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第三章 妖精狩り

「……」

 俺達の野営地では、妖精達がワイワイと食事をしている所だ。俺はそれを黙って睨みつけている最中だ。

 ヴィーンを出発してからというもの、毎日のようにミルクタウンから逃げてきた妖精の一団に出くわし、食事を分け与えている。

 まるで妖精達のお守りをしているようだ。

「食料が厳しくなってきましたぞ」

 ジェットが荷馬車を覗き込んで嘆いた。途中で襲ってきたモンスターの肉なども保存食にして持ち歩いてはいるのだが、日に日に増える妖精の一団に食料が追いついてこない。

 今、食わしてやってる妖精団は十人もの大規模だ。もうミルクタウンの裏路地やら丸秘料理など、隅々の情報を教えてもらっている。

「この子の知り合いにね〜」

 頭に団子をつけた団子妖精が、知りたくも無い情報を食事の御礼にと必死に説明してくれている。

 それを黙って聞いている秋留、クリア、ルンの三人もウンザリとした顔を隠せない。

「何とか明後日にはミルクタウンに辿り付けそうなので……ギリギリですな」

 それはこれ以上、妖精団が増えなければの話だろうな。

 こいつら、妖精同士で示し合わせて俺達をカモにしているのではないだろうか。有り得る。妖精には何度も悩まされているからなぁ。

 そして次の日、案の定、俺達の野営地に昨日の倍はありそうな妖精団がやってきた。それだけミルクタウンから脱出して来ている妖精達がいるという事だろうか。

「ごめん、それは知らないや」

「うん、分からない」

「知らにゃーい!」

「それ、何の話?」

 妖精狩りの人相は未だに分からない。どの妖精達も俺達から奪っていくだけで大したものは与えてくれない。中には珍しいアイテムをくれる妖精もいるのだが、ほんの僅かだ。

 というか、逃げてきている妖精の中には事情の分かっていない奴が結構いるという事が最近分かりだした。

「まるで小さな村が出来たみたいだね」

 さすがの秋留も少し呆れているようだ。

「……こんな変な妖精ばっかりじゃないからね、誤解しないでよ?」

 ルンが必死に弁解しているが、本人だって十分変人な事を分かっていないらしい。

「そろそろ寝てしまいますかな? 明日早く出発すれば日のあるうちにミルクタウンに到着出来そうですぞ……」

 ジェットが眠そうに言っている。半分寝ているといっても良いかもしれない。……いや、死人だから起きているというのはおかしい気がする。

「頭が痛いのですか? お嬢様用に常備している頭痛薬などいかがですか?」

 どの妖精に対しても腰の低いシープットが話しかけてきた。どうやら頭をかかえて悩んでいたようだ。この大陸に来てから精神がおかしくなってしまったのかもしれない。

「執事さ〜ん、お茶〜」

「はいはい、ただいま」

 アフロの妖精に言われてシープットがお茶を持っていった。腰が低いせいで妖精に良いように使われている。人の世話をするのが好きで好きでしょうがない性格なんだろうな。

 そして暫くすると、妖精達は一斉に眠りについてしまった。夜の見張りを手伝う気などサラサラ無いようだ。

「それじゃあ、私が最初の見張りね」

 秋留が伸びをして言った。

「野営地が広いから気をつけてな」

「うん」

 どこかまだギコチない会話を交わして俺は眠りについた。


「ッイブ」

「ブレイブ!」

 どうやら見張り交代の時間だ。秋留が時間管理用の砂時計を持ってテントの入り口に立っていた。金のある奴なら腕時計とか言う高価な時計を持っているのだが、俺達パーティーでは持っている奴はいない。そもそも太陽の位置や星の位置で大体の時間は分かるため、腕時計が必要だとはあまり考えたことはない。

「何も無かったか?」

「うん、大丈夫だったよ」

「そうか……んじゃ、オヤスミ」

「オヤスミ〜」

 何か会話がつまらない。変に意識し過ぎなのだろうか。

「!」

 とてつもない殺気。辺り一面の空気が一気に変わった。

「な、何?」

 休もうとしていた秋留も杖を構えて周りを警戒する。寝たらすぐには起きないジェットは……やっぱり起きない。クリアのテントの前で休んでいたカリューと紅蓮は唸りだした。

「凄い殺気だ……ジェットにも起きてもらった方が……」

 何だが急に意識が遠のいていく。

「! 何かの魔法?」

 魔法耐性のある秋留が叫んでいるが、意識を保つのがやっとの俺は体を動かす事も出来ない。

「うっ!」

 胸に激痛が走り血が舞った。合わせ難い焦点を目の前に合わすと、暗闇に紛れて何者かが剣を振るっているのが見える。俺は無意識のうちに右手に持ったネマーから硬貨を発射した。

「ガウウウ!」

「ウゥ!」

 紅蓮とカリューが飛び掛ったようだ。最早声しか聞こえてこない。

「ヒートアロー!」

 いつの間にか呪文を詠唱していた秋留が魔法の矢を放ったようだ。何者かの声が聞こえてこないという事は誰の攻撃も直撃しなかったようだ。

「大地を照らす優しい光よ」

 いつの間にか起きたらしいジェットの声だ。聞いた事のない魔法だぞ……。

「この者を闇から解き放ちたまえ、目覚めの日輪」

 頭の中のモヤが消えていくように意識がはっきりとしてきた。

「ぜぇ、ぜぇ」

 体から湯気を立たせながらジェットが息を切らしている。意識を覚まさせる神聖魔法を唱えてくれたようだ。

「この暗闇ではブレイブ殿の五感が頼りですぞ」

「ああ、ありがとう、ジェット」

 俺は痛みを我慢してネカーとネマーを構えた。奴は……。

 俺はモーション無く振り返ってネカーとネマーをぶっ放した。

「ぬぅっ!」

 敵のうろたえた声。若くはない、男の声だ。

「! お前!」

 奴の手に持った短剣に刺さっているものを見て俺は叫んだ。

 妖精だ。

 俺達のスキを突いて、いつの間にか妖精達に近づいたようだ。

「きゃあ!」

「うわぁっ」

 何とか目を覚ましたらしい何人かの妖精達が目の前の惨劇に驚いて四散する。辺りのザワメキにクリアとルンもテントの中から姿を現した。先程の眠気を誘う魔法も薄らいできたようだ。

「……妖精狩り?」

 ルンが震えながら言った。

「みたい……だけど、ここで終わらせるよ」

 クリアが不思議と強気だ。寝ぼけているのだろうか。クリアの左右にカリューと紅蓮が並んだ。少し傷ついているのは俺が半分意識が吹っ飛んでた時に奴から受けた傷だろう。

 俺は目の前に意識を戻した。

 暗闇に紛れていてほとんど顔を確認する事は出来ないが、物腰や声から判断すると四十歳位だろうか。

「邪魔をするな……もっとも見られたからには全員殺すがな」

「!」

 俺は妖精狩りの動きに合わせてネカーとネマーを放ち、奴が妖精の群れに突っ込んでいくのを阻止した。

「ちっ、目の良い奴がいやがるな……」

 喋りながら奴が俺の目の前までやってきた。コイツ、相当早いぞ。

 再びネカーとネマーをぶっ放す。

 しかし、あっさりと避けられた。

 今マガジンに入っている硬貨は銅で出来た千カリム硬貨だから、直接狙うと殺してしまう事になり兼ねない。悪人だと分かっていても相手が人間だと躊躇してしまう。

「甘い奴だ」

 妖精狩りの振るった別の大剣の一閃を持ち替えた短剣で受け流す。そして足を狙ってネカーをぶっ放した。

「良い動きだが、甘すぎる!」

 後頭部に妖精狩りの回し蹴りが入った。

「はっ」

 横からジェットの援護が入った。しかし、マジックレイピアの攻撃を難なく交わすと妖精狩りが上空へと舞った。

「不可視な超人マッハよ、」

「! 召喚士?」

 俺は上空にネカーとネマーを放ったが、妖精狩りの持つ剣に弾かれた。

「その拳で我に仇名す敵を吹き飛ばせ……」

 やばい! 魔法が放たれる。一体、どんな魔法だ!

