儚き思い
「妖長者の部屋です」
栖愁から翡翠の行方を聞き、不安を募らせていた。
「どうしてフィリッツの自室内から出たんだ!」
「私はお止めしたのです。しかし、全く聞かず、行ってしまいました」
「翡翠にもしものことがあったらどうする気だ!」
「申し訳ありません」
「空汰様、栖愁が悪いわけではありません」
「知っている。珀巳は少し黙っていてくれ」
知っている。分かっている。勝手に理由も言わずに抜け出して、妖長者の屋敷に向かう翡翠が悪い。だが、今ここで翡翠がいなくなれば、俺のいる意味が無くなる。
仕方なく本棚に視線を向けるが、どこか心が落ち着かない。
『空汰様は、ご自分のことを考えすぎなのです。そうでなければ、翡翠様に嫉妬をなさっています』
この気持ちは、本当に翡翠を心配しているだけなのだろうか……。自分を自分で疑ってしまう。
カツカツカツと足音がして振り向くと、小瓶片手に笑みを浮かべるフィリッツが立っていた。どうやら、ケンジに勝ったらしい、しかも、余裕で。
「終わったのか?」
「ケンジには負けません」
「ケンジってそんなに弱いのか?」
「いいえ。強いですよ」
「だったら、何でお前がそんなに自信満々なんだ」
「それは、私の方が素早いからです」
「素早い?」
「ケンジは確かに妖術、武術ともに優れてはいますが、動きが遅いのです。私についてこられたことなど一度もありません。隙をつけば、一瞬で決着はつくのです」
「それで、自信が?」
「自信ではありません」
「え?」
「ただの強気です」
空汰は微笑むと、フィリッツの元に近寄った。小瓶の中では、オーガイとケンジが何やら話しごとをしているようだった。
「フィリッツ、この二人をどうする?」
「とりあえず、牢に入れておきます」
「なるほど」
「それで、空汰様」
「ん?」
「翡翠様はまだお戻りになられていないのですか?」
事実を言えば、フィリッツは確実に怒るだろう。横目に栖愁を見るが、栖愁は唇を噛みしめるだけだった。
ため息を吐き、フィリッツから視線を逸らす。
「翡翠は妖長者の部屋に行ったそうだ」
「何故です!?」
「分からない」
「……連れ戻してきます」
そういうなり踵を返し、図書室から去ろうとするフィリッツを思わず呼び止めた。
「フィリッツ」
フィリッツは振り返りこそしなかったが、ゆっくりと立ち止まった。
「例え妖長者の印を持っていなくても、あの部屋は危険です。襲撃された場所に戻るなど自ら敵陣へ乗り込むようなものです」
「ほ、ほら、も、もしかしたら翡翠にも何か、こう……あの……理由があって」
「どうして庇われるのですか?」
どうして? 分からない。でも、翡翠は理由もなく動くような奴じゃない。それを邪魔したくはない。
「理由をご存知ですか?」
フィリッツは振り返ると、空汰に鋭い視線を向けた。
その視線に空汰は黙り込み首を横に振った。
それを見たフィリッツは、そのまま図書室から去って行った。
❦
あれは持っておきたい。内容を読みたい。どこまでことが動いているのかを知りたい。
翡翠は妖長者の部屋へと続く廊下を歩いていた。
白紙のままでは分からないことばかりだ。
❦
『……や……ゆ…………や……』
暗闇の中微かに見える人影。
誰かが俺を呼んでいる!? 誰……なんだ……?
