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プロローグ

 人が四人も並んで歩いたら一杯になる位の小さな通り。すれ違う人々の半分は恋人同士に見える。道の両脇には花壇が隙間なく並べられている。なんてメルヘンな通りだろうか。

 街灯の案内板には『メルヘン通り』と書かれている。そのままじゃないか……。

「そこの仲の良いお二人さん、ペアの指輪なんてどうだい!」

 この通りにはアクセサリーを売る店や店頭でクレープを売る店、洋服屋や喫茶店も目立つ。恋人達をターゲットとした店がほとんどを占めているようだ。

「ねぇ〜、あれ買って〜」

 通り過ぎた若いカップルが楽しげに会話をしている。

「どれどれ……」

 男がショウウィンドウを覘く。唾を飲み込んだ所を見ると、目玉が飛び出す程の金額だったのかもしれない。

「ねぇ、あのお店、お人形が一杯売っているみたい!」

 俺の隣を歩く女性が嬉しそうに話しかけてきた。

 女性にしては少し高めの身長、俺とほとんど目線が同じなため、会話をしようと顔を向けただけで見つめ合う形になる。ピンク色の長い髪からは甘い香水のような香りが漂ってきた。

「良いね、行ってみよう」

 仲良く手を握り合い、人形で埋め尽くされた店へと向かう。

 店のドアの鐘が鳴る。

 まるで教会の鐘のように澄んだ音色だ。来店するカップルを祝福しているのだろうか。

「きゃ〜! これ、すっごく可愛い!」

 巨大な一つ目モンスターのぬいぐるみを抱え、女性が満面の笑みを俺に向ける。そのぬいぐるみは可愛いか?

「うん! 凄く良いんじゃないかな! カーニャアにピッタリだよ!」

 ……。

 目の前の女性は俺達冒険者パーティーの『女神』兼『幻想士』兼『参謀』である『秋留』だ。決して『カーニャア』などという名前ではない。

「そう? ツートンにそう言われると欲しくなっちゃうなぁ〜!」

 俺の名前は『ブレイブ』。秋留と同じパーティーで職業は盗賊だ。決して『ツートン』などという名前ではない。


 何がどうなっているのかというと、俺は今、浮かばれない幽霊に乗り移られているのだ。俺は確かにブレイブなのだが、俺の身体を操っているのはツートンいう男の幽霊である。

 そして目の前でまるで洋服の試着をするように一つ目モンスターのぬいぐるみを抱いて鏡越しに自分の姿を見ているのは確かに秋留だ。しかし同じように秋留の身体はカーニャアという女性の幽霊に操られている。


 なぜこんな事になったのかというと……。

 そう、あれはこのアステカ大陸に到着した時の事だった。

 前回冒険した島で怨霊と化していた幽霊カップルを引き取った元ネクロマンサーでもある秋留。その秋留が二人の心の声? を聞いたのだ。

「新しい町! 素敵! ツートンとデートがしたいわ!」

「俺もカーニャアとラブラブしたい!」

 秋留以外には「ピシッ」とか「パシッ」というラップ音にしか聞こえなかったんだけどな。秋留が通訳してくれて、そんなような事を言っているらしかった。

 そして生身の身体じゃないと楽しくデート出来ない! という事で俺と秋留がこういう状態となった訳だが……。

 これがブレイブである俺と秋留本人のデートであれば、どんなに……どんなに! 幸せだったことだろうか。

 確かに俺の手は秋留の手を握っている。

 確かに俺の眼と秋留の眼は幸せそうに見詰め合っている。

 他人から見れば、さぞかし仲の良い、幸せそうなカップルに見える事だろう。

 しかしこの空しさは何なんだろうか。

 秋留の姿で俺ではないブレイブを見つめないでくれ! 凄く複雑だ……。不思議と嫉妬してしまう。


 と俺が一人で錯乱している間にツートンがズボンをゴソゴソし始めた。どうやら財布を捜しているようだ。

 と、ちょっと待て!

 俺の金でその可愛くもないモンスターのぬいぐるみを買うつもりか! 勘弁してくれよ〜……。

「一万三千カリムになります。いやぁ、お兄さん、可愛い彼女を連れてて羨ましいですよ」

 俺の目の前で事情の知らない陽気な店員が話しかけている。

 ツートンは照れながら俺の財布から二万カリムを取り出す。勝手に俺の金を使うなー!

