第二章 不吉な予感
俺たちパーティーが護衛する事になったカハクのルン。
カハクとは妖精の種族の一つで、木の妖精らしい。自殺した者達の魂が木に集まってカハクになるという、悲しい生まれをもっているらしいのだが……目の前のカハクのルンにそういう暗い面は見えない。
「私は妖精として生まれ変わったの。生前の事なんて忘れて楽しく生きていこうと思って!」
楽しそうに話しているが、どこか寂しげな感じがするのは気のせいだろうか。
馬車は次の街、ヴィーンへの街道を順調に進んでいる所だ。しかし季節の移り変わりは早いらしく、日増しに寒くなっているように思える。ちなみに今日で花の都ファリを出発してから五日目になる。
「ルンはそんな格好で寒くないの?」
毛布にくるまりながらクリアが聞いた。
「う〜ん、私は寒くないんだけど、妖精族にも寒がりとかいるから……個人差とかあるんじゃないかなぁ?」
ルンは生まれてからまだ三ヶ月らしい。勿論、妖精として生まれ変わってからだが。生前は一体何歳だったのだろうか。
「信じられませんなぁ。見ているだけで寒くなりますぞ」
御者席から孫達の会話に聞き耳を立てていたジェットが言った。俺は寒さに震える死人の存在の方が何倍も信じられない。
「それにしても、次の街まで八日かぁ」
俺は一人呟いた。八日間も馬車移動が続くと思うと気が遠くなりそうだ。途中に小さな村などはあるのだが、この大人数が泊まれるような場所は無いだろう。という訳でこんな長旅をする事になってしまった。
「長いけど頑張ろうね」
「おう!」
俺の独り言が秋留にも聞こえたようだ。思わぬ励ましに自然と体中にエネルギーがみなぎる。
ルンが一時的にパーティーに加わった事で、秋留がクリアの独占から若干解放されたようだ。こうして俺の隣で仲良く会話をするのも久しぶりな気がする。
「何泣いてるの?」
「え? いや、目にゴミが入ったみたいだな……」
「ふぅ〜ん」
感動し過ぎて少しウルウルとしてしまったようだ。久しぶりに落ち着いているからなぁ……。
「そろそろ休憩しますかな?」
太陽の位置は真上に到達しようとしていた。昼前位だろうか。休憩には丁度良さそうだ。
ジェットは少し開けた広場に馬車を止めた。
早速クリアとルンが仲良く馬車から飛び出し、その後を追うようにカリューと紅蓮が続く。重い荷物を背負ったシープットも馬車を降りる。……すぐ近くで休憩するだけなんだから、荷物は馬車に置いておけば良いのに……これが執事根性というものだろうか。
「また果物が食べたいな」
クリアがボソリと言った一言が聞こえたのだろうか。執事のシープットの眼が「カッ」と開かれたと思うと森の方へと走っていった。
……キョロキョロと俺に目配せをしながら。
そうだよな、あいつ一人じゃ危険だよな。
俺は装備を確認するとシープットの消えていった方に合わせて走り始めた。
「何だか体が重いなぁ」
「そりゃ、私が背中につかまっているからじゃないかな?」
独り言のつもりが後方から返事が返ってきた。
振り返るとルンが俺の背中にしがみ付いているのが見えた。……妖精という種族が特別なのだろうか。妖精は俺の五感に引っかからない場合が多い。やたらと神出鬼没過ぎる気もする。
「俺の背中で何をやっているんだ?」
シープットの背中が見えた。俺の姿を確認して少し安心したようだが、俺の背中のルンに気付いて少し唖然とした顔をしている。
「美味しい果物でしょ? この妖精ルン様に任せてよ」
「! それは、それは、ありがとうございます、ルン様」
シープットが礼を言っている。誰に対しても礼儀正しい奴だ。そんなんで疲れないのかな?
素直に御礼を言われたルンは、機嫌を良くしたらしくスキップしながら辺りの茂みなどを漁り始めた。
「この木の果物は美味しかったはず……」
はず?
少し不安な台詞を発したルンだったが、目の前の木に手をかざし始めた。何をする気だ?