『ゆうや……』
ゆうや? 俺の……名前……。
人影が髪に触れるたび、何だか落ち着くのは何故だろう……。
❦
妖長者の部屋の前まで来ていた翡翠は、固く閉じられた扉を開け立ち止まった。絶対何かあるだろう。そして、誰かに見られている視線をいくつも感じる。
しかし、目の前のテーブルにはこの部屋に来る理由となった無記のファイルが置かれていた。あれを取りに入れば、何か罠があることくらい、すぐに分かる。
だが、入らず戻るわけにもいかない。
自然と深いため息が漏れる。
覚悟を決め、数歩部屋に入り周りを見回す。誰もいないようだった。
なんだ、ただの思い過ごしか。ここ最近疑心暗鬼になることが多かったせいだろう。
翡翠がそんなことを思いながら、ファイルに手を伸ばしたその時、数十人の使用人や守護者に取り囲まれてしまった。
「やっぱり……」
思い過ごしなわけがない。
抵抗を見せず、数歩後退ると見覚えのある式らに腕を捕まれた。
「離せよ!」
顔を見ると、ジンとナクの式であることに気付いた。
「ということは……」
翡翠の目の前に、ジンとナクが現れた。二人を睨みつけると、ジンはファイルを片手に持ち、片手からは火を出していた。
「止めろ!」
「僕嫌なんだよねぇ」
ジンは妖艶の笑みを浮かべながら、ファイルを手元の火に近づけた。
「いいから止めろ!」
何とか腕を振り解こうとするが、式らの力は想像以上に強く、無駄な抵抗だった。
「いつも皆して、翡翠様翡翠様ってさ」
「お前らが無理矢理連れてきたんだろ!」
「うるさいよ?」
それまで笑みを浮かべていたジンの表情からは笑みが消え、鋭い視線が向けられていた。
一瞬怯んだその瞬間、後頭部に痛みが走り視界が真っ暗になった。
急ぎフィリッツは妖長者の部屋に向かっていた。
長老らが妖長者の部屋に何も仕掛けていないわけがない。絶対何かを仕掛けている。それくらい分かる翡翠様だと思っていた……。
廊下の先に妖長者の部屋が見えた。
急ぎ走り、部屋に入る。
しかし、そこにあるのは荒らされたままの妖長者の部屋だけだった。
息を荒げ、肩で呼吸をする。
「遅かっ……ハァハァ……たようですね……ハァ…………」
足元に視線を向けると、見覚えのあるものが落ちていた。
「これは……」
拾い上げ、埃を払うと懐にしまった。
これが落ちているということは、翡翠様は確実にここに来ていたことになる。しかし、姿が見えないのは……。
しばらく佇み考えを巡らせていたが、やがてため息を吐くと妖長者の部屋を出て、数歩歩いた廊下で立ち止まった。
懐からそれを取り出し、眺める。
それは、昔フィリッツが翡翠にプレゼントした、あの羽ペンであった。
一度拾って返したのに、また戻ってきてしまった。今度は違う原因で……。
フィリッツは静かに自室へと続く廊下を歩き始めた。
――――ジンとナク……
❦
空汰と珀巳は相変わらず、図書室にいた。栖愁は特に行く場所もないためか、ずっと図書室の扉の前で佇んでいるだけだった。
空汰は先程見つけていた『翡翠 裕也』と書かれた本を手にしていた。しかし、ページは当然の如く真っ白で、読むことは出来なかった。
ふとオーガイの部屋をフィリッツと探していたときのことを思い出した。名簿を見つけた俺が、フィリッツを呼んだとき、フィリッツは何かメモ紙のようなものを隠していた。今思えば、あれは何の紙だったのだろうか……。
オーガイの書斎で、オーガイの本棚、オーガイの本、その中に挟まっていた紙……。少なくてもフィリッツのものではない。
じゃあ……一体……。
「空汰様?」
声を掛けられ慌てて本を棚に戻し、適当な本を手に取る。すると、珀巳が棚から顔をのぞかせ笑みを浮かべた。
「こちらでしたか」
「あ、あぁ。まあ」
「何か面白い文献でもありましたか?」
珀巳は空汰の手に持っている本に視線を向け、驚きの表情を浮かべた。
「空汰様、闇の術を学ばれているのですか?」
「え?」
慌てて本の表紙を見ると、そこには、闇術書、と書かれていた。苦笑を浮かべながら棚に戻す。
「あ、いや。何だろうなぁって」
「そうですか」
「は、珀巳は?」
「私は特にこれといってありませんでした。ほとんど読んだことのあるものばかりです」