「うおおお!」

 その時、ジェットが上空の妖精狩りに向かって飛び上がった。不死身の身体で俺達を守るつもりのようだ。痛みはあるというのに……。

「マッハ・パンチ!」

 上空がパッと光った。そして勢い良くジェットの身体が地面に叩きつけられる。

 何が起きたのか全く見えなかったが、呪文の内容からして見えない霊獣の召喚なのだろうか。それでも妖精狩りの顔は光った瞬間に見えた。

 やはり四十歳位の男だ。変わった灰色の丸い頭巾をかぶって、不気味な暗い色の剣を構えていた。

「!」

 咄嗟に上体を反らしてその剣を交わした。いつの間にか俺の目の前まで来ていたようだ。

「マッハ・パンチ!」

「な?」

 呪文の最後、発動の言葉と共に俺の腹に激痛が走った。何か強大な力で思いっきり殴られたような感触……。背中が近くの木にぶち当たったようだ。またしても意識が遠くなる。

「死を悟った嵐の猛攻は、仇名す者を滅ぼす爆風となる……」

 早口だが、力の篭った言葉、秋留がラーズ魔法を唱えようとしている最中だ。

 その魔法を援護するかのようにカリューと紅蓮が妖精狩りに同時に飛び掛る。

「まだまだぁっ!」

 上空から飛び掛ってきたカリューの攻撃を剣で払った。あまり切れ味は良く無さそうだが、カリューはまともに剣の攻撃を受けてしまった。

 そして紅蓮の攻撃は交わされ、後方から回し蹴りをくらい地面へと転がる。

「カリュー! 紅蓮!」

 クリアが叫んだ。蹴りを食らっただけの紅蓮の傷は浅いようだが、カリューは……大丈夫そうだ。剣の攻撃をまともに食らったのに身体はどこも吹き飛んでいないようだ。全く頑丈な奴だ。息を荒げながらヨロヨロと立ち上がってきている。

「ウィンド・ボム!」

 そして秋留の魔法が発動した。

 空気が「バンッ」と大きく鳴り、妖精狩りの身体が後方に弾け飛んだ。

「炎を吐く獣ペルーダ……」

 空中で体勢を立て直しながら、呪文を唱え始めた。秋留の魔法が直撃したはずなのに、何も無かったかのように呪文を唱え始めた……そんな事出来るのか?

「ガウッ」

 傷の浅かった紅蓮が後方から飛び掛った。またしても剣で払われる。俺も呪文を完成させまいとネカーとネマーを構えようとしたが……駄目だ、先程のダメージが残っていて身体を動かせそうにない。

「駄目、呪文も間に合わない!」

 秋留が叫んだ。

「我の前に姿を現し全てを焼き尽くせぇ!」

 力の篭った最後の叫び。

 そして俺達の目の前にはヘビのように身体の長い獣が姿を現した。

「ウキャーーーー」

 高い叫び声を上げながら辺りを跳ね回り始め、所構わず口から真っ赤な炎を吐き出した。

「ぎゃああ」

「うわぁ」

 妖精達の群れに炎が放たれる。

「業火の身体を持ち 煉獄の心を抱く者よ!」

 秋留が魔法を唱え始めた。それに気付いた妖精狩りが剣を構えて秋留に飛び掛る。

「うおおおおお!」

 俺は叫びながら両手を持ち上げ、ネカーとネマーを乱射した。

「ちっ」

 それでも避けながら妖精狩りは秋留を斬りつけた。その攻撃を秋留は何とか杖で受け止めたようだが、勢い良く後方へと弾かれた。

「くう……」

 攻撃のショックにより秋留の魔法は中断されたようだ。

 ま、不味いぞ……。こいつ、冗談じゃなく強い。このままじゃ全滅してしまう。

「弱き者を狩るなど、人としてあるまじき行為……」

 ジェットがマジックレイピアを構えて立ち上がった。

「黙れ……」

 妖精狩りがジェットに飛び掛る。そして無防備なジェットの胴体を横薙ぎにしてしまった。

「ぐああああ!」

 ジェットの叫び声が闇夜にコダマする。様子を見守っていた妖精達の悲鳴も沸き起こった。

「余計な口を叩くからこうなるのだ」

「ジェットー!」

 俺は叫んだ。

「お、お主こそ、悪党のくせに喋りすぎじゃ」

 上半身と下半身がほとんど離れてしまっているジェットが口を開いた。

 そうだ。

 あまりにも普通の老人っぽい行動をするせいですぐに忘れてしまいがちだが、ジェットは死人なのだ。

 痛みは感じるが、死ぬ事は無い。

 それでも胴を斬られるのは想像を絶するような痛みのはず。その痛みを堪えていられるのは、チェンバー大陸の英雄と呼ばれていた程の強者だったからか、死人としての生活の長さから痛みに慣れたからなのかは分からない。

「な!」

 さすがの妖精狩りもジェットが死人だったとは気付いていなかったようだ。明らかに動きが止まってしまっている。

「はぁっ!」

 上半身だけのジェットの攻撃が妖精狩りの脇腹を貫いた。僅かな魔法力も篭っていたらしく、妖精狩りの身体が大きく揺れた。

 そのままジェットの身体が地面へと倒れこんだ。

 それと同時に今まで暴れていたペルーダとかいう獣が煙のように消える。

「くっ……」

 妖精狩りが脇腹を押さえながら片膝を付いた。脇腹から血を流している所を見ると死人ではないようだ。

「水の牢獄により全ての者を包み込み全ての者に残酷なる死を……ウォータープリズン」

 秋留が弱った妖精狩りに魔法を放った。

 この魔法はたしか、相手を水の球に閉じ込めて窒息死させる恐怖の魔法だ。容赦ないな、秋留……。

「ちっ!」

 妖精狩りは舌打ちをすると、最後の力を振り絞って傍らに転がっていたジェットの上半身を水球に投げつけた。

 どうやら魔法の効果は、窒息死する事など有り得ないジェットの上半身を取り込んで満足してしまったようだ。

 この妖精狩り……咄嗟の機転などを見ると、やはりレベルの高い相手に違いな。

「この礼はさせて貰うぞ」

「ま、待て!」

 両手を挙げて武器を構えようとした俺の腕に短剣が突き刺さった。先程、妖精を突き刺していた短剣だ。

「お、追わなくていいよ」

 体勢を立て直した紅蓮やカリューを秋留が引き止める。クリアも二匹の獣を呼び止めたようだ。

「まずはあの子達を少しでも多く助けてあげないと」

 秋留が悲しそうな顔をしながら後方を振り返った。

 惨劇。

 辺りは暗闇を引き裂くかのように木々が燃えている。そして地面に転がる負傷した妖精達と無数の死骸……。

 冒険者は常に一般市民を守る事も考えなければならない。危険に晒してはならない……。

 俺達は気力を振り絞り、傷ついた妖精達を助け始めた。同時に燃え盛る地面や木々の消火も進める。


「もう夜明けですな」

 ジェットが近くの川から水を汲んできた所だ。妖精狩りとの戦闘でその不気味さを垣間見たジェットは妖精達から若干避けられている。ジェットが頑張ってくれなければ俺達は全滅していたかもしれないのに……薄情な奴らだ。

 妖精達の手当てと森の鎮火が終わったのはついさっきだ。

 不死身のジェットは底なしの体力でまだまだ活動しているが、他のメンバーは地面に倒れてグッタリとしている。

「辛いけど、早めにミルクタウンに移動しないと……この状態でまた襲われたらもう撃退出来る自信ないし」

 秋留もゲッソリとしている。魔法で炎を消したり、なんかの魔法で妖精達を回復したりしていたからな。

「私も次は生き残れる自信がありません」

 戦闘中はトコトン存在感の薄いシープットが言った。敵もお前は狙わないんじゃないか? というか、どこにいた?

