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第一章 花の都

「もう疲れた〜」

「まだなのぉ〜?」

「つまんない〜」

 クリアの不満はもう聞き飽きた。

 港町を出発してまだ半日だぞ? しかも俺達がいつも乗っている馬車よりは相当乗り心地が良い。それをわずか半日で疲れたなどと……。高い金出してこの馬車を借りたジェットの事も考えてあげてくれ。

「気分転換に休憩しますかな?」

 ジェットが見かねて街道を少し離れた場所に馬車を止めた。相変わらず木々が多いのだが、この場所は少し開けているようだ。

「う〜ん! やっぱりずっと同じ体勢は疲れるね〜」

 クリアは思いっきり伸びをしている。

「ふふ、そうだね。私も冒険者になりたての頃は移動が辛かったなぁ……」

「お茶にしませんかな?」

 ジェットが芝生の上にシートを敷いてお茶の準備をし始めた。

「いいねぇ」

 秋留ものんびりする事に決めたようだ。お茶の準備を手伝い始めた。クリアも思い出したように秋留の手伝いを始める。

「良いものでございますね、旅というものは」

 俺の隣でシープットがクリアを見て感動している。シープットは基本的に無表情の時が圧倒的に多いのだが、クリアを見る時は凄く幸せそうな表情をしている。まるで父親のようだ。

「シープットさんは旅をした事はあるのか?」

「呼び捨てで構いませんよ。わたくしも若い頃は色々と無茶をしたものです」

 若い頃と言ってもシープットは見た目三十歳くらいに見える。真っ白の髪をしているが地毛のようだ。それともクリアの相手をしていて過労で真っ白になってしまったのだろうか?

「ブレイブ殿」

 俺は軽くジェットの方へ顔を向けた。

「アステカ大陸は精霊の力が充実しているせいで、栄養価の高い果物が沢山あります」

「了解、散歩ついでに探してくるよ」

 俺は荷台から『全世界サバイバル旅行記・第四巻』という分厚い本を取り出した。とある冒険家が全大陸を無銭で制覇した時の日記だが、食べられる野草や果物の情報についてもまとめられている。全十巻の長編だ。ちなみにとある冒険家とはジェットの事ではない。……ナク・ポンターホンという人物が書いた本のようだ。

「シープットも手伝ってくれ」

 俺は幸せそうにクリアを眺めるシープットの背中を引っ張って行った。


「これなんかは美味そうだな」

 俺は真っ赤なヒョロ長い果物を手に取ってシープットに渡す。俺が採取係り、シープットには本を参考に食べられる果物なのかを調べてもらっている。

 俺は辺りを見回した。少し森の中に入ると生息している植物が全く違うものになっているのが分かる。

「……味は旨いのだが猛毒である……」

 後ろでブツブツ言っているシープットは放っておいて俺は目の前の細い木を見上げた。上の方にバナナのような果物が生っているのが見える。

 俺は手頃な石を掴んでバナナ風の果物に投げつけた。

「おお! さすがブレイブ様、見事な命中力でございます!」

 シープットが小さく拍手をしている。俺は落ちてきた果物をシープットに渡した。

 ん? シープット以外にも拍手しているのがいるぞ? 秋留かな?

 俺は嬉しさ一杯で辺りをクルクルを見渡した。

「……」

 少し離れた木の上に緑色をした小さな男が見える。モンスターか!

 俺は両手に銃を構えた。

「わっわっ」

 木の上に腰を下ろしていたモンスターが地面に墜落した。今、普通に喋ったように聞こえたが……。

「ちょっと! ちょっと! ちょっと!」

 凄い勢いで小さな少年が走りよってきた。俺の膝ぐらいまでの身長だ。低すぎないか?

「お兄さん! 何、善良な妖精に銃なんて向けてんの!」

「よ、妖精?」

 俺がオロオロしていると目の前の妖精と名乗った小さすぎる緑色の少年が俺の事をジロジロと見始めた。

「お兄さん、田舎者?」

 また言われた。妖精を見た事がない奴はみんな田舎者扱いなのか。

「お兄さん、気をつけた方が良いよ」

「何がだ?」

 俺はようやく落ち着いて目の前の妖精と会話し始めた。上半身は裸で下半身には草で編んだようなスカートのようなものを穿いている。

「妖精の中にも意地悪いのがいるからね。銃なんかで狙ったら何されるか分かったものじゃないよ」

「そうなのか」

 妖精にも色々いるんだな。こいつは俺が額に攻撃を受けた妖精に比べたらサイズがデカイしな。

「それにこの大陸に来て間もないでしょ?」

 そう言って妖精はシープットの持っていた先程のバナナのような果物を奪い取った。

「これはバンバーン。食べたらドカンッ……だよ」

 妖精が小さな手で爆発の仕草をして見せた。

「そ、そうでしたか。それはご親切にどうも」

 シープットが妖精に深々と頭を下げている。どこまでも腰の低い奴だ。

「しょうがないぁ……」

 そう言うと妖精は辺りを見渡し、一つの果物を取ってきた。

「ジューシルだよ、その名の通り、果汁たっぷりで極旨!」

 見た目は真っ黒で硬そうなのだが……。

「ありがとうございます」

 そう言うとシープットは大事そうに果物を受け取った。

「……じゃあ、僕はそろそろ出発するよ」

「何か用事でもあるのか?」

 妖精が俺の事を睨む。

「そんなに暇そうに見えた? 失礼な田舎者だよ、全く!」

 そう言って妖精はプンプンと怒りながら俺達の目の前から姿を消した。

「……」

「ブレイブ様、放心していないでそろそろ戻りませんか? 果物もそれなりに集まりましたし……」

「あ、ああ、そうだな」

 俺は若干、妖精が苦手になりつつある気持ちを押し込むようにして馬車へと戻っていった。


「やれやれ……やっと元に戻りましたですじゃ」

 ジェットが頭を掻いている。

「悪い……」

「すみません」

 俺とシープットは仲良くジェットに謝っている。

 あの後、馬車に戻って楽しいおやつタイムが始まったのだが、妖精から貰った真っ黒い果物……、あれがバンバーンだったのだ。

 最初に口にしたジェットの頭が見事に吹っ飛んだ。それを見たクリアやシープットは一瞬で気を失い、つい先程復活したばかりだった。

「その緑の妖精の言うとおり、悪戯とかが大好きな邪妖精と呼ばれる種族も多いみたいだからねぇ」

 秋留が困ったように俺とシープットの顔を見ている。

 見事に騙された。

 洞察力が肝なはずの盗賊がこれじゃあ面目まる潰れだ。

 しかも奴が持っていったバナナ型の果物がジューシルで、とても高値で売買されている貴重品だった。この事実が俺の心を百倍にも傷つけている。

「はぁ〜」

 クリアが俺達に聞こえるようにわざとらしく溜息を付いた。『使えない奴ら』と思っているに違いない。

「ま、まぁ、美味しい果物もいくつかあったから上出来でしょう!」

 秋留が俺達の事をフォローしてくれた。ありがとう、秋留。秋留はクリアとは大違いの慈愛に満ちた大天使だよ。ちなみにクリアは生意気な邪妖精だな!

「何よ、ブレイブ!」

 俺の視線に気付いたクリアが食って掛かる。

「な、なんでもございません」

 思わずシープットみたいな喋り方をしてしまった。こりゃあ執事の気持ちが痛い程分かる。

「何はともあれ、最初に食べたのがワシで良かったですな。ぬぁっはっは」

 豪快にジェットは笑っているが、さすがに誰も笑っていない。想像しただけでも怖すぎる。

 邪妖精か……。悪戯好きとかいうレベルではないぞ、これは……。


 再び馬車に揺られる俺達。

 港町コックスを出発して一日目が終わろうとしている。太陽が今にも林の奥へと消えていきそうだ。

「暗くなってきたね」

 秋留が心配そうに辺りを見渡している。

「そうですな、そろそろ野宿出来そうな場所があると良いんじゃが……

「野宿か〜、あたし初めてだなぁ」

 嬉しそうにクリアが眼を輝かせている。お嬢様は野宿をした事が無いから楽しそうにしているが、決して楽しいものではない。地面で寝るのは寒いし、いつモンスターに襲われるかも分からないため交代で見張りに付く必要もある。出来る事ならどんなに小さな町の汚い宿でも良いから建物の中で寝たいと思う。