「果物を少し分けて?」
ルンがそう言うと、木の葉がザワザワと揺れだして、俺たちの目の前に大きく実った果物が三つ落ちてきた。
「な、何をしたんだ?」
俺とシープットが驚いていると、ルンが得意げに胸を反らして説明し始めた。……お、おい、あまり胸を強調するな。
「知らないの〜? 妖精族の中にも色々な種族がいて、私は木の妖精なの。だから木々とはお話出来るし、こうやって果物を分けてもらう事も出来るの」
『へ〜』
思わずシープットと声がかぶる。妖精族にはそんな能力もあるのか。
それからルンが十個程果物を選んで俺たちは馬車のある広場へと戻っていった。
「お! 早かったですな」
戻ると丁度ジェットがミニテーブルに人数分の紅茶セットを用意している所だった。クリアの影響か、最近ジェットのお茶セットに紅茶が含まれる事が多くなった。
……カップが二つ程多いが、奴らの分はいらないだろう? お供え物か? そういう意味だとジェットが紅茶を飲むのも同じ考え方かもしれない。混乱する。
「ルン様が手伝って下さいましたから」
あくまで腰の低いシープットが言った。
俺たちは簡単にスープで昼食を取ると、先程採ってきた果物を食べ始めた。
「……この果物は以前食べた爆発するものに似てますな……」
そう。
ルンが木に語りかけて採った果物は、以前食べたバンバーンに見た目がそっくりなのだ。だから誰も食べようとしなかったのだが……。
どうやら不死身のジェットが先陣を切るようだ。
「……どれ、ワシが一口……」
思わず全員遠ざかった。果物を採った本人も嫌な予感がして思わず逃げる。
そして、辺りの大気が震えた。
「……ごめんなさい」
食事を終えた俺たちはボロボロになったミニテーブルやら粉々になった食事セットを片付けて馬車へと乗り込んだ。今は次の町へ向かう馬車の中。目の前ではバンバーンをジェットに食べさせたルンが平謝りしている。
「しょうがないですな、ルン殿は妖精になってまだ短いですし……」
まぁ、ジェットに毒味をさせた俺たちも同類かもしれないが、さすがに死にたくないしな。
それからの旅は、小さな戦闘などはあったものの何事もなく進んだ。
そして七日目の朝を迎えた。
「おはよう、ジェット……」
俺は近くの川で顔を洗ってきて、最後の見張り当番で早朝から起き続けているジェットに挨拶をした。森が多いせいか、川の水は綺麗で冷たくて美味い。
「おはようございます、ブレイブ殿。よく眠れましたかな?」
「いや……どうにも寒くて何回も目が覚めたよ」
体温調整が苦手な俺は、寒がりで暑がりだ。他のメンバーもぞくぞくと起きてきたようだ。
『もう馬車疲れた〜』
クリアとルンが声を合わせて不満を口にしている。
「早ければ明日には到着するから。頑張ろうね、クリア、ルン」
まるで妹が増えてしまったかのように秋留が二人の相手をしている。
今日の朝食はジェット特製のおかゆだ。
見張り最後のジェットは時間がある時は朝食を作って待っていてくれる事が多いのだ。……お年寄りが好む料理が多いのが玉にキズだが。
クリアやルンも毎朝の健康食事には若干、飽きつつあるようだ。
朝食を終えた俺たちは再び馬車での移動を開始した。最初の頃は元気に無駄話をしていたクリアとルンもさすがに疲れたらしく、大した会話も無く、ただ外を眺めているだけだ。
果報は寝て待て。
俺は暫く休む事にした。冒険者の基本、休めるときには休む。いくら熟睡していたとしても俺はモンスターや魔族の気配は察知出来るため問題も少ない。
「!」
俺は魔物の気配を察知して飛び起きた。太陽の位置からすると時間はそれ程経っていないようだ。
「ジェット、ストップだ! 前方からモンスター数匹が接近中!」
俺の叫び声でうたた寝していた他のメンバーも目を覚ましたようだ。
俺は馬車を守るように御者席から前方へと飛び出した。ジェットは既に武器を構えて前方を睨みつけている。
「……三匹だな。スピードがありそうだ、油断するなよ」
どうやら相手も馬鹿ではないようだ。こちらが警戒した途端に向こうもあまり行動しなくなった。
「!」
俺は咄嗟にクリアを突き飛ばした。クリアの立っていた場所に矢が突き刺さる。
「あ、ありがとう、ブレイブ!」
押し倒し方が少し乱暴だったかもしれないが、気にしない。
俺はネカーとネマーを構えて、矢が飛んできた方向を観察した。木の陰に隠れているようだが……。
「そこっ!」
俺は葉の擦れる音を察知して、後方の茂みに硬貨を発射した。断末魔の叫び声を挙げて、緑色の体をしたモンスターが倒れてきた。手には弓を握っている所を見ると、知能の高い種類のモンスターのようだ。
「大地を走るノームよ、我に仇名す者を闇へと引きずり落とす軌跡を描け……」
秋留が魔法の詠唱を始める。
「アースクラック!」
呪文と共に地面に亀裂が走り、その亀裂がそのまま茂みの向こうへと走っていった。と思ったのも束の間、亀裂が勢い良く破裂し、茂みから別の緑色の体をしたモンスターがボロボロになって倒れてきた。
「ブレイブにばっかり良い格好させないよ?」
そう言って、杖を格好良く構えなおした。……可愛い!