「でしょ? カーニャアは世界で一番綺麗なんだぁ……」

 見た目は秋留なんだけどな。分かっているのか、ツートンは……。

「んもぅ! ツートンったら!」

 カーニャアが照れてツートンに可愛くパンチを繰り出す。カーニャアも自分が秋留に乗り移っているのを忘れているようだ。

「あはは」

「うふふ」

 あはは……。最早俺も笑うしかないな。早く解放してくれ。

「今日は機嫌が良いからお釣りは取っておいてよ、お兄さん」

 ぬいぐるみショップには似合わないレザー服の上下で固めたオジサンに言う。

 と、またまた待て!

 勝手に釣りまでくれてやるなよぉ……。と俺の意思では身体がいうことを利かないためただ見ているしか出来ない。ツートン、お前、わざとやっているんじゃないだろうな……。


 そして店を出た俺達四人? は昼過ぎの人通りの多いメルヘン通りに戻ってきた。

「次はどこに行きたい?」

「う〜ん、クレープ食べたいな」

 大きなぬいぐるみを両手で抱えてカーニャアが答える。

「よ〜し! また俺が奢ってあげるよ!」

 ツートン! いい加減にしろ! お前の金じゃないだろう!

 い、いや……。でも俺が払わないと秋留に乗り移っているカーニャアが払う事になるのか? それは秋留の金だからな。しょ、しょうがない、我慢する事にしよう。


「今日は楽しかったね」

「うん……」

 ここは恋人峠。

 恋人達が愛を語らうちょっとした丘だ。周りにも綺麗な夕焼けを見るために集まった恋人達が沢山いる。

「カーニャア、愛しているよ」

「私もよ、ツートン……」

 俺も秋留にこれ位ストレートに告白出来れば良いのだが、俺は秋留への気持ちを未だに告白出来ないでいる。

「カーニャア……」

「ツートン……」

 そして見つめあいながら近づく二人の顔。

 え!

 それはさすがにヤバくないか! でもこんな間近で秋留の顔を見れて幸せだ。ああ! 綺麗なまつ毛の一本一本まで仔細に観察出来る。こ、これは俺の意思ではないけど結構、嬉しいかも。

 そして俺と秋留の顔が更に近づいたその時!


「しゅう〜りょう〜」

 意識がグルグルと突然回り始める。

 どうやら秋留がツートンとカーニャアへの身体のレンタルを終了させたようだ。

「ちっ、後少しだったのに……」

 思わず本音が漏れる。

「ピシッ」

「パパシッ」

 俺だけではなくツートンとカーニャアの霊もその辺で抗議をしているらしい。

「さすがにキスまでは駄目だよ〜」

 秋留が宙を眺めながら諭す。

「ブレイブも何か『ちっ』とか言ってなかった?」

 秋留が俺の顔を睨む。

「え? 気のせいじゃないか? ツートンが言ったんじゃないのか?」

 適当に誤魔化す。

「ふ〜ん、まぁ、良いけどさ」

 秋留が夕日を眺める。

「綺麗な眺めだな」

「そうだね」

 俺は秋留の手を握り締めた。

「……」

「……」

「! 何ドサクサに紛れて手なんか握ってんの!」

 秋留が凄い勢いで手を振り払った。

「あ……つい成り行きで……」

 ツートンとカーニャアに身体を預けていたせいだろうか。自然と秋留の手を握ってしまった。秋留もすぐに拒否をしなかった所を見ると俺と同じ感覚だったのだろう。

「全く、油断も隙もあったもんじゃないね!」

 秋留が顔を真っ赤にして怒っている。そんなに怒らなくても良いじゃないか……。

「さ、とっとと帰るよ!」

 秋留がスタスタと歩き始めた。

 周りのカップル達が俺達の事を痴話ゲンカを始めたかのような目つきで見ているのが凄く悲しい。



 ここはアステカ大陸の港町コックス。

 俺達パーティーは三日前にこのアステカ大陸に到着したばかりだ。ちなみに俺達の今のパーティーはなかなかの個性派揃いとなっている。

 それは夕食を囲んでいるこのテーブルを見渡しても分かる。


 まずはこの俺、ブレイブ。

 レベル三十六の盗賊だ。武器は世にも珍しい硬貨を打ち出す事が出来る金色と銀色の二丁の銃だ。俺は金色の銃をネカー、銀色の銃をネマーと名前を付けている。……別に可愛がっているとかそういう変な趣味ではないぞ。なんとなく、そう、なんとなくだ。