「お、少し開けた場所がありましたぞ」

 ジェットの声に俺達は馬車から身を乗り出して前方を確認した。

 確かに野宿が出来そうな少し開けた場所があるが……。

「先客がいるみたいだな」

 少し位暗くなってきても俺の眼なら観察する事が出来る。

 俺達の目指す場所には一台の馬車とその近くに群がる二人の人影が見えた。

 その二人が警戒するように武器を構えて俺達の方を観察しているのが分かる。

「ご一緒させてもらえますかな?」

 ジェットが丁寧に馬車から降りて二人に近づいていった。

 それに続いて俺達も馬車を降りる。

「来るな! 邪悪な気を発する奴らめ!」

 長髪の剣士風の男がもう一人をかばう様に俺達の前に立ちふさがった。

 邪悪な気……。

 恐らく死人であるジェットと死馬である銀星、凶暴な獣と化したカリューの事を言っているのだろう。

 あ。

 後、どこかにツートンとカーニャアもいるに違いない。あいつらは悪霊だからな。もしかしたらクリアからも邪悪な気が発せられているかも。

 ……驚くべき事にまともなのは数名だ。

「ごめんなさい、ちょっと特殊なメンバーだから……」

 優しく秋留が二人に話しかける。

「……貴方は良い気を発している」

 そう言うと剣士は武器を納めた。後ろで杖を構えていた女性の冒険者も警戒を解いたようだ。

 パッと見は剣士と魔法使いの二人パーティーだろうか。

「ありがとうございます。お二人はエルフの方ですね?」

 秋留が礼を言った相手を観察した。

 確かに耳が尖がっていて線が細そうだ。これがエルフ族か。間近で見た事はあまり無かったが、さすが夢の大陸アステカといった所だな。

「近くで野宿させて貰っても構わないですかな?」

「お前は近づくな!」

 近づいていったジェットに男エルフが武器に手をかけて叫ぶ。

 寂しそうにジェットは引き下がった。

「なるべく離れて野宿してくれ」

 そう言うと二人のエルフは焚き火の傍に再び座った。

「ありがとうございます」

「ありがとう!」

 秋留の後にクリアも元気良くお礼を言っている。野宿が楽しみでしょうがないんだろうな。

 ちなみにエルフ族の二人はクリアを若干警戒しているようにも見える。やっぱり邪悪な気を発しているに違いない。


 獣人になった後もカリューがいたために野宿の準備も楽だったのだが、今はただの獣となってしまっているため、野宿の準備を手伝う事も出来ない。

 俺達は慣れないシープットとクリアと手分けをしながら野宿の準備を始めた。シープットの手際がそれなりに良いのは普段クリアに色々とこき使われているためだろう。

「これ位の大きさで良い?」

 クリアが秋留の料理を手伝っている。今は野菜を包丁で切っているようだ。秋留は料理の腕も一流なのだが、クリアが手伝う事によって味が悪くならないか心配でしょうがない。

「バッチリ」

 と秋留は言っているが大分デカイぞ、その人参は。

 今夜のメニューはカレーだ。

 どこで仕入れてきた情報なのか不明だが、クリアはしきりにカレーを食べたがっていた。キャンプの王道はカレーらしい。

 俺とジェットとシープットは先程仕留めたモンスターの肉をさばいている所だ。小さな猪のような動きの速いモンスターだったが、俺の銃で一発で仕留めた。

『いっただっきま〜す』

 待ちに待った遅めの夕食だ。辺りはすっかり暗くなっている。エルフパーティーは一人ずつ交代で睡眠を取っているようだ。

 さすが秋留の作る料理はカレーでさえ旨い。ちょっと人参は大きめだが……。

「美味しい! 具も大きくて食べ応えがあるね!」

 どこまでもプラス志向な奴だ。

 ちなみに銀星を含めた三匹の馬は草花、カリューと紅蓮はペット専用の御飯を食べている。

 カリュー、いよいよ人間では無くなったな。どこまで行ってしまうんだろう。

 そして食後。

 興奮したクリアが寝付けないために焚き火を囲んでのトランプゲームが開催された。お年寄りのジェットはだいぶ眠そうだが、頑張って我がままな孫に付き合っている。

「秋留お姉ちゃん」

「ん? どうしたの、クリア」

 クリアが秋留に近づいて何やら話しかけている。

 ……。

 どうやらクリアはトイレに行きたくなったようだ。俺の盗賊の耳では聞いてはいけないような内容の会話も聞こえてしまう。

 冒険者になると長距離の移動が増えてくる。

 そうなると困るのがトイレだ。

 男ならその辺で用を済ませても良いのだが、女性はそうはいかない事も多い。そりゃ、全く気にしない女性もいる事はいるのだが。

 そこで冒険者が愛用するのが、今秋留が馬車から持ってきた袋の中に入っているもの。簡易トイレだ。

 簡易トイレと言っても普通の壺のようなものなのだが、浄化の魔力が込められた石が中に敷き詰められている。魔法ってつくづく便利だよなぁ。

 ちなみに簡易トイレは浄化屋にお願いして綺麗に浄化してもらう事が出来る。浄化屋は大きな町には大抵いるようだ。下水施設の整った街などもあり、魔力のお陰で俺達の生活はどんどん便利になっていっていると思う。

「さて、そろそろ寝ますかな」

 秋留とクリアが戻ってきた所でジェットが待ちに待った台詞を言った。眠そうな目をしている。

「じゃあ俺が最初に見張りに付くよ」

 俺は軽く伸びをして装備を確認した。

 秋留とクリアは同じテントに入って行く。そのテントの前にはカリューと紅蓮が陣取る。

 ジェットも別のテントへとフラフラしながら消えていった。歩きながら寝ているようだ。その傍には馬たちが休んでいる。

 静かだ。

 時々暗闇に光る虫のようなものはきっと妖精なのだろう。なんて幻想的な景色なんだ……。

「ピシシッ」

「パシシッ」

 ツートンとカーニャアが近くで会話をし始めたようだ。幻想的な景色が台無しだな。一気に不気味な雰囲気に包まれた。そういえば時々光る物体はモンスターの眼の光に見えなくも無い。

 俺は気を引き締めて辺りの気配を窺った。遠くではエルフの剣士も不気味な音に驚いて辺りをキョロキョロと見回している。うちの者が迷惑かけて悪いな。

「……何匹かのモンスターが近づいてきているな」

 俺は他の場所からはモンスターが接近していない事を確認して街道の反対側に移動した。この茂みの向こう側から十匹程のモンスターが近づいて来ているのが分かる。

 まだ射程外だ。

「ブレイブぅ、何やってんのぉ?」

 その時、秋留のテントから半分寝ぼけたクリアが頭を出して声を出した。

「!」

 その声に一瞬驚いた俺は緊張が解けてしまった。それはモンスターも同じだったらしく一気に茂みから飛び出してきた。

「バカッ! テントに入ってろ!」

 俺は叫びながらネカーとネマーを乱射した。硬貨の一枚一枚が襲い来るモンスターの脳天や身体に命中していく。しかしそのうちの一匹が俺の脇をすり抜けて唖然としているクリアに向かって飛び掛かった。

「ガウッ」

 クリアの目の前でカリューがモンスターの喉仏に噛み付いた。飛び起きた紅蓮もクリアを守るようにモンスター達を威嚇している。

「カリュー、行けー!」

 クリアの命令でカリューがモンスターの群れへと飛び込んだ。

「爪で引っかいちゃえ〜!」

 俺はカリューの援護をするようにネカーとネマーを構えた。しかし狙いをつけづらい。クリアが変な命令をしているせいでカリューは戦い難いようだ。

「ちっ」

 目の前のモンスター達は群れで戦闘する事に慣れているらしい。カリューが翻弄されている。

「一旦カリューを敵の群れから離れさせろ!」

 俺は叫んだが興奮したクリアには聞こえていないらしい。

 仕方なくカリューに当たらないように硬貨を発射させて一匹ずつモンスターを打ち抜く。

「全く、何をやっているんだ!」

 遠くで様子をうかがっていたエルフの剣士が背中から弓矢を取り出して、銀色に光る一本の長い矢を放った。

 銀の矢がモンスター三匹をまとめて串刺しにする。その攻撃でばらけたモンスター達を的確にネカーとネマーで打ち抜いた。

 怯んだモンスター達は茂みへと逃げ込もうとする。

「そいつらは一匹も逃がすな!」

 そう言って、逃げるモンスターをエルフが矢で射抜いた。

 俺も腰に装備したナイフで素早くさばく。そして左手のネカーで茂みに半分身体が隠れた別のモンスターも打ち倒した。

「これで全部か……」

「大丈夫だった?」

 いつの間にかテントから出てきた秋留が心配そうに声をかけてきた。クリアも秋留に抱きついている。ジェットはテントからは出てきていない。熟睡しているに違いない。

「あんたら新米冒険者か?」

 先程のエルフが背中に弓を戻しつつ近づいて来た。少し怒っているのは気のせいではないだろう。

「い、いやぁ……」

 俺は苦笑いをして誤魔化した。俺達のレベルや功績を考えると中より上といった所だ。少なくとも新米ではない。

「こいつらは……」

 そう言ってエルフは倒れていたモンスターを指差す。

「バウボア。群れで行動する」

 俺の顔をジロリと睨む。まるで全ての元凶が俺にあるかのように。

「一匹でも逃がすと更に大量の仲間を引き連れて仕返しに来る。とても仲間意識の強いモンスターだ」

 そうか。それでこのエルフは一匹も逃がすなと忠告してきたのか。

「お前らさっきバウボアの肉を食ってたろ? 仕留めた時に仲間を逃がさなかったか?」

「あ」

 そんなに食料はいらないと思って逃げていった他のモンスターは放ったらかしだった。……元凶は俺だったのか。

「はぁ」

 目の前のエルフが分かり易く溜息をついた。溜息をつかれるのも本日二度目だな。

「もっと修行する事だな」

 そう捨て台詞を残しエルフは自分のテントの前へと戻っていった。

「……面目ない」

「ホントにね」

 俺の陳謝にすかさずクリアが突っ込む。お前が変な邪魔をしなければ十数匹のバウボア程度あっという間に片付けたさ。

「ふあ〜あ。とりあえずクリア、寝るよ」

 秋留もとくに俺のフォローもせずにテントに戻っていってしまった。寂しいな。

 それから交代の時間までは何事もなく、俺は秋留と見張りを交代して眠りについた。


 馬車に積んだ樽から水を汲み顔を洗う。今朝の街道は濃い霧に包まれている。視界が悪いとモンスターの接近に気付くのが遅くなってしまうのが少し心配だ。

「肉も少し積み込んでおきましたぞ」

 ジェットは朝からせっせと働いている。最後の見張りはジェットなため、俺達よりも大分早く起きているはずなのだが……さすがお年寄りは違う。ジェットは昨夜襲ってきたバウボアの肉を必要な分だけ馬車に乗せている所だ。

 ちなみに残ったモンスターの死体は広場の端に積んでいる。他のモンスターや掃除屋と呼ばれる冒険者達がそのうち片付けていく事だろう。

「じゃあ出発しようか」

「うん!」

 秋留とクリアが元気良く馬車に飛び乗った。俺も忘れ物がないか広場を見渡す。エルフの冒険者達は俺達よりも早くに出発してしまったようだ。

「よし、準備オッケーだ」

 俺も馬車に乗り込む。馬車はゆっくりと進みだした。

 暫く進むと秋留とクリアが地図を広げて何やら話し始めた。港町コックスに到着してから購入したアステカ大陸の詳細な地図だ。

「次の目的地は花の都……ファリね!」

 クリアが地図を指差している。

 花の都とはまたこの大陸らしい名前が付いているものだ。その幻想的な響きに秋留もクリアも楽しそうだ。

「驚きますぞ〜」

 ジェットが期待させるような事を言っている。ファリという街で何が待っているのか、ジェットは知っている様だが、教える気は無さそうだ。「ぬふふ」という意味不明な笑みをこぼしている。

 その後も談笑が続いたが、暫くするとクリアは秋留の膝で眠りについてしまった。羨ましい。

「疲れているんだね」

 秋留が優しくクリアの頭を撫でながら俺に話しかけてくる。

「そうだな……寝ていると静かで可愛いもんだ」

「むにゃむにゃ」

 クリアは何やら夢を見ているらしく時々笑ったりしている。

「花の都ファリの夢でも見てるのかな?」

「むにゃ……またブレイブの仕業かぁ……はぁ」

 クリアの寝言だ。前言撤回だ、寝てても可愛くない。

 俺が何かしでかしたらしい。夢の中でまで溜息を付いている。

「あはは」

「はは……」

 秋留が可愛く笑ったので俺も思わず普通に笑ってしまった。

 今日もレッド・ツイスターは平和だ。

「あ、あのぉ」

 俺と秋留は同時にビックリした。存在の薄いシープットが突然話しかけてきたのだ。

「と、突然、どうした?」

 俺はキョロキョロと辺りを見渡した。

 ……ん?

 見た事のある景色だぞ。特にあの大木には見覚えがある。盗賊の観察眼は伊達ではない。

「同じ場所をグルグルと回っている?」

 俺は武器を構えて警戒した。

「いえ、違います」

 いきなりシープットが俺の観察眼を否定する。何て失礼な奴だ!

「いや、あの大木は確実に見たぞ!」

「……はい。いつまでも馬車から見えてますよね」

『……ッ』

 俺と秋留は絶句した。

 確かに馬車は進んでいるのだが、少し奥にある木だけが景色として変わらずに付いてきているのだ。

 俺は黙って目の前の動く大木にネカーとネマーを連射した。

「いたたたたっ」

 大木が喋った。

 基本的にモンスターは喋らないはずだから……また妖精か?

「ジェット、ストーーップ!」

 秋留が叫ぶと馬車が突然止まった。

 街道に生える木々の間から大木が太い根っこで器用に歩いてきているのが見える。

「問答無用に攻撃してくるなんて失礼な奴ね!」

 目の前の大木からオバサンの甲高い声が聞こえてくる。

 アステカ大陸は何でもありか?