残りは一匹か。どこにいやがる。
「きゃっ」
叫び声で俺は後ろを振り返った。あの馬鹿妖精! よりによって戦闘から逃れるために茂みに隠れていたのか! 後方からモンスターに襲われたらしく、茂みから慌てて飛び出してきた。
「何やってんだ!」
「うわ〜ん、虹色蜥蜴の粉、盗られた〜!」
ちっ! よりによって重要アイテム盗られやがって! 俺は他のメンバーに待機の合図を送るとルンが出てきた茂みに突っ込んだ。
「……あっちか?」
武器を構えながら茂みを駆け抜ける。細かい枝や草が体を細かく打ち付けてきた。
「!」
咄嗟に飛んできた矢を片手で受け止める。相手モンスターが唖然としている一瞬の隙をついて眉間に硬貨を打ち込んだ。
……ちなみに飛んできた矢を受け止めるなんていう芸当は、そうそう出来るものではない。いや、正直マグレ? 運が良かった? としか言えない。
俺はモンスターの死体の脇に転がっている小さな袋を覗き込んだ。虹色に輝く粉、ルンのものだろう。
……これは高価なものだろうか? モンスターが襲う位だしな。取り返す事が出来なかった、という事にしてしまおうか。誰も見てないしな、へっへっへ……。
い、いや、さすがにそれは不味いだろうな。秋留にバレたら相当嫌われそうだし。秋留の事だから俺の嘘などすぐに暴いてしまいどうだし。
……? モンスターがこんな粉をなぜ狙った?
俺は疑問に思いつつ馬車のあった場所へと戻ろうとした。
「?」
辺りがやたらと濃い霧に包まれている。身動きも出来そうにないくらいに。
「参ったなー」
怖さを紛らわすために少し大きめに独り言を呟いた。いや、叫んだ。あわよくば、仲間が見つけてくれるのを期待しながら。
しかし、誰かが近寄ってくるような気配は全く無い。
「ヒッヒッヒ……」
俺がおかしくなったのではない。俺以外の誰かが笑っているのだ。俺は両銃を構えて辺りを見渡した。
「あんた、誰かが助けに来てくれるのを期待しているのかい?」
ジジイのような声。喋っているという事はモンスターではないようだが、知能の高いモンスターは喋ったりする事もあるようだし、このアステカ大陸には普通にいるかもしれない。
「ちっ」
声はするのだが、気配を察知する事が出来ない。攻撃されても避けられないかもしれないが……。喋りかけてきているという事は、何か目的があるのだろうか。
「この粉が欲しいのか?」
ルンの持っていた粉を掲げた。誰だか知らないがヤバそうなら、こんな粉はとっとと手放してしまおう。ルンには悪いが。
「そりゃ、何だ? そんなものはいらん」
「じゃあ、何が目的だ?」
引き続き辺りを窺っているが、相手の気配を捉える事は出来ない。
「……目的など無いよ、ただの暇つぶしだ」
思わずズッコケそうになった。こりゃ、相手は妖精だな。このマイペースっぷりにはだいぶ慣れて来たぞ。
「この霧はあんたが発生させているのか?」
辺りを示して言う。
「……かもな」
……怒りに負けそうになるのを抑えながら、何とか解放してくれるように祈りながら話を進めた。
「俺は暇じゃないんだ。とっとと解放してくれないか?」
「正直だな……勝手に帰ると良い」
俺は霧の中をズカズカと歩き始めた。しかしいくら歩いても霧は晴れないし、勿論、運よく馬車の場所に到着したりもしない。
「どうした?」
先程のジジイ妖精の声だ。イラつくジジイだ。俺は無視してそのまま歩き続けた。
「迷ったのか?」
「うるせえ!」
俺は道なんて分かってるかの如くズンズン進んでいるが、勿論、迷っている。
「仲間はいないのかい?」
「いるさ! ……ピンからキリまでだけどな」
秋留……。
勘が鋭く盗賊だった事もある秋留だったら、俺の事を見つけてくれるに違いない。