「アタシ達はどうしたら良い?」

 生き残った妖精達が怯えながら俺達に近づいて来た。

「ミルクタウンからは逃げて。妖精狩りの今度の標的は私達かもしれないし」

 秋留からその台詞を聞いた妖精達は文句なく、小さな馬車で俺達から離れていった。

 妖精狩りの標的……。

 目撃した人間も例外なく殺しているようだしな。

「まぁ、奴の顔を見たし深い傷も負わせたからな。俺達が準備する時間はあるんじゃないか?」

 リラックスさせるために言った台詞だったが、あまり場は和まなかったようだ。

 言ってはみたものの、リベンジしてくるのは時間の問題かもしれない。

「どうしたの?」

 クリアがルンの顔を見て心配そうに言っているのが聞こえた。

 ルンは妖精にしては俺達人間と皮膚の色がソックリなのだが、今の顔色は真っ青だ。

「な、何でなの……」

「ルン、大丈夫?」

 頭を抱えて蹲ってしまっている。そういえば、妖精達の傷の手当などをしている時からルンはどこかおかしかった。

「ギャスター……」

「? ぎゃすたぁ?」

 ギャスター? 人の名前だろうか。

「もしかして、妖精狩りの人は知り合い?」

 秋留の優しい問いかけ。

 その話し方にルンも少し落ち着きを取り戻したようだ。頭を上げるとオドオドしながらも話始めた。

「ギャスターに間違いないわ……私の恋人だった、ギャスター……」

 それからルンはポツポツと弱々しい声で人間だった頃の記憶を頼りに話し始めた。


 魔法剣士ギャスター。召喚魔法と剣術、格闘を得意とするレベル四十一の冒険者。

 武道家メルン。格闘が得意なレベル二十の冒険者。ルンという名前はこのメルンという名前から取っているようだ。

 二人は恋人同士であり、将来は結婚を誓い合っていた。二人の息はピッタリで、どんなモンスターも魔族にも二人で勝利してきたらしい。……これは言い過ぎかもしれない。

 しかしある日、二人の仲が悪くなる。

 メルンは、相方であるギャスターが実は自分の事が嫌いだということを噂で聞いたのだ。

 相手に対して疑惑を抱くと自然と相手の嫌な所ばかりが目立ったり、疑惑が大きくなったりもするもの……らしい。……他人事じゃないな。まるで今の俺のようだ。

「いちいち五月蝿いな! 俺がどうしようと俺の勝手だ!」

 ギャスターの行動が気になってメルンが問い詰めた結果、二人は破局した。

 そしてショックから立ち直れなかったメルンはこの世を去る……。


「ギャスターは妖精狩りなんていう野蛮な事はしない、誠実な冒険者だったわ! 熱血漢で正義感が強くて融通が利かないけど、とっても優しくて……うわ〜ん〜」

 思い出を語り終わったルンは最後に叫ぶとショックのあまり泣き始めてしまった。

 ちなみに熱血で正義感が強くて……というキャラは最近あまり登場しない人間だった頃のカリューの性格にピッタリだ。

「ギャスターって青髪……」

「ブレイブ!」

 ふざけようとした俺を秋留が怒る。ちぇっ。

「その話ってこの大陸で起きた事だよね?」

「うん……」

 秋留が何か考え込んでいる。わがパーティーの頭脳だからな。何を考えているのかは俺にはサッパリ理解出来ないが……。

「妖精狩りを始めるきっかけがあるのかもね。どっちにしろ、この先のミルクタウンに行けばギャスターの情報も何か分かるかもよ?」

「……うん!」

 弱々しいがどこか元気の出てきたルンが返事をした。

 俺達は荒れてしまった広場を後にすると、一路、ミルクタウンを目指して馬車を出発させた。


「もう見えてきましたぞ」

 昼過ぎにはミルクタウンの街が遠くに見えてきた。街道には変わった実の生えた木が所狭しと生えている。

「ギジンが沢山いるね〜」

 久しぶりの街にクリアも嬉しそうだ。ルンも少しは気分が良くなってきたらしく、街並を眺めながら目をキラキラさせている。

「まずは……宿を探そうね。長老に会うのは明日にしよう」

 疲れきった秋留が言った。そうだな、先に宿を探そう。長老への挨拶や情報収集などは体力が回復した後で良い。

「腹が減っては戦が出来ませんからな」

 死人のジェットの腹が減るのは今更疑問に思う事でもない。

 俺達は大通りを歩き始めた。

 ファリやヴィーンよりも沢山のギジンが冒険者の俺達の姿を見て、自分の宿屋に連れて行こうと必死になっている。

「食べ放題付き・屋上露天風呂の宿……トナカイ?」

 特典は魅力的だが不思議な感じの宿の名前が俺の眼に飛び込んできた。

「食べ放題? 屋上露天風呂? そこが良さそうだね」

 俺達は宿屋トナカイのプラカードを持っていたギジンの元へと歩いていった。

「いらっしゃ! うちにお泊りか?」

 微妙に言葉が下手なギジンに案内されて到着した宿トナカイ。屋根には大きな角が二本くっついている。

 クリア達は相変わらずのスウィートルーム、俺とジェットは少し高めの相部屋をとった。

「夜御飯の時間まで寝ませんかな?」

 眠そうなジェットの申し出に、もちろん異論のあるはずもなく、俺達は久しぶりのベッドでグッスリと眠りについた。


「お客様〜、夕食のお時間ですが〜」

 相当疲れが溜まっていたらしい。まだまだ眠り足りなかったが、食べ放題のためにも頑張るか。

 ジェットも腹をさすりながら起き始めた。

「おはよ〜」

 秋留を筆頭に眠そうな軍団が隣の部屋から出てきた。同じように店員に起こされたようだ。

「徹夜だったからな」

「そうだね」

 俺達はフラフラしながらも食べ放題をやっている食堂へとやってきた。値段の割りには旨そうな料理が目立つ。

『いっただっきま〜す!』

 俺達は食べ放題用の皿にコンモリと盛った料理を豪快に食べ始めた。馬車での最後の方の料理は妖精達に色々持っていかれたせいで質素なものだったからなぁ。

 遠くで店員達がザワザワと話しているようだが気にしない。

 この宿ではペットも同伴可だったため、カリューと紅蓮も横で宿の料理をガツガツと食べ続けている。……いつも通り銀星達は隣の馬屋で食事でもしている最中だろうか。

「おかわり持ってくる〜」

「ワシもですじゃ」

「僭越ながら私も……」

 ズラズラと席を立ち、テーブルには俺と秋留だけが残された。お互い、皿には料理がまだ乗っかっている。

 前なら二人きりになれたら嬉しかったのに……今は複雑な心境だ。二人きりなのが辛い。

 一体何を話せば良いのか、頭が真っ白になってしまう。

 ……素直に秋留の気持ちを聞いてみるか?