 黒い色が大好きでいつも鋼の糸が編みこまれた特殊なダークスーツを着こなしている。


 そして、今日デートした相手の秋留。幸せな事に俺の隣に座っている。

 過去に数々の魔法系の職業に就いた事があるという話だが、今は相手を惑わす術の多い幻想士という職業に就いている。その美しさに俺はいつも惑わされっぱなしだ。三日月の形をした杖を愛用しており、柄にはどこかの町で購入した堕天使の人形がぶら下がっている。

 ちなみに余談だが、あの一つ目モンスターのぬいぐるみ、秋留も気に入ったらしい。喜んで宿の部屋に飾っているという事だ……。秋留が可愛いというなら可愛いんだろうな、あの不気味なぬいぐるみは……。


 その隣が生意気な小娘、クリオネア。通称クリア。秋留の事をお姉ちゃんと呼んで慕っている。

 冒険者ではなく、少し前に立ち寄った島から同行する事になったお金持ちの御令嬢だ。

 ただの小生意気な小娘ではなく、なんと獣と意思疎通が可能な『獣使い』の素質を持っている。クリアの傍に行儀良く座り込んでいる獣三匹がその証拠だ……このレストランはペット持込可だ。許可は得ている。

「さっきから何見てるの、ブレイブ」

 年下のくせにクリアは俺の事を呼び捨てにする。確か十三歳だったはずだ。俺は二十三だから……十歳も差があるじゃないか!

「いや、可愛い顔してると思ってな」

「そう? やっぱりそう思う? しょうがないなぁ〜ブレイブは〜。でもアタシはブレイブ、好みじゃないの、ゴメンね」

 適当にあしらったつもりが、手厳しいカウンターパンチを食らってしまった感じだ。

 俺は気を取り直して床に座っているペット達に眼を移す。


 ペットその一。霊獣であるタトール。見た目は長生きしてそうな普通の亀だ。しかしその正体は霊獣の中でも有名な『四聖の玄武』らしい。水系の力を操り、海のモンスターまで従えてしまう。以前は敵だったのだが、クリアに説得されて仲間になった。


 ペットその二。凶暴なドーベルマンである紅蓮。元々はクリアの家で飼われていたのだが、クリアと意気投合して着いて来るようになった。今ではクリアの強引な性格のせいで逃げられなくなってしまったように見えなくも無い……。それは他の二匹の獣も同じだと思うが。

 紅蓮はクリアと出会ってスッカリ凶暴さは抜けたのだが、クリアの趣味で凶暴さをアピールするようなお洒落をさせられている。

 まずは左耳にピアス。これは耳に穴を開けている訳ではなくイヤリングのようにネジで止めているだけだ。

 次に右目に上下の毛を傷のように赤く染めている。確かに凶暴そうだ。

 そして四本の足全てに皮の小手を装備させられている。これは少し嫌がっているようだがクリアには歯向かえないに違いない。


 ペットその三。我らがパーティーのリーダーであるカリュー……。話せば長くなるのだが人間だった我らがリーダーは今はクリアという女王に仕える一ペットとなってしまった。

 人間の時の面影と言ったら髪の毛と同じ真っ青な毛並み位だ。後は頭の上に巨大な耳、尻からは長い尻尾が生えていて人間というよりは断然、獣人に近い。

 ただ、骨格はかろうじて人型を保っているため、完璧な四足歩行という訳ではない。なんとなく前かがみ、仕事に疲れきった一家のお父さんが歩いているかのようだ。

「ほらっ! カリューは御飯散らかしすぎ! もっと綺麗に食べなさい!」

 そう言ってクリアがカリューの頭をポカリと殴る。

 いや、そんな可愛い音ではないな……ドカッかな。

「く、くぅ〜ん……」

 カリューはクリアに叱られて耳を垂らしている。

 クリアに怯えるその姿はあまりにも情けない。早く戻って来い、人間のカリュー。

「がるるるるる……」

 不思議と俺の方を見てカリューが唸っている。

 クリアに通訳してもらった話なのだが、カリューは人間だった、いや、途中、獣人だった時期もあるのだが、その辺もひっくるめて過去は全く覚えていないという。姿は獣人のままなのだが、記憶だけ退化してしまったのだろうか?