「お前の仲間に女がいるだろう?」
思わずドキッとする。
丁度、秋留の事を考えている時にそんな事を言われるとは……。
「……」
俺は尚もシカトして歩き続けた。
「可愛い女だったな」
「見たのか!」
「へっへっへ……随分食いつくじゃないか」
思わずジジイの口車に乗ってしまった。俺は口にチャックする仕草をして再び茂みをかき分けながら歩き始めた。
秋留、早く助けに来てくれ。あ、野生の勘でカリューでも良いや。この際、ツートンとカーニャアでも構わない。……でもやっぱり秋留に助けに来て欲しい。
「お前は随分とあの女に執着しているようだが……」
秋留の事を考えている時に再びジジイに指摘されてドキッとしてしまった。また顔に出ていたのだろうか。
「あの女は助けには来ない」
「な、何でだ?」
思わず不安そうな声を出してしまったが、秋留は助けに来てくれるに違いない。
「お前の事なんてどうでも良いと思っているからな」
……。
…………。
! 思わず意識が飛んでしまっていたようだ。このジジイ、今、何て言った?
「何か言ったか?」
「放心し過ぎだ。三分は待ったぞ……。その女はお前の事なんてどうでも良いと思っている、と言ったんだ」
……聞き間違いでは無かったようだ。俺は近くの木にネカーとネマーを発射した。
「うるさいぞ、黙れ、クソジジイ!」
「へっへっへ、激しいねぇ。その激しさからすると、自分でも思っていたんじゃないのか? その女に俺は好かれていないんじゃないだろうか、ってね」
所構わずネカーとネマーを乱射する。「カチリ」という硬貨切れの音が空しく辺りに響いた。
俺はヨロヨロとした脚を止める事なく歩き続けた。
ジジイの戯言は放っておこう。
それからまた暫く歩いたが、一向に仲間と合わないし、馬車にも辿りつけない。多分方向は合っているとは思うのだが……。
「まだ迷っているのかい」
久しぶりのジジイ登場だが、もう気力が持たない。俺はその場に座り込んでしまった。誰も助けに来てくれない。俺はやっぱり一人なのか……。
「やっぱり誰も助けに来てくれないな……お前の気にしている女も含めてな、へっへっへ……」
「うるせえ」
ボソリと口から出る。このジジイ、うざい……消えろ……消えろ……。
「何だって?」
「うるせえって言ってるんだ!」
もたれかかっていた太い木を殴りつける。木の葉がパラパラと頭上が降って来た。
「怖い、怖い……まぁ、これで分かっただろう、お前の事なんて仲間の誰一人、気にかけてなんかいないんだよ……」
「……そんなの関係ない……俺だって何とも思ってない……」
「何だって? 聞こえないよ」
「俺だって、秋留の事なんて何とも思ってない!」
俺は力の限り叫んだ。
そして意識を失った。
「……ッ」
誰かが俺の事を呼んでいる?
「……イブッ」
耳に響く嫌な声だ。もっと優しく起こしてくれよ……。
「ブレイブ!」
右頬に強い衝撃が走る。誰かに叩かれたようだ。
目を開けると、俺を覗き込む吊り上がった眼が目の前にあった。
「お、鬼か……」
「誰が鬼かー!」
額に拳が飛んできた。目の前がキラキラと輝く。
「……クリアか。優しく起こしてくれてありがとう」
「……どういたしまして」
どうやら仲間に救出されたようだ。誰が助けてくれたのだろう? 俺は辺りをキョロキョロと見渡した。ここは馬車の中だ。次の街へと進んでいる最中だろうか。
「大丈夫ですかな?」
ジェットが御者席から声をかけてくる。
「大丈夫? 大分うなされてたみたいだけど」
この声は……秋留だ。
だいぶ心配されていたようだが……そうか、助けられたか。仕方無く? たまたま見つかった? 虹色蜥蜴の粉を探すついで?