 いや、優しい秋留の事だ。俺の事を何とも思っていなくてもそれなりの返事をしてくれるかもしれない。誰に対しても優しい秋留。俺が特別な訳では無いんだ……。

「何かくっら〜い!」

 料理を持ってきたクリアが俺の背中を叩きながら言った。

 はぁ。こいつ位お気楽ならどんなに楽な事か。

「人の顔を見て溜息付くな〜!」

 クリアに再びド突かれた。

 その後、俺達は何回も料理をおかわりし、満腹になった所で食堂を後にした。ちなみに食べ放題用の数々の大皿はいくつかが空になっているのは言うまでもない。


 翌日。

 空からは優しく小さな雪が降り続けていた。きちんと防寒をした俺達は宿屋を出発して、街の中心にあるという長老の家へと歩いていった。

 途中、この街を脱出しようとしている妖精達と何度もすれ違った。シャッターを下ろしている店も数多く目立つ。これじゃあ、この街は寂れる一方だろうな。

 ようやく長老の家の前までやってきた。

 俺達の前に客がいたらしく、家のドアから一人の男が出てきた。どこか人間離れをした綺麗な肌をしている。

「あの人、ギジンだわ……」

 ルンがポツリと呟いた。

 ほ〜、あんな人間みたいな見た目のギジンもいるのか。これはいよいよ見分けるのが難しくなるなぁ。

「なんじゃ! またこの街を出たい奴らか!」

 長老に合った最初の一言がこれだった。しょうがないだろうな。

 ギジンは使っていないが、人間よりは頭二つ分は低い老人が目の前にいた。細長い眉毛を必死に吊り上げて「ううう〜っ」と威嚇している。

「さっき出て行ったのも街を脱出する妖精か?」

 俺は言った。

「あやつは別件じゃ! お前は何じゃ!」

 この爺さん、妖精狩りの件で相当頭にきているみたいだな。

「あ、あの……」

 不思議な迫力にルンもタジタジだ。

 何とか秋留が長老を落ち着かせてようやく本題へと入った。

「こ、これ、虹色蜥蜴の粉です」

 ルンが差し出した袋を、怒りの顔から満面の笑みに変わった長老がプルプルした手で受け取る。

「こ、これじゃあ! ワシが考案中の虹色パンの材料になる虹色蜥蜴の粉……これがあればミルクタウンは有名になってワシの元に税金がガッポガッポ……」

 そこまで喋って長老の動きが止まった。

 興奮し過ぎて死んでしまったか?

「な……」

『な?』

 俺達は全員で聞き返した。

「何で妖精狩りなんていう訳の分からない輩がこの街周辺に出現するんじゃー!」

 また怒り出した。

「何でじゃ〜……」

 今度は泣き始めた。喜怒哀楽の激しい爺さんだ。まぁ、妖精狩りのせいで精神がおかしくなってきているに違いない。

「お、落ち着いてください、長老様……」

 ルンが小さな身体で長老の身体を支えた。

「……ヌザンク……」

「え?」

「ワシにも名前がある。ヌザンクじゃ」

 ……。

 どうしろと言うのだ?