 人間になったら記憶も戻ると期待しているのだが、そもそも人間に戻れるのかも怪しくなってきた。

 俺達の旅の目的は、このカリューを人間に戻してもらう事だ。

 そのため、この大陸の中央にあるサン・プレイヤ教会のある聖都アームステルを目指しているのだ。

「ブレイブが俺を馬鹿にしているってカリューが怒ってるよ?」

「ああ、ゴメンゴメン、あまりにもそいつがかわいそうでな」

「……なんで?」

 クリアが思いっきり睨む。

「床に座ってるからよ」

「ブレイブも付き合って床に座れば?」

 適当にあしらったつもりが、今度はボディーブローをもらってしまった。


 そしてクリアの隣に座っているのが、ペットその四、執事のシープットだ。いや、シープットはペットではないが、クリアにはペットのようにこき使われている。よくクリアの性格についていけるなぁ、と感心してしまう。今は黙ってコーンスープを飲んでいるが、ひたすら隣を気にしている。


 シープットの気にする隣の席が二つ空いている。テーブルには何も出ていないのだが、時々「ピシッ」「パシッ」と不気味な音が聞こえる。本日、俺と秋留の身体を使って久しぶりにデートを楽しんだツートンとカーニャアだ。俺の眼には何も見えないため特徴などを説明する事は出来ない。


 その隣の席にはまたしても生物外が登場する。さすがにペット持込可と書いてはあるが馬はでか過ぎるんじゃないだろうか……。馬の銀星だ。床に置かれた大きな皿からエサを勢い良く食べている。

 いつ見ても不思議だ。

 ゾンビなのになぜ食欲があんなにもあるのだろう。

 そう、銀星は秋留のネクロマンサーの魔法によって蘇ったゾンビ馬なのだ。そしてチェンバー大陸の英雄と呼ばれた聖騎士の愛馬でもある。

「どうしましたかな? ブレイブ殿。先程からキョロキョロと……」

 秋留とは反対側の席に座っていた老人が話しかけてきた。


 俺達パーティーの保護者役……のはずなのだが、最近はお茶を飲んだり宴会部長的な事をしたりと長閑っぷりが目立つ聖騎士のジェットだ。

 ジェットも銀星と同時に蘇ったゾンビだ。同じように食事をするし病気にもなる。一般的な老人と同じように夜は寝るのが早くて朝が早い。

 ゾンビって不思議だ。


 一気にパーティーが増えたよな。

 俺達が座っているテーブルも最初の時には考えられなかった位に大きい。……無駄に。

 俺、秋留、カリューの三人から始まったパーティー。別の大陸でモンスターの大群を追っ払った功績からレッド・ツイスターという異名も付いた。

 それからジェットと銀星が加わり……今に至る。もう考えるのも嫌な位に最近は色々な冒険をしたなぁ。

「どうしたの? ブレイブ。遠い眼しているけど?」

「え? あはは……」

 秋留に見つめられて思わず照れ笑い。

「変態な事でも考えてたんでしょ」

 クリアを睨み付ける。

「あれ? そういえば今日もクリアは違う服着ているよな」

 昨日は黄色のワンピースを着ていた気がするが、今日は紫色のジャケットとズボンという出で立ちだ。

「え? 珍しい! ブレイブがそういう事気付くなんて」

 クリアとは出会ってから全然経ってなんだが、そんな事言われるのはおかしいんじゃないか? と心の中で呟く。

「今日買い物してたら見つけたの! 良いでしょ? 秋留お姉ちゃんとお揃いの紫のジャケット」

 北側の大陸であるアステカ大陸は一年中が涼しい。俺もこの大陸に到着した時に肌寒さを感じて荷物の奥から取り出した袖の無いコートを着ているが……。

「無駄遣いし過ぎじゃないのか?」

 俺が呆れて言うとクリアが怒った顔をした。

「お金は十分あるから大丈夫よ! 貧乏人は黙ってて!」

 貧乏人とかではなく、移動の多い冒険者にとって多すぎる荷物は邪魔になるのだが……。

「クリア、荷物とか増えてきたんじゃないの?」

 秋留が優しく問いかける。

 お、そうそう。ガツンと言ってやれ、秋留!