「わ、悪い……妖精だったのか」

「んまっ! どこからどう見ても可愛らしい妖精じゃない!」

 バシンッとオバサンらしく大きな手のような枝で馬車をはたく。馬車全体が軋んだが、クリアは何も無いかのようにグッスリと眠っている。

「ワタクシはマダム・フォーリン、貴方達に忠告しに来たの」

 大木の真ん中に顔のように眼や鼻や口が付いている。結構不気味だ。その不気味なフォーリンと名乗ったオバサン? が腰に手をあてているような仕草で俺達に話しかけている。

「な、何でしょうか?」

 秋留もあまりの迫力にたじろいでいるようだ。

「貴方達ね……」

『……』

 一同、何を言われるのかとドキドキしながら待つ。

「……」

『……』

 暫くの沈黙。

「……」

 俺は黙ってネカーとネマーを構えた。

「んまっ! 短気な坊やね!」

 フォーリンがバシンッと俺の腹を枝で払う。息が止まった。今の攻撃を予測出来なかったのが悲しい。

「貴方達、新米冒険者みたいだから忠告しておくけどね、」

 新米ではない。

 このオバサンはいつから俺達の様子をうかがっていたのだろうか。

「霧が濃いから色々気をつけてね」

『……』

 一同、再び沈黙。

「ご丁寧にありがとうございますですじゃ」

 ジェットが一人礼を言う。ジェットだけはあまりショックが大きくないようだ。

「んまっ! 立派なジェントルマンがいるじゃないの!」

「ふぉっふぉっふぉ、レディーの前で恥ずかしい姿は見せられんからのぉ」

「んまぁ! お上手だこと!」

 ジェットはマダム・フォーリンと普通に会話を続けている。少し、いや凄く尊敬する。

 暫く話した後に俺達はようやくマダム・フォーリンから解放された。

 シープットも含めて俺達はすっかりグッタリとしてしまっている。

「よく普通に会話が出来るな」

 俺は手綱を操るジェットに話しかけた。ちなみにマダム・フォーリンは心配だという事で先程と同じように少し離れた場所から付いてきているようだ。

「妖精を相手にする時は調子を合わせないと疲れますぞ」

『確かに』

 俺と秋留とシープットは声を合わせて答えた。


「う〜ん……」

 毛布にくるまっていたクリアが眼を覚ましたようだ。馬車の椅子で豪快に眠っていたクリアに優しく毛布をかけたのは勿論秋留である。

「よく寝れた?」

 少し離れていた秋留が近寄って尋ねる。少し離れていたのはクリアのために椅子を空けていたためだ。

「うん。何か色々楽しい夢を見ていたみたいだけど、忘れちゃった!」

 おう、忘れろ。

「丁度良いですな。あの辺りで昼にしましょう」

 ジェットは手綱を操り馬車を街道脇に止めた。小さな井戸と切り株がいくつかある。馬車移動のための休憩所として用意されているようだ。

「水を補給しときましょう」

 ジェットが井戸から水を汲んでいる。基本的に川やこういう場所にある井戸の水は簡易シャワー用や洗い物に使用する。危険で飲み水には使えないからだ。ま、困っていれば別だが。

「何か新しい発見ばっかりだよね」

 秋留が近づいてきて言った。金魚のフンのクリアはシープットと一緒にジェットの手伝いをしている。

「この大陸が特別過ぎるんじゃないかな……とにかく妖精には慣れない」

「……だね、ふふふ」

 ずっと眠っていたカリューと紅蓮も元気に走り回っている。

 ……何だか俺の中のカリューの扱いも普通のペットになって来たな。ああやって走り回っていても違和感が無い。

「カリュー……人間に戻ると良いね」

「ああ……せめて獣人にでも戻れれば……」

 遠い眼をして無邪気に走り回るカリューを眺めた。最近はクリアのお陰? で凶暴さも少し無くなって来たようにも見える。

 俺達は簡単に昼を済ますとすぐに出発した。

 クリアも少しは馬車に慣れたのか不満もあまり言わなくなった。

 そして午後は何事も無く早めに野宿する場所を見つけて準備を始めた。今日のメニューは昨日仕留めた大量の肉を串に刺して焼いただけのシンプルなものだ。秋留特製のソースが塗りつけてある。

「おっいし〜い!」

 クリアが幸せそうに肉を頬張っている。シープットもウンウンと頷きながら肉を食べているようだ。秋留は肉を焼いただけの料理でも凄く旨く作る事が出来る。

 冒険者じゃなくて料理人としてもやっていけるんじゃないだろうか。


 翌日。

「寒い!」

 クリアが毛布にくるまって不平を漏らした。俺達は早めに馬車を出発させている。急げば本日遅くに花の都に到着出来るかもしれないからだ。

 しかし、今日は天気に恵まれなかった。冷たい雨が今朝から降り続けているのだ。昨日と同様に視界も悪い。

「ちょっと雨は厳しいね」

 秋留も紫のコートを着て寒さに耐えている。

「次の街で防寒具も買い揃えたほうが良さそうだな」

 北側の大陸に来た事がない俺達は厚手の防寒具は持っていないのだ。

「冷えますな」

 ゾンビのジェットも寒さで震えているようだが、ゾンビに体温とかあるのか?

「!」

 森の中を何者かが進んでくる気配がある。俺は銃を構えて馬車から後方をうかがった。

 俺の警戒に気付いて秋留も馬車の後方にやって来る。

「何かいるの?」

 クリアが聞いてくる。俺が辺りを気にしている時は静かにしていてくれ。秋留はそれを分かっているため、クリアに「しぃ〜」という仕草をしている。

「相当デカイぞ……昨日のオバサンではなさそうだけど……」

 後方の木々がバキバキと倒れていっていた。

 そして現れたのは巨大なモンスター、太古に生きていたという恐竜のように見える。

 しかし注目すべきはその右手についている機械だ。

「リモデラー……」

 秋留が呟く。

 モンスターの中でも魔族などに改造されたものをリモデラーと言う。普通のモンスターに比べたら段違いのパワーと厄介さを持っている。しかも目の前のリモデラーはやたらとデカい。頭だけで馬車と同じ位があり、アンバランスな感じで頭と同じ位の大きさの身体がくっついている。

「危険ですな……逃げましょう」

 後方を確認したジェットは馬達に鞭を打った。馬車のスピードがグンッと上がる。

「お、おっかけて来ますよ」

 シープットとクリアは怯えきってしまっている。

 俺はネカーをぶっ放した。予想通り硬そうな皮膚を軽く傷付けただけに終わった。

「があああああおおおおお」

 モンスターが叫ぶ。大きな鳴き声に耳が一瞬遠くなりバランスも崩れた。

「水の牢獄により全ての者を包み込み全ての者に残酷なる死を……」

 秋留が呪文を唱え始めた。俺は秋留を援護するようにネカーとネマーでモンスターの両目を狙う。しかし眼まで固いらしく硬貨はあっさりと弾かれてしまった。さすがリモデラー、と感心している場合ではない。

「ウォータープリズン!」

 秋留の手から巨大な水球が飛び出してモンスターの頭を包み込んだ。この魔法は水でモンスターを窒息死させるという恐怖の魔法だ。

「やったか?」

 しかし目の前でモンスターの頭に張り付いていた水球が消えた。魔法を無効化したのか?

「飲まれちゃったみたい」

 秋留の台詞通り、モンスターは美味かった、という風に舌なめずりをしている。

 そして右手の機械、巨大な銃口を馬車の方へと向けた。

「ジェット! 俺が指示したらその方向に、馬車を移動してくれ!」

「まかせるですじゃ!」

 モンスター右手の銃口が赤く光りだした。

「左!」

 俺の合図でジェットが馬車を左に動かす。さっきまで馬車がいた場所にモンスターの銃口から発射されたエネルギー弾のようなものが直撃した。

「きゃあああああ」

「うわあああああ」

 大きく揺れた馬車にクリアとシープットが必死にしがみ付いている。カリューと紅蓮も必死に馬車の床に爪を立てて振り落とされないようにしているようだ。

 それにしても今の攻撃で森全体が振動したぞ……なんて威力なんだ。

「ウンディーネの怒りは全てを飲み込む反流となる……」

 秋留が別の呪文の詠唱を始めた。

 俺はネカーから硬貨を取り出し、コートの内ポケットから特製のコインを取り出した。このコインは間に火薬を挟んだ特別製で着弾と同時に爆発を起こすようになっている。

「食らえ!」

 火薬入り硬貨を装填してトリガを引く。その硬貨が狙い通りにモンスターの口の中へと入り爆発を起こす。

 どうだ?

「ぐ、ぐおおおおおおおん」

 口から血飛沫をあげながらモンスターが走りよって来る。同時に銃口もこちらに向けているようだ。

「流水の力を我が手に宿し怒りを静める剣となれ……」

 秋留の呪文の詠唱はまだ終わらない。

「もう一発爆弾をお見舞いしてやるぜ!」

 俺は背中に背負った鞄から爆弾を取り出しモンスターの口に再び投げつけた。投げる瞬間に手甲に導火線をこすり付けて火をつける事は忘れていない。

 再びモンスターの頭が爆発により後ろに仰け反った。しかし同時にモンスターの右手からエネルギー弾が発射された。

「左!」

 ジェットへの指示が遅れた。このままでは避けきれない!

「フラッドブレード!」

 その時、秋留が呪文を解き放った。水で出来た鋭い刃がモンスターの発射したエネルギー弾と接触して大爆発を起こした。馬車に貼り付けてある板の何枚かが剥がれて吹き飛んだが、かろうじて馬車は倒れる事なく街道を疾走する。

「がううううう」

 大地を揺らしながら諦めの悪いモンスターが俺達の馬車を追いかけてくる。二度の爆発で馬達にもダメージがあったようで先程のようなスピードが出ていない。このままでは追いつかれる!