「呼んであげれば?」

 秋留がルンに耳打ちする。それに軽く頷くとルンは優しく問いかけるように話かけた。

「長老ヌザンク様、落ち着いて下さい……」

「おおおおお、ええ娘じゃのお、ええ娘じゃのお〜」

 ヌザンクと名乗った爺がルンの剥き出しの胸に抱きついた。

「カリュー、紅蓮……」

 それを見たクリアが二匹の下僕に命令を出した。

 ヌザンクが涙を流しながらカリューと紅蓮に爪を突き立てられたのはそのすぐ後だった。


「老い先短い老人に酷い事をするもんじゃ」

「……妖精の見た目と年齢は関係ありませんよ」

 ここはヌザンクの家の居間だ。ヌザンクの台詞にルンが怒りながら回答した。

「どうぞ、粗茶ですが……」

 この家のお手伝いさんだろうか、ギジンがお茶を運んできた。

「で、この粉の他に何か用があるのじゃろか? ワシは虹色パンの開発で忙しい身なのじゃが……」

 自分勝手な爺さんだが、この爺さんが一番情報を知っていそうだしなぁ。

「私達、ここに来る途中に妖精狩りに襲われたんです」

「何と! それは本当かえ?」

 オーバーリアクションで秋留の方に向き直った。

 交渉役の秋留は長老の真横の席に座っているため、長老の顔が真横にある。秋留に変な事しようとしやがったら、中身の無さそうな頭を吹っ飛ばすからな……。

「そこの兄ちゃんが危険な目でワシを睨む」

「……あまり気になさらずに」

 どうやら俺の心意気は伝わったようだ。

「妖精狩り……犯人は知っていますか?」

「……それを聞いてどうする?」

 ヌザンクがシリアスな声を出す。まるでキャラを作っているかのようだが……作っているんだろうな。

「私の恋人にそっくりなんです! 恋人だったギャスターに!」

 秋留の隣に座っていたルンが涙ながらに叫ぶ。

 その場が暫く沈黙に包まれた。

「……それは妖精になる前、前世での話かな?」

「はい」

「……あんたがメルンだったのか」

「! はい! ……という事はやっぱり妖精狩りはギャスターなのですね?」

 ルンがガックリと肩を落とした。人違いであって欲しかったのだろう。元最愛の男が妖精狩り、自分と同じ種族を狩っている等とは考えたくはないだろうな。

「そうか、あんたがあの有名なナイスバディの武道家メルンだったとは……確かに……」

 ヌザンクの爺がルンの身体をジロジロと眺める。

「あ、あはは……冗談じゃ」

 ヌザンクの頬にカリューの爪が軽く刺さった。いい加減に学習しないといつか死ぬぞ、ヌザンク。

「おほん、妖精というのは噂や情報が大好きなんじゃ」

 気を取り直したヌザンクが話しを始めた。

「妖精にも良い妖精と悪い妖精がいる……邪妖精テック……それがメルンとギャスターの仲を裂き、妖精狩りを誕生させてしまった根源なんじゃ」

 ヌザンクが話したメルンとギャスターの悲しい結末。


 愛し合っていたメルンとギャスターはいつも仲良く街を歩いていた。それを恨めしそうに眺めていたのが、邪妖精テック。人の幸せと恋愛が大嫌いな悪戯妖精。

 ある日、邪妖精テックはギャスターに関する噂を流した。ギャスターはメルンの事が好きじゃない。他に本命がいる……と。

 最初は誰も信じない、大した噂ではなかった。

 しかし、それが人や妖精の間を伝わり、やがてリアリティーのある噂へと変わって行ってしまったのだ。

 ギャスターに片思いしていた道具屋の娘までもが噂の中に取り込まれた。

 情報好きな妖精達は二人の関係が上手くいかなくなってきた事で更に噂を広げていった。

 そして、メルンに迷いの心が生まれた時を見計らってテックが囁いた。

「ギャスターはメルンの事が嫌いになったってよ」

 そこでメルンが自殺する。

 悲劇はそれだけでは終わらなかった。

 テックは次に別の噂を流した。

「メルンはギャスターから逃げるために自殺してしまったらしい」

 またしても人間や妖精達の間を伝わるうちにリアルな噂へと変わり、ギャスターの耳へと入った。

 必死にメルンを探していたギャスターは森の中で朽ち果てた恋人の亡骸を発見する。

 これだけならギャスターも妖精狩りに走るキッカケにはならなかったかもしれない。

 しかし、ギャスターは聞いてしまった。

「邪妖精テックが変な噂を流していたみたいだぞ、メルンとギャスターはやっぱり愛し合っていたんだ」

 全てが信じられなくなり、噂を流した、噂を伝えた妖精達を殺す事でギャスターは恨みを晴らしていった。

 その姿はまるで妖精を狩る事でメルンへの気持ちを忘れようとしているかのようだった。


「……」

 ヌザンクの昔話が終わり、俺達は黙っていた。

 ルンの泣き続ける悲しい声だけが居間に響いている。

 邪妖精テック……。

 人の恋愛感情があまり分かっていない俺でも分かる、許せない相手。

 しかし……。

「何とかギャスターを止めないと。妖精狩りをするなんて間違ってる」

 ルンが元気を振り絞るように言った。

 そう。ギャスターは間違っている。

 それにしても強いな、あんな小さな身体をしているのに、どこにそんな力があるんだろうか。

 それなのに俺は……一人でウジウジと……秋留への想いも伝えられずにいる。

「秋留!」

 俺は秋留の方を向いて叫んだ。

「うん! ギャスターを止めないとね!」

 い、いや……。

 そうじゃないんだが……。いや、そうだな、ギャスターの暴走を止めないとな。

 秋留へ想いを伝えるのは……ま、まぁ、いいか、今度で……。

「ワシも手伝いますぞぉお〜」

『いや、遠慮しときます』

 ヌザンクの申し出を丁重に断った俺達は、決戦に備えて街へと繰り出した。


「大きな街だけど、あんまり店屋が開いてないからなぁ」

「そうですな、回復アイテムを探すだけで一苦労ですな」

「あの次の角を曲がれば、開いている道具屋があるはずですぞ」

 俺はなぜか老人二人を連れて買い物に繰り出している。

 一人はジェット、もう一人はヌザンク。喋り方も声もほとんど同じで聞き分けるのが難しい。

 ヌザンクの言うとおり角を曲がった所に道具屋があったが……。

「閉まってるぞ?」

「あんにゃろ〜! 長老であるこのワシに無断で夜逃げしやがったな〜! あのジャガイモ妖精めぇえええ!」

 まるで鬼だ。

 ジャガイモ妖精か。確かそんな印象を受けた奴が逃げている妖精団の中にもいたなぁ。あいつか?

「長老様ぁ!」

 遠くから別の妖精が近づいて来た。

「お、モッコか。どうした?」

 モッコと言われた妖精が俺とジェットの顔をジロジロと見ている。

「この人達、新しく雇った冒険者?」

「そうじゃ」

 俺とジェットに聞こえないようにヒソヒソと話しているが、盗賊の俺の耳には筒抜けだ。

「また首無し死体にされないといいけどね」

「そうじゃなぁ、ちょっと心配じゃのぉ。若い女子だけかくまってやるとするかのぉ」

 俺は黙ってネカーとネマーを構えてヌザンクとモックに向けた。

「銃の威力が心配なら試してみるか?」

 俺の迫力が伝わったのか、ヌザンクとモックは苦笑いすると別れの挨拶を交わした。逃げるようにモックが離れていく。

「で、開いてる道具屋は他にどこにあるんだ?」

「こっちございます、ブレイブ様」

 ヌザンクの俺に対する扱い方が急に丁寧になったのは、決して気のせいではないだろう。脅して正解だったな。


「随分、集まったねぇ」

「おう、店員が沢山オマケしてくれたからな」

 既に街中に俺達が妖精狩りをやっつけてくれるという噂が広まったらしく、色々な場所でヒソヒソと内緒話をされているようだ。中には失礼な会話をしている妖精達や人間もいるようだが、一睨みするとドイツもコイツも即会話を終了させる。

 ……俺に対する変な噂も広がっているのかもしれない。危ない奴とか、容赦ない奴とか……モックとかいう妖精の仕業に違いない。ヌザンクの爺も怪しいな。

「魔法剣士ギャスター……強敵だから。沢山回復アイテムも用意しておかないとね」

「ここでカリューがいたら、正々堂々一対一で戦え! なんて言うのかもしれないなぁ……」

 そのカリューはクリアの傍のソファーで寝息を立てている。

「今夜あたり来るか?」

「街の中にいたら、他の妖精に迷惑をかけちゃうかもね。そろそろ近くで野宿する事にしよっか?」

 さすが優しい性格の秋留ならではの作戦だ。

 この寒いのに野宿するのは嫌だが……しょうがないな。街中じゃあ戦い難いしな。


「おい、ギャスターはいつ来るんだ?」

「私に聞かれたって知らないよぉ!」

 俺はルンに突き刺した指を元に戻した。確かにルンに聞いても分かるはずはないか。

 ミルクタウンの近くで野宿を始めてから二日が経過した。今は朝食を食べ終えてノンビリとくつろいでいる最中だ。街が近いので食事は十分に取る事が出来る。

「気分転換に水汲んでくる」

「ワシも一緒に……」

 俺達はいつギャスターに襲われても大丈夫なように最低二人一組で行動している。それにしても現れないもんだなぁ。傷が深すぎてどこかで死んでいるのではないだろうか。

「来ないなぁ。来なくて良い時に来るんだけどなぁ」

 ……?

 ジェットの反応が無いと思った俺は、恐る恐る後ろを振り返った。

 動く事なく立ちすくんでいるジェットがそこにいた。

 俺はネカーとネマーを構えてジェットに近づいていった。

「おい、大丈夫か? ジェット」

「寝ていました」

 俺はガックリと肩を落とした。

 ?

 寝ていました? 寝ていたですじゃ、ではなく?

 俺は咄嗟にジェットから遠ざかった。ジェットが俺にマジックレイピアを繰り出したのはその直後だ。少しかすっただけだが、魔力が込められたせいで俺の上着が弾けとんだ。

「ぐっ」

 口の中に血の味が広がった。腹からは大量の血が流れている。

「ちっくしょう……」

 よく見るとジェットの後方にドクロのようなモンスターが目に入った。

「霊獣百鬼の使い……」

 俺の後方から声が聞こえてきた。

「召喚している間は俺の生命を常に吸い続けるのだが……もう関係ない」

 後方から強力な蹴りが俺の背中に命中した。

 息が詰まり前のめりに倒れる。

「血を吸え、呪いの十字架よ、生贄の血肉を己のものとせよ!」

 またしてもギャスターの召喚魔法か!