「あぁ……なるほど……! ほとんど読んだことのある!?」
「はい。翡翠様が抜け出している間は、わざわざ探しに行くことなどしませんでしたので、その間の暇な時間にフィリッツ様に許可をもらい、読ませていただいていました。それに、私の私物も本は多いのですよ」
「私物?」
「この屋敷内で働く者達は全員、多かれ少なかれ私物を持ってくるものです。私の今着ているこの襠高袴は私服です」
「私服!? 支給されているわけじゃないのか!?」
「はい。守護者以外服の支給はありませんので、各自で用意します」
「高そうな服皆着ているから、てっきり、貰えるのかと……」
「そういう決まりなのです。必ず衣服は一金以上と」
「そのお金の価値観がいまいちまだ分かっていないのだけど……」
「そうですね……。下級妖なら一銀未満が収入の平均です。中級妖なら五百銀程度が収入の平均です」
「ちなみに……どこが区切り?」
「区切りはありません」
「はい? いや、ほら千銅で一銀とか」
「その地域によって異なるので、明確な区切りはないのです」
「え?」
「翡翠様がよく行く街。妖町祭りが行われる地域をご存知ですか?」
「あ、えっと、うん」
「そこでしたら、一万区切りだったと思います」
「一万銅で一銀?」
「簡単に言えばそうです。これは裕福度によって異なりますので、貧困層な地域では百銅で一銀なんていうところもざらです」
「じゃあ、あの街はかなり景気がいいようで」
「その通りです。まあ、妖長者の屋敷内の者は、あの街でよく買い物をするので、中心街といえば中心街でしょう」
「ちなみに……厭らしい話……。珀巳たちの収入額は?」
珀巳は苦笑を浮かべた。
「そ、空汰様は困る質問をしますね」
「収入相当高いんだろうなぁって」
「そういいますが、この世界で一番収入がいいのは妖長者様ですよ?」
「翡翠が!?」
「当然です。といいますか、収入ではないのですが……」
「どういうことだ?」
「好きな時に好きなだけ、お金を使えるということです。翡翠様も懐に一万金以上は持っていると思いますよ」
「い、一万金……」
「空汰様が今印を持っているのですから、欲しい額を言えば出てきますよ」
「欲しい額を?」
「はい。でも、無駄遣いはしないでくださいね」
「わ、分かった。慎重に使うときは使う。……それで、お前の収入は?」
珀巳は笑顔のまま固まり、目をパチパチとしていた。
「結局そこに戻りますか」
「気になるからな!」
珀巳は諦めたのかため息を吐き、頭に手を置いた。
「全く……誰かさんにそっくりです」
「誰だろうな」
「この屋敷内の使用人で平均一金です」
「使用人で!?」
使用人はこの屋敷内では一番下っ端である。
「これでも、使用人の皆さんは労働内容に比例していないと文句をいうものです」
「守護者は!?」
「守護者は階級によってかなり差がありますから、成りたての新人、ディリー様のような方でしたら百金くらいかと思われます。長老付や妖長者付になると千金は下らないかと思われます」
「式と長老ではどちらが高い?」
「長老付の式であれば、長老の方が高いですが、私達のような妖長者付式であれば、私達の方が高いです」
「珀巳、お前、かなり貰っているな!?」
珀巳は困ったように苦笑を浮かべていた。
「その誰かさんも同じようなことを言っていたことを思い出します」
「その誰かさんにも言われたなら、やっぱり結構貰っているな!?」
「あのですね、空汰様」
「いいから、教えろよ」
「長老の式で四千金程、長老で五千金程、私達式で六千金程です」
「ふ~ん。珀巳はもっと貰っているよな?」
「そ、空汰様?」
「まあいいや。面白いことが聞けた。ちなみにフィリッツは?」
「フィリッツ様は私達と同じくらい貰っていると思いますが、フィリッツ様はあまり受け取っていないらしいです」
「受け取っていない?」
「多分、長老の中では一番少ないかと思います」
「何故?」
「分かりません。ただの噂ですので、本当のところは分かりませんが」
空汰は珀巳から視線を逸らし呆然としていた。
フィリッツは何を考えているのだろう……。
「なぁ、珀巳」
「はい」
「この屋敷で働く者はどうやってここに来ているんだ?」