「うがっ」

 突然、モンスターの動きが止まった。身体が痙攣しているようだ。

「な、何だ?」

「……ツートンとカーニャアがあのモンスターを取り殺そうとしているのよ」

「……」

 秋留の答えに思わずゾッとした。俺はかなり危険な相手に身体を貸していたんだな……。

 俺達の乗る馬車はモンスターから大分離れた場所で様子をうかがっていたが、やがてモンスターの巨体が地面へと沈んだ。

「勝ったのか」

「ピシッ」

「パシッ」

 俺の質問にどこかからか答えが返ってきた。何を言っているのか分からないが想像は付く。

「怖かった……」

 クリアは半分泣いている。

「ううう……」

 シープットは号泣だ。

「危なかったですな」

 ジェットはいつの間にかお茶を飲んでいる。安心し過ぎだ。

「ガウガウ」

「ワウワウ」

 最早何を言っているのか分からない。

「連れて来て良かったでしょ?」

「いや、こうなったのはタマタマだろ?」

「あれ? バレた?」

 とにかく馬達にも無理をさせてしまったので、もう少し進んだ場所で休憩を取る事にした。今日中にファリに到着するのは無理だろう。

「死ぬかと思ったですメ〜」

『……』

 一同沈黙。不思議と俺達の輪の中に見知らぬ顔が一匹。サイズや見た目から言うと妖精だろう。

「え〜っと、やっぱり妖精だよな?」

「はい! 雨降り小僧のアマ吉と申しますメ〜」

『雨降り小僧……』

 俺達全員は声を合わせて上を見上げた。今も冷たい雨が降っている。

「今朝からこの馬車の屋根で寝かせてもらっていましたメ〜、さっき屋根が吹き飛ばされた時は死ぬかと思いましたメ〜」

 秋留やジェットの目線が俺に注がれる。

「いや、気付かなかった」

「アマ吉さんはやっぱり雨を降らす事が得意なの?」

 秋留が優しく問いかける。

「はい! というか僕のいる所は勝手に雨が降りますメ〜!」

 港町コックスを出発してからというもの、妖精に悩まされっぱなしな俺達はその場所から移動するのも嫌になってしまい、そのまま野宿の準備を始めた。

 途中、アマ吉は別の馬車が通りかかった時にコッソリ馬車の屋根に飛び乗って、先に進んでいった。

「晴れたね」

 秋留が頭上を見上げた。

 日もだいぶ傾いてきたが、空は雲ひとつない青空だ。……雨降り小僧がいなくなったためだろう。

「この大陸は、疲れるな……」

 俺はテントの中に倒れこんで愚痴った。

「な、慣れですぞ……」

 さすがにジェットも少し疲れているようだ。

 俺達は簡単に早めの夕食を済ますと、その日は何もせずに寝てしまった。


 港町コックスを出発してから四日目の朝だ。

 今朝は昨日と違い大きな青空が広がっているが、北側の大陸だけあって肌寒い。

「屋根よ〜し!」

「下側よ〜し!」

 俺は馬車のどこかに妖精が忍び込んでいないかチェックをしている最中だ。何だか馬鹿らしい。

「それでは出発しますかな?」

『お〜!』

 全員、多めに休息を取ったせいで体力は万全だ。ペット達の鳴き声やラップ音もいつもより大きく聞こえる。 俺は妖精に出会わない事を祈りつつ馬車からの景色を眺めた。

 相変わらずの幻想的な世界が広がっている。

「良い天気だね〜……何だか眠くなってきちゃ……」

 台詞を最後まで言い終わらないうちにクリアが秋留の膝の上で寝始めた。

「ふわぁ〜あ……私も寝るね」

 秋留が俺に手を振りながら下を向いて眠りに入った。馬車の動きに合わせて頭がカクカクと揺れている。

「昼前には到着しそうですな」

 ジェットが街道沿いの案内版を眺めている。『花の都ファリは直進四十キロメートル』と看板にある。この馬車の今の速さなら後二、三時間で到着する距離だろう。


「皆さん、到着しましたぞ!」

 どうやら俺まで眠ってしまったようだ。ジェットが御者席から大声で俺達を起こす。

「んん……」

 俺は伸びをしながら馬車から見える景色を眺めた。

「!」

 俺はネカーとネマーを構えて馬車から飛び出した。

「ジェット! 悠長にしている場合ではないだろ! 街がモンスターに襲われている!」

 俺は町の入り口に向かって走り出そうとした。

「待ちなされ!」

 ジェットが俺の後頭部をどつく。

「痛っ! 何するんだ、ジェット」

 俺の傍で杖を構えている秋留や、後方でカリューと紅蓮を連れているクリアもジェットの対応に右往左往している。ちなみにシープットは馬車の陰に隠れている。

「襲われているように見えますかな?」

 ジェットに言われて俺達は目の前の街の状態を眺めた。

 ……。

 色様々な人間大のゴーレムが街の至る所にいる。あるゴーレムは人間と会話を交わし、別のゴーレムは街の通りを掃除している。更に別のゴーレムは頭に鉢巻を巻いて店先で叩き売りをしているようにも見える。

「何なんだ? これは……」

 唖然とする俺達の前に出たジェットは優越感たっぷりに説明し始めた。

「今まで沢山の妖精をご覧になりましたな。大きいのから小さいのまで……」

 安全そうだと認識したシープットが馬車の陰から出てきたようだ。俺はそのまま頷いてジェットの説明の続きを聞く。

「数多くの種族が共存するアステカ大陸で、身体の小さな妖精が一緒に生活するのは困難だと思われませんかな?」

 確かに。

 人間や獣人と妖精ではサイズが違うため、家やらアイテムのサイズの違いで色々と不便しそうだ。特に妖精が営む店なんて入れるのか、と凄く心配になってしまう。

「そこで妖精達が作り出したのが、草木や大地で生成した人形、ギジンですじゃ」

『ギジン……』

 俺達は関心して街を眺めた。妖精達が作り出した人形……、さすがアステカ大陸、不思議が一杯だ。

「妖精達はあの中に入ってギジンを操っているんですじゃ」

 俺達が話していると一匹のギジンがノソノソと近づいて来た。

「花の都ファリへようこそ! 本日の宿はお決まりですか?」

 よく見るとギジンの右手には『花一杯宿』と書かれたプラカードがある。どうやら宿の客引きのようだ。

「ギジンは喋る事も出来るの?」

 クリアが眼を輝かせている。楽しそうだ。

「それは違うよ、ギジンの中の僕が喋っているんだよ」

 急にギジンの腹から頭に黄色い花のついた妖精が頭を出してきた。頭は俺の拳程のサイズしかない。

「可愛い〜」

「可愛いね」

 クリアと秋留が小さい妖精を見つめて嬉しがっている。確かに今まで出会った妖精よりは愛くるしい姿をしているが、まだまだ分からないぞ……妖精には散々振り回されているからな。

「か、可愛い? ぼ、僕は男だぞ!」

 妖精にも性別があるのか。

 それにしても、口調は怒っているようだが顔は凄く嬉しそうだ。

「妖精さんの宿まで案内してくれる?」

 秋留のお願いは誰も断れるはずはない。

 妖精はデレデレとした顔をギジンの中に引っ込めて、俺達を案内し始めた。

「お姉さん達、この大陸は初めて?」

「ジェットは来た事あるんだけど、私達は初めてだね」

 デレデレ妖精は秋留と仲良く会話をしている。ちなみにデレデレ妖精と心の中で名づけたのは勿論俺だ。由来はそのまんまだ。

「あ! あそこの饅頭はお土産に最適だよ」

 デレデレ妖精の台詞にクリアの眼が光った。

 その光を見たシープットは重い荷物に負けずに素早く饅頭を購入してきたようだ。

「そういえばこのファリの街は初めてでしょ? 花の都の名前に負けない位、綺麗な所でしょう?」

 確かに今歩いている通りも色形様々な花で一杯だ。

 花壇には赤や黄色の花が咲き乱れ、街灯は花の形をしている。家の屋根も色とりどりな花の形のものが多い。

「ここだよ、花一杯宿!」

 目の前に壁一面が花柄の趣味の悪い建物が現れた。屋根は葉っぱで出来ているかのように鮮やかな緑色だ。

 勿論、花壇が所狭しと置かれ本物の花も数多く飾られている。

「いらっしゃいませ! おや、うちの客引きに捕まったようだね」

 宿の中から女将風のギジンがエプロンを付けて現れた。

「良い宿だね」

「え? あ、ああ……」

 秋留が良い宿だと思うなら良い宿に違いない。俺達は眼がチカチカするようなロビーへと通された。室内の壁やソファーなども全て花柄だ。


「落ち着かない」

 俺は花柄のベッドカバーで覆われたベッドに横になって花柄の天井を見つめている。

 秋留はこの宿で一番高い部屋に、いつも通りクリアと一緒に泊まる事になった。その部屋にはペット達もいる。クリアの隣の部屋には執事のシープットが泊まっていて、更にその隣がジェットと俺の部屋だ。

「なかなか良い宿でございますな」

 隣のベッドに座って部屋にあったお茶セットで熱いお茶を飲んでいるジェットが言った。

 確かに見た目はキツいがベッドのクッションの具合や部屋の綺麗さで言ったら文句はない。それに部屋のいたる所に香りの良い花が飾られているためジェットの死臭もあまり気にならない。

「ここで食事を取らなくて良いのがせめてもの救いだな」

 俺は一人呟いた。

 この宿では食事が出ないため、泊り客は外に食べに行く必要がある。

 俺とジェットは荷物を整理し、簡単な装備をして秋留たちの部屋へと向かった。扉の作りも俺達の部屋とは違うようだ。さすがスウィートルームだ。さぞかし部屋の中は花だらけなのだろうな。

「凄いの! お風呂に薔薇の花びらが一杯浮いてたの!」

 クリアが嬉しそうに部屋から出てきた。

「ふぅ〜ん」

「それは良かったですな」

 俺の適当な返事にクリアは少し機嫌を損ねたようだが今更気にしない。

「お肌がスベスベになりそうだよ」

「へぇ〜! そりゃ良いな! 俺も一緒に入ろうかな!」

 思わず滑った口に秋留のグーパンチが飛び込んできた。さすがに調子に乗りすぎたか。

「それでは少し遅めの昼ごはんを食べに行きますかな」

『お〜!』

 相変わらずの獣の鳴き声やらラップ音が聞こえてきた。ペット同伴の店を探すのは一苦労なのだが……。ちなみに幽霊同伴なのは気にする必要はないだろう。居合わせた客には悪いけどな……。

「この花の都では何が有名なんだ?」

 俺は隣を歩くジェットに聞いた。

「さぁのぉ。この街に来るのは初めてですじゃ」

「あ? でもギジンの事知ってたじゃないか!」

「ギジンはこの大陸で妖精が多い場所ならどこでも見かけますぞ」

 なるほど。

 ギジンは一般的に使用されているのか。今後気をつけないとな。

「あの人はやたらと毛深いみたいだね」

「ふぉっふぉっふぉ。あの方は獣人ですじゃ」

 さすがに色々な種族が目白押しだ。

 人間にエルフに獣人に妖精……。よく見ると背の低いホビットの姿も見える。

「まずは腹ごしらえだ」

 俺は辺りをキョロキョロと見渡した。美味そうな匂いのする店を探そう。

「あの店が良い〜」

 クリアが叫んだ。クリアの指差す方向には『レストラン・華』といういかにも高級そうな店が建っていた。俺の鼻も悪い反応は示していないが……高そうだなぁ……。

「高級そうですなぁ」

「たまには奢ってあげるよ!」

 クリアの嬉しい申し出。

「いや! 幼子に金品をめぐって貰うなど出来ませぬ!」

 ジェットが激しく否定した。

 そしておもむろに懐に入っていた銭袋を確認する。

「ワシが奢りましょう! 年長者としてたまには!」

 そう言ってジェットが勇ましく高級そうな店へと入っていった。大丈夫か?

 店の中は高級そうなムードに包まれていた。

 客層も上品な服を着た客が目立つ。……タキシードを着たギジンは場違いな感じではあるが。ありゃあ、どうやって食うんだ?

「美味しそう〜」

 クリアが眼を輝かせている。

「確かに」

 俺はメニューを見て生唾を飲み込んだ。俺達が今まであまり食べたことのないメニューの内容と金額だ。こういう洒落た店は少し苦手なんだが……。

「ガウガウッ」

「ワオ〜ン」

 カリューと紅蓮も嬉しそうだ。先程から良い匂いがしているしな。ちなみに銀星は入店を許されなかった為、外で高級草の食事をさせてもらっている所だ。

「足りなさそうなら私も協力してあげるからね」

 秋留がジェットに優しく声をかけている。まぁ、問題はないだろうとは思うのだが。

「う〜んとねぇ……ワイルドウルフのワインソース煮とぉ……レインボーフィッシュのテリーヌにぃ……特製ホタテのキャビア添えでぇ……トリュフのサラダも食べたいしぃ……フカヒレスープも美味しそうだからねぇ……」

 クリアの台詞にジェットがメニューを確かめながら青い顔をしている。いつもの食事よりも十倍以上はしそうな値段だからなぁ。

「色々食べたいものがあるんだね」

「うん! クリア、育ち盛りなの!」

「私はこの満腹コースとかが良いと思うんだけど……」

 秋留が指差したメニューは比較的リーズナブルだが十分満足出来そうな名前ではある。

「うん! そうだね! アタシもそれが良いと思ってたんだぁ!」

 うそつけ。

 しかしクリアの台詞にジェットは安心したようだ。いつもの如くシープットはクリアの成長振りに喜んでいる。……ずる賢くなっただけの気がするのは俺だけか?

 暫くすると料理が順番に運ばれてきた。順番に料理が運ばれてくるような店にもあまり入った事がないからなぁ。

「美味しいね」

「うん!」

 秋留とクリアが仲良く話している。ジェットも喜んでもらえて嬉しそうだ。

 俺達は久しぶりのまともな食事を終えるとレストランを出て花の都の通りを歩き始めた。後ろからは若干落ち込んだジェットが付いてきている。会計は三十万カリムだった。痛い出費に違いない。

「皆さん、防寒具を用意しませんとな」

 ジェットが気を取り直したようだ。

「そうだね、街の中でも肌寒いしね」

「じゃあ、秋留お姉ちゃんと一緒に買い物する〜!」

 クリアが秋留にベッタリとくっついている。

 その後俺達は話し合い、あまり大人数でも行動し難いという結論になった。

「じゃあ、宿屋の前でちゃんと待ってるんだよ! どこかに行ったりしたら……分かってるね?」

 邪魔者なカリューと紅蓮をクリアが追い払っている。

「シープットはそれなりに離れて付いてくるようにね」

「はい! お嬢様!」

 シープットは嬉しそうだ。そんな扱いされて嬉しいのだろうか?