「取り返してくれてありがとう……ごめんなさい」
小さな妖精……ルンだ。ルンが小さい身体を更に小さくして謝っている。
「まだ意識がはっきりとしないみたいだ……暫く放っておいてくれ……」
俺はそう言うと、再び眠りへと落ちていった。
その日の夕食。俺はボ〜っとしながらも食事を済ませた。
「ブレイブ殿、今夜は見張りは秋留殿とワシとで分担します。ブレイブ殿はゆっくりと休養して下され」
「ん? ああ、悪いなジェット……秋留……」
なぜだが秋留の方を向き辛い。
俺は俯いたままテントへ入り、そのまますぐに深い眠りへと入っていった。
「今日中には音楽の街、ヴィーンに到着しそうですな」
翌日。
俺たちの野宿した場所にあった案内図を見てジェットが言った。昨日は頭が朦朧としていて辺りをあまり観察しなかったが、そんな案内図があったのか。
『しゅっぱ〜つ!』
クリアとルンが仲良く声を合わせて叫んだ。今日中に街に着くという事は、長かった馬車の旅も一旦の終了を迎える。それが嬉しくてたまらないのだろう。
今日は少し暖かいようだ。元気の良かったクリアやルンもあっという間にうたた寝し始めた。その姿を幸せそうに眺めるシープットは相変わらずだ。
そしてクリア達を守るようにカリューと紅蓮が床に転がって眠っている。
チラリと秋留の方を見ると、目があってしまった。
「今日は暖かいな」
「そうだね」
何か気まずい。昨日のクソジジイ妖精のせいだろう。変に秋留の事を意識してしまう。
いや、意識する必要は無い。
秋留はただの仲間だ。それ以上でもそれ以下でも無い。他の奴も一緒だ。ただの仲間……カリューを人間に戻したいという気持ちも仲間だからだ。
カリュー、人間に戻るのかなぁ……。あのままだったらどうしよう……。
それからの旅はモンスターも出現せずに無事に進んだ。
「遠くから笛の音が聞こえる……」
ヴィーンが近づいて来たせいだろうか。パーティーのメンバー全員が俺の呟きに顔をパッと明るくした。時間は夕方前位だろう。今夜は久しぶりの宿屋で熱い風呂に入ってベッドで眠る事が出来そうだ。
「長かった〜」
クリアとルンが一緒に伸びをする。姉妹というよりは双子のように動作が同じになってきている。
そしてようやく、肉眼でも街の明かりが見える場所まで近づいて来た。
ファリの街と同じようにギジンが辺りを歩き周り、竪琴を奏でるエルフの幻想的な姿も見える。
「すっご〜い」
あまり感情を表に出さない秋留も感動しているようだ。
俺たちはメインストリート……オーケストラストリート? を歩いて一軒の宿屋を見つけた。屋根の上に巨大なラッパを掲げた趣味の良い宿だ。……他の宿はもっとゴテゴテと音符やら楽器が付いている宿が多かったから、この宿はまともな方だろう。
「パッパラー、パラパラパッパパー」
玄関を入ると派手な音楽で歓迎された。女将がラッパ片手に接客をしているようだ。人間種族のくせに変人だ。
「いらっしゃい、また随分と変わったパーティーだこと……」
ラッパ片手に近づいてくる女将もまた変わっていると思うが。玄関から銀星達馬三頭も入ろうとしているから、こちらも変わっていると言われたようだ。
さすがにそれは不味かったらしく、宿屋の傍の馬屋で銀星達は休む事になった。恨めしそうに俺たちの姿を見つめていたのが印象的だ。
「スウィートルームありますぅ?」
またいつものクリアの悪い癖だ。しかし最近、他の浪費癖が少なくなってきているので注意するのは止めておこう。激しく文句を言われそうだしな。
「また二人になりましたな」
クリアに誘われない俺とジェットは、またしても仲良くスウィートルームの近くの安い部屋に泊まる事になった。……うん、音楽では死臭は隠せない。花の都の方が良かったなぁ。趣味はこの部屋のが断然良いが。邪魔なピアノが置いてあるが、それ以外はシックな作りとなっていて落ち着く。
「風呂に入ってくるわ」
「ではワシも……」
久しぶりの風呂に入れるのは嬉しいのだが、死臭漂うジェットと一緒か。露骨に嫌がるのも悪いし我慢して一緒に入るとするか。
俺とジェットは宿の階段を下りて地下へと歩いていった。ここの風呂は地下にあるらしい。
「おお!」
ジェットが思わず喜んだ。地下から地上に向かって大きな穴が開いている。これは変わった露天風呂だな。
「うわ〜! 良い景色だね〜!」
「!」
俺は思わず辺りを確認した。ルンの声だ。まさか……混浴だったか!