 どんな効果か知らないが、俺の身体が宙に浮き始めた。

「うっ」

 両手両足に激痛が走った。見ると大きなクサビが俺の手の平や足の甲を貫いていた。

「呪いの十字架は生贄にされた者の血肉を少しずつ吸い続けるのだ」

「なんで、こんな事をするんだ? とっとと殺せば良いだろう?」

 言っておいて何だが、まだまだ死にたくはない。

 ただの時間稼ぎだ。

 暫くすれば、秋留が……。

 いや、助けには来ない。自力で何とかしないと……。

「人間は人質があると手を出せない場合が多いからな。お前は人質としての価値があるかな?」

 ジェットは後方のドクロに操られたままギャスターの後ろを付いてきている。

 呪いの十字架とか言うものにはりつけられた俺も、十字架ごとギャスターに抱えられて移動させられている。

「ブレイブ!、ジェット!」

 俺とジェットは情けない姿で野宿場所に戻ってきたようだ。秋留の声が聞こえてきた。

「この状態が分かるな? この二人は人質だ」

 俺はともかくジェットは人質にはならないだろう、と余裕を見せて心の中で突っ込んでいる場合ではない。意識が大分朦朧としてきた。この十字架に血を吸われているせいだろう。

「があっ」

 太腿に激痛が走った。見るとギャスターの持っていた短剣が俺の足に突き刺さっていた。気絶もさせてくれないらしい。

「きゃああ! ブレイブ!」

 秋留の悲鳴が聞こえる。心配でもしてくれているのだろうか。

「お、俺に構わずギャスターをやっつけろ……俺の事なんて気にする必要は無い……」

 そう、俺の事なんてどうでも良いんだろ?

 とっととギャスターをやっつけてくれ。

「ブレイブの馬鹿! ……大切な仲間を見殺しに出来る訳ないでしょ!」

「……な、仲間……」

 しかし少し間があったぞ。きっと俺を元気付けるために無理して言っているに違いない。

「はっはっは! ちゃんと人質の役目を果たしてくれたようだな!」

 笑いながらギャスターが秋留に近づく。

 それは間違いだ。状況がヤバくなれば俺の事など放っておいて反撃に出るに違いない。

「カリュー! 紅蓮!」

 クリアが叫んだ。

 カリューと紅蓮がギャスターに飛び掛る。

 人質を取って安心していたギャスターは突然の攻撃に胸と肩に攻撃を受けた。

「ふざけるなよ!」

 暗い色の剣でカリューと紅蓮に反撃するが、二匹は既に傍にいない。ヒットアンドアウェイ、獣としての本能だろうか。カリューも野生の勘で生きていたようなもんだしな。

「人質がどうなってもいいのか!」

 ギャスターが短剣を俺の方に投げつけた。この軌道はヤバイ!

 ちくしょう! クリア! お前もやっぱり俺の事なんてどうでも良かったんだな!

「……! ……?」

 痛みが無かったが、とうとう俺は死んでしまったのか?

 恐る恐る目を開けると、目の前にはマジックレイピアを振るっているジェットがいた。

 ジェットの顔がグググッと百八十度回転して俺の顔を見る。その後ろには相変わらずドクロ姿の霊獣が見えるが……。ジェットは危険な虚ろな目をしている。

「な、何ぃ!」

 ギャスターが再び驚く。

「火炎の王を守りしサラマンダーよ、炎の槍となり我が意に従え、フレイム・スピア!」

 呪文の溜めがない秋留の詠唱。威力よりは速さをとったためだろう。

 秋留の両手から放たれた炎の槍がギャスターに直撃した。

「ぬああああああ」

 叫びながらギャスターが吹っ飛んだ。そしてそのまま地面に倒れる。殺したのか?

「ちょっと焦げた程度でしょ」

 全員の心配を察したのか秋留が言った。

「うわっ」

 急に身体が軽くなって俺は地面へと落ちた。どうやら俺を縛り付けていた十字架が魔力が途絶えたことにより消えたようだ。

「ブレイブ、大丈夫?」

 秋留が走りよってきた。

 人質の俺を放っておいて攻撃をしかけたんなら、俺の方には来ないで、そのまま止めを刺せばいいのに。

「俺の事なんて、放って……」

「ちょっと黙ってて!」

 そう言うと、秋留は杖を構えて呪文を唱え始めた。

「この者の中を流れる生命力を司る精霊よ、その力を集結させ傷を癒したまえ……」

 秋留に回復させてもらった事はほとんどないが、これはラーズ魔法の中でも数少ない偽回復魔法、その名も……。

「ライフスパイラル!」

 俺の見ている目の前で腹の傷が埋まっていく。

 と同時に身体の力が一気に抜けた。

 この魔法は身体の中の体力やら生命力を傷の修復にあてるという、無理矢理な回復魔法だ。

「あ、う……」

 最早、喋る体力も残っていない。この魔法は傷の深さの分だけ体力を削られてしまうのだ。

 秋留は、体裁だけ気にして回復してくれたんだろう。

「……ブレイブ、一つだけ言っておくけど」

 立ち去ろうとする秋留が背中を向けて話しているのが聞こえる。

「……私は仲間のためだったら命をかけられるわ。カリューにだってクリアにだって……ブレイブにだって」

 ……。

 ……涙が出そうになってきた。秋留は仲間のためなら命をかけられるのか。俺だけ特別扱いじゃないというのは少し残念だが。

 俺も秋留のためなら命をかけられる。例え秋留とは少し違う感情からだとしても、秋留を守りたいという気持ちは一緒だ。俺はやっぱり秋留の事が大好きなんだ、愛しているんだ。

 あのクソジジイに色々言われて不安にもなったが、俺の気持ちはやっぱり変わらない。

 大好きだ、秋留……これが直接言えれば、どんなに楽か。

「ブレイブが一人で迷子になった時、森に助けに入った私の耳に『秋留の事なんて何とも思ってない』っていう内容の声が聞こえてきたけど……」

 ……助けに来てくれたのは秋留だったのか。

 しかも一番聞かれたくない叫びを聞かれてしまった訳だ。

「今日の長老様の話からすると、ブレイブも邪妖精に騙されたのかな?」

 そうか! さすが秋留!

 奴は邪妖精だったか。もしかしたら、ルンが騙されたテックとかいう邪妖精かもしれない。

「ブレイブが叫んだ内容、嘘だと信じているから!」

 そう言って秋留は走っていってしまった。

 もしかして秋留も俺のことを……いや、考えすぎだな。

 とにかく俺は秋留のお陰で自分の気持ちを再び信じる事が出来た。

 ありがとう、秋留。

 ……ちなみに秋留の命をかけるリストにジェットは入っていない。そりゃそうだな。

 この戦闘が終わったら、きちんと俺の気持ちを伝え……ようかな?

 何はともあれ、何とか傷は塞がったが身体は動かせそうに無い。

 喋る事も出来ない。

 しかし、視力と聴力は何とか生きている。他の感覚を削ってでも戦闘の状況を見よう……愛しい秋留の勇姿を焼き付けておこう。


「やっと戻ってきたか……まずは邪魔なお前を殺して」

 傷だらけになりながらもギャスターはカリューと紅蓮、クリア、そして逃げ遅れたシープットを倒していた。どいつも運良く生きているようだが……。

 よく見ると、長老が一生懸命に傷薬を一人ずつに振りかけているのが見える。

「次はそこで回復薬を振りまいている邪魔なジジイをぶっ殺してやるからなぁ!」

 本当に戦闘場所に来ていたヌザンクが、その台詞にビクリと身体を震わした。

 長老のお陰で他のメンバーが何とか生き残っているのかもしれないので、後で礼を言っておいた方が良さそうだ。生きていれば。

「ジェット……大丈夫じゃ無さそうだね」

 フラフラとジェットが関節を揺らしながら立っている。ジェットの身体はどうなっているのだろう。

「ツートン、カーニャア、お疲れ様。とりあえずもう大丈夫だよ」

 秋留がそう言うと、ジェットの身体がクニャッと倒れた。

 そうか、霊獣に操られたジェットを更にツートンとカーニャアがジェットの身体に乗り移って動かしていたのか。どうりで人間離れをした不気味な動きだったはずだ。

「もうお前一人だぞ?」

「! その手に握っている子を離して!」

 さすがに視力も衰えているせいで見えなかったが、ギャスターは左手に妖精を握っていたようだ。

 ギャスターが左手を振って秋留に妖精を投げつけた。

「ルン! 大丈夫?」

 俺の所までルンの返事は聞こえて来ないが、秋留の様子からするとまだ殺されてはいないようだ。

「スキありぃぃぃ!」

 秋留がルンをかばっている間にギャスターが剣を構えて飛び掛った。

 咄嗟に前転でその攻撃を交わす。

 しかし肉弾戦は断然ギャスターの方が有利なようだ。避けた秋留の背中にギャスターの蹴りが入った。

 ちくしょう! 俺の身体が動くなら援護してあげられるのに!