「それでは銀星、お主も宿屋で待っておるんじゃぞ」

 主人に忠実な銀星は恨めしそうに秋留とクリアを見ながら宿屋へと向かっていった。

「ブレイブ殿、ワシと一緒に買い物しますかな?」

「い、いや……いい……」

 ジェットの誘いを丁寧に断る。

「じゃあ……十八時に宿屋の前で待ち合わせね」

 秋留とクリアが手を繋ぎながら人混みの中へと消えていった。ちゃんと後ろにシープットも付いている。十メートルは離れているようだ。

「ではワシも行きますじゃ」

「また後でな」

 俺はキョロキョロと通りを見渡すと小走りに秋留達が向かった通りに入っていった。偶然を装って一緒に買い物をしてしまおう。

 しかしまるで避けられているかのように秋留達が見つからない。

 暫く探索を続けたが俺は諦めて盗賊専門店を探した。

「色々な店があるし……どのアイテムも興味深い」

 魔族の本拠地があるワグレスク大陸に近いせいか魔力のあるアイテムや装備品が目立つ。

 俺はまず眼に付いた防具屋へと入っていった。

「いらっしゃい、あれ? ずいぶん寒そうな格好をしてますね」

「この大陸に来て間もないんだ。何か防寒具になりそうなものはあるか?」

 俺は店員にコート売り場へと案内してもらった。どれも暖かそうだが防御力の面では少し心配だ。

 店員に礼を言うと俺は他の店を探すために通りに出た。

「あの通りは怪しそうだ」

 俺は盗賊独特の雰囲気を察知して一本の細い通りに入っていった。花の都と言ってもこのように怪しげな通りはあるものだ。それはどの街に行っても変わらない。

 ……暫く進んだが俺の予想したような店は無かった。あった、いや、いたのは地面に風呂敷を広げた一人の露天商だった。手作りらしい看板には『暗黒堂』と書いてある。

「……お、いらっしゃい!」

 全身黒づくめ、黒い帽子を目深に被った男が話しかけてきた。

「こんな所で露天商なんてやってて客が来るのか?」

 率直な意見を述べてみた。

「来たじゃないですか」

 そう言って怪しげな男が俺の方を見上げた。

「……」

 俺は胡散臭そうな眼で露天商の広げているアイテムを眺める。後方の壁にも短剣や鞭など簡単な武器も飾られていた。

「あれ? この人形……」

 俺は風呂敷に置かれている真っ黒の人形を手に取った。背中には真っ白な羽が生えている。

「お! お客さん、お目が高い!」

「堕天使のお守り……だっけ?」

「……ほぅ……お客さん、通だね?」

「何の通だ!」

 思わず突っ込んでしまった。

 この人形は秋留が装備している杖に取り付けられている人形と全く同じもののように見える。

「!」

 俺は思わず後ずさった。目の前の男がいつの間にか立ち上がっていたからだ。身長は二メートル以上あるように見える。あまりの威圧感に俺はネカーとネマーを構えそうになった。

「お客さん、その腰に装備している短剣……」

 そう言って男が俺の腰にある黒い短剣を指差した。これはチェンバー大陸の町で人間だった頃のカリューが買ってくれた、言わば形見だ。

 俺は買った場所や経緯を簡単に説明した。

「それ、僕が作ったものです」

「え! そうなのか!」

「はい。どうです? 使い心地は?」

 この胡散臭そうな男が作った短剣……思わず呪われていないか確認したくなってきた。しかし今までの冒険では色々と役に立ってくれたし、デザインも黒という色も良いので気に入っている。

「ま、まぁまぁかな」

 気に入っているとは言いたくなかった。

「そうですか、気に入ってくれているようですね」

 またしても心の中を読まれたようだ。顔の表情を変えない修行をした方が良さそうだ。

「……えっと……暖かくて防御力の高いコートとかはないよなぁ?」

 俺は品揃えを眺めてから念のため聞いてみた。どれもこれも小さいアイテムばかりなので売ってないだろうな。

「お客さん、この品揃えを見てコートを注文しますか」

「あはは」

 笑って誤魔化した。

「ありますよ、とっておきのコート」

「あるのかよ!」

 こいつの相手をしているとやたらと突っ込みが多くなってしまいそうだ。

 男は後ろの荷物をゴソゴソ漁って一着のコートを取り出した。

「これも僕が作ったコート、名づけて『ブラックフードハーフコート』!」

 じゃん! と男がコートを広げた。真っ黒なロングコートでフードが付いている。裏地は毛皮で覆われていて暖かそうだ。デザインは悪くないが……。

「……ネーミングセンス無いなぁ」

「そうですか?」

「見たまんま……しかもハーフって言っても見た目ロングだぞ?」

「甘いですよ、お客さん。このコート、材料が足りなくて裏地が半分無いんですよ」

「おい!」

「安心して下さい。縦半分じゃなくて下半分の裏地が無いだけです」

「そこを心配している訳ではないんだが……」

 俺は頭を抱えた。この大陸はこんな奴ばっかりなのか……。

「下半身はアンダーウェアでも購入して暖かくして下さい」

「そこまでして購入する意味はあるのか?」

「ふっふっふ……」

 そう言って怪しげな男は持っていたコートを路地の離れた場所に置いた。

「このコート、高い魔法防御力があります」

「ほぅ」

 俺は胡散臭そうに返事をした。すると男は両手を構えて何やら集中し始めた。

「火炎の住人よ、全てを貫く炎の矢となれ……ヒートアロー!」

「え?」

 驚いている間に男の放った炎の矢がコートにぶち当たった。何てことを……。

「ご心配無用」

 男が再びコート持って近づいて来た。……うっすらと煙が上がっているがコート自体は全くの無傷のようだ。

「……これから買うかもしれない商品に魔法をぶっ放すなよ」

「買います?」

「いくらだ?」

「ずばり五百万カリム!」

 怪しい男の手が立ち去ろうとする俺の肩をガシッと掴む。

「あはは……お客さん、気が早いね」

「いくらなんだ?」

「お客さん、うちのお得意さんみたいだから……」

 そう言うと男の動きが止まった。必死に考えているようだ。

「八十七万とんで七カリム!」

「その端数は何だ!」

「気持ちです」

「意味が分からない」

 俺は黙って財布から百万カリム硬貨を取り出した。

「まいどあり〜」

「着ていくからそのままで良い」

「そうですか? では……」

 俺は扱い難い男から魔法防御バッチリなコートを手に入れた。この手のアイテムは名前ばかりで効果が薄いものが多いのだが、このアイテムは別物のようだ。正直、五百万カリムを払う価値もあるかもしれない。

「ツリはいらない。俺の気持ちだ」

「! さすがお客さん、太っ腹だね」

 俺は振り返らずにその場を後にしようとした。

「そうそう、言い忘れました。その黒い短剣は『ダークサーベル』って言うんですよ!」

 短剣じゃないのかよ! と最早突っ込む気にはなれずに俺は疲れて大通りへと戻っていった。

「……さて」

 俺は気を取り直して通りにある時計を眺めた。待ち合わせの時間まで、まだまだ余裕があるようだ。

 暫く他の店屋を眺めて消耗品や手袋、マフラーなどの防寒具も一式揃えた。勿論厚手のアンダーウェアも忘れてはいない。

「おお、ブレイブ殿」

 通りを歩いていると後ろからジェットに話しかけられた。ジェットは暖かそうな灰色の帽子と灰色のロングコートを着ている。肩から腕にかけて変わった装飾が付いている。

「暖かそうな格好になったな」

「ブレイブ殿も格好良いコートを見つけたようですな」

 買った経緯は忘れたいが確かにデザインは文句ない。背中に大きな黒い十字架の刺繍がしてあるのも気に入っている。裏地は少しおかしいが我慢しよう。

「ブレイブ殿、少し相談があるのですが……」

 ジェットの話はこうだ。

 浪費癖のあるクリアに金の大事さを教える。そのためにも魔族討伐組合で簡単な依頼を見つけて来て欲しい、という事だった。昼間のレストランの一件でジェットも懲りたのかもしれない。

 一通り買い物も済んでいた俺はジェットと別れると魔族討伐組合の建物目指して歩き始めた。

「ここか」

 花のつぼみのようなデザインをしたポップな魔族討伐組合の建物が見えてきた。趣味が悪すぎる。

「いらっしゃいませ……あ? レッド・ツイスターのブレイブ様ですね」

 カウンターの向こうの組合員が声をかけてきた。

 魔族討伐組合で仕事をするスタッフは、ある程度有名な冒険者の事は知っている場合が多い。

「簡単な依頼は無いかな?」

 俺は魔族討伐組合に登録している事を示す身分証を提示する。魔族討伐組合から依頼を受けるにはどんなに知名度の高い冒険者でもこの身分証が必要になる。

「身体慣らしですか?」

「ま、まぁな」

 組合員は手元のファイルをペラペラとめくって依頼を探し始めた。

「猫のミーちゃんを探して欲しいという依頼があります」

 駆け出しの冒険者にはこういう依頼もありなのだが、さすがに軽すぎる。

「もう少し難しいやつで……」

「はい。それでは……」

 そう言って組合員の男は再びファイルをめくり始めた。

「ウマックの角を十本集めて欲しい……という依頼がありますが」

 ウマック?

 聞いた事のないモンスターだ。この大陸独特のモンスターだろうか。

「ウマックの情報をくれ」

 魔族討伐組合では要求すれば魔族やモンスターの情報も教えてくれる。ただし一情報につき千カリムも取られる。依頼者から仲介料を貰い、冒険者からは依頼達成料の五パーセントを貰っていく。それ以外にも沢山の小銭を稼いでいる事を考えると……全く良い商売だよな。

「ウマックは生息地が限られていますからね。それでもこの大陸では結構メジャーなモンスターですよ」

 そう言って組合員の男は別のファイルを取り出してページをめくり始めた。

「……集団では行動しません。素早さは高いですがレッド・ツイスターの皆さんなら問題ないでしょう」

 説明しながら組合員がウマックの写真を見せてきた。

 灰色の毛並みをして水色の変わった耳をつけている。頭の上で金色に輝いているのが今回の依頼品であるウマックの角のようだ。

「ウマックの肉はマニアには好評のようですね」

「どれ位で取引されている?」

「ものにもよりますが、引き締まった肉程高値で取引されているようです。一頭でだいたい一万カリムですね」

 俺はついでに肉も収穫してこようと心に決めて依頼を受ける事にした。

 その後依頼主である怪しい学者に会ってから、俺は待ち合わせ場所の宿屋の前に戻っていった。時間は十八時前になっている。丁度良い頃合だろう。


「おお、お二人とも、暖かそうな格好になりましたな」

 宿屋の前には既に俺以外の全員が集合していた。待ち合わせ時間の前だというのに、遅れてきた俺をクリアが白い眼で見ているような気がする。

 ジェットの言った通り、秋留とついでにクリアも厚手のコートなどの防寒具を探してきたようだ。

 秋留は白を基本に綺麗なピンク色で縁取られたコートを着ている。首周りは赤い羽根のようなもので飾られている。

「このファイヤードードーの羽は、高い防寒力と氷系の魔法を弱める力があるんだってさ」

 俺の目線を珍しい物を見ているものと勘違いしたらしい。俺は新しいコートを着ている秋留の姿全体に心を奪われていたというのに。

「アタシのコートも秋留お姉ちゃんと同じ店で買ったんだよ!」

 クリアが俺達に見せびらかす為にクルクルと回り始めた。

 嫌でも視界に入ってくるため軽く観察してみると、秋留と同じく白を基本にして、肩に暖かそうな灰色の毛玉を着けたコートを着ている。胸の所には真っ赤なリボンが付いている。

 コートとお揃いなのか真っ白の帽子にも赤いリボンが付いていた。

「可愛くなられました……」

 俺の隣に来たシープットがハンカチを眼に当てている。そんなに感動する事か?