「うん、変わったお風呂だね」
こ、これは秋留の声だ。風呂の薄い仕切りの向こう側から聞こえてくる。どうやら混浴では無かったようだ。嬉しいような、悲しいような、でも少し安心した。秋留と一緒に風呂に入る心の準備なんか、まだ出来ていないからな。
「おや? そちらも風呂タイムでしたかな?」
恥ずかしさも見せずにジェットが言った。
「あれ? ジェット? じゃあ変態ブレイブも一緒?」
この失礼な声は勿論クリアだ。
「悪かったな。いつ風呂を入ろうとも俺の勝手だ」
クリアの非難の声が聞こえてきたが無視する。
それから女湯からはワイワイと騒ぎ声が聞こえてきた。体の洗い合いなどをしているようだ。……お、俺も混ざりたい。
俺は雑念を払うように頭をブンブンと左右に振った。
「どうしましたかな? のぼせましたかな?」
「い、いや、大丈夫だ」
「どうせ、ブレイブは変な事考えすぎてのぼせたんでしょ?」
俺とジェットの会話にすかさずクリアが割り込んでくる。顔も見られていないのに俺が考えている事がバレてしまうとは……。
それから時々ジェットや女湯のメンバーと会話を交わしてから俺は風呂場を後にした。
俺はその場でも秋留の事を変に意識してしまいあまり会話が出来なかった……。あのクソジジイめ……次に会ったらネカーとネマーで蜂の巣にしてやる。
翌日。街の中は吹雪に包まれていた。今日で十二月に入ったようだしな、いよいよ本格的な冬の季節の到来だろう。
「今日は身動き出来そうにありませんなぁ」
クリアやルン、秋留もどこか寂しそうだ。俺たちはその日一日、宿の部屋で過ごす事になった。たまにはノンビリするのも良い。
翌日、吹雪。
その翌日も吹雪……。そしてその翌日も……。
「あ〜! 寒かったぁ」
体中を雪まみれにして秋留達が帰ってきた。吹雪の中を強行突入して街の中を巡って来たのだ。
「結構、出歩いている人いたよ」
秋留の報告だ。この冬の大陸に慣れている住人であれば、これ位の吹雪で身動きが出来なくなるようでは、生きていけないのかもしれない。
「少しでも吹雪が弱まったら出発する事にしましょう」
ジェットが熱いお茶をすすりながら言った。
少しノンビリしたお陰で体力も全快だ。俺たちは次の日に向けて早めに就寝した。
そして翌日。相変わらずの吹雪だが昨日までよりは弱まっただろうか。
「あんまり楽しめなかったなぁ」
「またそのうち来れば良いよ」
残念そうなクリアの呟きに秋留が励ましている……が、クリアは俺たちの正式なパーティーでもないし、冒険者ですらない。獣使いの素質で暴走しているカリューを操ってもらっているのだ。これもカリューが人間に戻ってしまえば必要無くなる。次にクリアがこの街を訪れるのはいつなのか、誰となのか……。
「出発しますぞ」
視界の悪い吹雪の中、俺たちの乗る馬車は進み始めた。銀星達も一応防寒具らしきものは付けているのだが、さすがに体力の消耗は激しいようだ。
「な、何か魔法で暖かく出来ないのか?」
「う〜ん……その場に魔法を留めて置くのが無理かなぁ」
よし、秋留とさりげなく会話出来たぞ。
「ブレイブさん、何かギクシャクしてません?」
俺の事をあまり知っていないはずのルンにまで突っ込まれてしまった。さりげなく会話したつもりだったのだが……。
「また変な事考えてるんでしょ」
クリアの予感は外れている。別に俺はやましい事など考えてはいない。今はな……。
吹雪の中、ゆっくりと馬車は進んでいる。出発した時よりまた少し吹雪が強まったようだ。視界が悪すぎるし、風の音のせいでモンスターの接近に気付くのも遅くなってしまいそうだ。
俺は仕方なく聴力は捨てて視力に集中した。まずは馬車の前方に障害物などがないか確認した方が良いだろう。盗賊というのは五感のどれかに意識を集中させる術も得意でなければいけない。
「大丈夫そうですかな?」
ジェットの横から前方を窺った。どうやら問題は無さそうだ。