「大丈夫よ、シープットが全部持ってくれるから」

 そう言ってクリアが悪魔のような笑顔を執事のシープットに向ける。

 ドキッとしたシープットがスープを喉につかえさせた。

「え、ええ! クリアお嬢様の荷物は全てわたくしめが管理しておりますよ」

 そう言って、自分の身体以上ありそうな隣に置いてある巨大な鞄をバンバンと叩く。

 可愛そうなシープット。

 俺は執事にはなるまい。

「ふふ。でもお金使い過ぎると、いざという時に欲しいもの買えなくなっちゃうよ」

「大丈夫! お金は沢山あるわ」

 秋留の優しい忠告も無視して、クリアは自身満々にガッツポーズを付けながら喋る。

「でも世の中には想像も出来ないような高価なものもあるんだよ? 旅の記念に色々欲しいでしょ?」

「え、う〜ん……確かにナンチャラの銅像とか特大モンスターの剥製とか欲しいもんね……」

 そんなのが欲しいのか!

 とは突っ込まないでおく。後少しで説得も成功しそうだし。それより、銅像とか剥製とか聞いたタイミングで、荷物もちのシープットの顔が若干青ざめたのは気のせいではないだろう。

「とにかくですな」

 今まで黙って食後のお茶を飲んでいたジェットが突然声を発した。

「世の中の厳しさも教え込まないと、この先苦労しそうですな」

 甘やかせ過ぎた子供を叱るようにジェットが睨む。さすが年長者が言う台詞には不思議な説得力がある。

「……は〜い。ごめんなさい……」

 お、素直に謝ったぞ。

 視界の隅では、シープットが眼にハンカチを当ててお嬢様の心の成長を喜んでいる様子も確認出来た。

「ふむ。素直なのは良いことじゃ」

 ジェットがニッコリと微笑む。

「へへ……」

 クリアも照れ笑いする。なんか、平和な家族のやり取りのようで会話に参加出来ない。とりあえず俺と秋留は夫婦役でその子供がクリアか? 俺と秋留の子供ならこんな生意気には育たないに違いないけどな。

「さて、そろそろ宿に戻ろっか」

 秋留がタオルで口周りをフキフキしている。そ、そのタオル俺にくれ〜。

「変態」

 俺のもの欲しそうな眼を見てクリアが言った。

 うう。確かに今のは変態的な発想だったが、俺の顔はどうしてこんなにも邪な気持ちを表現してしまうのだろうか。


 俺達が泊まっているのは一泊四千カリムの宿だ。朝食に軽くパンなどが出るが、夕食は各自で取る必要がある。この安めの宿にはスウィートルームがあり、クリアはそこに泊まっている。一泊二万六千カリムで朝食と夕食がつく。スウィートルームには部屋がいくかあるのだが、シープットは居間のソファーで寝ているらしかった。


「おやすみ、ブレイブ、ジェット」

 秋留が可愛く手を振りながらスウィートルームへの階段に消えていく。

 そう。

 クリアが金を出して秋留も同じ部屋に呼んでいるのだ。秋留も断っていたのだが、クリアの強引な勧誘により連れ去られてしまった。

 という訳で安い部屋に泊まっているのは俺とジェットだけ。その他の動物はクリアの支払いでスウィートに泊まっている。

 ちなみに銀星は外の馬屋、ツートンとカーニャアはどこにいるのかサッパリ分からない。


「ブレイブ殿、お休みなさい」

「ああ、お休み、ジェット」

 俺とジェットは隣同士の部屋だ。二人部屋もあったのだが、さすがにジェットと二人っきりだと息苦しくなる。最近は慣れたのだがジェットと銀星からは死臭が漂うのだ……。

 俺は着ていた服をベッドに放るとシャワーを浴びた。

 安宿だが各部屋にシャワー室が付いているのはありがたい。


 さて。

 そろそろこの港町コックスを出発する時も近づいて来たようだ。今までは色々見て回りたいと駄々をこねていたクリアも今日は少し大人しくなっていた。明後日あたりには出発出来るだろうか。