「雪原の住人よ……」

「させるかよっ!」

 秋留が呪文の詠唱を始めた途端にギャスターが秋留との距離を詰めて剣を振るった。

 それを杖で何とか受け止めたが、勢いを殺せずに秋留が後方へと弾かれた。

「全てを貫く氷の矢となれ……」

 それでも秋留は魔法の詠唱を続ける。それだけ魔法に集中しているという事だ。

「コールドアロー!」

 氷の矢がギャスターの腹をかすめる。避けられた!

「死ねえ!」

 秋留!

 俺は心の中で叫んだ。宙に血が舞った。

 ……。

「奥の手……だよ」

 秋留が首に巻いてた真っ赤なマフラー。そのマフラーが鋭い爪となってギャスターの首筋と腹、そして足に突き刺さっている。

 そう、秋留の忠実な僕、ブラッドマントのブラドーだ。

 普通のマントと思い込んで装備してしまった装備者の首を絞め、血を吸い尽くすというハズレ装備品だ。秋留はそのハズレ装備品を手懐けていた。

 この大陸に来てから全然活躍させてなかったので、すっかり存在を忘れていたが……まさかこういう事態を予測しての……な訳ないな。

「ふ、不可視な超人マッハよ!」

 宙に浮いてブラドーに串刺しにされたままのギャスターがそのまま呪文を詠唱し始めた

「岩山の巨人ジャイアントロックよ!」

 同時に秋留も召喚魔法を唱え始める。この魔法は秋留の十八番だ。

 同じ召喚魔法と気付いたギャスターもそのまま呪文の詠唱を続けた。

「その拳で我に仇名す敵を吹き飛ばせ……」

「我の前にその力を示せ……」

 最後の呪文発動のタイミングで秋留はブラドーに突き刺していたギャスターを遠くに放り投げた。

「マッハ・パンチ!」

 ギャスターの魔法の発動の方が早い! しかもあのパンチは見えないんだ!

「ジャイアント・アーム!」

 少し遅れて秋留が魔法を発動した。

 目の前に光が広がる。

 そして宙を舞うヒーローのような格好をした霊獣、おそらく不可視な超人マッハだろう。姿を見てしまったので、もう不可視ではないが。

 秋留の召喚した巨大な岩の腕はマッハを吹き飛ばして唖然としているギャスターの身体をも吹き飛ばした。

「ぐおおおっ!」

 辺りの木々や地面をえぐりながら、巨人の拳がギャスターをどこまでも吹き飛ばしていく。

 轟音が止み、辺りの土煙が収まると、気を失ったギャスターが白眼を剥いて俺の隣に倒れいているのが見えた。

 巨人の腕が俺の目の前まで来たのは、心配させた俺に対する秋留からのお仕置きだろうか。

「ふぅ」

 秋留がペタンとその場に座り込む。

「だ、大丈夫ですかな?」

 回復アイテムを持ってきたヌザンクが秋留の元へと駆け寄る。

 その秋留が俺の方を指差して何やら言っている。もう意識が保てない。秋留の勇姿……とくと網膜に焼き付けておいたぞ……。

 俺の方に走りよってきたヌザンクを見ながら俺は気絶した。



「さて……」

 目の前には呪文を唱えられないようにガムテープで口をグルグル巻きにされたギャスターが岩に縛り付けられている。

 それを見下ろす俺達パーティーの面々。

 ちなみに傷の酷かった俺は水性の回復薬によって身体中がズブ濡れだが、傷はすっかり良くなった。あのクソジジイめ、回復薬を掛けすぎだ。

「ん〜ん〜ん〜」

 目の前のギャスターが何やら文句を言っているようだが、ガムテープ越しでは全く伝わらない。

 クリアがズズズイと前に歩み出る。

 すると突然「バシンッ」とギャスターの頬に平手打ちを食らわした。

「これは、メルンを悲しませた報いの分……の一発目!」

 その後更に四発の平手打ちをギャスターに浴びせかけ、ようやくクリアは落ち着いたようだ。

「貴方が沢山殺してきた妖精の言葉、姿……今までちゃんと見ていないでしょ?」

 ギャスターは無言だ。

「ルン……」

 秋留が後方に声をかけた。秋留の影に隠れてルンが姿を現す。

 その姿をきちんと見ようとしないギャスターにクリアが更に平手打ちのポーズをすると、渋々とギャスターが目の前のルンを見つめ始めた。

「んんん……ん?」

 恐らく「メルン……か?」と言っているのだろう。

 顔を見ただけで気付いたという事は、ルンの顔は前世のメルンの顔と同じなのだろう。

 苦しそうなギャスターの姿を見たルンが、思いっきりガムテープを口から剥がした。

「ぎゃああああ! 痛えええええ!」

 口の周りが真っ赤に腫れている。

「ギャスターの馬鹿! 何で妖精狩りなんてしてるのよ!」

 ルンがギャスターに抱きつく。

 妖精と人間ではサイズが違い過ぎるが……愛おしそうにギャスターもルンを見下ろす。

「俺達の幸せを奪った妖精達が許せなかったんだ……」

「じゃあ私も許せない?」

 ルンがギャスターを睨みつける。

「うう……」

「妖精だって生きているの。それぞれ大事な人もいるし家族もある……それをギャスターは今まで沢山壊してきたのよ!」

 腰の入った強烈な聖拳突きがギャスターのミゾオチにクリーンヒットする。……さすが元武道家だ。狙いが正確である。

「そ、そうだな……」

「ギャスターのやったことは、邪妖精と何にも変わらないじゃない!」

 再び、聖拳突き。

「ぐ、ぐふぅ……ご、ごめん……」

 ああ、この二人の生前の時の姿が見えてくるようだ。

 典型的なカカア天下というものだろうか?

