの解読をしなければいけません」
「どうして自室ではないの?」
「スカイ様、少し考えれば分かることです。私達はあそこで捕まったのです。わざわざ捕まった場所に戻るなど、自ら捕まりに行くようなものです」
「あ、確かにそうか……」
「翡翠様」
「何だよ」
手にしていたファイルを再度隠し持ち、角灯を持ち上げた。
「時間をとめていただけますか?」
「そんなものお前が……」
言いかけて思い出した。封じの腕輪をされているフィリッツは、妖術が使えない状態なのである。
「範囲は?」
半ば投げやり気味に言う翡翠にフィリッツは笑みを浮かべていた。
「面倒なことに成るのは避けたいので、妖世界全土に」
「おまっ、無理言うな」
「できますよね?」
フィリッツの得意気な笑みを見た翡翠はフィリッツを文句ありげに見つめた。
「分かったよ。その代り、あまり長くは持たないぞ!」
「二時間もあれば十分です」
「ふざけんな、五時間だ」