 俺は熱いシャワーを浴びると暫く武器や装備の手入れをしてから眠りについた。



「え〜! もう出発しちゃうのぉ!」

 案の定、俺が提案した途端にクリアが全力で否定し始めた。

「のんびりしてもいられないだろ、カリューを早く元に戻してやらないといけないし……」

 クリアと出会った時はカリューが元人間だとは言っていなかったのだが、今はクリアにも事実を話している。まぁ、元人間と分かったカリューの扱いが変わった訳ではないのだが。さすがクリア……覇王の器か?

「クリア殿、ここは一年中寒いアステカ大陸なのですじゃ」

「え? そうなの?」

「はい。クリア殿のいたデズリーアイランドは一年中暑い大陸でしたからな」

 俺達の暮らすこのルーガル星には大きく分けて三つの種類の大陸がある。

 まずはルーガル星の中央にある大陸、以前冒険したチェンバー大陸や秋留の故郷である亜細李亜大陸などには四季がある。

 次にルーガル星の南側にある大陸、俺達がレッド・ツイスターと呼ばれるようになったゴールドウィッシュ大陸や俺の故郷であるイクシム大陸などは一年を通して基本的に暖かい。

 そして今いるアステカ大陸や魔族の本拠地があるワグレスク大陸は一年を通して常に肌寒いのだ。

「分かりましたかな?」

 ジェットの分かり易い説明を聞いてクリアもきちんと理解出来たようだ。

「凄いね、ルーガル星にはそんなに色々な大陸があるんだね」

「そうですじゃ、余談じゃがワシは全ての大陸に行った事があるんじゃ」

「へ〜、ジェットおじいちゃんは凄いんだねぇ」

 そこでクリアが俺を見る。

 ブレイブとは大違い、と絶対思っているに違いない。

「ふむ。それでのぉ、クリア殿」

「ん?」

「一年中肌寒い大陸でも冬の季節は特に寒くなるんじゃ」

 そう。

 四季が無いと言っても暦がない訳ではない。この大陸にも十二月が来るし一月も来る。その時期は特に寒いのだ。

「そっか、じゃあ早く移動しないとドンドン寒くなっちゃうんだね」

「そういう事ですじゃ、分かって頂けましたかな?」

「うん!」

 俺の視界の端では、クリアお嬢様の知能レベルが上がった事を喜ぶシープットの姿が映っている。

「じゃあ、とっとと出発しよ〜!」

 クリアが叫ぶ。

 やれやれ。町を移動するのも一苦労だな。この先が思いやられる……。



 そして翌日。

 昨日のうちに出発の準備を進めていた俺達の目の前には、真新しい馬車が用意されている。

「へ〜、これが馬車かぁ〜」

 クリアが眼をキラキラさせながら馬車のあちこちを眺めている。

「パリッ」

「パシンッ」

 どうやらツートンとカーニャアも馬車は初めてのようだ。

「あれ? お馬さんが増えてるよ?」

 馬車の前に回ったクリアが不思議そうに聞いてきた。荷台の前には銀星の他に二頭の馬がたたずんでいる。

「私達全員を乗せた馬車を銀星だけ引っ張るのはちょっと無理なのよ」

 秋留がクリアの目線に合わせて答える。

「ふぅ〜ん、言ってくれればカリューと紅蓮とタトールに馬車を引っ張らせたのに……」

 いや、さすがにそれは無理だろ。

 馬車、っていっているんだから馬に引っ張ってもらおうよ。

「あれ? タトールがいない……」

 クリアが辺りをキョロキョロとしている。

 確かにタトールの姿が見えないが……。

「キー……」

 遠くから鳴き声が聞こえる。タトールの鳴き声だ。

 俺はクリアを呼んで鳴き声のする方に歩いていった。そこには寂しそうにしているタトールの姿が見える。

「どうしたの? タトール……」

 クリアが話しかけている。

 一緒に付いて来た秋留も心配そうにタトールの方を覗き込んでいる。

「うんうん……」

 クリアがタトールと会話中だ。もちろん俺達には何を話しているのかサッパリ分からない。

「え〜! そうなのぉ!」

「どうしたの?」

 秋留が心配そうに尋ねた。

「タトールは海の生物だから、これ以上、大陸の中には入れないんだって……」