「全く……でもこうしてまた再開出来て良かった……」

 最後にルンが再びギャスターに抱きついた。

 ……。

 周りを見ると、感動したのかパーティーのメンバーの眼にも涙が浮かんでいる。シープットなどは号泣だ。

「ふむふむ」

 長老も妖精狩りを捕らえた事で満足しているようだ。

 妖精狩りギャスター。

 人間も数多く殺したギャスターは治安維持協会に引き渡されて一生を牢獄の中で過ごすのかもしれない。

 しかしルンは毎日、ギャスターに面会に行くんだろうな。

 これが愛というものなんだろう。

「……再開シーンの最中悪いんだが……」

 俺は武器を構えて辺りを窺った。

「え? まさか……」

「……囲まれている」

 俺が警戒した途端に濃い霧が辺りを包み始めた。これは、最近体験したぞ……。

 しかし今回は全員が同じ場所にいる。戦闘員も十分に……。

「……どうしよ、もう魔法力ないよ……」

「え? 魔法の回復薬もあっただろ?」

 秋留の心細い台詞に俺は露骨にうろたえてしまった。

「ヌザンクさんが全部、ブレイブに使ってしまったの」

「アホかー! 俺は魔法使いかってんだぁ!」

 俺はパーティーの状態を確認した。

 秋留の魔法力がないせいで、ジェットは人形のように岩に腰をかけている。今にも灰に戻ってしまいそうだ。

 カリューと紅蓮は何とか戦えそうだが、傷が全快していない。

 シープットは問題外だし。

 ツートンとカーニャアの不思議なサポートは期待できるが、それ程の量はさばけないだろうな。

「ちっ」

 何者かの気配が徐々に俺達との距離を狭めてきている。

「この霧は、覚えがある……」

「うん……」

 ギャスターとルンが話している。

 やはり、森の中で俺にウダウダと話しかけてきたのは邪妖精テックだったのか。

「クックック……」

 何者かの笑い声。

 俺が森で聞いたジジイの声と同じだ。

「まさか……妖精に転生してギャスターと再び一緒になるとはなぁ……」

「テックゥゥゥ!」

 ギャスターが叫んだ。しかし相変わらず身体が岩に固定されているため、立ち上がったりすることは出来ない。

「これはギャスター君……随分と罪の無い妖精を殺しましたねぇ……楽しかったですよ、貴方の変わりっぷりは……」

「この縄を外せぇえええ! 俺にテックを殺させろぉおぉぉ〜!」

「落ち着いて! ギャスター!」

 ルンの聖拳突きがギャスターのミゾオチに入った。

 ギャスターは黙り込んだ。気絶したのかもしれない。

「メルン君は」

「黙れ! クソジジイ! とっとと姿を現せ!」

 俺の台詞ではない。ルンの叫びだ。

 これが地の台詞なんだろうな。

「……まずは私が丹精込めて作ったギジン達を相手にしてもらいましょうか」

 霧の向こうから数体のギジンが姿を現した。何で出来ているのかは分からないが、全身真っ黒だ。

「ちっ」

 俺はネカーとネマーを発射し近づいてきていたギジンの頭を吹き飛ばした。

 しかし、その頭があっという間に元に戻る。

「操り人形みたいなもんか? これじゃあ倒せないぞ」

「ガウッ」

「ワオーン」

 カリューと銀星がギジンを切り刻んだが、それもすぐに元に戻る。

「お、俺を解放しろ……」

 ギャスターが目を覚ましたようだ。

「何をするつもり?」

 傍に寄り添っていたルンが心配そうに言った。また暴れるのを心配しているのだろうか?

「邪妖精テックのために俺が編み出した奥の手がある」

 ルンとテックが話している間にも元々傷を負っていたカリューと紅蓮が押され始めた。真っ黒なギジンは厄介にも同じ真っ黒な素材で武器や防具も持っているのだ。

 俺達の惨状を見たルンはギャスターを縛っていたロープを切った。

「……よし!」

 ギャスターはフラフラと立ち上がり、傍に立てかけてあった剣を持った。

「はっ!」

 ルンに近づいてきていた黒いギジンを一刀両断にする。

 ……再生が始まらない?

「この剣は妖精を狩るために作らせた妖刀だ。ギジンも関係無い!」

 ギャスターはそう言うと辺りのギジンを粉微塵にし始めた。

 どこにそんな体力が残っていたのだろうか。

 剣さばきもこうしても見ると、カリューの上を行きそうだ。

「クックック、いくら斬っても無くなりはせんよ……そのギジン達は霧から作った霧のギジンだからの」

 完璧に勝ち誇ったテックの笑い声。

 コイツには俺もムカついているんだよなぁ。

「何とか魔法で霧を吹き飛ばしてみようか?」

 秋留がフラフラと立ち上がった。大丈夫だろうか?

「無駄だ、邪妖精テックの発生させるこの黒衣の霧は魔法を吸収してしまう。何の害も無いんだが、こうしてギジンに使われるとは……」

 ギャスターが襲ってきたギジンを切り伏せて言った。

「じゃ、じゃあ……どうしよう……」

 秋留が必死に頭をフル回転させている。

「ここで俺の奥の手を使う時が来たな……」

 ギャスターが更にギジンを切り伏せる。

「そこの銃士、まだ弾はあるか?」

 俺は盗賊だが……だまって頷く。まだ硬貨はある。

「俺がこれから霧を一瞬だけ晴らす。そしたら一番霧の濃い場所に奴がいるはずだ……」

 ギャスターが同時に二体のギジンを切り捨てる。

「任せろ。俺も奴には恨みがタップリある!」

「よし! いくぞ、銃士!」

 そう言って、ギャスターが力を溜め始めた。

 その間、襲い来るギジン達を何とかネカーとネマーで撃退する。

「ガウウウン」

「ワウウウ」

 カリューと紅蓮も頑張っているようだ。

 頼むぞ、ギャスター!

「はあああああああっ!」

 特に呪文は無かった。

 ギャスターの叫び声と共に、ギャスターの身体から何かが放出された。

 その衝撃で今まで全く向こう側が見えなかった霧が晴れる。霧を失った事によりギジンも一斉に消滅した。

 俺はグルリと辺りを見渡した。

 そして見つけた。俺達の周りの霧は晴れたが、一部分だけ霧の晴れない場所……。

 俺は音を立てずに後方から木に登った。

 木の枝の上にはカブの頭をして、不気味なランプを持った妖精が霧が晴れてしまった事に気付いてオロオロとしていた。

「悪戯が過ぎたな、テック」

 俺は言うと、ネカーのトリガを引いた。

「それでも、お前のお陰で俺は、秋留へ気持ちを伝える決心が出来たよ」

 木の下に落ちた邪妖精テックの死体に向かって言った。


「ギャスタアアアー!」

 俺がパーティーの元へと戻るとルンがギャスターに抱きついて泣いている所だった。

「? どうしたん……」

 俺はそこまで言って息を呑んだ。

 ルンが抱きついているギャスターの顔は皺だらけになり髪の毛も真っ白になっていたのだ。もう百歳は楽に超えていそうな見た目になっている。

「せ、生命を吸い取る妖刀で……妖精のパワーを無効化出来るとは思っていたんだ……」

 ギャスターが喋っているが、聞くのが難しい位に声が小さい。

 それでもルンには十分な声量のようだ。

「い、今まで、生命を削るような召喚魔法も、た、沢山使ってきたからなぁ……」

 見ているうちにも、ギャスターの身体がどんどん小さく、老いていった。

「ギャスタアアアア、死んじゃ嫌だよおおおおお」

 ルンが号泣している。

 ど、どうしたら良いんだ? どうにかならないのか?

 俺は秋留の方を振り返った。

 秋留は黙って横に首を振っている。

「さ、最期に……お前を……メルンを助ける事が出来て……」

 そして。

 ギャスターは息を引き取った。

 最期に恋人に出会い、恋人を助ける事が出来たギャスターの死顔は幸せそうだった。

 ミルクタウン近くの森で、いつまでも、いつまでも、ルンの泣き声は止む事が無かった……。

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