「私のように連れてこられた者か働きたいと言ってきた者のどちらかです。それ以外にいません」
「じゃあ、フィリッツは?」
「私もあまり詳しくは知りません。噂程度の話ですが、フィリッツ様は屋敷に自ら働きに来て、守護者として働いていたそうです。その後、当時の妖長者の式をしていたらしく、その後、妖長者の方に推薦され長老の長となられたのだと聞いております」
フィリッツのような妖が、何故こんなに堅苦しい屋敷に来たのだろう。フィリッツぐらい頭の回転が速くて、頭が良ければ普通に仕事はたくさんあっただろう。収入がたくさん欲しいという理由だけで来たのなら、収入をわざわざ受け取らないというようなことはしないはず……。
この屋敷内は謎がたくさんある。でも、そんなところが面白い。
「空汰様?」
気付かないうちに笑みを浮かべていた空汰を、不思議に思った珀巳が顔を覗き込んできた。
「あ、いや。面白い話をありがとう」
「いえ、面白い話だったのでしたら良かったです」
「じゃあ、最後に……」
「え?」
空汰は珀巳に満面の笑みを向けた。
「珀巳の収入額は?」
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ガチャッ
翡翠は手足を縄で縛られたうえに、左腕に妖力を封じる腕輪をつけらた。
目の前にはこちらを向いてソファに座るジンとナクがいる。ナクは紅茶を片手に、ファイルを見ているようだった。しかしながら、ジンは相変わらず面倒くさそうにぐったりとしていた。
ジンは空になったティーカップを逆さに振り中を覗くとため息を吐いた。
「入ってない」
式が急いで新しい紅茶を用意し、テーブルに置いた。だがそれを見たジンは、飲むことなく、横目に翡翠を見据えた。
「翡翠さぁまぁ~」
「黙れ」
「ねぇねぇ、本当の名前教えてよ」
「俺は知らない」
「あ、そっか。覚えてないんだよね」
ジンの態度にいちいち腹が立つ。こういうやつだと分かっていても、かなりイライラしていた。だがジンは見た目によらず、侮ってはいけない相手である。フィリッツが、次期長老の長にふさわしいと認めるほどである。
少々性格に難ありだが。
「ねぇ、翡翠様が連れてるあの子、空汰って言うんだね」
「……だから何だ」
「あの子、僕知っているよ!」
ジンがそういうとナクも頷いた。
「私も知っています。初めて会いましたが。あ、でも、妖長者としてなら会いましたね」
「ほら~。ねぇ、翡翠様」
翡翠が顔をあげると、にっこりと笑みを浮かべるジンがこちらを見ていた。笑みこそ浮かべているが、その目は全く笑っていない。
「空汰って言うあの男の子ってさ、次の……」
「五月蠅い!」
翡翠の怒鳴り声にジンとナクは肩を震わせ驚いた。言葉を遮られたジンは不敵な笑みを浮かべ、立ち上がり翡翠に近づくと見下ろし鋭い視線を向けた。
「もしかして、隠しているつもり?」
「黙れ……」
「へぇ~、じゃあ張本人の空汰くんは何も知らないんだね」
「黙れ……」
「空汰くんに翡翠様が伝えられないなら、僕らが伝えてあげようか?」
「黙れ!」
❦
コンッコンッ
空汰と珀巳はノックの音に本棚から顔をのぞかせると、扉のそばに立っているフィリッツがいた。
空汰は急ぎフィリッツに駆け寄る。
「翡翠は!?」
「ジンとナクに連れ去られたようです」
「ジンとナクに? 急いで助けに行かないと!」
部屋から走り出ようとする空汰の手をフィリッツが掴む。
「何!?」
「空汰様はここで珀巳と栖愁といてください」
「何故!? どうして!? どうして俺をいつも置いていくんだ!」
「空汰様……」
フィリッツは戸惑いの表情を浮かべていた。
「分かってる……。俺には何もできないことくらい。でも……俺だって関係者だ。少しくらい手伝わせてよ」
フィリッツは珀巳に視線を向けていた。
珀巳はただただ静かに頭を下げた。その姿を見たフィリッツは空汰に気付かれないくらい小さなため息を吐いた。
「分かりました。しかし、約束していただきたいことがあります」
空汰の表情は真剣そのものだった。
「はい」