 そうか。

 タトールは霊獣だった。霊獣は特定の場所でしか生きる事が出来ないと秋留に聞いた事がある。だから一般的に霊獣は召喚によって少しの間だけ別の場所に出現するのだ。

 常にクリアの傍を歩いていたタトールは強力な四聖という理由もあるかもしれないが、港町や島でしか一緒いた事がないからなぁ。

「しょうがないね……タトールとは暫しのお別れね」

 そう言った瞬間にタトールの顔が一瞬、安心したように見えた。

 クリアと離れられる事が嬉しいのかもしれない。そうだよな、クリアみたいなご主人様は誰だって嫌だよな。

「待っててね、タトール……この港町でちゃんと……」

 そう言ってクリアはタトールの身体をガシッと掴んだ。

「ちゃんと待っててね……絶対に迎えに来るから」

 そ、それは脅しか? 今やタトールの目の前にクリアの顔が近づいている。

「いなくなったりしたら、許さないからね」

 その台詞、可愛く言えば聞こえは良いのだが……はっきり言って怖いぞ。

 そしてタトールを離したクリアは手を振りながら馬車の方へ戻っていった。

 残されたタトールはガクガクと震えながら海の方へと帰っていく。

「かわいそうだな」

「う、うん……」

 クリアの獣使いとしての力を発掘した秋留も責任を感じているようだ。


 タトールがクリアから離れた事を聞いたカリューと紅蓮は、あからさまに「あいつ、上手いこと逃げやがって」という顔をしたが、クリアの「すぐに迎えに行くって言っといたけどね」という台詞を聞いた途端に「かわいそうに」という顔に変わった。

「それでは、出発しますぞ」

 総勢九名を乗せた馬車が走り始めた。まぁ、うち二名には重さというものはないかもしれないが。

 馬車は街道を軽快に走り始めた。

 今回はお嬢様のクリアのために馬車も少し高価なものにしている。車輪にはスプリングが使用されていて馬車の揺れを押さえてくれる。

 しかも今回の馬車にはベンチも付いている。いつもは床に座り込むような形なのでだいぶ疲れるのだが、このタイプの馬車ならまだマシというものだ。

 ちなみにこの高価な馬車、支払いはジェットだ。

 なんだかんだ言ってもジェットにとってクリアは孫のように可愛い存在なんだろうな。

「この大陸は何だか独特な雰囲気だよな……幻想的な感じがする」

 俺は辺りを見渡しながら呟いた。

 馬車から見える景色を眺めると、見慣れない木々や草花が多く目立つ。どれもこれもキラキラと輝いているようにも見えた。

「あれ? ブレイブ知らないの?」

「ん? 何が?」

「あ〜、何か飛んでるよ〜!」

 クリアが叫んだ。

 確かに馬車と並走するようにキラキラと輝く何かが飛んでいるのが見える。

 俺は眼に力を集中させて、その飛んでいる何かを観察した。盗賊は五感に意識を集中させるのが得意な奴が多い。俺もそのうちの一人だ。

「……虫?」

 と俺が呟くとそのキラキラ光る物体が俺の額に突っ込んできた。

「痛っ!」

 俺は思わずオデコを押さえた。

「失礼ね!」

 目の前のキラキラ光る物体が小さな声で怒鳴っているのが聞こえる。

「ごめんなさいね、ブレイブは妖精の事を知らないみたいなの」

 秋留が隣からフォローする。

 え? 妖精?

「ふぅ〜ん、とんだ田舎者だね!」

 そう言うと、目の前の妖精は俺達の馬車から離れていってしまった。

「……あれが、妖精?」

 俺は野生の妖精は初めて見た。

 冒険者の間では依頼の達成を監視するインスペクターと呼ばれる妖精がいるのだが、あれは人工的に造られたものらしいからな。

「妖精は虫とかモンスターとかと間違われるのが大嫌いなのよ」

『へ〜』

 一緒に秋留の説明を聞いていたクリアとシープットが同時に感心する。

「このアステカ大陸は妖精やエルフ、獣人等の多くの種族が共存する夢の大陸なんだよ」

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