「それよりもシープットは防寒着は買ってないのか?」

 買い物に出かける前と同じ格好をしているシープットに聞いた。

「甘いですよ、ブレイブ様。私ならちゃんと防寒着買いました」

「え? 変わっていないように見えるぞ?」

 そう言うとシープットは上着の裏側を見せてきた。

「同じデザインですが裏地が全く違います」

「……同じデザインにこだわる必要があるのか?」

「執事としてのポリシーです」

「……そうか」

 シープットはどこか先程の店員と同じような種族な気がしてきた。俺は会話を切り上げ宿屋の方を見る。丁度ギジンの女将が出てきた所だ。手をエプロンで拭きながら近づいてくる。

「皆さん、そろそろ食事の準備が出来ますよ」

「え? この宿って食事出ないんじゃなかったですか?」

 秋留が言った。確かに泊まる時にそんな事を言ってた気がするが……。

「ふふ、皆さんへの特別サービスです。あまり泊まって下さらないスウィートに泊まって頂いてますし」

 俺達は……主にクリアがワイワイとハシャギながら俺達はカラフルな宿屋へと入っていった。

「お疲れ様でした、お食事の準備が整っておりますよ」

 普通の人間種族の店員のようだ。

 最近『普通』と呼べるような人間をあまり相手にしていない気がするのは気のせいだろうか。

「美味そうだな」

「そうですな」

 丸いテーブルの上には様々な料理が並べられている。肉料理から野菜料理まで種類は豊富だが、森の中だけあって海の幸は見当たらない。

 たまたまいた客引きに捕まってこの宿に来たが、店員は気が利くし、特別料理も美味いし、部屋も綺麗だから、ちょっとの趣味の悪さは我慢するか。

「これは美味いですな」

「ちょっと癖があるけどね」

 ジェットとクリアが話している。確かにこの肉は独特の匂いがあるが俺は嫌いではないな。

「それはウマック肉の煮込みです」

 料理長と思われるギジンが姿を現した。

 これがウマックか。確かに一部のマニアには人気がありそうだ。

「あ、言い忘れてた」

 俺は魔族討伐組合で受けたウマックの角に関する依頼を全員に話した。

「へ〜、面白そう!」

「大変ですぞぉ」

「大丈夫だもん! アタシ頑張る!」

 そう言ってクリアがフォークに肉を刺したままガッツポーズをとっている。どこかで見た光景だな。

 ……これでクリアが少しでも金の重要さを分かってくれるといいのだが。

「あ、そうだ!」

 俺は更に思い出した事を報告した。

「秋留の杖についている人形、売ってる奴がいたぞ」

「え? そうなの?」

 秋留が椅子に立てかけていた杖の人形をマジマジと見ている。どこで買ったのか忘れたが、秋留は真っ黒の人形を気に入っているようなのだ。

「で? 買ってきてくれたの?」

 クリアが俺の方を向いて眼をキラキラさせている。

「……? 買ってないぞ。何で俺がその人形を買わないといけないんだ?」

 椅子をガタンと倒して立ち上がったクリアが鬼のような形相で俺を睨み付ける。

「アタシが欲しがってたの知ってるでしょ! 何で買っといてくれないの!」

「うぅ……」

 確かに。コイツ、秋留と何でもかんでもお揃いにしたがっているしな。気を利かせて買わなかったのはやばかったか。

「それはブレイブが悪いね」

 秋留もフォローのしようがないようだ。冷たい……。

「あ……明日買ってきてやるよ」

「……信用出来ないからアタシも一緒に行く!」

「私も一緒に行こうかな。あのお店、変わったアイテム多かったし」

 それは幸せだ。秋留と一緒に買い物が出来る。

 クリアのために余計な気を使わなくて正解だったかもしれない。……っと、あまり喜ぶと顔に出るから止めておこう。

 俺達はそれから食事を済ませるとそれぞれの部屋に戻って眠りへとついた。


「……あれ?」

 翌日の午前中。

 総出で俺が昨日買い物をした露天商の場所に来たが、そこには誰もいなかった。

 秋留は少しガッカリしているようだ。隣でクリアが激しく怒っているが気にしない。

「しょうがないですな。露天商は何日も同じ場所には留まらないものですじゃ」

 ジェットが優しくフォローしてくれているようだが、俺にはあまり効果がない。何より秋留をガッカリさせた事が無念だ。

「しょうがないから、依頼を始めよっか」

 俺達はファリの宿屋に荷物を預けたまま街道を歩き始めた。街道は比較的モンスターの出現率が低い為、適当な場所で森の中へ入る必要があるだろう。そればっかりは長年の勘が頼りだ。

「ウマックってどういうモンスター?」

「灰色の毛並みで耳が水色、金色の角が生えているんだ。レッド・ツイスター程の力があれば仕留められるらしいぞ」

 秋留に優しく解説する。

「どこにいるの?」

「頑張って探せ!」

 クリアの質問にも俺は平等に対応しているつもりだがクリアは俺の事を睨んでいる。気の小さい奴だ。

「あれではございませんか?」

 シープットが目ざとく何かを見つけたようだ。

 見ると木の陰から怪しげなモンスターが様子を窺っていた。

 灰色の毛並みに水色の耳、金色の角……ウマックに違いない。こんなにアッサリと見つかって良いものだろうか。

「逃がすな! 奴の角を十本だぞ!」

 俺はネカーとネマーを構えようとしたが、ジェットに止められた。

 黙ってジェットが首を振る。

 そうか。この依頼の目的はクリアに金の大事さを教えてやる事だったな。

「クリア! カリューと紅蓮を使ってモンスターを仕留めるのよ!」

 秋留に言われて気付いたクリアはカリューと紅蓮に命令を下す。

「カリュー! 紅蓮! 左右から回り込んで!」

 命令の仕方についても少しは秋留に教わったのかもしれない。

 クリアの命令でカリューと紅蓮がウマックを挟み撃ちにする。

「フオーン」

 ウマックが大きく鳴いて紅蓮に突撃した。紅蓮は交わしざまにウマックの足に噛み付く。そして勢いの無くなったウマックの胴体にカリューが爪を立てた。

 あの二匹、息が合ってきているし、紅蓮に至ってはモンスター相手に遅れを取っていない。

「不思議でしょ?」

 いつの間にか秋留が隣に来ていた。秋留の髪から良い香りが漂ってくる。花のシャンプーでも購入したのだろうか。

「何、鼻をヒクヒクさせてるの?」

「! いや、な、何でもない。それより、何か秘密を知っているのか?」

 秋留が俺の動揺っぷりに怪しげな視線を投げかけているが、そのまま説明を続けてくれた。

「ファリのアイテムショップで連動の腕輪っていう装備品を見つけたのよ」

 名前から想像も付くな。

 獣使い用の装備品だろうか。戦闘中のカリューと紅蓮の足首に輪っかが装備されている。お揃いの装備をクリアもしているようだ。

「ふふ。気付いたようだね。あの装備品で意思の疎通だけじゃなくて、獣同士の力まで分け与えられるらしいの」

「だから紅蓮の動きが良いのか。紅蓮なんて少し凶暴なだけの普通の犬だもんな」

「だね」

 俺と秋留が会話をしているうちにウマックは倒されたようだ。ジェットがウマックに近づいていって金色の角を死体から引き抜いた。

「まずは一本ですな」

 俺はさりげなく近づいていってウマックの死体を掴んだ。

「とりあえず肉も高く売れるかもしれないから確保しておくか」

 この肉が一万カリムする事は他の奴には伝えていない。俺だけのものだぜ……。

「そうだね、一頭分で一万カリムらしいからね」

「え?」

 秋留が俺の後ろから話しかけて来た。

 ……秋留はどうやらウマックの肉の情報を仕入れていたようだ。昨日の夜にもウマックの肉が出たしなぁ。あの女将め、余計な事をしやがって。

「一万カリムもするのか。知らなかったな〜」

 自分で言っといて何だが、大分わざとらしい台詞だ。

 俺は頭を掻きながらウマック肉を街道脇に持っていった。その上に所有物の証であるレッド・ツイスターの名札を置いた。こうしておけば掃除屋などに片付けられてしまう危険性は無い……他のモンスターに食われたりしたら諦めるしかないのだが。

「この調子で行こう〜!」

 クリアが元気良く言っている。


 ……しかしそんなに順調に行くわけもなく、それから半日歩き回ったがウマックは出現しなかった。変わったモンスターには色々出くわしたんだけどな。

「何で全然出ないのよ!」

 クリアが文句を言っている。俺に対しては文句を言わないと気がすまない性格らしい。

「そもそもこの依頼はいくらなのよ?」

 俺が悪いかのようにクリアが睨み付けてくる。

「十万カリムだ」

「安いわね!」

 まるで鬼の形相だ。俺にはうっすらと二本の角が見えるぞ。クリアの角……依頼料は安そうだ。

「これ、クリア殿。冒険者にとっても一般市民にとってもお金を稼ぐというのはそれだけ大変だという事ですぞ」

 ジェットに言われてクリアが大人しくなる。これが言いたかったんだよな、ジェットは。

「もうちょっと頑張って探そうね」

 秋留が優しく語りかける。まるで飴と鞭だな。

「そうだ! さっきのウマックの肉を食べようよ!」

「え!」

 俺は思わず肉のある方向を守るように回り込んで驚く。

「そうだね、外で食べる御飯は格別だからね」

「うぅぅ……」

 俺の嫌そうな顔も秋留の言葉でかき消されてしまった。秋留が同意するなら仕方ないか。

 俺達は先程の肉を切り裂いて、火にかけた。馬車を持ってきている訳ではないので簡単な料理しか出来ないが、相変わらず秋留の料理からは良い匂いが漂ってきた。

 ……俺に対する愛という名のスパイスだろうか。

「!」

 俺は雑念を振り払って両銃を構えた。どうやら肉の匂いにつられて他のモンスターが寄って来たようだ。

 俺の行動を見た他のメンバーも戦闘体勢に入る。

 一丁前にクリアも何やら構えているようだが、様にはなってはいない。

 茂みから顔を出したのは……ウマック! 同属の肉の匂いに引かれるなんて何て間抜けな奴!