「それにしても……小さな小屋でもあれば良いのだが……」
俺は吹雪の凄まじさを嘆いた。これでは体力が削られていく一方な気がする。
ちなみに長距離な移動が多い冒険者などのために、こういう長い街道の所々に広場や小屋が設置されている場合がある。
「! ちょっと距離が遠いかな……」
俺は左前方に眼を凝らした。モンスターがこちらの様子を窺っているようだ。俺の警戒に他のメンバーも馬車の中で武器を構える。
「いや、大丈夫そうだ。襲って来る気配は無い」
この吹雪ではモンスターもあまり行動しないのかもしれない。
しかし、このままでは自然の驚異の前に挫折してしまいそうだ。
そう、凄く寒い。
それは他のメンバーも同じらしく防寒具を着込み、更に毛布にくるまっている。俺もマフラーを口元まで引き上げて寒さをこらえていた。
「ピシッ」
「パシンッ」
寒いね、などと会話でもしているのだろうか。幽霊のツートンとカーニャア……お前らはジェット以上に寒さとかは関係無さそうに思えるんだけどな。
馬車を引っ張る馬達も白い息を吐き出しながら頑張ってくれている。勿論、死馬である銀星の口から暖かい息が出るはずはないので、他の二匹の口からだけだが。
そういえば……。
今日は出発前に馬車の上を確認しなかったなぁ。
まさかなぁ……。
俺は急に不安に駆られて何気なく馬車の天井を確認した。布が若干垂れ下がっている気がする。雪の重さからなのか、それ以外の何かの重さなのか……。
さり気なく馬車の中から天井をパンチした。雪を振り落とすかのように。
「ぎゃっ! 落ちる〜」
何者かの声。
後方を確認すると、真っ白い服を着た、まるで雪の白さを象徴するような何者かが街道に落ちたのが見えた。まぁ、怪我はないだろう。
「? 何か声が聞こえなかった?」
毛布にくるまっていた秋留が辺りをキョロキョロと見渡した。
「いや、気のせいだろう? 俺には聞こえなかったぞ」
「じゃあ、大丈夫だね……」
安心した秋留はそのまま毛布にくるまって再び浅い眠りへと落ちていった。
そして暫くすると、吹雪も止み、久しぶりの晴天が広がった。やはり馬車の天井に相乗りしていたのは妖精だったのだろうか……。あまり深く考えないようにしよう。
「小屋がありましたぞ」
いつの間にか俺も寝ていたようだ。御者席からジェットが声をかけてきた。太陽の位置から判断すると午後のおやつタイムと言ったところだろうか。
「今日はここで泊まった方が良さそうだね」
「ああ、でも先客がいそうだぞ……しかも厄介なのが」
俺は小屋の前に止められている人間用とは思えないサイズの馬車を指差して言った。木の陰に隠されていたためにすぐには気付かないかもしれないが、小さな馬のような生き物も見える。
「よ、妖精かな?」
秋留も少し怖気づいたようだ。
「とりあえず荷物を降ろす前に一緒できるか聞いてみましょう」
ジェットが御者席を降りていった。また近づくな、とか言われなきゃ良いけどなぁ。
「来ないで!」
小さな声で叫んでいるのは、小屋の中にいた妖精達だ。そう、妖精の四人組のパーティーだ。今度は以前のように秋留は大丈夫という訳ではない。俺達全員を凄い形相で睨んでいるのだ。
「この人達は大丈夫だよ?」
俺達の様子を見ていたルンが後ろから仲介役を買って出てくれた。
「! 貴方、そんな危険そうな人間達と一緒にいるの?」
まるで球のようにコロコロとした体格の妖精が言った。危険そうな、とは主にジェットやクリアの事に違いないが……。
「全然、危険じゃないわよ、特にこの間抜けな顔した黒い人、危険そうに見える?」
おい、ルン。
俺を指差しながら何を言ってやがる。俺も思わずへらへらと愛想笑いなどしてみたりしているが……。
『確かに』
妖精四人組が仲良く声を合わせて納得した。
「おい!」
俺は思わず突っ込んだ。最近、そんないじられ方ばっかりだ。全て貧乏くじ係りのカリューが獣なんかになっているせいに違いない。
「妖精狩り?」