「ジンとナクは現在、ジンの自室にいると思われます。私は今からそこに様子見をしに行くだけです。翡翠様を助けに行くわけではありません。必要と判断した場合は、助けますが、翡翠様は多分わざと捕まったのだと思いますから、助けは必要ないと思います。封じの腕輪さえされなければ、自力で逃げ出せるでしょう。私は部屋に入り、ジンやナクと対峙しますが、空汰様は部屋に入らず廊下でお待ちください。何があっても中には決して入って来ないでください」
「分かった。扉の外で待つ」
「妖長者の印は私が空汰様に結界を張り、分からないようにしておきます。ただし、一時的なものです。時間が訪れれば消えますので、時間になっても私が出てこない場合は、この部屋に戻ってきてください」
「大体どのくらい?」
「そうですね、目安としては一時間程度です」
「分かった。約束する」
「それから、最後にこれは必ず守ってください」
「絶対?」
「絶対です」
「分かった」
「翡翠様、ジン、ナクとの会話の中で、様々なことが話されると思います。翡翠様が空汰様に何かを隠していることはご存知でしょう」
「あぁ、翡翠が俺に何かを隠していることくらいは」
「そのことについて触れたとしても、翡翠様の口から直接話があるまでは、知らないふりをしてください」
「知らない……ふり……」
「あの話は翡翠様から空汰様が直接聞く必要があります」
❦
見上げ睨む翡翠にジンは余裕の笑みを浮かべていた。
「さっきから、黙れしか言わない。妖力を封じる腕輪さえしたら、こっちの勝ち」
「黙れと言っているだろッ!」
翡翠の必死な言葉は、ジンには届かない。
「憐れだね。ねぇ、ナク。どうしよう?」
ナクはジンと違い、何故か少し体がガタガタと震えはじめていた。自分の手で腕を抑えどうにか震えを抑えようとするが、なかなか治まらなかった。
そんなナクを見て、ジンは翡翠から離れナクの目の前にしゃがみ込んだ。
小声で何やら話をしている。
やがて立ちあがると、ジンは翡翠に近づき強く蹴った。
「ウッ! ゴホッ……」
すぐ背後にあった壁に背中が打ちつけられる。
「正直お前なんかどうでもいいんだよね。何で僕らがお前に指図されないといけないわけ? 僕らは僕らで頑張っているのにさあ」
「ゴホッゴホッ……」
「立場が上ってだけで、何でも出来ると思うなよ!?」
ジンの態度の急変様に翡翠は全く驚きも動揺もせず、吐血すると顔だけジンに向けた。
「お前ら……絶対許さない」
翡翠の言葉を聞くなり、ジンはパッと笑顔になった。
「奇遇だね。僕も翡翠様を許さないよ」
「ジンッ」
「ねぇ、翡翠様」
ジンは笑みを浮かべたまましゃがみ込み、翡翠の顔を覗き込む。
「翡翠様って、結局何がしたいの?」
「うるさい」
「ねぇ、僕らに分かるように説明してよね」
「お前らに話すことは無い」
「散々僕らを足蹴にしてきたくせに?」
「長老なのだから当たり前だ。お前らだって、俺を無理矢理こんなところに連れて来て、人間界には二度と帰さないと言っただろ!」
「だからなに? 僕はさ、嫌なんだよ。人間が妖長者っていうのがさ」
「だったら、それだけの力を妖が持てばいいだろ!」
「そうなんだよねぇ。でも、どうしてかそんな力のある妖は生まれない」
「だったら、お前らが弱いってことだ」
ジンは大きなため息を吐いた。
「翡翠様さぁ、自分の今の状況分かってる?」
「分かっている」
「だったら、その無駄吠えやめたら?」
「俺には仲間がいる」
「フィリッツのこと? あーダメダメ。フィリッツは俺らの仲間だから。俺らの敵じゃない。フィリッツは裏切り者だから、翡翠様の仲間ではないよ。ざんねーん!」
「ハッタリだ」
「そう思うならお好きにどうぞ?」
翡翠が舌打ちすると、ジンは立ち上がり翡翠を踏みつけた。
「ガハッ……コホッゴホッ!」
「楽しいね、翡翠陛下を足蹴に出来るなんて」
「ゴホッゴホッ……ハァ……」
「ねぇ、翡翠様。もしかして、空汰くんも自分の味方だって思ってる?」
翡翠はジンを睨み付けるだけで、何も言わなかった。
「思っているんだぁ。わぁ~、可哀想だね」
ジンは翡翠から少し離れたところで、翡翠に背を向けて、顔だけ振り返り妖艶な笑みを浮かべた。
「そんなわけないじゃん。寧ろお前の敵だよ」
「そっ、空汰は……ゴホッ……。俺の味方だ」