「行け! カリューは上! 紅蓮は下! 」

 今度は上下からの挟撃か。まぁ、二匹いるんだから常套手段だよな。クリアにそれ程難しい命令が出来るとは思えないし。

「待て! 他のモンスターも近づいてきているぞ!」

 俺は他の気配を察知して叫んだ。

 俺達の目の前でカリューの身体が何者かの触手に弾かれた。

「ギャウッ」

 空中で器用に回転してカリューが地面に着地する。

 別の茂みから姿を現したのは……何だ? ヒマワリの種の部分に獣の顔が入っている。まるでライオンのように。

「……趣味悪い顔しているわね」

 クリアの呟きが目の前のヒマワリのようなモンスターに聞こえたようだ。大粒の涙を流しながらヒマワリモンスターが茂みの中へと戻っていった。

 そうだ。

 忘れていたがクリアはモンスターと意思の疎通が可能だったんだな。あのモンスターも可愛そうに。もう立ち直る事は出来ないだろう。

 そして邪魔者が消えた途端にウマックは倒された。これで二匹目か。先は長そうだ。

「よ〜し! この調子でぇ!」

 クリアが意気込む。

 それから少し遅くなった昼ごはんを食べ、引き続き捜索を続けたが……ウマックは見つからなかった。


「今のペースで行ったら、こんな事を五日も続けなくちゃいけないじゃない!」

 その日の夕食。

 クリアのストレスが少しでも解消されるようにという願いも込めて、俺達は食べ放題の焼肉を頬張っていた。食べ放題だと思うと損をしないように沢山食べようとしてしまうのは俺の悲しい性なのか。

「金を稼ぐのは大変なんだぞ」

 俺は箸でビシッとクリアを指して言った。

「何かブレイブに言われるとムカツク」

「……」

 不思議とクリアには色々と嫌われているようだ。

「ここは色々頭を使わないと駄目そうね」

 秋留の真似事のようにクリアが頭を使うなどと言い始めた。ウマックを頭突きで倒そうという算段だろうか。気性の荒いクリアならやりかねない。

 その後、俺は限界を超える勢いで肉を食べ続けた。冒険者の基本は、食べれる時に食べれるだけ食べる、だ。俺以外のメンバーもひたすら肉を食べ続ける。秋留はバランス良く野菜も多く食べているようだ。

「うっぷ」

「ブレイブ、食べ過ぎ」

 秋留が俺の膨れた腹を見ながら心配してくれているようだ。

 俺は少し気持ち悪くなりながら宿に戻った。

「……はぁ」

 俺は始終、クリアが静かに食事をしていた事を思い出して、少し不安にかられながら俺は眠りについた。何か起きなければ良いが。


「ふっふっふ」

 翌日、宿を出た俺達の耳に聞こえてきたのは不気味な笑い声……クリアが笑っているようだが、とうとう可笑しくなってしまったか。

「哀れな目で見てるわね」

「とうとう可笑しく……」

 みしっとクリアの蹴りが俺の脇腹に突き刺さった。こいつ、武道家としてもやっていけるんじゃないのか?

「失礼ね! 今日は昨日のようにはいかないわよ! まずは一匹、ウマックを生け捕りにするの!」

 俺は秋留の方に眼をむけた。

 首を横に振っている所を見ると、クリアが何をしようとしているのかは知らないようだ。

 俺達は昨日とは反対側の森へと向かった。今回も徒歩での移動だ。

 クリアは昨日の食事の時の大人しさとは全く違い、目をギラつかせてやる気マンマンと言った感じで辺りを窺っている。

「ウマックちゃん〜どこ〜」

 やはり可笑しくなってしまったようだ。秋留も心配した顔でクリアを見つめている。

「ウマックちゃん〜出ておいで〜」

 ……秘策でも考えていたのだろうか。目の下にクマを作ったクリアの顔は正にバーサーカーだ。

 その危険な罠にはまるかのように、暫くすると前方からモンスターの気配が近づいてきた。

「前方だ……距離は二十メートル位だな」

「ウマックちゃん?」

「……とりあえず四足歩行だが、そこまでは分からない」

「使えない奴」

 クリアの性格の悪さは相変わらずだが、俺に対する態度もそろそろ慣れてきたな。これが秋留に言われた台詞だとしたら、再起不能におちいる所だが。

「カリュー、紅蓮、ウマックなら殺さずに生け捕りにして」

 クリアの台詞にカリューと紅蓮は黙ってうなずくと、左右に分かれ茂みに隠れながら標的に向かって静かに歩き出した。

「フオーン!」

 暫くすると茂みの中から昨日聞いたウマックと同じ鳴き声が聞こえてきた。どうやらクリアの罠にかかってしまったようだ。

 一体、何をされてしまうんだろうか、哀れなウマック……。同情せずにはいられない。

 俺達が声のした方に近づいていくと、カリューの爪を顔の目の前に突き立てられたウマックが大粒の涙を流しながらプルプルと震えていた。更に同情を誘う。

「カリュー! 紅蓮! 離れて!」

 突然、クリアが叫び、ウマックに抱きついた。

 唖然とする俺達。俺達以上に意味不明な顔をしているウマック。

「大丈夫だった? 手荒な事はするなって言っておいたのに」

 生け捕りにしろ! という手荒な命令は聞いた気がするのだが。

 クリアが優しくウマックの頭を撫でる。上辺だけの優しさだが、ウマックは騙されて落ち着いてきたようだ。

「私達はウマック保護協会。ウマックの素晴らしさを理解して、世の中のウマックをもっと大切しようとしているの」

 そんなピンポイントな保護協会があってたまるか! などと突っ込みを入れる気にもなれない。それが一晩考えた末の作戦なのか?

「フォン……」

 さすがにウマックもあまり信じていないようだ。

 するとクリアがシープットを呼んでドデカイ鞄から何やら取り出した。……馬用の高級御飯のようだ。そんなの銀星でも食べた事がないはずだぞ。

 その袋を開けて目の前に差し出す。

「まずは仲直りの印に食べて」

 優しい声を演出している。この辺の声の使い方は秋留にそっくりだ。真似しているに違いない。

「幻想士としてもやっていけそうだね」

 秋留が感心している。

「感心している場合か?」

「あはは……」

 俺の突っ込みに秋留が笑って誤魔化す。いつもと逆だな。

 ウマックは相当腹が減っていたのだろうか。「フォーン」と喜びの鳴き声を上げながら目の前の高級御飯を無心で食べ続けている。

「ウマックちゃん、貴方だけこんな美味しい思いをしてたらバチが当たっちゃうよ? 仲間は近くにいないの?」

『……』

 俺達は一同絶句した。まさかそんな酷い作戦を……。いやいや、俺たちが思っているような酷い事はしないに違いない。そう思いたい。

 しかしそんな残酷なシナリオが頭に描かないウマックは小さく鳴いた。同族の仲間を呼んだのだろうか。

 暫くすると恐る恐る茂みからウマック達が現れ始めた。警戒して俺達の方にはまだ近づいてきてはいない。

「まぁ……一、二……四……か。ちっ」

 悪魔の舌打ちがクリアから聞こえたようだが、最早止めさせる気になれない。とりあえず、ここに集まったウマックは全部で五匹という事は、昨日のと合わせて七匹か。

「皆、集まって。怖くないよ。皆で仲良く御飯を食べよ?」

 クリアは高級御飯を辺りに広げ始めた。

 エサに連られてウマック達が更に近づいて来る。まるで「大丈夫だぞ」という様に仲間達を呼んだウマックが小さく鳴いた。

 それで安心したのだろうか? 空腹に負けたのだろうか? ウマック達は夢中で御飯を食べ始めた。

 ……そして待っていましたとばかりに、必死に食事をしているウマック達の周りをカリューと紅蓮が取り囲んだ。

「美味しい?」

『フォオオオオン』

 全ウマックが嬉しそうに鳴いた。その鳴き声が悲痛な鳴き声に変わるのは時間の問題だろう。

「……で、お腹も一杯になった事だし、ちょっとお願いがあるんだけど……聞いてくれるよね?」

 聞いてくれるよね、は脅しだ。しかも般若のような顔をして言っている。何てコロコロと変わる表情だろうか。

 一匹、逃げ出そうとしたウマックの後方ではカリューが涎を垂らしながら凄みを利かせていた。ウマック達は観念したようだ。

 ……これは詐欺だな。美味しい話には絶対毒があるものだ。

「角を……保護の一環として欲しいんだけど」

「フ、フォン!」

「嫌? でもまた生えてくるでしょ? 生きていればね……」

『……』

 思わず俺達の肌に鳥肌が立つ。

 こいつは覇王なんていう器じゃない。魔王、そう魔王だ。いや、魔王の方がまだ優しいかもしれない。

「……道を踏み外さなければ良いけど」

「危険ですな」

 秋留とジェットが不安そうに話合っている。

「お嬢様、いっそう力強くなられて……」

 シープットは嬉しそうだ。コイツがこれじゃあクリアも変わらんわな。

「そう、うんうん。やっと理解してくれたのね」

 俺達が唖然としている間にクリアはウマック達を落とし終えたようだ。ウマックの顔が蒼白に見えるのは決して気のせいではないだろう。

「ブレイブ! 角だけ切り落とせる?」

「はいはい……」

 俺は腰から短剣を引き抜くと生きる気力を失ったかのような顔をしているウマック達に近づいていった。

「悪いな」

 俺はモンスターに同情しながら角を切り落としていった。

 ダークサーベルだっけかな、この短剣は……。固そうなウマックの角も草を刈るように軽々と切り落とす事が出来た。

「じゃあ気をつけて帰ってね〜」

 クリアが手を振りながら、大粒の涙を流しながら走り去っていくウマック達を見送る。

「……これで七本だね。あと三本だよ!」

 その笑顔には騙されないぞ、魔王クリアめ。気を許したら俺の負けだ。

 俺は空を見上げた。……まだ昼前だ。短い時間でだいぶ集まったが、午後はこう上手くいくだろうか。簡単に終わってしまったら金の大事さを教えることも出来なくなってしまうが。何か魔王としての片鱗を見せ付けられただけの気がしてならない。

 俺達は少し歩いて森の別の場所にやってきた。この辺りはまた別の花々が咲き乱れている。

「良い香り……」

 秋留は地面に咲いている花の香りを嗅いでいる。絵になるなぁ。

「この辺にはモンスターは居なさそうですな」

 ジェットが辺りの雰囲気を観察しながら言った。

 確かに少し神聖な感じがするが、この大陸に限ってはあまり常識を信じない方が良いかもしれない。

「助けて〜」

「!」

 近い場所からだが、やたらと小さな叫び声が聞こえてくる。妖精だろうか?