そう、俺達の目的地であるミルクタウンでは、最近妖精狩りが横行しているようなのである。
今は小屋の中にあった囲炉裏で食事を準備している最中だ。着の身着のままで飛び出してきたらしい妖精達は俺達の食料を見るなり、機嫌を取ろうと色々と情報を教えてくれている。
「冒険者も何人か雇ったんだけど……皆返り討ちにされちゃったみたいなの」
ヒョロ長い妖精だ。ネギのような見た目、きっとネギの妖精に違いない。
「私達はミルクタウンから逃げてきたの! 怖くて眠れないもの!」
ヒステリック気味なのは先程の丸っこい妖精だ。ジャガイモに似ている、ジャガイモの妖精に違いない。
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫! アタシが守ってあげる」
心配そうなルンをクリアが励ましている。ちなみにルンを守るのは、クリアというよりクリアに従順な二匹の下僕だろうな。
「どんな奴か知ってる? その妖精狩り」
秋留が優しく答える。
「そいつは目撃者はトコトン殺しちゃうらしいんだけど……」
気弱そうな眼鏡をかけた妖精がモジモジと話している。眼鏡の妖精に違いない……え? 眼鏡の妖精なんているのか?
「俺、知ってるぜ、人間の男だ、魔法剣士らしいよ。魔族討伐組合で写真を貰ったんだ」
真っ赤な髪をした男らしい体の妖精だ。頭の髪がユラユラと揺れている所を見ると、炎の妖精だろうか? でもそいつの傍に言っても暖かくない。
「ちょっと、ブレイブ、何やってるの?」
真っ赤な髪の妖精に手をかざしていた俺に秋留が注意する。少し邪魔をしてしまったようだ。
「で、その魔法剣士の写真とか持ってる?」
「え? い、いや、慌てて逃げてきたからなぁ……」
赤髪の妖精が頭をポリポリとかいている。強気そうな見た目とは裏腹に臆病なのかもしれない。ま、俺もそんな状態になったら、一通り火事場泥棒とかしつつ逃げるけどな。
それから夕食が出来るまで、四人組の妖精からミルクタウンの名産や観光名所などのいらない情報も手に入れた。夕食を恵んでもらおうという必死な気持ちが伝わってくる。
「色々情報をありがとう、一緒に食事どう?」
喋りながらも一生懸命に食事の準備をしていた秋留が妖精達に声をかけた。待ってましたとばかりに首を縦にブンブンブンブンと振る。いや、振り過ぎだから。もげるぞ。
今夜の食事は音楽の街ヴィーンで購入した白大根とモンスターの肉で作った煮物がメインだ。鍋で炊いた御飯まである。
『いっただっきま〜す』
主に小さめの奴らが元気よく言っている。俺達は秋留の作った美味しい料理に舌鼓を打ちながら、引き続き情報交換をした。この妖精達はこのままヴィーンの街まで行くようだ。
「多めに買い込んであるから、良かったら食料も馬車に積んであげるよ」
そこまでしてやる必要はないのに、と思いつつ、優しい秋留の提案に思わずニッコリとしてしまう。
ブンブン。
頭を振って秋留への気持ちを落ち着かせる。俺達はただの仲間だ。それ以上の存在にはなれないのだ。
妖精達に見張りは無理だろうと判断した俺達は、秋留、俺、ジェットの順番で見張りを行う事になった。そして何事もなく夜が明けた。
昨日とは違って朝から青空が広がっている。……馬車の屋根に乗っかっていた妖精の力のせいだったのかは分からないが……昨日よりは暖かい。
「色々ありがとう〜」
妖精達の乗る馬車が街道を走っていく。その馬車には溢れんばかりの食料が詰め込まれているのだが……俺達の馬車の十分の一位のサイズの馬車であるため、それ程食料を沢山分けてしまった訳ではない。
「こちらも出発しますかな」
ジェットの号令に俺達は荷物をまとめて、妖精四人組とは反対側へと馬車を進めた。
妖精の都、ミルクタウン。それが昨日の妖精四人組から仕入れた情報の一つでもある。名前の通り、その都には圧倒的に妖精の数が多いらしい。
しかし……妖精狩りか。
何か面倒に巻き込まれなければ良いが……。