「へぇ~、面白いこというね。何? 妄想?」
「空汰に……ハァ……手出ししたら許さないからな!」
「手出しはしないよ、どうでもいいから。でもさ、翡翠様がまだ伝えていないこと教えてあげようかな~」
「止めッ……」
「ね? 空汰くん知らないんでしょ?」
「ジン!」
「どんな顔するんだろうなぁ~、空汰くん。驚くだろうなぁ」
「止めろッ!」
ジンは翡翠に背を向けていた。翡翠からでは、ジンの表情を見ることが出来ない。
「そんなにやめてほしいの?」
「止めろ」
「ふ~ん。嫌だよ」
「は!?」
「だって、僕、翡翠様のこと大嫌いだから」
ジンが自分のことを嫌っていることは結構前から気づいてはいた。だが、想像以上に嫌われているらしい。まあ、今の言動を見れば一目瞭然ではある。
ジンが口を開きかけたその時、三人の視線が部屋の扉に向いた。
そこにはしらけた表情をしているフィリッツが立っていた。
「フィリッツ。何をしに?」
「様子見です」
「様子見?」
「はい。翡翠様がいるようですね」
フィリッツは翡翠がいることを横目に確認し、瞬時に状態を窺っていた。最悪なことに封じの腕輪がされているようで、自力で逃げ出せるような状態ではない。
「そう、僕らが捕まえたんだ」
「そうですか」
「フィリッツ、一人?」
扉の外で聞き耳を立てる空汰を、珀巳はそばで静かに見据えていた。
「はい、残念ながら」
「ねぇ、フィリッツ」
「はい」
「空汰くんのこと知ってる?」
「知っています」
「じゃあ、その子の正体知ってる~?」
フィリッツは翡翠を一瞥した後、ため息を吐いた。
「それがどうかしましたか?」
「知っているのに、フィリッツも空汰くんに何も教えてあげないんだね」
「翡翠様が語らないことを私が語ることは出来ません」
「そうやって逃げるんだ」
「逃げているわけではありません」
「じゃあ、空汰くんに教えてやりなよ」
そういうジンの表情は笑っていたが、目の奥は全く笑っていない。
「止めろッ! ジン!」
「翡翠様ぁ、僕今、フィリッツと話しているんだよねぇ」
「ジンッ!」
「だからそんなにやめたいなら、自分で言えば?」
「フィリッツ、空汰は来ていないよな?」
フィリッツは一瞬戸惑ったが、すぐに無表情になった。
「来ていません。私の自室にいます」
それを聞いた翡翠は、力を振り絞り壁に背を預け座った。
「フィリッツ、ジン、ナク。お前ら全員知っているんだよな?」
二人は頷き、一人は笑みを浮かべた。
「知っていますよ~」
「ジン、お前黙ってろ」
「嫌です」
「……殺すぞ」
「威勢がいいですねぇ。でも、妖力を封じられている翡翠様に僕を殺せますかぁ?」
「取れた瞬間、殺してやるよ」
「それはそれは、楽しみだ」
ずっと黙って聞いていたナクが口を開いた。
「翡翠様は何故、空汰様に何も言わないのです?」
「言いたくないから。それだけだ」
「仲間だと豪語するのなら、言った方がいいのでは?」
「仲間……ね……」
その言葉を聞いたジンがニヤリと笑みを浮かべる。
「言っちゃえば? 俺は仲間じゃないってさ」
「仲間だと思っている」
「翡翠様って矛盾しまくりだよ」
「それでもいい。俺はあいつを守るよ」
「空汰くんを? 無理だよね?」
「無理じゃない。俺はあいつを……」
「戯言もいい加減にしたら? 翡翠様が空汰くんといる理由ってたった一つでしょ?」
「止めろッ! 言うな!」
ジンは不敵な笑みを浮かべ、鋭い視線を翡翠に向け、低い声でつづけた。
「酒々井空汰くんは、君の次の妖長者の子……つまり、次期妖長者だから目が離せない……からでしょ?」
妖絆記〜中ノ段〜
無事に終えることが出来ました。
いつも更新する度に、また多いときはほぼ毎日ようにこの小説に足を運んでくださり、本当にありがとうございました。
誤字、脱字などがあり、読みにくい部分も多々あったかと思いますが、それでも読んでくださった方々に感謝の言葉しかありません。
上ノ段、中ノ段とくれば、次は下ノ段です。とうとう終盤戦。既に書き終えていますので、また次の更新の際に足を運んでくれたらなと思います。
また、評価やコメントを頂けるとガチ泣きで喜びます。
ありがとうございました。では、また