「ジェット付いてきてくれ!」

 俺の反応を見た秋留はクリアを守るように防御体勢を取る。ジェットはマジックレイピアを構えて俺の後方に回った。

「木や枝が邪魔だな」

 文句を言いながら茂みを二つ程駆け抜けると、目の前に小さな獣道が現れた。

「いてっ!」

 俺の膝に何かがぶつかってきた。

 地面を見るとほぼ裸に近い小さな女が目玉をクルクルと回して倒れている。見た目からすると妖精だろう。

 その向こう側からは茶色の石を削って作られたようなモンスターがドスンドスンと飛び跳ねながら近づいてくる。足はない。顔が長く、あごは極端に突き出ている。

「モヤイ……ですな。任せて下され」

 ジェットが石像モンスター、モヤイに突っ込んで行く。

 迎撃するようにモヤイが少し高く舞い上がった。ジェットを押しつぶそうとしているようだが、チェンバー大陸の英雄とも言われているジェットを甘く見てはいけない。

 難なくモヤイの攻撃を交わすと、後方に回ったジェットが両手で構えたマジックレイピアをモヤイに付き立てた。その直後にモンスターが小さな爆発と共に吹き飛ぶ。

「うむ」

 ジェットは辺りに他のモンスターがいない事を確認するとレイピアを鞘に収めた。

 ジェットの装備しているマジックレイピアは魔力をこめることにより威力が上がる珍しい武器だ。秋留のお下がりである。秋留がどのような経緯でマジックレイピアを手に入れたかは分からないが、それなりに使い込まれた武器のようだ。

「妖精だな」

「ですな」

 俺の元に近づいて来たジェットと一緒に地面に倒れている妖精を眺めた。今まで散々痛い目を見てきた俺とジェットは妖精と関わるの避けたい所だったが……。

「う、う〜ん……」

「ちっ、気付いたか」

「そうですな。秋留殿に見せて回復をお願いしますかな」

 ジェットが小さな女の子、と言っても見た目が小さいだけで顔の作りや体の作りは子供のようには見えない、を腕に抱きかかえ、俺たちは秋留の元へと一緒に戻って行った。


「! その子は?」

「モンスターに追われていたので助けました」

 心配そうに秋留が妖精の顔を覗き込んでいる。

「妖精さんだね、ナイスバディだわ」

 クリアがほぼ全裸の妖精の体を眺めている。恥ずかしい奴だ。

「う〜ん、ちょっと頭を怪我してるみたいだね」

 秋留が妖精の茶色の髪を掻き分けて怪我を調べている。頭の怪我はさっき俺の膝にぶつかったのが原因かもしれない。

「妖精の回復なんかした事ないしなぁ。私の回復魔法は危険かも……。ジェット?」

 秋留は回復魔法を主とした神聖魔法を唱える事が出来ない。ラーズ魔法やネクロマンシーにある回復魔法なら唱える事が出来るのだが、確かに神聖な感じのする妖精相手には少し危険そうだ。

「む、むぅ。そうですな。ではワシが……」

 ジェットは生前聖騎士だったために回復魔法を唱える事も出来るのだが……。

「我が神……ガイアよ……」

 草の上に横たえられた妖精に向かってジェットが神聖魔法を唱え始めた。その途端にジェットの体から白い湯気が立ち上り始める。

 ジェットは死人である。神聖からは遠い存在であるジェットは神聖魔法を唱えると拒否反応からか、激痛と共に体から湯気が上がる。酷い時では体が灰と化してしまうのだ。

 ……ちなみに灰になる事があると知ったのはつい最近だ。

 ……死人に激痛とかあるのか、など考えないようにしたのはかなり前だ。

「この者に癒しの力を……癒合の雫!」

 ジェットの魔法が妖精の体を淡い光で包んだ。

「ふ、ふううううう」

 ジェットが大きく息を吐いた。

「お疲れ、ジェット」

 ニッコリと秋留が微笑みかける。俺にも微笑みながら言ってくれ。

「少し休んでおるですじゃ」

 ジェットは少し離れた木の根元に横になった。暫くすると静かな寝息が聞こえ始めた。……昼寝したかっただけじゃないのか? いつもは神聖魔法を唱えたすぐ後に寝るなんて事は無かったからなぁ。

「う、う〜ん」

 妖精が眼を覚ましたようだ。

「きゃ!」

 全員に覗き込まれていたのは、さすがに驚いたようだ。

「大丈夫?」

 秋留が優しく話しかけた。その声に逃げようとした腰を落ち着かせて妖精が秋留の顔を見上げた。

「あなたが助けてくれたの?」

「私達、ね」

「……」

 妖精が俺達の顔を見渡す。俺の耳元で「ピシピシッ」と聞こえるという事はツートンとカーニャアも妖精を覗き込んでいるようだ。

「あ、ありがとう……」

 素直に礼を言っているということは、少しはまともな妖精だという事だろうか。

「どうしてモンスターに追われていたの?」

 秋留が聞く。

「ちょっと楽しようと思ってモンスターの背中に乗ってたんだけど……バレタみたい」

 ま、これ位ならまだまともな妖精と思っていいだろう。妖精にとって何かに便乗するのは常識のようだから……。

「気をつけてね」

 秋留は妖精の肩に乗っかっていた草を払い落として言った。

「……貴方達、冒険者よね?」

 妖精が再び俺達の顔を見渡す。

「そうだよ! レッド・ツイスターっていう有名な冒険者なんだよ!」

 クリアは自慢しているが、お前はレッド・ツイスターではないぞ。正式なパーティーとして登録もしていないしな。

「お願いがあるの!」

 きた!

 厄介な事になる前に断ってしまおう!

「おい……」

「何でも言って! 困ったときはお互い様だよ!」

 俺の台詞を遮ってクリアが元気に答える。

「諦めなよ、ブレイブ」

 秋留に励まされてしまった。どうやら妖精のお願いを聞く事になりそうだ。

「冒険者を雇うお金を使ってしまって自力でミルクタウンまで行かなくちゃいけなくなってしまったの」

「何に使ったんだ?」

 俺はすかさず突っ込む。

「う……ぼ、募金よ!」

「ほう……あんたが纏っている羽衣の、裾についている真新しい値札タグは何だ?」

「え? あ!」

 目の前の妖精がオロオロし始めた。妖精用の服屋でもあるのだろうか。羽衣に三十万カリムと書かれたタグがぶら下がっている。高い買い物しやがったな。

「ブレイブってやりたくない事とかお金の事になると不思議と頭の回転が速くなるよね」

「え? そうか?」

「……褒めてないよ」

 秋留に褒められた気がしたのだが、褒められた訳では無かったようだ。

 俺は目の前の怪しそうな妖精に視線を戻した。

 若干、涙目になってきたように見える。泣き落とし作戦か?

「そうよ! 悪い? 可愛かったんだもん!」

 開き直りやがった。俺が白い眼で見ていると目の前の妖精が大声で泣き出した。

「ふええええん……ふええええん」

 見た目は小さいが作りは大人、しかし中身はクリアと同じ扱い難い子供のようだ。

「あ〜、ブレイブが女の子泣かした〜」

 うう……。泣くとは卑怯だぞ。まるで俺が悪者みたいじゃないか。

「ミルクタウンと言ってましたな……」

 いつのまにか起きてきたジェットがアステカ大陸の地図を広げた。

「ふぅ〜む。少し遠回りですが、サン・プレイヤ教会のあるアームステルへの街道の途中にありそうですぞ」

「……御礼とかあるのか?」

 妖精の願いを聞く事は許すとしても、こればっかりは譲れない。返答次第によっては頑張りっぷりも大分変わってくるのだが……。

「ブレイブ〜」

 秋留も呆れているようだ。

「……御礼ならミルクタウンの長老にお願いすれば貰えるかも」

 そう言って、腰の小さな袋を差し出した。中には虹色に光る粉が入っている。

「綺麗な粉だね」

「うん、虹色蜥蜴の粉だよ。この大陸でしか取れないの。これをミルクタウンの長老に持っていかないといけないの」

 ほう、長老か。それはなかなか良い響きだ。金は持っていないが、珍しいアイテムを持っているような気がする。

「ブレイブも納得した事だし、妖精さんのお願いを聞いてあげる事にするわ」

 ニッコリと秋留が微笑む。その隣でクリアも同じように微笑んでいる。クリアの場合は途中でまた別の街にいけることが嬉しくてしょうがないのだろうな。

「じゃあ、さっそくミルクタウンに出発だ〜!」

「待て!」

 静止した俺を恨めしそうにクリアが睨みつけてくる。

「その怖い眼で睨むなよ……依頼はどうした? 忘れたのか?」

「そんなの放っておいて行こうよ!」

 俺とクリアのやり取りを黙って聞いていたジェットが口を開く。

「クリア殿……物事を途中で投げ出してはいけません。困ったときは逃げるという悪い癖が付いてしまうですじゃ」

「う……」

 俺以外の言う事はクリアも素直に聞くんだよなぁ。

「それに」

 ジェットが続ける。

「冒険者は一度請け負った依頼を投げ出す事は、基本的に許されてはいないのですぞ。困っている人を放っておく事になりますからな」

「は、はぁ〜い。ごめんなさい」

 どれだけ今まで甘やかせて育てられたのか分からないが、コイツを再教育するのは大変そうだ。

「じゃあ、早くウマックの角を後三本見つけないとね」

 クリアが元気を取り戻したようだ。上がり下がりの激しい奴め。

「ウマックの角を探しているの?」

 先程助けた妖精が俺たちの間に割って入ってきた。

「そう。妖精さん、何か知っているの?」

 秋留が聞く。

「ルン……って呼び捨てで良いよ。私はカハクのルン」

 カハクのルン? カハクとは妖精の種類だろうか。話の骨を折るのも気が引けるので後で聞く事にしよう。

「ルン、それでウマックの角について何か知っているの?」

「ふふ、こっち来て」

 そう言ってルンが歩き始めた。俺の膝位までの身長しかないルンだが、意外と歩くのは早い。

 ルンが進む速さに合わせて俺たちも森の奥へと入っていった。

 その途中で、これからしばらく一緒に行動することになったルンの自己紹介が行われた。

「ブレイブは盗賊なの? ……お金にガメツそうだもんね。ぴったり」

「そうなの〜! ルン、よく分かってる〜」

 ルンとクリアが仲良く喋っている。

 何てこった、まるでクリアがもう一人増えてしまったかのように見える。悪夢だ。

「あ、ここだよ」

 そう言ってルンが一本の太い木の前で止まった。目の前の大木に何かが突き刺さっている。

「この種類の木、サグスの木っていうんだけど、ウマックは角が生え変わる時期にこの木に古い角を突き刺して抜いてしまうの」

 俺は近づいていってサグスの木に刺さっている角を引き抜いた。

「少し古いみたいだな、これじゃあ依頼品にそぐわない」

「他にもあるはずだよ、皆で探してみよ」

 秋留が言った。

 俺たちは手分けをして木の周りを回り始めた。このサグスの木は十人程の人間が手をつないでやっと囲める位の太さだ。

「これなら大丈夫そうだ」

「これも良さそうですぞ」

「これも真新しくて良いみたい」

 こうして依頼を受けて二日目にして、見事ウマックの角が十本集まった。

 ……結果から言って、クリアは二日で十万カリム稼げた事をどう思うのだろうか。「楽勝」などと思われてしまったら元も子もない。

「ルン、ありがとう〜。ルンのお願いを聞いて正解だったみたい〜」

「ううん、こっちこそ、ミルクタウンまでの護衛を引き受けて貰えて凄く嬉しい!」

 俺たちは新たなメンバー、ルンを加えて依頼品を渡す為に花の都まで戻ってきた。


「ウマックの角、十本で十万カリムになったぞ」

 ここは宿屋のロビー。俺たちはロビーのソファ等に座ってくつろいでいる。俺は依頼人から手渡された十万カリムの入った銭袋をテーブルに置いた。

「あれだけ苦労して十万カリムかぁ。お金を稼ぐのって大変なんだね」

 やっとクリアにも金の大事さが分かったようだ。ジェットをはじめ、クリア以外の全員もほっと胸をなでおろす。

「これで心置きなく次の街に進めるね」

「秋留お姉ちゃん、次の街は何の街?」

 ジェットがテーブルに地図を広げた。

「……ヴィーンと書いてありますな」

「別名、音楽の街って言うんだよ!」

 背伸びをしてテーブルの上を必死に覗いていたルンが言った。

 そうか。ルンは妖精だからこの大陸の事は色々知っていそうだ。

 これはこれからの冒険が楽になりそうだわい。ひっひっひ。

 ……と嬉しさに思わずキャラが変わってしまった。本当に変な妖精と関わるのは勘弁したいからなぁ。

「ルンは行った事があるの?」

「ううん、噂に聞いた事があるだけ。アタシはミルクタウンにも行った事がないの」

 ガクッ。

 あんまり役に立たないかもしれないな。いや、いないより何倍もマシなんだろうな。

「じゃあ、楽しみだね〜」

「うん!」

 クリアとルンが仲良く話している。それを傍で優しい顔をして見守る秋留。何かを思い出しているのだろうか。

 俺たちは明日の出発のために早めにそれぞれの部屋へと戻っていった。ちなみにルンはクリアと同じ部屋だ。まぁ、仲が良さそうだったから当たり前だな。

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